第4話
俺の仕事は、博士の言った通りカインドマテリアルの採掘だった。
作業員の関さんという陽気な男の人が、
にぎやかな声で俺に説明と案内をしてくれる。
「ヤサシくんはカインドマテリアルに詳しいって聞いてるよ。
改めていう必要ないかもだけど、一応説明するね。
カインドマテリアルは、円柱などの形で埋まっていたり、
掘った先にある空洞とかにいきなり立っていたりする。
もちろん理由も理屈はなーんも分かんないけどね」
作業員の関さんの声が響く採掘所は、
教科書やドキュメンタリー番組で見たことがある炭鉱そのものだった。
違うのは使われている道具や機械、それと天井などを支える骨組みなどだ。
「崩れないか心配? もちろん崩れないよ。
特にこのへんは採掘が終わったら工事して新しい施設にするらしいから、
それもあって頑丈さ。
それにヤサシくんには、特にすごいものを用意してるからね」
「すごいもの?」
首を傾げながら俺は案内されるまま歩いた。
すると、炭鉱を歩いていたかと思ったら、また近代的な施設に戻っていた。
工事の最中であるが、まるで工場のようなでかい空間がある。
その角にそれはあった。白衣よりも作業着の似合いそうな男性が一緒に立っている。
「富士ヤサシだな。
おれは整備の野田だ。君にはこれを使ってもらう」
野田さんの名乗りと指示を聞く前から、
俺の目は丸くなっていた。指示を聞いてさらに俺の目がカッ開く。
「これって、カインドマテリアル製のパワードスーツ……ですよね?」
俺は知っていることをわざわざ確認した。
剣道の防具が売られているかのように、
パワードスーツは置かれていた。
体や手足に身につける箇所はまさに頑丈な防具だ。
頭はハチマキのようなヘッドセット、
さらに右手の近くには工事現場で使われるごつい道具のようなものが揃えられている。
「そうだ。カインドマテリアルだから見た目より軽く、
道具の付替えでいろいろな作業に使える。
おまけにカインドマテリアルそのものがバッテリー代わりという、
まさに夢のパワードスーツだ」
「はい。野田さんの説明と、
俺の知識に違いはありません。
なので、これを俺が使うのが信じられなくて」
俺はいまだ信じられなくて呆然とした声で答えた。
俺にパワードスーツを使わせるっていうことは、
小学生のパソコンの授業にスーパーコンピュータを使わせてるようなもんだろ。
「高校生だからとか、
神谷のチームの山田が世話になったからとかって理由で貸し出すんじゃない。
いろいろなやつにテストさせてるだけだ。
理由は分かるだろ?」
「カインドマテリアルを使って作られた道具は、
使えるひとが限られてるから、ですよね?」
「そうだ。使えないやつはパワードスーツを着て一歩も歩けん。
訓練次第で使えるが、そこの関は使えるようになるのに九ヶ月かかった」
「えへへ。それほどでも」
野田さんの説明を聞いて、関さんは照れくさそうに笑った。
本当に動かせるだけでもすげぇんだな。関さんの言葉を無視して野田さんは続ける。
「救助活動に使えるほど使いこなせるヤツは、研究所にふたり。
森久保と赤羽根のふたりしかおらん。
ふたりも採掘作業に駆り出せないから、常に人手不足だ」
「そういうことでしたら。やります」
俺は強気な声で答えた。野田さんは深くうなずく。
「早速着せるぞ。パワードスーツの前に立って背を向けろ。
あとは機械がやってくれる」
野田さんはぶっきらぼうな言い方をしてから、
ぶっきらぼうな指示を出した。
俺は野田さんに言われた通りすると、
SF映画みたいな音を出して機械が全部やってくれた。
剣道の防具を着たことがあるが、圧倒的に簡単だ。
「おおっ、この見た目でこんなに軽い」
俺は新しいおもちゃを貰ったみたいにつぶやいた。
ウキウキのまま歩いてみると、
「うげっ」
と我ながらマヌケな声を出してコケた。
なにもないところでコケるとか、子供かマンガのキャラみたいで情けねぇ。
「思った以上に動けるな……富士、慣れるまでは慎重に動けよ。
信じられないがSF映画に出てくる道具みたいな代物だからな」
野田さんはバカにするでもなく、呆れるでもなく、
硬い口ぶりのまま言った。
顔をあげると驚きを隠しているような硬い顔が見える。
なにか思ったことがあるか聞いていいのか分からず、
俺はただうなずいて返事をした。代わりに関さんが間抜けそうな顔でつぶやく。
「すごいっすね。
おれは今も軽々動けないんだよなぁ。太ってたからか?」
「そう思うんだったら、関は酒とつまみを減らすんだな。
富士、起きれるか?」
「はい」
聞かれて俺は飛び跳ねるように起き上がった。
あまりに軽々動けるので、
ダルマのように転んでも転んでも起き上がれる気がしてくる。
「よし、富士は一番手前の、
杭打機みたいなのを右手にはめてついてこい。
右手に被せれば機械が勝手に取り付けてくれる」
言われた道具を見ると、ごっつい杭打機のようなものがあった。
おおよそひとが手に持てそうにない見た目と、普通なら使ったひとが吹き飛びそうなパワーを感じる。それでも俺は、カインドマテリアルで作られたパワードスーツがあればどちらも解決できるのだろうと思う。
俺は杭打機を手に取った。
見た目と違って軽すぎじゃね、と感じるほどだ。
ハリボテじゃないよな。
んなもん大真面目に見せてこないだろと自分にツッコむ。
採掘機はカチャカチャと音を出して、
簡単に俺の着るパワードスーツにくっついた。
ハリボテじゃなくて、おもちゃかもしれない。
いやそれもないだろ。カインドマテリアルを使ったマジモンの採掘機だ。
こんな物をつけるのだからまたコケたら危ない。
慎重に足を動かして野田さんについていった。また採掘所に入り岩の壁の前へ。
「これを砕いてもらう。
すでに持ち手を握ってるので分かると思うが、
親指のところにスイッチがある。
岩に採掘機の先を突き刺して、左手で右腕を抑えながらスイッチを押せ。
パワードスーツがあるから衝撃で吹き飛んだりはしない。
逆に採掘機もカインドマテリアル製でそうそう壊れん。安心して使え」
野田さんは腕を組みながら、
サクサクと説明と補足を言ってきた。
まるで俺の不安を先読みしているみたいだ。
俺は不安な顔を見せるスキもないので、言われたとおりにする。
スイッチを押す前に一度息を止める。
研究所で働くことになって、
いきなり最新技術のパワードスーツを使うことになって、
いきなり硬い岩を砕けって、流れが早すぎる。
だがこれは俺への期待の現れとも取れる。
俺を採用した博士がこの仕事を把握してないわけないし、
整備の野田さんだって失敗してもいいって感じのことを言ってる。よし。
そう思って俺は強くスイッチを入れた。
でかい音とともに右腕の採掘機が杭を打つように、岩にヒビを入れていく。
ほどなくして、岩が音を立てて崩れた。
岩の中から光るカインドマテリアルのかけらも一緒に散らばった。
俺はうまくいったと感じて、一度スイッチを止める。
「なんか思った以上に簡単にできたな……。
野田さん、関さんこれでいいですか?」
俺は感想をつぶやきながら振り返り、確認の声をかけた。
するとおふたりとも驚いた顔をしていた。俺は顔をかがめて恐る恐る聞く。
「野田さん? 俺、なんかまずいことしてました?」
「だって、チョコを割るような勢いで岩が砕けたんだぜ。
おれが苦労して掘ってる硬さの岩ををそんな簡単に割ったら驚くよ。
野田さん、富士くんの使ってるパワードスーツって、
おれが使ってたのと同じなんっすか?」
作業員の関さんが俺の右手を指差し、顎を落としながら言った。
整備の野田さんも俺の右手を見て腕を組み直す。
「カインドマテリアルの道具がどうしてひとを選ぶのか。
それはひとによって引き出せるパワーやエネルギー量が違うからだ。
おまけにどうしたらパワーとエネルギーを引き出せるか、
まったく分かっていない。
エネルギーが回復する理屈も分からんから、当然だろうな。
使えないってヤツは山ほど見たが、
逆に適性がありすぎるヤツは初めて見るな……」
いいながら野田さんは俺に近づいた。
機械の整備員ではなく、
まるでお医者さんが患者さんの顔色を伺うように見てくる。
どうしてそんな目で俺を見るのか不思議だ。
次に野田さんの目は散らばったカインドマテリアルに向けられた。
いつの間にか光がなくなっている。
野田さんは俺から離れてでかい声で指示を出す。
「富士がここまでできた理由は分からんが、いいだろう。
おれは砕いた岩とカインドマテリアルを運ばせるヤツを連れてくる。
富士は関の指示で仕事を続けろ。
気分が悪いとかあったらすぐに関に報告して仕事を中止しろ。
関は富士に異常がないか見ながら仕事を教えてやれ」
「「は、はい!!」」
俺も関さんも戸惑いながらもはっきりとした声で返事をした。
野田さんはそれを聞いてうなずき、
「富士ヤサシ、期待してる。よろしく頼むぞ」
と嬉しさか興奮が隠せていないニヤリとした顔を見せて、戻っていった。
俺がしたのは悪いことではなかったようだ。
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