第9話 ゆるふわギャルとのデート☆(血反吐)



 待ち合わせ場所として指定されたのは、少し前に光守たちと一緒に訪れたショッピングモール──そのそばにあるバス停前だった。

 買い物に付き合ってほしいと言われた時点でなんとなく予想はしていたが、まさかまた女子とモール内を巡ることになろうとは。予行練習になったと言えば聞こえはいいが、正直嫌な伏線回収でしかない。どうしてこうなった。

 などと嘆いたところで今さらどうすることもできないわけで、仕方なくバス停前で待機する俺なのだった。

 佐伯先生に捕まりはしたものの、時間に余裕を持って家を出たためか、待ち人が現れる気配はまだない。バスに乗って来るとは言っていたので、バス停に表示されている時刻表を確認すればおおよその見当は付くが、相手がどのバスに乗ったかはわからない上、今のところなんの連絡もしてこないので、ただ待つことしかできそうになかった。

 まあ、別にいいんだけどな。スマホもあるので暇潰しには事欠かないし、このまま相手が来なければ、面倒事に付き合わずにも済む。俺にしてみれば願ったり叶ったりだ。

 だから来なくていい。むしろ来ないでくれ──なんて俺の祈りも虚しく、それから十五分後くらいにやって来たバスに、そいつはいた。

「影山くん、お待たせ~」

 少し込み合ったバス内から、ゆったりとした歩調で降りてくるギャル──もとい姫奈が、笑顔で手を振りながら俺に挨拶をしてきた。

 花柄のワンピースにデニムのトレンチコート。肩には白のトートバッグが下げられており、いかにもギャルらしいというか、かなりの明るめの出で立ちだった。

「影山くん、早いね~。待ち合わせ時間よりも早く来たつもりなんだけど、もしかして待たせちゃった~?」

「いや、俺も二十分くらい前に来たばかりだから、大して待ってはいない」

「そっか~。てっきり影山くんは少し遅れて来るのかなって思っていたよ~。キャラ的になんだかルーズそうに見えたから~」

「ルーズというのは否定するつもりはないが、基本的に待ち合わせ時間を破るような真似はしない。人を待つのはいいが、待たせるのは嫌いだからな」

「そうなんだ~。意外と真面目なんだね~」

 真面目か? ただ当たり前の行動を取っているだけだと思うが。

 なんて話している内に、バスが次の乗客を乗せて発車していった。バスのマフラーから吐き出された排気ガスを吸い込まないように若干後ずさりながら、俺は改めて姫奈に向き直る。

「で? 今日は一体なにを買うつもりなんだ?」

「まあまあ~。いきなり目的の物を買いに行くなんて味気ないし、色々回ろうよ~。せっかくのデートなんだし~」

「デート、ねえ……」

「え~? デートじゃないの~? ヒメ、影山くんとデートをするつもりで誘ったはずなんだけどな~」

「………………」

 確かに数日前、姫奈からデートの誘いのようなものが、LINEで届いたのは事実だ。

 ちなみに、内容はこんな感じだった。

『今度の土曜日、ヒメと二人で買い物に行ってみない~? ヒメ、どうしても影山くんと一緒に行ってみたい場所があるんだ~』

 と、一見すればデートに誘っているような文面だったが、俺はそんな風には捉えなかった。本当にただ買い物に付き添ってほしいか、もしくは単に荷物持ちとして俺を誘っただけかもしれないと思ったからだ。

 なので、用さえ済めば早く帰宅できるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。

「あれ~? なんか少し残念そう~。ヒメ、影山くんとはすごく仲良くなれたと思っていたんだけど、もしかして勘違いだった~? LINEでもよくお話していたと思うんだけどな~……」

 それも事実ではある。実際あのカラオケが終わったあと、今日になるまで何度かLINEでやり取りをしている。

 内容としてはどれもくだらないこと(今日の天気だとか昨日の夕飯はなんだったのかとか)ばかりだったが、こいつは本気であれを楽しんでいたとでも言うのだろうか。気の利いた返しなんて一切していないし、むしろこっちから連絡を取った覚えもないのだが。

 とはいえ、だ。本人があれで満足していると言うのなら、わざわざこっちから水を差すのも無粋というもの──なので、ここは適当に流すとしよう。

「あー。まあ赤の他人よりは距離は縮まった方かもしれないな」

 単なる知り合いと呼べる関係程度には。

「ほんと~? だったらよかった~。ウラランにも聞いたことがあるんだけど、影山くんは人見知りするタイプだって聞いていたから、ちょっと心配だったんだ~。今日のデートもウラランに相談して決めたんだけれど、もしかしてさっきから影山くんが素気なく見えるのは、女の子慣れしていないせいだったりするの~?」

 あのやろう、デタラメばかり吹き込みやがって。この分だと、他にも色々吹き込まれているかもしれない。

「あいつになにを言われたかは知らんけど、俺はだれに対してもだいたいこんな感じだ。だから気にする必要はない」

「そうなの~? でも、ウラランと話していた時は今よりもっとくだけた感じじゃなかった~? じゃれ合っているように見えたっていうか~」

「冗談でもやめてくれ……。あんなのとじゃれ付いていたように見えていたなんて、想像しただけで寒気がする……」

「へ~。じゃあウラランのことが好きってわけじゃないんだ~?」

「むしろ嫌悪感しかないね」

「わ~。はっきり言うね~。でも、同じ部活なのにそれでやっていけているの~? 空気悪くならない~?」

 そもそも光守とは同じ部活ですらないのだが。

 と返したところで姫奈にはちんぷんかんぷんだろうし、それ以前に事情を説明したことを光守に知られでもしたら、絶対あとで佐伯先生に告げ口するに決まっている。そうなっては黒歴史をバラされる可能性もあるし、軽率な言動は命取りになると考えた方がいい。

 なので、ここは適当にはぐらかすのがベターと見た。

「仲は悪いが、特に問題はないな。俺とあいつとの仲が悪いだけで、部活内の雰囲気が悪いわけでもないし。まあ、このことをあいつに話すつもりでいるのなら、今よりもっと険悪になるかもしれないけどな」

「安心して~。ウラランには絶対言わないから~。ヒメ、これでも口は硬い方だし~」

 それに~、とここで意味深に目笑しながら姫奈は言葉を紡ぐ。

「ヒメ的には、けっこう良いニュースでもあるし~。これって、ヒメにもチャンスがあるってことでいいのかな~?」

「は? なにが?」

「んふふ~。どういう意味だと思う~?」

 なぜだかはぐらかされた。教えるつもりはないということらしい。

 ま、それならそれで追求する気はないが。さして興味もないし。

「どうでもいいが、行くならさっさと行くぞ。ここでこうしているだけで時間の無駄だ」

 言って、すたすたと先を進む俺。

 そんな俺に、姫奈もバタバタと足音を鳴らしながら「ちょ、ちょっと待ってよ~!」と慌てて横に並ぶ。

「んも~。影山くん、せっかちすぎ~。こういう時は、男の子が女の子を先に行かせなくちゃ~。エスコートだよ、エスコート~」

 いや、そんなん知らんがな。





 というわけで、ショッピングモールの中へと入った俺と姫奈。

 姫奈いわく、まずは適当に回りたいという話であったが、最初はどこへ向かったのかと言うと──

「なあ──」

「なに~? あ、目線はこっちね~」

「わかった……じゃねぇよ。なんで初手からプリクラなんだよ」

 ショッピングモール内にあるゲームセンター。そこに設置されているギャルギャルしい筐体にて、俺と姫奈はほとんど密着し合うような形でプリクラを撮っていた。

「え~? もしかして影山くん、一緒に撮るのが恥ずかしいの~?」

「普通に恥ずかしいわ。そもそも、こういうのは女子同士で撮り合うものであって、俺みたいな知り合い程度の関係の奴と一緒に撮るものじゃないだろ」

「影山くん古い~。別に女の子同士じゃなくてもプリクラを撮ることなんて割とけっこうあるよ~? 気になっている男子とは、特にね~♪」

 なんて、冗談めかしながらウインクしてくる姫奈に、俺は嘆息しながら筐体のカーテンを開けた。

「もういいだろ、プリクラは。さっさと次に行くぞ」

「あ~ん。待って影山くん~」

 相変わらず甘ったるい声を出しながら俺のあとを追ってくる姫奈。まったく、しょうもない遊びに付き合わせやがって。

 いや、文句があるくらいなら最初から行くなという話ではあるのだが、誓って言うが決して承諾したわけではない。ゲーセンに連れて行かれたと思えば、そのまま強引に撮影機へと引っ張り込まれ、なし崩し的にプリクラを撮らされる羽目になってしまっただけだ。

「も~。女の子を一人で置いて行っちゃダメだよ~。ちゃんとエスコートしなきゃ~」

 だから、なにゆえ俺がそんな面倒な真似をしなくちゃならないんだ。

 などと返そうとした途端、ポケットの中に入れていたスマホが震えた。

 一旦姫奈の相手はやめてスマホを取り出してみると、光守からLINEでメッセージが届いていた。

『あんた、さっきからなにしているのよ!? 口は悪いわ、姫奈ちゃんを置いていくわ、ありえない行動ばかりじゃない! デート中なんだから、ちゃんとエスコートしてあげなさいよね!』

「あいつ、やっぱり付いて来ていやがるのか……」

「……? 影山くん、どうかしたの~?」

 なんでもないと返事をしたあと、スマホをポケットの中に仕舞いつつ、それとなく周囲を窺う。


「あ。先輩、一瞬だけこっちを見たっス」

「わ~! 鳴ちゃん、隠れて隠れて……!」

「ここは一度距離を取るわよ……! 萌、鳴、早くこっち……!」


 いた。

 ちらっと見えた程度だが、UFOキャッチャーの陰に隠れる形で、光守と水連寺──そして大空までもがこちらの様子を密かに窺っていた。

 いやまあ、なんとなくこうなるような気はしていたが。

 というのも、昨日光守から『明日はデートなんだから、きちんとした服装で行きなさいよ!』だとか『絶対に遅刻したらダメよ!』だとか『女の子の話にはちゃんと相槌を打つこと! 適当に答えたら絶対に許してあげないんだからね!!』という内容のメッセージが何度も執拗に送られてきたので、しまいには尾行までしてきそうだなと疑心を抱いていたのである。

 まさかそれが現実になる上、水連寺や大空まで連れて来るとまでは思わなかったが。

 それだけ、あいつらも必死だということなのだろう。なにせ、期限まであと四日しかないのだから。

「影山くん、次はどこに行ってみる~? ヒメはね~……」

 と、ニコニコ顔で俺の隣を歩く姫奈。この分だと姫奈はなにも知らされていないようだ。

 ま、当然か。女友達のデートを尾行しているなんて、口が裂けても言えるはずがない。

 さて、問題はここからだ。

 ここで光守たちの尾行を姫奈に伝えれば、このまま解散となる可能性が高いというか、俺としてはその方が好都合ではあるのだが、ここで一旦中止になったところで、どうせ別日に変更されるだけだ。それこそ明日にでもデートに誘われるかもしれない。そんな二度手間のような面倒事は避けたい。

 となると、ここは黙っておいた方が無難だな。

「ね~。影山くん、聞いてる~? 次はどこにしようってば~」

「あー、うん。次か。次はトイレがいいな」

「なにそれ~。ウケる~」

 いや、冗談ではないのだが。

 光守だったら「それ、ただの生理現象でしょうが!」ってツッコミが入っていたところだったのだろうが、姫奈にはそこまでのスキルはないか。毎度ウザいと思っていた光守のツッコミではあるが、無いなら無いで意外と不便に感じるものなんだな。



 で。

 そんなこんなで光守たちの尾行が続く中、依然としてショッピングモール内を巡る俺と姫奈。

 現状、姫奈は光守たちの存在に気付いた様子もなく、途中で買ったソフトクリームを美味しそうに舐めながら俺の隣を歩いている。もっともあんなお粗末な尾行では、いつ気付かれたとしてもおかしくはないが。

 それよりも気になるのが、一向に姫奈が当初の目的を果たそうとしない点だ。

 最初のゲーセンにしてもそうだが、服飾店、雑貨屋、家電量販店と色々回っているにも関わらず、購入した物なんてさっきのソフトクリームくらいなもので、結局なにがしたいのか、依然としてわからないままとなっている。買いたい物があるのなら、さっさと済ませてもらいたいところなのだが。

「んふ~。ソフトクリーム美味しい~♪ 影山くんも一口食べる~?」

「別にいい。そんなことより、いつまでこうしているつもりだ?」

「ん~? どういう意味~?」

「いつになったら目的の物を買うのかって話だよ。どの店もふらっと立ち寄る程度で、なにも買わなかっただろ。買った物はといえばソフトクリームだけじゃねぇか。まさかそれが目的の物とは言わないよな?」

「逆に訊くけれど、もしもこれが目的の物だって言ったら、影山くんはどうするの~?」

「帰る」

「だよね~」

 そう言うと思った~、と苦笑する姫奈。

「だから、まだ行きません~。行ったら、影山くんが帰っちゃうし~」

「なんでだ。もう十分あちこち回ったはずだろ」

「十分って、まだお昼前だよ~? ここで終わりにするなんて早すぎるよ~」

「だったら、俺はいつまでこうしていればいいんだ……」

「う~ん。ヒメが満足するまでとか~?」

 それ、最悪夜まで帰れないかもしれないっていうことでは……?

「それとも、影山くんはヒメとこうしてデートするのは嫌~?」

「デートかどうかは知らんが、目的もなくぶらつくのは趣味じゃないな」

「じゃあ、これから趣味にするのはどう~? その方がきっと楽しいよ~?」

「楽しいと言われてもな……」

 他人に言われて趣味を新しく作ること自体、俺の個人主義に反するんだよなあ。

「ていうか、あんた──」

 相も変わらず上機嫌にソフトクリームを食す姫奈に胡乱な目を向けつつ、俺は語を継ぐ。

「もしかして、最初から買いたい物なんてなかったんじゃないのか? 元からこうして俺と歩き回るのが目的だっただけで」

「それって、こうやってデートすること自体が目的だったって言いたいの~?」

「そうじゃないのか?」

「さあ~? 影山くんはどっちだと思う~?」

 と、わざとらしくニコニコ顔で訊き返す姫奈。

 ふん。正直に話すつもりはないってわけか。

「ていうかそれって、自分で言っていて恥ずかしくならない~? ヒメは気にしないけれど、人によっては自惚れだって言われても仕方のないセリフだよね~?」

「別に。当てずっぽうで言っているわけじゃないし、相手の思惑通りになるよりは断然マシだ」

 たとえ、自惚れと言われようとも。

 そこまで言ったあと、なぜか姫奈にきょとんとされた。

 その後、姫奈は唐突に「ふふっ」と失笑をこぼして、

「影山くん、やっぱり面白い~。周りからもよく言われない~?」

「言われたことなんてないし、面白いことを言ったつもりも全然ないぞ」

「え~。面白いよ~。ヒメ。ますます影山くんのこと気に入っちゃった~♪」

 言いながら、姫奈は出し抜けに俺の左腕に抱き付いてきた。

「…………おい。なんのつもりだ、これは?」

「なにって、スキンシップだよスキンシップ~。女の子に抱き付かれて、悪い気はしないでしょ~?」

「そんなの人によるし、そもそもソフトクリームが服につきそうで嫌なんだが?」

「もうちょっとで食べ終わるから我慢して~」

 俺の意見はガン無視かい。

 ここで強引に振り払ってもいいが、それはそれでソフトクリームがつきそうだし、ここは言う通りにするしかなさそうだ。めちゃくちゃ不本意ではあるが。

 とそこで、またポケットに入れておいたスマホが唐突に震えた。空いている右手の方でスマホを取り出して、トップ画面を確認する。またしても光守からのLINEだった。

『あんた、やればできるじゃない! その調子よ、その調子!!』

 既読は付けずにスマホをポケットに仕舞い直した。

 まったく、どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって。一体いつになったらこの苦行から解放されるのやら。


 ●  ●


 結局その後も色々連れ回されて、気付けばとうに昼を過ぎていた。

 ちなみにその間なにをしていたのかと言うと、午前の時と大差ないので割愛させて頂く。変わった点と言えば、昼前にチーズフォンデュという人生初の料理を食べたことくらいだろうか。

 ドロドロに溶けたチーズにフォークで刺した肉や野菜を絡めて食べるだけの料理だったが、なかなか美味だった。機会があれば、また行ってみよう。当然、次は俺一人で。

 と、そんな感じであちこち連れ回されたわけではあるのだが、結局姫奈の買いたかった物がなんだったのか、わからずじまいだった。

 いや、一応あれこれ買ってはいたようなのだが、アクセサリーだとかスマホ関連のグッズだとかそういう小物類ばかりで購入していて、どれが本来購入するつもりの物だったのか、見当が付かなかったのだ。

 まあ姫奈にしてみれば、買い物なんてただの口実だったのかもしれないが。

 本人にははぐらかされたものの、やはり、なにか別の目的があるように思えてならない。なんの確証もないし、あくまでも推論でしかないが。

 で。

 たまに小休憩を入れつつも、昼過ぎまでショッピングモール内を巡った俺と姫奈は、今は屋外にある公園じみた広場に移動していた。

「は~。けっこう遊んだね~」

 そう言って、噴水近くのベンチに腰掛ける姫奈。一人分の距離を空けて、俺も隣に座る。

「影山くんは、どれが一番楽しかった~?」

「チーズフォンデュ」

「即答でウケる~。そんなに気に入ったの~?」

「想像より美味かったからな、あと個別にチーズが分けられていたのも評価できる」

「あそこ、みんなで囲う用と個別に使う用と二つのコースが選べるんだよ~。寄せ箸みたいに、同じ器で直接フォークを使って食べるのを嫌う人が割といるから、そういった人のために個人用を頼めるようにしたみたいだよ~」

「へー。粋な計らいだな」

 特に俺のような単独行動派にとっては。素直に賛美を送りたい。

「でしょ~? ついでにヒメも褒めていいんだよ~?」

「なんで? 別にあんたはなにもしていないだろ」

「したよ~。あそこの店を選んだのはヒメだし、チーズを個別に分けるように頼んだのもヒメだもん~。絶対影山くんが嫌がると思ったから~」

「……なるほど。一理あるな」

 実際姫奈に手引きされなければ、チーズフォンデュの良さを知ることなんてなかっただろう。もしかしたら一生縁のなかった料理だったかもしれない。

「うん。そこに関してだけは、褒めないこともなくもない」

「なにそれウケる~。それって結局どっち~?」

 俺の言葉にクスクスと笑声をこぼす姫奈。

「影山くんって、本当に面白いよね~。クラスでも人気者なんじゃない~?」

「それはない。人気なんて絶無だ」

 むしろクラスメートから嫌われているまである。

「え~。ちょっと意外~。こんなに面白いのにね~」

「俺が面白いかどうかは知らんが、普通に考えて、こんな陰の薄い奴が人気者になれるわけがないだろ」

「そうかな~。みんな、影山くんの魅力に気付いていないだけじゃないかな~? あ、でも~……」

 と。

 そこで意味深に言葉を溜めたあと、姫奈は俺との距離を急に詰めて、こう続けた。

「今はヒメだけでいいかも~。ヒメ、好きな人は独り占めしたいタイプだから~」

 その不意打ちとも言えるような告白に、俺はただ黙してベンチに座っていた。

 俺の顔に熱っぽい視線を送ってくる姫奈に対し、横目で見つめたまま。

 本当はすぐに言葉を返すつもりでいたのだが、たまたま視界に入ってきた光守たちの姿に、つい気が削がれてしまったのだ。

 しかも噴水のそばって。ちょっとでもこっちが移動したらバレバレの位置じゃねぇか。

「…………………………悪い。今から電話してきてもいいか?」

「えっ。あ、うん。それはいいけれど……急用でも思い出したの~?」

「まあそんなところだ」

 若干戸惑ったような表情(こんなタイミングであんなこと言われたら、当然の反応ではあるが)を見せる姫奈に適当なことを返しつつ、俺はベンチから立ち上がってスマホを取り出す。

 それからある程度姫奈から距離を取ったあと、事前に登録してあった──させられたとも言う──光守の連絡先をタップした。

『なによ。なんか用?』

「それはこっちのセリフだ。お前はさっきからなにをやってんだ」

『なにって、あんたのデートを陰ながら応援してあげているんじゃない。何度かデート中にアドバイスもしてあげたでしょ?』

「あんなの、クソの役にも立たんわ。それよりお前ら、もう尾行はすんな」

『なんでよ。ウチたちが見張っていないと、あんたがなにしでかすかわからないし、放っておけるわけないでしょ』

『そうっスよ先輩。先輩は失言量産機なんスから』

『うん。私も二人の意見に賛成かな』

 スピーカーモードにしてあるのか、光守だけでなく大空や水連寺の声まで聞こえてきた。

「……百歩譲って尾行はいいとしておく。止めたって無駄だってことは、今のでよくわかったからな」

 溜め息混じりに言いつつ、俺は話を紡ぐ。

「だが、あの尾行はなんとかならんのか。さっきからバレバレすぎて気が散るんだよ」

『ウソ!? もしかして姫奈ちゃんにも!?』

「さあな。今のところ気付いた様子はないが、いつバレてもおかしくはないぞ」

『そっかー。じゃあもうちょっと距離を取った方がいいかもしれないわねー。それと、なるべく気配も殺して……』

 やはりここで帰るつもりは毛頭ないらしい。暇人か、こいつら。

「……お前、遊びに誘われていたりはしないのか? あの紗雪とかいうギャルとかさ。こんなことをしている暇があったら、仲間と親睦を深めた方が有意義なんじゃないのか?」

『心にもないことを言うんじゃないわよ』

 ごもっとも。

『ていうか、みんな用事があっていないし。紗雪も今日はお姉さんの結婚式とかで、今日は遊べないの。だから時間はたっぷりあるから、あんたは安心してウチたちに見守られながらデートに集中しなさい』

 それが迷惑だと言っているのだが。

『そんなことよりも、さっさと姫奈ちゃんのところに戻りなさいよ。女の子をずっと一人で待たせるなんて、減点ものよ?』

「いつから減点方式のテストが始まっていたんだよ」

 なんてツッコミを入れつつ、あながち的外れな意見でもなかったので、通話を切って姫奈のところに戻る。

「悪い。待たせた」

「ううん。全然~」

 そう笑顔で応えたあと、姫奈は少し恥じらうように足をもじもじさせて、

「そ、それで、ヒメへの返事は~?」

「え? 返事ってなんのことだ?」

「え~? そういう風に誤魔化しちゃうの~? ヒメ、そういうのは関心しないな~」

「なんのことだかわからないな」

 というか、光守たちの前で告白の返事なんてできるか。

 YESにしろNOにしろ、絶対面倒なことになるのは決まっている。

「まあ、影山くんがそういう態度を取るなら別に構わないけれど~。でもその代わり、ヒメと一緒にあるところまで付いて来てもらうからね~」

「あるところ? なんだそれ?」

 訊き返す俺に、姫奈は悪戯っぽく口角を上げて答えた。

「それはね~。着くまでのお楽しみ~☆」


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