第12話

オペレーターのおふたりから悲鳴があがった。

仮司令室のざわつきも俺の耳に入るが、すぐに轟音に消える。


「痛ってぇ……、

で済むのはカインドマテリアルのおかげだな」


言いながら俺はあたりを見渡した。

吹き飛ばされたダルマは六階建てのビルに激突。

ビルのガラスを粉々にし、ダルマはビルの背もたれに倒れた。


ふっとばされたダルマは、

ビルだけじゃなくて車や街路樹とかいろいろ巻き込んだ。

周囲に粉塵が舞う。


「上坂くん、ダルマのダメージを確認してヤサシくんに伝えるのじゃ。

茅野くんはヤサシくんの体の確認じゃ」


「「は、はい」」


俺の無事が確認できたからか、

博士は冷静にオペレーターのおふたりに指示を出した。


「大丈夫じゃ。

カインドマテリアルはヤサシくんを守ってくれる。

ひとを助けるカインドマテリアルを使った乗り物で、

死人が出るわけがないのじゃ」


続けて自分を鼓舞するように博士は言った。

その声に合わせて俺はダルマを立ち上がらせてつぶやく。


「博士の言う通りだ。

だけど街を壊しちまった……申し訳ないな」


俺は魔改造重機にダルマの顔を向けた。

周りの建物を壊しながら、

魔改造重機の鉄球はまだブラブラと揺れている。

重機とダルマの間にある建物や道がボロボロなのも、

ダルマの目を透して俺には見えた。体より心が痛いな。


「ダルマのボディチェック終わりました。

胸部、腕部にダメージがありますが、マンダラ回路異常なし。

エネルギーはむしろ上昇しています。

全身の電子回路のあらゆる箇所に損傷がありますが、まだ動けます」


「ヤサシくんの身体に異常なし。

脈拍などが上がっていますが、問題ありません」


「上坂さん、茅野さん、ありがとうございます。

俺もダルマもまだいけるってことですね」


俺はボクシングのようなファイティングポーズで構えた。


「無茶苦茶な見た目なのに、

同じカインドマテリアルで作られた乗り物だからか、

ダルマと同じくらいのパワーがある。

よいよケンカするしかないな」


言いながら俺はダルマと魔改造重機の距離を詰めていった。

再び複数のアームを前に出しながら、鉄球を振り回し始める。


ダルマが魔改造重機の間合いに入ったが、

俺はすぐに手を出さなかった。

代わりに魔改造重機の鉄球が先に飛んでくる。


今度は距離があるし、ダルマも構えができて、

アームの動きも俺には見えていた。

シャドーボクシングのような動きで避け、重機の懐へ入る。


「さっきから平等にこだわってるが、

世の中そんなに不平等か?」


問いかけを再開しながら、

俺は鉄球を振り回すアームを狙い右フック。


「そうだ! 平等であるなら僕がこんなことをする必要はない!」


その答えながら魔改造重機は、

右フックをショベルの腕で止めようと振り回してきた。

そのままダルマの拳とショベルは激突。


ショベルはアルミ板のようにひん曲がり、

さらにアームの関節をへし折る。

ダルマにはもちろんダメージなし。


ダメージに全くひるまない魔改造重機は、

引きちぎられた腕をぶつけてきた。

俺はそれをダルマの左裏拳で弾きながら、

同時に思ったことを伝える。


「まるでやりたくもないのにやってるって感じだな!?」


「不平等が僕にそうさせてるんだ!」


運転手の叫び声とともに、

魔改造重機は鉄球を斜め前から飛ばしてきた。


俺には相手の言いたいことは分からないが、攻撃は分かる。

俺はダルマの姿勢を低くして鉄球を回避。


ダルマに当たらなかった鉄球は、六階建てのビルに激突した。

ビルは真ん中から折れて、四階から上が倒れる。


「街は壊されたくないが、

ダルマを壊されるわけにはいかねぇ」


俺はやるせなさをこらえて、倒れるビルを横目で確認。

ダルマの方へ倒れてこないことが分かったので、

俺は魔改造重機へ一歩踏み出した。すると、


「なんで!?」


通信から男子の悲鳴が流れてきた。

誰の声だと俺は一瞬思ったが、

すぐに魔改造重機の運転手だと分かる。


直後にアラート。

救助活動や安全確認のためについている生態感知センサーが、

重機運転手の悲鳴の理由を教えてくれた。

網膜投影される画面に矢印が表示される。


「女の子? しかもさっきの……」

「まだ逃げ遅れたひとがいたとのか!?」


俺も博士も信じられないと声を上げた。

博士の言う通り逃げ遅れた?

違う、だってこの女の子はさっき小清水さんバイクに乗って

研究所から離れたじゃないか?


いや考えるのは後だ。

逃げ遅れたであろう女の子はなぜか重機の方を見ている。


なんでそんな生き別れた家族を見つけたような顔をしてるんだ。

危ないのに気がついてくれ――いや、俺が助けないと。


考えている間、俺には時間がゆっくりに感じていた。

まるでアニメの演出か、スポーツ選手の感じるゾーンみたいな状況の中、

ダルマの体を捻った。

倒れるビルの方へ全力で飛びつき、腕を伸ばす。


「こらえてくれよダルマ!」


俺のでかい声よりでかい音と衝撃がダルマの背中にぶつかる。

その音と衝撃に揺られ、倒れないよう俺は足を踏ん張る。

ダルマのダメージを俺も受けているような感じがしてくる。


要救助者になった女の子を見た。

ダルマの手がビルとぶつかる音を聞いて、

女の子は状況に気がついたようだ。


だが足がすくんでしまったのか、

状況に頭が追いついていないのか、

ダルマの背中を見たまま女の子は固まっている。


「ダルマの肘、膝、足首にダメージ!

まだ動けますがこのままででは――」


「ダルマのカインドマテリアルエネルギー上昇!?

マンダラ回路や機器の異常なの?」


「確認します……異常認められず。博士っ!?」

「このエネルギーの増幅は大丈夫ですか!?」


不自然な状況にオペレーターの上坂さんと茅野さんが声をあげているが、

気にしている余裕はなかった。

動いているなら今はいい。


「うむ」

博士はまるで、

今起こっていることを想定していたかのような返事をした。

博士が状況を分かっているならなおさら気にしていられない。


「外部スピーカーオン!

俺は大丈夫だから早く安全なところに!」


俺は騒がしく鳴るアラートとシステム音声をかき消すような大声で叫んだ。


それを聞いて女の子はハッと意して、

うなずいてすぐに駆けていく。


「今はまだ転ぶなよダルマ!」


俺は叫びながら力み続けた。

アラートは耳障り目障りなほど主張を続けてくる。

これが消えるまで耐えなければならない。

犠牲者を完全に出さないのは難しいが、

少なくとも俺の目の前では出したくない。


「要救助者安全確認!」


俺は声出し確認をして倒壊したビルを横になぎ倒した。

女の子を助けた安心から、ほっとしそうになるが、

すぐに魔改造重機の方へ顔をやる。


代わりにダルマがため息を吐いた。

正確には体にこもった熱を出したんだろうけど、

俺にはダルマも安心したんだと勝手に感じる。


「外部スピーカーをオフに。攻撃してこなかった?」

不思議に思いつつ俺は音声指示と疑問をつぶやいた。


俺は女の子を助けるのに必死になっていたが、

相手からすればダルマを壊す絶好のチャンスだったはず。


なのに魔改造重機はせっかく勢いよく揺らした鉄球が止まってしまうほど、

なにもしてこなかった。

突っ立って見ていたと言っていい。


「重機の運転手に聞きたい。

女の子が逃げるまで待っててくれたのか?」


俺は疑問を直接聞いてみた。

魔改造重機の運転手はうんともすんとも言わないので、質問を続ける。


「やりたくもないのにやっているなんてさっき言ったよな?

それって、本当は物を壊したりなんてしないで、

人助けがしたいってことか?」


すると答えの代わりに、

魔改造重機はまた鉄球を振り回し始めた。

勢いづく前に俺はダルマの腕を思いっきり振りかぶりながら駆け出す。


「またダルマが吹き飛ばされるぞ!」

博士は声を上げた。

それでも俺は鉄球に向かって拳を向ける。


ここでぶつからないと相手は答えてくれない。

ダルマ、カインドマテリアル、魔改造重機の運転手さん、

「こたえてくれよ!」


ダルマの拳と、魔改造重機の鉄球が正面から激突した。

またもダルマを通じて衝撃が俺の体に走った気がする。


そして俺は右ストレートを決める姿勢で止まっていた。

拳は鉄球にめり込む。


「なんと! だがあれではダルマの腕が持たない……」

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