第3話


外から見た研究所は物々しい雰囲気だったけど、

中はとても明るく晴れやかな感じだった。

壁や床は白く、SF映画に出てくるようなデザインだと感じる。


だけどここは、超大手の会社オフィスみたいに受付や休憩所、

喫煙ルームに自動販売機などもあって、

ロビーみたいな感じなんだと思った。


中を歩いているひとのほとんどは

さっきの富山さんのような白衣の研究員さんや、

軽トラの山田さんと同じような作業着だ。


だけどその中に混じって、

警備員さんの青い服や

ボディーガードのような黒いスーツとサングラスの男性も目立つ。


だけどそこには山寺さんという、俺の父親『トウ』の友達がいた。

山寺という男のひとは、仕事の内容や居場所を聞いてはいけない仕事をしている。

父さんからそんなことを聞かされていたので、

それ以上考えないことにする。


さらに小清水という、この辺では有名な女性もいた。

地元の暴走族やヤンキーを平和的にまとめた、なんて噂があるひとだ。

小清水さんは赤いライダースーツで研究所に入ってきて、

そのまま奥に歩いていった。


誰も小清水さんを止めないということは、

小清水さんはここで働いているんだろう。

なんの仕事の担当なのか、俺にはちんぷんかんぷんで考えるのをやめる。


「富士ヤサシくん、ここへどうぞ。

まず人助けのお礼としては安すぎるけど、飲み物でももらってほしいんじゃ」


石丸博士はさっき名乗った俺の名前を呼んで、

フカフカのソファーに座ってほしいと、

マンガみたいなジェスチャーを見せた。

石丸博士はスマホ払いで缶コーラを買い、俺に差し出してくれる。


「いただきます」


俺は、大人にジュースを奢ってもらうなんて経験がなかったので、

やや緊張した声で答えた。

博士は嬉しそうにうなずいて、

見たことない炭酸ジュースの缶を開ける。


すると、さっきの富山さんがやってきた。

石丸博士に顔を近づけてひそひそ声をかけた。

「石丸博士の言ったとおりだ。それと――」


次に富山さんは俺の方を見た。

俺は口をつけていた缶をおろして、富山さんに顔を向ける。


「恩人にお伝えするよ。

山田氏は寝不足なだけで命の心配ない。

今は寝ているから気にしなくて大丈夫だよ」


そう言って富山さんは、俺の返事を待たずに立ち去っていった。

わざわざ教えてくれたことに礼を言うまもなく、

俺は翻った白衣にただうなずくしかできなかった。

代わりに石丸博士が俺に声をかけてくれる。


「本当にありがとう。

こんな人助けは勇気がいると思うのじゃ。

どうしてしてくれたのか、理由を聞かせてくれるかな?」


「俺は最初、救急車を呼んで任せようと思ったんです。

でも、山田さんが、救急車を呼ばないでくれ、

軽トラを研究所に運ばないといけないんだって、

命をかけているような声で言ったんです」


「山田のヤツ、高校生に無茶を言ったなぁ」


石丸博士は、山田さんの人柄をからかうように、

苦笑いとともに言った。

石丸博士とは仲がいいんだろうなと俺は思いつつ、話を続ける。


「だから軽トラの荷物は、

カインドマテリアルに関する大切なものなんじゃないかって思いました。

もちろん事情はなんにもわかりませんけど、やんなきゃいけないなって」


俺は思ったことを素直に答えた。

話を進めているうちに、

採用面接をしているような気分になり、少し肩に力が入る。


「ということは軽トラの積荷がなにか見たのかな?」


言いながら石丸博士は、

俺を試すように顔を覗き込んでくる。

さらに俺の肩に力が入る。


「コンテナは開けてないです。ただ隙間から光が漏れてて、

それがカインドマテリアルが

エネルギーを発してるときの光だっていうのがすぐにわかりました。

おまけにすっからかんだった軽トラのエネルギーが

増えてるなんてことが起こったんです」


「それについてヤサシくんなりにどう思ったかね?」


石丸博士の目は、

強い選手をマークするような目になった。

それでも俺は目線をそらさずに答える。


「コンテナの中身がなにかしたんじゃないかって思いました。

だけど俺の頭じゃこれ以上考えられないですし、

気にはなってもそれどころじゃなかったです。

今考えてもエネルギーが増えた理由は

『カインドマテリアルが力を貸してくれた』

なんて笑われそうなことしか思いつかないです」


俺は頭をかきながら言った。

だが博士は、自分と同じ天才を見つけたように口を丸くする。


「ほう、『カインドマテリアルが力を貸してくれた』

なんておもしろいことを言うんじゃな」


石丸博士はバカにしたような言葉を、

本当に驚いているような声で言った。

俺は予想してないリアクションが博士から返ってきて目を丸くする。


「ヤサシくん『カインドマテリアルとはなにか』

知ってる範囲で答えてもらえるかね?」


「はい! カインドマテリアルって、

世界に優しくする新しい発見だって俺、思ってます。

軽くて、加工が簡単で、いっぱいあって、

素材自体にエネルギーがこもっている。

難しいことはわからないですけど、

現実に存在するには都合が良すぎるものだって。

初めて見つかった直後はやっぱり取り合いになっちゃったりしましたけど、

今は世界のあちこちで見つかってて、

まるで取り合いにならないよう配られてるような感じがするんです。

だからテロとかひとのものを奪うようなことも、

カインドマテリアルの研究が進めばいずれなくなるんじゃないか

って本気で思って、俺もその手伝いがしたいんです」


俺の声は、ロビーに響き渡るようなでかさだったようだ。

何人かの視線を集めている。


やっちまったか……。

普通のバイト面接でこんなに語っちゃったらドン引きだろ。

博士も顔固くしちゃってるし、丁重にお断りか――。

と思って苦い顔をしそうになったとき、

博士は嬉しそうな顔をして口を開く。


「だったら研究所で働いてみないかい?

 ぼくは君のような存在を探してたんだ」


「えっ!? ぜひとも――」

OKに決まっていたが、

急に俺は冷静になって答えを飲み込んだ。

前のめりになっていた俺の体は後ろに引っ張られる。


「いえ……俺は頭も良くないですし、

カインドマテリアルのことだって調べたことしか知りません。

それにカインドマテリアルのことだけ知ってても、

仕事ができるとは思ってないです」


「研究や開発だけが、

カインドマテリアルに関わる仕事じゃないよ。

知っての通りカインドマテリアルは

炭鉱、鉱山、洞窟や遺跡のような場所で見つかっている。

それを取り出すのはどうしても力仕事になる。

研究職の人間はぼくのように体力がないからね。

ヤサシくんは体力があって、やる気があって、

人助けをする優しさと勇気があると思った。だからお願いしたい」


博士は理由を優しく語りかけるように言った。


なんだか『人助けをする優しさ』ということろが強調されてる気がする。


俺は父さんからひとに優しくすることを学び、

母さんからひとに優しくする方法を教わった。

大事なことであれば、自分にできることが本当にあるのだろうと思う。


「分かりました。よろしくおねがいします!」


熱くなった胸の熱量をそのままぶつけるように、

俺は答えて頭を下げた。

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