大慈大悲甲冑ダルマ
雨竜三斗
第1話
「なんだあの軽トラ?」
住宅街を自転車で通っていた俺は思わずつぶやいた。
軽トラのナンバープレートには知らない土地の名前がついていた。
軽トラの幌に書かれた『深間山仏具店』って店も、俺は聞いたことない。
駐車が雑だ。もしかして事故ったから?
いやそうじゃなくて、
この軽トラはエンストしそうだったけどなんとかじゃまにならないように、
路肩に寄せたって感じだ。
俺は自転車を止めて、軽トラをまじまじと見ていた。
そうして俺はトラックを後ろから見ていった。
最後になぜ開いていた窓から、運転席を覗き込んだ。
「大丈夫ですか!?」
俺は自転車を放り倒して、軽トラの窓から声を投げ入れた。
軽トラの運転席の中で男性がぐったりとしている。
運転席の男性は俺の声に気がついてくれた。
うつろな目で、弱々しく俺の声にうなずいた。
「すぐに救急車を――」
「救急車は呼ばないでくれ!
電話とかで誰かに位置を伝えるのもやめてくれ!
とにかく、この荷物を石丸博士の研究所に届けないといけないんだ!」
運転手の男性は死にものぐるいと言うにふさわしい声を上げた。
俺は思わずビクついて固まる。
運転手の男性は、俺がこのままスマホをいじってたら、
ドアを開けて飛びかかってきたかもしれない。
俺はそのスゴみに体が固まってしまった。体を固くしたまま考える。
俺は『分かりました』とすぐに答えられないなと思った。
ここから研究所までは車で一〇分程度の距離にある。
でももし、この運転手さんの身になにかあって、
すぐに治療なりしないと死んでしまうのなら、
一〇分かけて研究所に向かうより、救急車を呼ぶのが正しい。
だが俺が、このひとに『大丈夫か?』と聞いても、
『自分は大丈夫。だから荷物を届けてくれ』としか言わないだろう。
俺は見える範囲で、優先順位をつける判断材料を探した。
まず俺は、運転手さんにケガがないかを見た。
服は工場とかでよく見る作業着で、使い込まれているけど破けたところはない。
名札には『山田』と珍しくな名字が書かれている。
山田さんは痛いところを抑えている様子もなかった。
山田さんの目立った様子は、髪はボサボサで、
重そうな目の下にクマがくっきりある。
俺はお疲れなんだろうと声をかけたかったが、
多分山田さんが求めているのは違う言葉だ。
「俺が軽トラを運転します。
俺は高校生で、取り立てですが免許はちゃんと持っています。」
「ああ、頼む……」
俺の言葉を聞いて山田さんは藁にもすがる声を出した。
助手席に移動しようとしたが、
体力が残っていないのか、山田さんの体が固まる。
「カス欠だ……。
電気もカインドマテリアルのエネルギーも残ってない」
山田さんはこの世の終わりを見たような声でつぶやいた。
俺は山田さんの目線の先にあるメーターを見る。
この軽トラックは、
最近出始めたカインドマテリアルと電気のハイブリッド車のようだ。
頑丈、軽い、電池みたいに使える。
頭の悪い俺でもすげーってことが分かる世紀の発見が、カインドマテリアルだ。
とはいえなんでもできるわけじゃなくて、
カインドマテリアルで作られた道具も、
電池じゃないが電池切れやガス欠を起こす。
もしかしたら山田さんは、徹夜でここまで走ってきたのかもしれない。
こんなになってまで研究所に行かなきゃいけない理由は俺には分からなかった。
だとしても必死な山田さんの手助けをしたい。
俺は腕を組んでない知恵を絞る。
カインドマテリアルのエネルギーは、
時間が経てば勝手にチャージされことは知っていた。
その理屈や原理は、
カインドマテリアルに詳しい偉いひとでも分かっていないらしい。
山田さんはそれを待っていられないから、
こんなにボロボロになってしまったんだ。
「俺が軽トラを押すか?
また友達に脳筋じみたやり方だって言われちまうが……」
……今、車のメーターが動かなかったか?
気のせいか?
山田さんが気がついてないから気のせいかもしれない。
だが俺は気になって仕方がないのでメーターを睨む。
すると俺は、メーターパネルに光が反射したのが見えた。
「今度はなんの光だ?」
って言っちまったほどの光を俺は見た。
軽トラの荷台を見ると、幌の隙間から光が漏れているのが分かった。
すぐに俺は軽トラックの荷台に走る。
俺は幌をめくった。
中には急ごしらえで組み立てたようなコンテナが入っている。
「光はコンテナから溢れ出て、幌の外にも漏れてる?
多分直に見たら目がくらむ光だ。
それに温かいし、粉みたいなのが舞ってる。
これってもしかしてカインドマテリアルか?
カインドマテリアルが強いエネルギーを発すると光るって聞いたことがある。
こんな眩しい光を出すということは、その分強いエネルギーだよな――」
そこまでつぶやくと俺は考えるのをやめた。
すぐに幌を閉じて運転席に戻る。
カインドマテリアルは謎も多いんだけど、
悪用されないための秘密も多い。
平和利用条約には秘密にしなきゃいけないこともあるって書かれていた。
山田さんがあんな怖い声で研究所に持って行くよう言った理由は、
山田さんはこの軽トラで秘密にしなきゃならないものを急いで運んでたから。
そう考えれば筋が通る。
ならこの軽トラの荷物は
本当に急いで研究所に持っていく必要があるってことだ。
もちろん理由は分からないし、俺が知ることはないんだと思う。
俺は頬に汗が流れるのを感じた。
カインドマテリアルの光に当てられたせいか、
なにかできる、なにかしなきゃって気がしてくる。
勢いのまま俺は、ズイっと運転席を窓から覗き込んた。
どういうわけか軽トラックのエネルギーが増えている。
山田さんは目を閉じたまま、エネルギーが増えたことに気がついてない。
「山田さん、なぜか軽トラのエネルギーが増えてて、
研究所までは行けそうです。運転を俺に任せてくれますか?」
「ホントか。なら、頼む……」
山田さんはうっすらと消えそうな声で答えた。
だが山田さんの細い目には、
さっきのカインドマテリアルの眩しさが移ったように、かすかに光が戻っている。
そんな山田さんはフラフラとした足取りで、
助手席へ移動してくれた。
すぐに俺は倒れていた自分の自転車を軽トラの荷台に放り込み、
山田さんが空けてくれた運転席に乗り込んだ。
少しの不安はハンドルを強くにぎって抑える。
「これを運ぶことで俺の身になにかあるかもしれない。
それでもカインドマテリアルでできることがあるなら手伝いたい。
なにより、困ってるひとを放っておけないんだ」
俺は俺自身を奮い立たせるためにつぶやきながら、
慎重にアクセルを踏んだ。
すると山田さんはモーターの音に消えそうな小さな声で聞いてくる。
「君の名前を、聞いてなかった」
「俺は富士ヤサシといいます」
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