第9話

研究所の入り口で俺は、

偶然そこにいた特殊警察の山寺さんに状況を伝えた。


「分かったよ、ヤサシくん。

我々特殊警察も警備と連携して見回りを強化する。

すまないがトウ――富士警部にも伝えてもらえるか?

あいつも心配するだろうから」


山寺さんはそう答えた。

俺の返事を待たずに電話をかけ始める。


それを見て俺もスマホを出し、父さんに電話を入れた。

今は大きな事件が起こってないから出てくれるはず。


「もしもし、僕だ」


「もしもし、ヤサシだけど、前に母さんが言ってた軽トラを探してる――」

――駅前で爆発事故、近くにいるものは直ちに急行されたし。


「すまない、緊急連絡だ」


無線からただ事じゃない話が聞こえてきたかと思うと、

父さんはそれだけ言って電話を切った。

俺はすぐに仮司令室に駆け出す。


「爆発はバスロータリー、タクシー乗り場で発生。

火事の通報は、高架下の居酒屋『のっそり』から来ています。

火元が未確認の火事は数か所……新たに『ゼウスホテル』七階から火災発生。

さらに『兜通り』『剣通り』で複数の爆発発生。

えっ、アパレルショップ『ダンシャク』は火の手が確認されず?」


「茅野くん、こちらの映像で確認した火災や爆発は消防へ伝えてくれ。

上坂くんは届いた情報を片っ端からまとめてくれ。

虚偽の通報は分かり次第訂正すればよいぞ」


「こちらで確認した情報を消防と警察に送信しました。

……博士、消防から応援要請です。

居酒屋『せわし』で発生した火事の救助支援に、

パワードスーツを求められています」


「茅野くん、応援要請を受けることを返答。

赤羽根くんと森久保くんを現場に向かわせてくれ。

合わせてふたりにこちらから別命あるまで、

現場の指示に従うよう伝えてほしい」


「はい。要請を受諾します。赤羽根、森久保両名は――」


司令室に入ってあっという間にこれだけのことが起こっていた。

俺は司令室の自動ドアの前で立ち尽くし、

声を聞いていることしかできない。


「ヤサシくん!

研究所の外でなにかあったらしいが無事でよかった」


博士が俺に気がついてくれた。

ありがたいことに、博士はこんな状況でも俺を心配してくれる。

その言葉にハッとしてすぐに返事をする。


「はい。俺は大丈夫です!

爆発事故があったって聞いて戻ってきました」


「うむ。しかも火事も同時に起こされたようじゃ。

警察や消防にいたずら電話もまたかかってて、

これらの騒動は明らかに意図的に、悪意で起こされている」


博士が顔をしかめながら正面の大型モニターに顔を向けた。

俺も同じ方向を見る。

ゲーム画面のように表示された街の地図が映し出され、

被害箇所が大まかに赤く塗られている。


「なにかあったときのため、

ヤサシくんはここにいてもらっていいかい?」


「はい」


「博士、警察から緊急連絡。

ライブ映像に映る物体の情報があれば教えてほしいとのことです」


「映像届きました。正面モニターに、なに……これ」


オペレーターの茅野さんと上坂さんがいいながらマウスを操作した。

モニターの操作をした上坂さんを含め、

仮司令室正面の大きなモニターを見たひとたちは、

現実を疑うような声でざわつく。


俺も博士もモニターに映る『それ』を見て開いた口が動かなくなる。


巨大トンネルを開けるのに使われそうな大きな重機に、

クレーン、鉄球、採掘機、ショベルなどの

アームがいっぱい生えた物体が、モニターに映っていた。


そのでかい車体で中央分離帯を潰し、

周囲の建物にアームをつぶけながら、

『それ』は街の大通りを走っている。


「なんと禍々しい……。

これを作ったひとと、動かそうと思っているひとの心が心配になるほどじゃ。

そもそもあんな形、

普通の重機であれば動くまもなくひっくり返っている。

そんな危ないものにひとを載せるか?

しかもあれは……」


「博士……返事は、どうしましょう?」


映像を見て唖然としたものの、オペレーターの上坂さんは、

なんとか振り絞るような声で博士に答えを求めた。

イスを回してこちらを見る顔から、不安がひしひしと伝わってくる。


博士は現実を受け入れるように

一度ゆっくり目を瞑って、ぱっと開いて告げる。


「上坂くん、今から言うことを警察に送ってほしい。

映像の物体は、先日襲われた神谷研究所で作られた

カインドマテリアル製重機が流用されていると推測できる。

こちらでは『魔改造重機』と命名。

石丸研究所はこれより魔改造重機の対応に当たる。以上じゃ」


「分かりました。返信します」


指示を受けたからか、博士が物体の正体が推測できたからか、

少し落ち着いた声で上坂さんは返事をした。

すぐに自分のモニターに向き合い、キーボードを叩き始める。


「茅野くん、情報共有などの作業は中断じゃ。

魔改造重機を操作している通信回線に潜入して

システムを落とせないか試してほしい。

魔改造重機が無人であり、

外部から制御する仕組みがあれば、

カッチュウと同じプロトコルで入れると思うんじゃ」


「分かりました。やってみます」


オペレーターの茅野さんは一切振り向かず返事をして、キーボードを叩き始めた。


「博士、俺にダルマを使わせてください。

俺が魔改造重機を止めます。

あんなのが暴れたら今まで以上に街が壊される!

今だって暴れてるようなもんだ。

そうなったらけが人どころか死人だって出るかもしれない!」


慌ただしい様子に居ても立っても居られなくなった俺は、

仮司令室に響くほど声を上げて博士に訴えた。


博士もそれしかないと思っているが、

踏ん切りがつかないみたいに目を閉じる。


「博士、魔改造重機の操作システムに入れません。

遠隔操作ではなく、ひと直に乗って動かしていると思われます。

引き続き通信システムに繋げられないかやってみます」


「魔改造重機はまっすぐ当研究所の方向に向かっています。

早ければ一〇分以内に到着予想。

警察から対処ができない場合、

研究所からの避難指示を出すよう警告が来ました」


「なら俺が説得して止めます。

どうしてこんなことをするのか聞かないと、

また同じことが起こります!

博士だって、あの重機を作ったひとが心配になるって言ったじゃないですか!


なら助けなきゃいけないです!

街には助けてほしいと思って困ってるひともいっぱいいます!

ダルマはひとを助けるために作られた存在です!

これからするのは戦いではなく、人助けなんです!

俺に行かせてください!」


オペレーター茅野さん、上坂さんの報告に乗るように、

俺はさらに博士に許しを求めた。

ひとりで動かせるなら勝手にダルマを持っていくだろうと思わせないと、

強い意気込みと覚悟を伝えられない気がしたので、声も遠慮できない。


「それしかないか。

やはり、先日からの事故やいたずらは揺動。

本命はあの魔改造重機を使って研究所を襲うつもりだったのだろう。


先日襲われた神谷博士の研究所みたいに襲わないのは、

ダルマかそのパイロットを事故の救助に向かわせ、

研究所の防衛力を削ぐつもりだった。

だからぼくはヤサシくんを待機させていた……そうだろう」


自分に言い聞かせるように博士はつぶやいた。

ゆっくりと目を開けて俺に向き合ってくれる。


「富士ヤサシくん、カッチュウ一号ダルマに搭乗し、

魔改造重機の暴走に対処せよ」


「はい!」


指示を聞いて俺は大きな声で返事をした。

勢いに任せて格納庫へと向かう。


「各員に告げる。

司令室の完成、カッチュウの運用訓練をろくにすることなく、

ダルマを出動させることになった。

責任者として研究者として申し訳なく思う」


俺が工事中の廊下を走る間、博士の放送が聞こえてきた。

スピーカー越しにも強い意志が伝わってくる。

まるで頭を下げているかのような無言の間がしばらく入った後、


「すまないが、みんなのちからを貸してくれ」

と今までに聞いたことのないほど覚悟を感じる声で言われた。


「「「はい!!」」」


研究所内から一斉に、示し合せたかのように大きな返事が聞こえてきた。

もちろん俺も加わっているのだが、

走っていたので声になっていなかったかもしれない。


博士の話がちょうど終わったとき、俺は格納庫に到着した。

ダルマのそばには俺が使っているパワードスーツが置いてある。

だがパワードスーツはいつもとところどころ違う。


腰のパーツ――ドウマルには電車の連結部分のような箇所があった。

さらにヘッドセットは前にテストを頼まれた

網膜投影で映像を見せられるというヘッドセットに変えられている。


パワードスーツの足を見ると、

見るからに厚底になってゲタっぽくなっていた。

ボリュームが増しただけでなく、

肘膝などのガードするサポーターのような鎧が増えている。


腕もガッチリとなっていた。

採掘作業に使っていたものより大きく、太くなっていた。


俺は前のパワードスーツとの違いを見ながら、

機械が着せてくれるのを待った。

急いでほしいのを両手に力を入れてこらえる。


「付替えは組み立てと対して変わらん!

カインドマテリアルもマンダラ回路も少し乱暴にしたって

壊れんからスピード重視だ!

電子回路系だけ慎重にやれ!」


整備の野田さんが格納庫にでかい声を響かせていた。

俺はパワードスーツの装着が終わると、野田さんに話しかける。


「野田さん、俺の準備は終わりました。ダルマは……」


俺は言いながらダルマを見上げた。

ダルマの姿を見て、聞こうとしていたことが飛ぶ。


パワードスーツだけでなく、

ダルマ本体も着付けでもしたように、

パーツが付け替えられていた。

その姿を例えるならお坊さんが鎧を着たような感じだ。


「普段着てるのは救助や作業用のパーツ『ケサ』で、

今着せてるのは『コウカク』ってやつだ。

荒事に使う用で、できれば使いたくなかったものだな……」


整備の野田さんは、

苦い食べ物を無理やり食べているような顔で説明してくれた。


「荒事……。今回のようなことですね。

ですが野田さん、俺は救助活動の指示を受けています。


暴走する重機に乗っているひとの心が心配だと、

博士が言っていました。

なのでこれはそのひとを助けるための出動です」


「物は言いようだな」


呆れたようなセリフだったが、野田さんは少し嬉しそうだった。

ちょうどそこで拡声器の声が格納庫に響く。


「ダルマの換装作業完了。

パイロットは速やかに搭乗されたし」


「行ってきます」

「いいぞ、いつもどおりケガせずに帰ってこい」

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