第2話

研究所に近づいてくると、俺は研究所の物々しさを感じた。


軽トラの妙に汚れたガラス越しに、大げさで大きな外壁が見える。

高さは一〇メートルくらいあって、これじゃ研究所っていうより基地だろう。


クラスメイトの男子がそう言っていたのを俺は思い出した。

俺も似たような感想を持った上で、

昨今の世の中を考えるとしゃーなしとも思っている。


進行方向にある入り口からも緊張感がひしひしと俺に伝わってくる。

入り口には警備員さんが数人いて、監視カメラもついている。


俺が運転する軽トラックが近づくと、

すぐに警備員さんたちはバタバタと駆け寄ってきた。

警備員さんたちはイヤイヤ戦地に赴くような顔だ。


俺はゆっくりと軽トラを止めた。

警備員さんたちに声をかけられる前に、俺は軽トラから出て、

拳銃を突きつけられたように手を挙げる。


「俺はこの軽トラに乗っていた山田さんに頼まれて、

ここまで運転してきました。

事情が分からないですが、

軽トラと助手席の山田さんのことをお願いできますか」


俺は警備員さんたちに、はっきりとでかい声で言った。

研究所のひとたちに怪しまれることは分かっていた。

なので俺が言ったことは、すぐに警戒を解いてもらえるよう、

軽トラを慎重に運転しつつも考えていたセリフだ。


それを聞いた警備員さんたちは、

ぎょっと不意打ちをされたみたいな顔になった。

俺は、警備員さんに余計な心配と気疲れをさせないようにって思ったが、

逆効果だったかもしれねぇ……。

申し訳ないと眉を落とす。


警備員さんはすぐに真剣な目つきになり俺や軽トラを確認し始めた。


「おい、このひと先日の――」


軽トラを見た警備員さんが声を上げた、

と思ったら慌てて口を閉じた。

多分言っちゃいけないことを言いかけたのだろう。

俺は聞こえてないふりをする。


「こちら警備、山田氏が到着した。

仮司令室へ医務室に受け入れの準備と担架を頼む」


俺のそばにいた警備員さんが、首元のマイクに声をかけた。

それからまた俺に目を向ける。


「このトラックをどこで?」


「ここから一〇分くらい走った住宅街で見つけました。

軽トラはエンストしたみたいに止まってて、

ふと気になって運転席を見たんです。

そしたら運転してたであろう山田さんが大変そうにしてたので、

俺は声をかけました。

そうしたら、山田さんは急いで軽トラを研究所に持っていけって」


俺が説明をしている間に研究所の中から、

担架を持って白衣を着たひとたちがでてきた。

運転手の山田さんは、ていねいに助手席から降ろされて担架へ載せられる。


ふと俺は山田さんと目が合った。

山田さんはお礼を言ってくれたように、

こっくりと力なくうなずいてくれた。

俺も小さくうなずいて返す。


「疑うようで悪いが、所持品の確認と、

かんたんな身体検査を受けてくれ」


「はい。ポケットの中はこれで全部です。

あとトラックに俺の自転車も積んあります」


言いながら荷物を出した。

折りたたまれたエコバックと、スマホ、家の鍵だけを見せる。

買い物もスマホで払うつもりだったので本当に必要最低限だ。


俺が金属探知機と思う機械を当てられていると、

研究所からヒイヒイ言いながら初老の男性が走ってきた。

見覚えがあるひとだったので俺は思わず目で追う。


あのひとは石丸博士という、

カインドマテリアルの研究で有名なひとだ。

白髪まじりのギザギザな髪、

他の研究員さんよりもビシッとした姿勢、

いつも優しげな表情はテレビやネットの写真などで見たのと同じだ。


「……これはっ!」


軽トラの幌の中を覗くなり石丸博士は大声を上げた。

まさに信じられないものを見たような、大げさな声だ。

続けて石丸博士は妙な事をでかい声で言う。


「まさか、『ゴホンゾン』はひとりでに自転車を生成したのか!?」


「石丸博士、それは彼の持ち物だそうです」


俺の検査をしてくれている警備員さんは、

博士の勘違いを指摘した。

警備員さんの声が穏やかになってきている。


「普通に考えればそうじゃな。

早とちりじゃ。忘れてくれ……。じゃが――」


と石丸博士は言って俺をチラ見した。

それから石丸博士は軽トラの幌の中へと入っていった。

もうひとり博士のあとからついてきた男性の研究員さんが、石丸博士に続く。


幌の中に入ったと思ったら、

その研究員さんは自転車を軽トラから降ろして、俺のそばに持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「お礼はこちらのセリフだよ」


研究員さんが俺の言葉に凛々しい笑みを見せてくれた。

そこでちょうど警備員さんが金属探知機みたいな機械をおろす。


「もういいぞ。疑ってすまなかったな」

「いえ、しょうがないです」


警備員さんは本当に申し訳無さそうに俺に言った。

俺は警備員さんをねぎらうように返す。


「富山、軽トラを研究所に運んでくれい。あとは奥で調べる」


軽トラの幌から石丸博士が出てきた。

博士は俺たちの居る方へ声をかける。


「分かった。恩人の君は気をつけて帰ってくれよ」


俺のもとに自転車を持ってきてくれた研究員さんはそう言って、

軽トラの運転席へ向った。この方が富山なんだろう。


「お気遣いありがとうございます」


俺は後ろ姿の白衣にそう答えて、研究所に背を向けた。


実のところ俺は、

カインドマテリアルの研究所を手伝いたいって思っていた。

この研究所だけじゃなくて、

カインドマテリアルのことで偉い石丸博士がいたんだから

『研究所で働きたい』って頼み込む絶好のチャンスが今さっきまであったはず。


だけどいくら頭の悪い俺でも、

今はそれどころじゃないのは分かる。


だからこそ、今日は研究所のためになることをした。

それでよかったことにしよう。

俺にできることはここまでだ。

じゃまにならないようさっさと買い物を済ませて帰るか。

母さんのお使いができなきゃ、

世界平和のお手伝いなんてできないからな。


そんなふうに俺は、頭の中で自分に言い聞かせた。

俺が自転車に乗ろうとしたとき――

「君! 帰るのちょっち待つんじゃ!」


大きな声に俺は思わず振り向くと、

石丸博士はまた慌ててこちらに走ってきた。

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