第6話

 ダルマが完成して、世界への情報公開があった数日後のこと。


 母さんはライターの仕事が終わり、

警察官をする父さんも帰ってきて、

俺たち富士一家は遅めだがいつもどおりの夕飯を揃って食べていた。

そこで母さんが世間話をするように口を開く。


「ふたりとも『みんなに平等に』って言ってるひとたち知ってる?」


 俺も父さんもうなずいた。

肉じゃがをつついた父さんが話題に乗る。


「多分最近話題の慈善団体だ。

そこは昨今頻発するテロや社会不安で、

住む場所や仕事をなくしたり、

怪我や心身を病んでしまったひとを

支援、保護、治療する団体って説明を受けている。

ヤサシのように、今の世の中をどうにかしたいって思うひとは

いっぱいいるんだが……」


 父さんは説明ははっきりしているのに、

語尾ははっきりしなかった。箸を動かす手も止まっている。

父さん、仕事でなんかあったのか?

っても秘密にしなきゃいけないこともあるだろうし、

言えないんだろうな。そう感じて俺は母さんに話を戻す。


「母さんはその団体から仕事の依頼でもあったか?」


「ううん、団体さんのおっきな施設は隣町にがあるらしいのよ。

なのに最近その団体さんがわざわざこっちの街にやってくるらしい、

ってお隣さんに聞いたのよ。

わざわざやってきたひとは、北の山の上でなにかしてたり、

『深間山仏具店』ってお店の名前が入ったトラックを見てないかって

聞いて回ったりしてるらしいわ。変よね~」


 母さんの言葉を聞いて、俺の体が動画を止めたように固まった。


『深間山仏具店』って店の名前が入った軽トラは、

俺が研究所まで運転したヤツだ。

だがなんで慈善団体はそれを探してるんだ?

気になるが母さんは噂以上のことを知らないだろう。


「と、父さんはなにか知ってる?」


 暗に自分も知らないと答えるために、俺は父さんに話を振った。

父さんはやや不安を覚えたような顔で答える。


「僕も分からないな。

その慈善団体のビョードーというそのまんまな代表者の話とか、

広報活動を見聞きしても変ではない。

だから僕もトラックとのつながりがまるで予想できないんだ」


「変なひととかいないのか?

不審者っていうと失礼だが」


「ヤサシは気を使って言ってくれたが、

残念なことに不審者の通報も多い。

僕が現場に行って職務質問したら、

その慈善団体のひとだったってことが最近多くてね。


慈善団体なんだから職務質問されるようなひとはいない、

なんてイメージがあるだろう?

なのに変なひとが目立つ。


ヤサシが研究所の仕事を手伝い始めたあたりから、

物事が動き出している気がするんだ」


「もしかしてダルマさんと関係あるのかしら?」


「ダルマさん?」

 母さんの口から出てきたご当地キャラみたいな呼び方に、俺は首を傾げた。


「ほら、研究所で作った大仏さんみたいなロボット。

みんなダルマさんって呼んでるのよ。

作り終わって、護摩行もしたニュースがおもしろいって

ご近所さんだって話題にしてたの。

ヤサシも作るの手伝ったのに、

テレビにも動画にも写真にも写ってなくて残念だわ。

お母さんはヤサシの頑張りをみんなに知ってほしいの。

ヤサシもダルマさん関係者なんでしょう?」


 まるで授業参観で息子が活躍しなかったのを

悔しがるような顔で、母さんは言った。

そんなノリで残念がるようなモンじゃないんだよなぁ。

俺は眉を潜めてため息を絡めながら言う。


「お祓い――護摩行は俺も参加してたが、

列の後ろの方にいたんだ。

俺は手伝ったと言っても、荷物持ちしかしてないんだし、

バイトみたいなヤツがお祓いのときに前に座ってたり、

記者会見に出てきたらおかしいだろ。

俺は母さんが思ってるほど関係者じゃないぞ」


 本当はテストパイロットするかもしれないから

ガッツリかかわってるんだ。

ごめん、軽トラのこともそうだが、

言えないことも多いからこれくらいで勘弁してくれ。

頭の中で謝りながら、呆れた声で母さんに言った。

父さんは俺たちの話を聞きながら、

ようやく肉じゃがを口に運んで言う。


「カインドマテリアルもそうだが、

悪用したいと思うひとはいっぱいいる。

ましてやダルマみたいなすごいものができたのなら、

なおさら狙ってくるかもしれない。

ヤサシも母さんも、もしなにかあったら僕に連絡をしてほしい。

なんだか嫌な予感がするんだ」


「あなたってば大げさね。

確か研究所にも警備とかついてるんでしょう?」


「母さんの言う通りもちろんいる。

ヤサシはもう会ったかもしれないが、

僕の友達、山寺の特殊警察チームがついている。

でも山寺たちが動くようなことにならないで済んでほしい」


その言葉に俺は強くうなずいた。


   #


次の朝、珍しく土曜休みだと言っていた父さんが、

準備をしていた。父さんが袖を通したのは、

いつもの警察官の制服じゃなくて、見慣れない厚そうなジャケットだ。


ただ事じゃないと感じた俺は真剣な目で聞く。

聞くまでもないが、他にかける言葉がない。


「なにかあったのか?」


「駅前で火事だ。それも複数。

そのせいか110と119が鳴りっぱなしらしい」


説明していると父さんのスマホが揺れた。

父さんは驚くほど手早く手に取り、

スピーカーに切り替えて近くのテーブルに置く。


「市役所の入り口に車が衝突との通報あり。

富士警部は迎えのパトカーに乗り、そちらへ向かわれたし」


「了解しました」


「俺もなにか手伝いたいが、

できることはあるんだろうか」


通話を切った父さんに俺は聞いた。

ここで『できることはあるか?』って堂々と聞けないのが俺は悔しい。


だが俺の立場と頭じゃできることがまるで思いつかなかった。

研究所に入る前に持っていたなにもできない感がまた出てくる。


 父さんは警官服に着替え終えると、急ぎ目の声で俺に言う。


「ヤサシ、研究所へ行くんだ。

カインドマテリアルでできたパワードスーツを見たことがあるだろう?」


「ああ。俺も採掘作業とか力仕事で借りたことがある」


「なら話は早い。昨日話したダルマと同じで、

パワードスーツも災害救助を想定して作られている。


だから警察や消防には、

研究所に救助活動の応援を頼むことができる仕組みがある。

今頃研究所にも情報が届いてて、

応援要請を受ける準備をしているはずだ」


「今、研究所で工事してる司令室って、そのためにあるのか……」


「そうだ。今のヤサシにもできることがあるぞ」


父さんは励ますような指示するような口調で言ってから、

すぐに家を飛び出していった。

なんとか効果でおかしな音になるサイレンを聞きながら、

俺も出かける準備を始める。


研究所に行くときは制服で来いと言われている。

今日は学校が休みでも俺は、

父さんと同じように制服に袖を通した。


出かけることを伝えようとすると、

その前に母さんは玄関にいた。


「ヤサシ、研究所の方で事故とかは

起こってないみたいだけど、気をつけてね」


スマホを片手に、不安そうだががんばってほしい

という顔で声をかけてくれた。

俺はうなずいて家を飛び出した。


   #


研究所は入り口のピリピリした警備、

急いで搬入が進む荷物など、緊張感が増しているのが分かった。


ドタバタ走るひとたちの間を縫って、

俺は研究所の中を走る。父さんと話したその場所へ向かう。


「石丸博士、俺にできることがあれば言ってください!」


言いながら俺は仮司令室に飛び込んだ。

建設中ではあるが、電車や発電所、

宇宙へ行くロケットなど管理をする部屋みたいな雰囲気はすでにある。

不謹慎な例えになるかもだが、分かりやすく言うと、

SF映画にでてくる司令室のそれに近い。


すでに完成している箇所はコンピューターが内蔵されたような席で、

そこでオペレーターの上坂さんや茅野さんが常に誰かと話を続けている。

父さんの言う通り、研究所にも事故のことが届いているのだろう。


「ヤサシくん!?

どうして……いや、君の性格なら当然か。ならば――」

石丸博士は俺の顔を見てそう言うと、決心したようにうなずいた。


「茅野くん、消防に応援要請を受諾、

二名の行き先を指示してほしいと、返事をしてくれ。

上坂くん、赤羽根くんと森久保くんを出す準備をするよう連絡を」


「俺は!? おふたりを出すならパワードスーツ一着と俺が余ります!」


「ヤサシくん、もどかしいかもしれないが君はここで待機してほしい。

ヤサシくんは救助訓練などを受けてないし、未成年だ。

もしものことがあったとき、お互い大変だ」


俺の心になにもできないもどかしさが戻ってきた。

石丸博士に言いたいことが俺の腹から湧き上がる。

それでも俺は歯を噛み締め、腕を強く握りこらえる。

石丸博士の言うことは正しい。俺たちを思いやってのことだ。


「それにだ、万が一のことがあったとき、

研究所にパワードスーツとダルマを動かしてくれるひとが

いないのは不安だったんじゃ。

だからヤサシくんが来てくれたからこそ、

赤羽根くんと森久保くんを行かせることができた。

後ろ盾、予備要員であるヤサシくんはいるだけで仕事になるんじゃよ」


博士は苦い顔を見せて、仮司令室の大型モニターに目を向けた。

火事で燃える駅前のビル、

市役所に突っ込んだ車の映像、

緊急通報用の電話が繋がりにくくなっていることを伝える

テレビの映像が映っている。


博士の目は、見えていないものを見ているように見えた。

俺には見えないので言葉として聞いてみる。


「石丸博士は、俺のことを予備、後ろ盾なんて言いました。

もしかして博士は、まだなにか起こるって予想してるんですか?」


俺は腕に力を入れたまま言った。

なにもできないことへの苛立ちが、

なにか起こるかもしれないことに対する緊張感に上書きされていく。


「うむ。嫌な予感があってな。

杞憂に終わればいいんじゃが……」


結局その日、俺の出番はなかった。

みんなが博士にとおり越し苦労だったと安心させるように言い、

俺に気を使わせてしまったことをねぎらってくれる。


それでも父さんと同じような嫌な予感を口にした博士の言葉が、

俺の頭から離れることはなかった。

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