第10話

俺の挨拶に、野田さんはぶっきらぼうで優しい声をかけてくれた。

その勢いに乗って俺は、

パワードスーツを着たまま登れる大型タラップを駆け上がる。


ダルマの顔と同じくらいの高さにやってくると、

胸の鎧が開いているのに気が付いた。


前に説明を受けた通りだ。

中は暗いが、俺はためらわずコクピットへと飛び込む。

パワードスーツを着ていたというのもあるんだろうか、

なぜか怖いとは感じなかった。


中はのっぺりとした壁で覆われており、

入ってきたハッチと緊急脱出ハッチの場所が分かる明かりしかない。


「オペレーターの上坂です。

ヤサシくん、よろしくおねがいします。

これから起動方法を説明しますので、言われたとおりお願いします」


ヘッドセットについた骨伝導スピーカーから声が聞こえた。

上坂さんの緊張が声から感じられる。


「よろしくおねがいします」

俺もつられてやや緊張した声で返した。


「まず後ろにドウマルと接続するアームがあります。

そこに背中を預けてください。

高さは機械が調整してくれますので立ったままで結構です」


俺は目を細めてアームの位置を確認、

背中からレントゲンを撮るようにくっつけた。

すると気持ちのいい機械音がする。


それと程よい暖かさがドウマルを通じて俺に流れてきた。

この感じ覚えが――


「接続が確認できました。

起動すると足が浮きますが、慌てないでください」


オペレーターの上坂さんが説明をしてくれると、

暗かったコクピットは明るくなった。

プロジェクションマッピングみたいな情報が壁に映し出される。

周囲を見渡すとカメラみたいな機械が

ぐるっと俺の回りを囲っているのが分かった。


「まるでモーションキャプチャーのスタジオみたいだ」


「はい。ヤサシくんの言った通りです。

カッチュウはモーションキャプチャーにより動きます。

なのでヤサシくんの動きは、そのままダルマに反映されます。


ですが、今はヤサシくんが動いても、ダルマは動いたりしません。

そもそも安全のためダルマの操作と体を固定しています。

楽にしてください」


上坂さんの説明を聞いて少し体の力を抜いた。

下手な動きをしたら格納庫を壊すかと思ったけど安心だ。

息をゆっくり吸って吐いてを体を落ち着かせる。


「こちら司令室の石丸じゃ。

ぼくの承認によりダルマは起動する。

いろいろな機械やシステムが一気に動き出すぞ。

驚くかもしれんがヤサシくんはそのまま待っていてくれ」


「はい……」


俺の返事を聞くと博士が息を吸った音が

マイク越しに聞こえた。それから、


「石丸カインドマテリアル研究所の石丸タスケが起動を許可する。

カッチュウ一号ダルマ、チッタ・エーカーグラター」


――カッチュウ一号ダルマ起動します。網膜投影開始。


博士は改まった名乗りをして呪文みたいなことを言った。

博士の言葉に答えるように

機械の声とたくさんの機械が動く不思議な音が聞こえだす。

さらにのっぺりしていたコクピットの壁がガラッと色づいた。

文字通り視界が開けたなんて大げさなことが言えるほどだ。


見えるのは格納庫のグレーの壁、

慌ただしく動く作業員さん、作業用のタラップ、

みんな目線の下にあるということは、これはダルマの視点なんだろう。


「どうかねヤサシくん。おかしなところはないかね」


俺がキョロキョロしていると、

視界の隅に博士とのビデオ通話がつながった。

俺に気を使ってくれてるのか、

非常時なのに穏やかな声を作っている。


「おかしいのか分かりませんが、

さっきからパワードスーツが温かいです」


博士に聞かれて俺はさっき思ったことを聞いてみた。

博士は雑談でもするように答える。


「カインドマテリアルはエネルギーを発するとき、

人肌ほどの温度になるからじゃろう」


「優しさの温度ってことですか?

でもこの温かい感じどこかで――」


――ようやく思い出せた。

山田さんに頼まれて運転した軽トラの荷物だ。


軽トラに積んであったコンテナから感じた暖かさとこの暖かさが似ている。

だがこれは口にしていいか分からないので黙っておく。


「多分、ヤサシくんの思っているとおりじゃ。

改めて富士ヤサシくん、君にダルマ、

いやカインドマテリアルのちからを君に託す。頼むぞ」


「はい!」

俺は威勢よく返事をした。


「ダルマ内のエネルギーは予想値以上ですが、博士これは……?」

「えっ――」


「大丈夫じゃ茅野くん。

カインドマテリアルは火がついたり爆発したりしない。

非科学的なことを言うようじゃが、エネルギーが上がるのは、

ダルマがヤサシくんの気持ちに応じてくれているんだと思ってほしい。

茅野くん、エネルギーを伝達するマンダラ回路や電子系の調子はどうじゃ?」


「機体ハード、ソフトともにありません」


「結構じゃ。上坂くん、

カッチュウ固定デッキ『レンゲザ』一番正面ゲートへ移動させたまえ」


「了解、一番レンゲザ、移動を開始します」


博士の指示とオペレーター上坂さんの復唱のあと、

電車が動き出すような振動とともにダルマが動き出した。


正確にはダルマを固定しているレンゲザが、

採掘所を広げた研究所地下を移動している。

俺たちが地下を掘っていたのはカインドマテリアルの採掘以外にも、

この通路を通す工事でもあった。


だけど正確なルートはテロ対策のためか、

ほとんどの職員に伝えられていない。


その通路もあっという間に通ったのか、

レンゲザはジェットコースターが止まるときのような振動とともに止まった。


「ここからは物資搬入用のエレベーターに乗り換えです。

なのでコントロールはダルマへ移ります。

ヤサシくんの動きがダルマに伝わりますので、姿勢を正してください」


俺はすぐに背筋を伸ばした。

スポーツの試合前の挨拶みたいだ。


――コントロールを司令室からパイロットへ。

ダルマのモーションをパワードスーツと同期。

レンゲザのロックを解除。


システム音声が聞こえると、ぐらりとダルマが揺らぐのを感じた。

慌てて力み、地面に立っていると考えて体を動かす。

目の前には、今のダルマがどういう姿勢なのか見せてくれる映像もあった。

俺のせいでダルマは不自然な姿勢なのが分かっちまう。


「これが、ダルマを動かしている感覚か……」


「パワードスーツの延長線だと考えるんじゃ。

それにちょっと変に動いたり、

転けそうになっても機械が姿勢を正してくれる。

ダルマを信じるんじゃ」


「分かりました。よろしく頼むぜダルマ」


博士の言葉に答えて、俺は体の力を少し抜き、しゃきっと腰を伸ばした。

マネキンと同じくらいにはまともなポーズが案内に映る。


「ヤサシくん、ゆっくりとで結構ですので、

目の前のエレベーターへお願いします。

超大型貨物用ですので、ダルマも問題なく運べます。

そちらに乗って、安全のためしゃがんでください」


俺はオペレーターの上坂さんの言葉にうなずいた。

するとダルマもうなずいてくれる。


そしてゆっくり足を動かした。

俺の足は浮いているが、

足のゲタが地面の感覚を俺の足に伝えてくれる。


こういう機械だったのか。

おかげで自分の足で歩いているように感じられる。


「いけるな」


つぶやいてエレベーターに乗り、

左足を前に、右膝をつき、腕を地面に置いた。


体が宙に浮いた状態では、ややぎこちない動きになったが、

ダルマは思ったような姿勢をしてくれている。


「エレベーターをあげます。

地上到着と同時に、研究所正面カッチュウ用出入り口を開けます」


オペレーター上坂さんの案内とともに、

安全のために鳴るブザーが騒がしく鳴り出した。

エレベーター四方のランプも光りだす。


ゆっくりとエレベーターが上がると、研究所の物々しい壁が見えてきた。

一見開くようには見えなかった壁が、ゆっくりと左右に開いている。


当然開くということを知らなかったので驚くが、

それ以上に夕日が落ちたのに赤くなる街に目が行った。

驚いた顔がしかめっ面になる。


「エレベーター、地上へ到着。

ダルマ、前進して魔改造重機へ向かってください」


「はい。行きます!」


上坂さんの案内に俺は大きな声で返事をして、

足を伸ばし、体を真っ直ぐにした。


ダルマも俺の動きに合わせて立ち上がる。

赤い街がさらによく見え、

その明かりが逆光になりトゲトゲのシルエットが見えた。

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