第5話
「いやぁ、ヤサシくんががんばってくれてるおかげで、
工事が予定より早く進んでるよ」
ある日の休憩時間に、俺は作業着の男のひとにそんなことを言われた。
そのひとが研究所で働いているひとなのは分かるが、どこの誰か分からず、
「あ、ありがとうございます」
とりあえずお礼を言うしか俺にはできなかった。
男の人は本当にそれだけ言って歩いて行ったので、俺は他に話を聞けずだが、
「……そっか、俺、役に立ってるんだな」
ってことは分かる。
もちろん詳しくは分からない。
だけどだんだんと嬉しさがこみ上げてきた。
そのおかげか、より張り切るようになる。
研究所のいろいろなひとに声をかけられるようになったのは、
そのときだけじゃない。
「富士ヤサシくん、ちょっとこれを使ってほしい。
他のひとは相性が悪くて動かないんだ」
「ヤサシくん、これ使ってみてよ。
新しいパワードスーツのパーツなんだ」
「このドウマルをつけてくれ。温かい? それはいい反応だ」
「ねえねえ、新しいヘッドセットできたんだ。
網膜投影って言って、映像を直接目に当てて見せる技術なんだよ。
目に悪くないから大丈夫だって。
カインドマテリアルと関係あるのかって?
ほら、カインドマテリアル製だから頑丈だよ?」
「これつけて、ここに立って。
モーションキャプチャーってやつだよ。
Vチューバーの使ってる機械よ。
うんうん、ヤサシくんって適合者なのね。
適合者って?
Vチューバー界隈で、こういう機械に向いてるひとを指すスラングよ。
本当に深い意味はないから気にしない」
このように俺は様々なひとから、様々なことを頼まれるようにもなった。
中には採掘作業と関係なさそうなことも多かったが、
俺は疑問に思っても断らずにこなした。
俺は研究については素人なんだから、
口を挟むより手足を動かしたほうがいいと思ったからというのもある。
それだけじゃなくて、やっぱり頼られて、
カインドマテリアルの研究の役に立つのが俺は嬉しい。
いろいろな手伝いをしているうちに俺の仕事は採掘作業から、
新施設の増築、巨大3Dプリンタの設置、
さらにそれを使って作られる新しい大型重機の開発に変わっていった。
いやこれは重機じゃないな。どう見ても、
「巨大ロボットだ」
俺が運んだパーツは明らかに『頭』だった。
思わず『そいつ』を見てつぶやくほど、現実離れした存在が目の前にある。
今の今まで俺は大型格納庫にパーツを運ぶだけで、
なにが組み立てられているのか分かっていなかった。
今までの頼まれごとと同じように、
俺は二つ返事で応じて無我夢中でこなしていただけ。
その頭は作業用の大型アームに渡されて持ち上げられた。
多くの作業員さんがモニターやくっつく箇所に注意深く目をやっている。
俺は吸い寄せられるようにその光景を見ていた。
俺だけじゃなく、俺たちに指示を出していた整備の野田さんも、
肩にタオルを掛ける採掘作業員の関さんも、
いつの間にか隣りにいた博士も、
頭が取り付けられる様子をまじまじと見ている。
「全長二〇メートルのロボットは、
地球の重力のせいで動くのはおろか自立、
歩行すら難しいって言われてたんじゃ。
そもそも作れたとしても動かすためのエネルギーがなければ、
動かない建物といっしょじゃろう。
それに頑丈さがなければ勝手に壊れてしまう。
でもそんな問題を全てカインドマテリアルが解決してくれたんじゃよ」
博士はまるで夢でも見ているかのように、
聞いてもいない説明を俺にしてくれた。俺はなにも言わず耳を傾ける。
「巨大ロボットなんて子供じみた存在だって思われるかもしれない。
じゃけど、ひとが動かすにあたって同じ形をしているのはすごい大事なんじゃよ。
見たことない形をしていたら、
怪獣みたいに怖いって思われるかもしれない。
犬とかトリみたいな形をしていたら、
今度は動かすための仕組みを作るのに苦労する。
ひとに安心感を与えて、
ひとが動かすための最適なシステムを用意するのに、
ひとの形である必要があるんじゃ」
そんな博士に合わせたかのように、ちょうど頭が取り付けられた。
たくさんの大人たちがいろいろなところを見て確認の声を上げている。
「カインドマテリアルを使って
人命救助、災害支援、建築や運搬などの作業をこなすロボット。
ぼくたちはこれをカッチュウって名付けた。
そしてこれはその第一号『ダルマ』だ」
「カッチュウっていいましたけど、まるで大仏ですね」
俺は博士の説明と、ダルマの顔を見て思ったことをつぶやいた。
ダルマの顔はまさに仏頂面というにふさわしい大仏のような顔だ。
体もカッチュウや鎧というより、
お坊さんや仏様の着ているケサのようなデザインをしていると俺の目には見える。
「うん、仏様のようにひとを助ける存在になってほしいんじゃよ。
だからぼくはダルマを総称にしたかったんじゃけど、
困ったことをするひとたちに向けた抑止力や、
防衛力として存在する必要がある。
じゃから身を守る鎧の名前になっちゃったんじゃ」
博士は残念そうな声で説明してくれた。
抑止力なんて俺の耳には聞き慣れない言葉と、
防衛力という言葉から俺にも分かることがある。
カッチュウもダルマも重機と呼べるようなものじゃない。
身を守るためとはいえひとを傷つける力を持っている
ということだろうと俺は思った。
俺はカインドマテリアルを平和に使ってほしいと思っているが、
もしかしたらその考えにふさわしくないかもしれない。
俺は石丸博士との顔と同じ残念そうな顔をする。
「ま、カッチュウはパワードスーツの延長線みたいなもんじゃ。
そう考えれば鎧みたいな意味のカッチュウも、
案外分かりやすい名前じゃけどね。
鎧兜だって今は観賞用や競技、儀式用もあって
全部が全部戦うための道具ってわけでもないじゃろう?」
博士はケロっと明るい顔になって付け加えた。
名前はどうあれ、カッチュウが出来上がったことがとても嬉しいのだろう。
俺は博士の考えを後押しするように思ったことを言う。
「はい。どんな道具も使うひとしだいですよ」
「そうじゃ。しかもこのカッチュウは
パワードスーツ以上に適正がないと動かせない。
じゃからそうそう悪用はされないと思うんじゃよ。
研究所で働いてるひと全員を乗せて、
三人ほど動かせるひとが見つかればいいほうじゃ。
ヤサシくんも、パワードスーツと同じようにやってもらっていいかな?」
「はい。もちろんです!」
博士の頼みに俺は直ぐに返事を返した。
ってもパワードスーツみたいに都合よく動かせるとは思ってないけどな。
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