第7話


多発事故のあった日からまた数日。

俺が学校に行く前、父さんから電話が来た。


「ヤサシ、すまないが僕は今日も帰れそうにない」


父さんの喉がガサガサなのが電話越しにも分かった。俺は低い声で聞く。


「分かった。母さんにも伝えておく。

帰れないってことは、そんなにヤバイのか?」


「出勤通学をやめさせるほどではないが、

街の、特に駅周辺は落ち着かない状況だ。


警察官と消防隊と自衛官が多すぎて、

スーツの社会人や制服の学生はその間を縫って歩いていると言っていいほどだ。

登下校のスクールバスにも路線バスにも、

パトカーが必ずついている異常事態だよ」


俺はテレビを見ながら父さんの話を聞いた。

駅前のピリピリした様子が映っていて、俺は顔をしかめる。


「物騒だな……。歴史の授業でもそんなの見たことないぞ」


「僕もこんなのは初めてだ。ヤサシの学校の対応はどうだ?」


「俺の学校は一応普段どおりだ。

それでも部活は停止で、生徒は理由がなければまっすぐ家に帰って、

出かけずに過ごすよう言われた。バイトももちろんストップだ」


「そうか。クラスで変な噂とかたってないか?

騒動について情報がほしい。それこそ一見ふざけた話題でも構わない」


「研究所の近くで、

柄の悪いヤツらに仏具店のトラックのことを聞かれたって、

クラスのヤツが何人もいた。

事件と直接関わりはあるか分からないけどな」


「いや、事故や事件が増えると治安も悪くなる。

ましてやヤサシは研究所を出入りしているから、気をつけてくれ。

なにかあったら大人に頼るんだ。

研究所には山寺もついているし、

小清水という柄は悪いが腕が確かな女性もいる」


「ああ。っていうか父さんは研究所に行くのを止めないんだな」


「僕が言ったくらいでヤサシがやめるとは思っていないさ。

それに僕は、母さんには話せないヤサシの仕事も、

パワードスーツとダルマの凄さも知っている。

カインドマテリアルがヤサシを守ってくれるって信じてるんだ。

それじゃ頼むぞ」


「ああ、ありがとう、父さん」

 電話を切ると俺は学校に向かった。


   #


俺は学校が終わるとすぐに研究所へ向かった。


俺の目から見ても、研究所にも強い緊張感が漂っていた。

採掘作業員のひとたちはなれない仕事で疲れた顔になり、

怖い顔の警備のひとが増え、

消防隊や警察官、自衛官のひとたちが入れ替わり立ち替わりしている。

空気が読めないとよく言われる俺でもみんな疲れているのが分かった。


「お疲れ様です」


ブルーシートが減った仮司令室に入るとき、

俺はいつもよりねぎらいの念を込めて挨拶をした。


入れ替わりで司令室を出ていった富山さんが、

ありがたそうに軽く頭を下げるのが見える。


そいえば富山さんを久しぶりに見たけど、

どこの担当なんだろうか。いや今はいい。


「ヤサシくん、今日も無事に来てくれたか」


石丸博士は俺にありがたみと心配の混じった声をかけてくれた。

うなずいてから俺は聞く。


「良くはないと思いますが、今の状況はどうです?」


「まるで緊張感を作り続けて、こちらを疲れさせているみたいじゃ」


「あるいは、探りを入れてるのかもね」


作業中のコンテナの上であぐらをかいていた女性が、

石丸博士の言葉に続けて言った。


あまりもオラオラ系な声と、

モータースポーツで使うライダースーツのような格好が場違いすぎる。


「小清水さん、探ってるってもしかして俺が運転した軽トラのことです?」


このひとが小清水さんだ。

ひとの悪口を言うのを聞いたことがない俺の父さんですらも

『柄が悪い』と紹介するのにふさわしい雰囲気だ。一応褒めてる。


「そうさ。用心棒をしてるあたしでも、

軽トラの積み荷はなんなのか知らされてない。

だけんど噂の連中は、

軽トラの積荷を『御本尊』なんて呼んで行方を探してた」


「そいえば、前に博士も言ってましたね。

ゴホンゾンってなんです?」


「……仏様を指す言葉じゃ。

そこから転じて大切なもの、

めったにお目にかかれないものを指すようになったんじゃ」


小清水さんからも俺からも目をそらして、

石丸博士は説明してくれた。

ここではコードネームみたいなもんかと俺は解釈してうなずく。


「連中、あたしが束ねてるバカどもにも

ケンカ売られたりしてるし、公私共に困るわ。

御本尊の在り処を知りたかったらあたしとか偉いヤツに聞けっての」


「それはそれで困るんじゃがの……」

小清水のイキが良すぎる言葉を聞いて、石丸博士は苦笑いを見せた。


それから石丸博士は、なんか間が悪そうな顔をして、

司令室のモニターに目をやった。

今の話のどこに、気まずくなるが要素あったんだ?


「まあいいわ。

ちょっくら研究所のあたりを走ってくる。

パトロールってやつさ」


そう言って小清水さんは肩をすくめながら出ていった。

赤いライダースーツを見送ると石丸博士は一息ついて言う。


「すまないね、ヤサシくん。

ダルマを動かせるか試してもらうとか言っておきながら、

話が進んでおらんくて」


「いえ、こんな非常時ですし、

ダルマを動かせる候補として俺をここに置いてもらってるだけで十分です。

みんないつなにが起こるか分からない不安を持ち続けている。

そこに俺がいるだけでちょっとでも和らぐなら、安いもんです」


俺はハキハキと答えた。他のひとの気持ちを考えて、

分かち合うことも優しさだって父さんや母さんから教わってるんだ。

なにもできないもどかしさもあるが、耐えてみせる。


「夜にはパワードスーツを扱える赤羽根くんも森久保くんも戻ってくる。

そうしたら交代でいてもらうようにする予定じゃ。

ヤサシくんは、無理なく手伝ってほしい」


「分かりました。なにごとも無ければってことですね」


「うむ。小清水くんは軽トラを探ってると睨んだが、

ぼくはダルマが見られてる気もするんじゃよ」


博士は俺に教えるようにつぶやいた。

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