第8話
学校からの帰り道だった。
その日はいやに暑苦しく、もう夕方だというのに歩いているだけで汗ばんでくる陽気だった。しかしながら周りを見渡しても僕のように暑そうにしている人はおらず、それは隣りで歩く遥とて例外でなかった。
「……なんか、今日暑くないか?」
そう遥に問いかけてみる。が、当の遥から反応が返ってくることはなく、ただ夕暮れに染まった田舎道を一心不乱に見つめていた。
「遥……?」
なんとなく気になって、再度呼びかけてみる。
けれど、やはり言葉が返ってくるようなことはなかった。
「お、おい遥? さっきからどうしたんだよ?」
不意に胸騒ぎを覚えて、遥の肩へと手を伸ばす。
しかし、その腕は空を切った。止めようとした僕を振り払うように、遥はさらに歩くスピードを早めてずんずん前へと進んでいってしまう。
「遥! ちょっと待てよ!」
その後ろ姿を見て、慌てて僕も追いかける。
だがどうしたことか、どれだけ駆け寄ろうとしても一向に距離は縮まらず、どんどん遥から離されていく。
「待てってば! おい遥!」
遠ざかっていく遥に、それでも懸命に声をかけたのが功を奏したのか、ようやく足を止めてゆっくりこちらへと振り返った。
「あーちゃん」
遥が僕に微笑みかける。見ているだけで胸が締め付けられるような、とても儚げな笑みを浮かべて。
そうこうしている内に、突如として遥の全身が淡く輝き始めた。
やがて光は燐光を散らし始め、それに伴うように遥の姿も次第に薄れていって──
「遥あああああああああっ!!」
「うわっ! びっくりしたあ~!」
「──へ?」
いきなり視界に飛び込んできた遥の姿に、僕はそんな素っ頓狂な声を漏らした。
「んもう。急に大声出さないでよね。びっくりしちゃったじゃん」
眼前にいる遥があからさまに憤慨した様子で僕を睨め付ける。
状況がいまいち把握できず「えーと……?」と言いながら、僕は視線を巡らす。
そこは長年使用している、我が愛しの部屋だった。
机やタンス、本棚といった必要最低限の家具が置かれた没個性な内装。床には雑誌などが乱雑に置かれつつも、別段散らかっているわけでも片付いているわけではない見慣れた部屋。
窓からはカーテン越しに朝日がこぼれ、牛乳配達と思われるバイクの稼働音が耳に届いた。
そして、ベッドから飛び起きたかのような自分の姿。目の前には、いつも通り制服を着て僕を起こしに来た幼なじみ。
どうやら僕は、さっきまで悪夢にうなされていたらしい。
「いきなりどうしたの? 汗もびっしょりだし、いつも快眠なあーちゃんが顔を青ざめて飛び起きるだなんて珍しい……」
遥が心配そうに身をかがめて僕の顔を覗き込む。言われて初めて、全身に汗をかいていたことに気付いた。
「イヤな夢でも見たの? なんか私の名前を叫んでたけど……」
「いや、なんでもない……」
深く息を吐いて、僕はそう否定する。さすがに遥が消える夢を見ただなんて縁起の悪いことを口にできるはずがない。
「本当に? 本当になんでもないの?」
「なんでもないってば」
そうすげなく返して、僕はベッドから降りる。こんな目覚めの悪い起き方をしたら、睡眠大好きな僕と言えど二度寝する気にもなれない。
そんな僕に、遥はなにか言いたげな視線を寄越していたが、
「早く着替えてた方がいいよ。そのままだと風邪ひいちゃうから」
と嘆息混じりに言って、それ以上は追及してこなかった。
「軽くシャワーも浴びた方がいいかも。けっこう汗かいてるし」
「うん……」
「それと、そのシーツも洗っておいた方がいいよ。カビが生えるといけないから」
「うん……」
「あーちゃん、今日は妙に素直だね……」
頷いてばかりいる僕に、遥が少し驚いたように眉を上げた。
「今日は雪が降るかもしれんな……」
「うん。それは私のセリフだからね? あーちゃんが言うセリフじゃないからね?」
しかも雨が降るよりも珍しいんだね、と遥が呆れ混じりに呟く。僕が大人しく遥のいうことを聞くなんて激レアだろうしな。自分で言っててどんだけひねくれているんだとも思ってしまった。
などと冗談を挟みつつ、未だ心臓は先ほどまでの悪夢を追憶するようにバクバクと脈打っていた。
正直、自分でも動揺が隠せないくらいだった。
遥が消える夢を見て、ここまで悄然とするだなんて。
「ん? どうしたのあーちゃん? 急に黙り込んじゃって」
「うおっ!」
突然顔をすぐ目の前まで寄せてきた遥に、僕は声を上げて体を逸らした。
「あ、今度は赤くなった。青くなったり赤くなったり忙しないね」
「お、お前なあ……」
そういう無防備な真似はやめてくれよとか、こちとらお前のことを意識してしまってまともに顔が見られないんだよとか色々言いたいことはあったが、そこはぐっと堪えて言葉を呑み込んだ。
くそ。見た夢こそ最悪だったのに、叫び声を上げるほど遥のことを想っていたのかと考えたら、途端にめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたぞ。こんなの遥に言えるわけがない。むしろ言ったら死ぬ。羞恥で死んでしまう。
「いや、なんでもない。気にすんな」
「そう何度もなんでもないって言われると、逆に気になっちゃうんだけどね……」
まあいいやと言って、遥は僕から離れた。
「とりあえずシャワーだけでも浴びてきなよ。早くしないと学校に遅れちゃうし」
「ん。そうする」
頷いて、僕はタンスに向かった。下着も汗で濡れて気持ち悪いし、こっちも着替えておかないと。
「あ、そうだあーちゃん」
「なんだー?」
引き出しから着替えを出そうとしている僕に、遥が背中越しに声をかけてきた。
「この間夏祭りに行った時に私が上げたペンギンのキーホルダーだけど、あれってどうしてるの? ほとんど見かけないけれど」
「あー。あれかー……」
引き出しの中をあさっていた手を止め、僕は口を濁した。
「あれなー。あれはなー……」
「なに? もったいぶってないで早く言いなよ」
「……悪い。どっか失くした」
「はあ!? なにそれ信じられないっ!」
遥の叱声が背中から響く。振り返ってみたわけではないけど、憤怒に満ちているであろうことは顔を確認しなくとも明白だった。
「せっかくみんなでお揃いにしようと思って頑張って取ったのにっ!」
「だから悪かったって。多分失くしたの、この部屋のどこかと思うから、後でちゃんと探しておくって」
「当たり前でしょ。絶対見つけておいてよね!」
でないと一生許さないんだから! と念を押してくる遥。いやこれでもちゃんと片付けいるつもりなんだが。お世辞にも綺麗とは言い難いけど。
「だいたいあーちゃんはいつも──」
「わかったわかった。その件に関してはちゃんと対応しておくから。今は先に脱衣場に行かせてくれ」
なおも説教を続けようとする遥に対し、問題が発覚した政治家みたいな口調で諫める。学校に遅刻するかもしれないから早くしろと言ったのは遥なのに、どれだけ文句を言うつもりでいたのだろうか。全面的に僕が悪いわけではあるけれども。
遥は僕の逃げ口上を聞いてしばらく渋面に顔をしかめていたが、
「朝ご飯だけ用意しておくから。早くしてよ」
と、もはや習慣にもなっていそうな催促を溜め息混じりに呟いて、僕の部屋から出ていった。
「ふう。なんか疲れたな……」
遥が出ていったのを見計らって、僕は脱力したように腰を下ろして足を伸ばした。遥に見られたらまたなにか言われそうだが、疲れたものは仕方がない。今は十分に休憩を取るべきだ。
というか、なんで朝からこんなに疲労しなきゃいけないんだろう。それというのもあんな悪夢を見たせいだ。おのれ悪夢め。僕の唯一の楽しみを邪魔しおってからに。
「………………」
試しに胸を触ってみると、いつも通りの心拍数に戻っていた。
まるで、さっきまで長々と続いていた動悸が嘘だったかのように。
「目覚めが悪いにもほどがあるだろう……」
そう独り毒づいて、僕は天井を仰いだ。
あんな夢見の悪い起き方をしたのは初めてだった。いつもなら夢を見ないぐらい熟睡しているか、見たとしてもとりとめのないどうでもいい夢ばかりだったのに。なんで急に遥が消えてしまう夢だなんて冗談にもならないものを見てしまったのだろう。
それとも。
これはなにかの前兆で、なにかしら意味深なメッセージがあの夢に込められていたとでもいうだろうか?
「まさか、ね」
そう一笑に付して、僕は着替えを取り出す作業に戻る。
微かに残留する胸のざわつきを無理やり取り払うように。
○
「あーちゃんは私がいなかったら本当にどうなってたんだろうね」
いつも通り代わり映えしない通学路を遥と並んで歩き、校庭へとたどり着いた頃のことだった。
それまで僕の生活習慣に対する甘さを長々と口説いていた遥は、最後の締めに入るかのようにそんな言葉を口にした。
「きっと毎日のように遅刻して、ろくに掃除もせずに埃もいっぱい溜めて、ご飯だって毎日コンビニとか外食で済ませたりして、なに一つ家事ができない、ダメ人間まっしぐらな生活を送っていたんだろうなあ」
「いやでも、僕だって洗濯ぐらいはするぞ?」
「洗濯は、でしょ? それ以外は私が全部やってあげてるじゃない」
まったくもってその通りで、返す言葉もない。
「はあ。これじゃあ私、家政婦さんみたいだよ……」
「なんにも給料出ないのにな」
「ホントだよ! なにこのブラック労働! ていうか、そう思うならもうちょっと私のことをいたわってよ!」
バシバシとそれまでの鬱憤を晴らすかのように僕の腕を叩く遥。別に痛くはないけど周りの目が気になるんでやめてもらえませんかね……?
「それなりに感謝しているつもりなんだけどな。つーかそれを言うなら、お前だって僕のことなんて放っておけばよかったんじゃないのか? いくら幼なじみだからって、ここまでする必要はないだろう。いや、ありがたいけどもさ」
「だって、あーちゃんのおばさんに頼まれてるし……」
途端、叩くのをやめて伏し目がちに遥は呟いた。緩急が激し過ぎる。
「けど母さん、毎朝僕を起こしに行くことだけしか頼んでなかったはずだぞ。まあ、様子見ぐらいは頼まれたかもしれないけど、ご飯とか掃除のことまで話してなかった気がするような……」
「べ、別にいいでしょ! あーちゃんになにかあったらおばさんに申しわけないし! 監督役として私がしっかり見ておかなきゃいけないんだから!」
「お、おう。そうか……」
なぜかいきなり顔を真っ赤にして怒り始めた遥に、僕は後ずさりながらも頷いた。
「だからあーちゃんは、もっと私を褒めるべきなんだよ! さあ褒めて! 今すぐいっぱい褒めて!」
「よしよしよーし。この子は遥といって、とても気性は荒いけど可愛くて良い子なんですねー。こうして頭を撫でてあげるとすごく喜ぶんですねー」
「それムツゴロウさんっ!」
わしゃわしゃと頭を撫でていた最中、遥に全力で手をバシッと払われた。いつもならこれで満足してくれるのに、今回は一段とご立腹らしい。
「ちゃんと人間らしく褒めてよ! なんだかバカにされてるみたいでやだ!」
「冗談だ冗談。ちゃんと遥には感謝してるって。いつもありがとうな。お礼と言っちゃなんだが、近い内にご飯奢ってやるから」
「そんな安い言葉で満足すると思ったら大間違いなんだからね! 来週学校近くに新しいケーキバイキングのお店ができるから今度連れてって!」
憤慨しつつもしっかり約束を取り付けてくる幼なじみがそこにいた。なんだこの面白い生き物は。
それなりに怒りを鎮めてくれた遥の頭を再度撫でつつ──今度は嫌がらなかった。むしろ気持ち良さそうに目を細めている──そのまま校舎の中に入ると、どこかで見たことがあるような女の子が、背中を向けて下駄箱付近に立っていた。
「あ、萌ちゃんだ。萌ちゃんおはよう~っ」
遥の呼び声に気付いた藤林さんがこちらに振り返って、
「おはようございます。遥ちゃん」
と、にこやかに微笑んで折り目正しく頭を下げた。
「おはよう、藤林さん」
「おはようございます、北瀬さん。朝から仲良しさんですね」
「あはは。そうでしょ? 猛獣を手懐ける飼育員みたいでしょ?」
「人をペット扱いしないでよ! あーちゃんがご主人さまとか冗談じゃないし!」
「猛獣という点は否定しないんですね……」
僕の手を打ち払う遥を見て、藤林さんは苦笑しつつそうツッコミを入れる。実際猛獣みたいなもんだしな、こいつ。
「藤林さん、その後どんな感じ? まなちゃんのことでなにか進展はあった?」
遥に叩かれた手をさすりつつ──こいつ、思いっきり叩いてくれやがった──藤林さんに訊ねる。遥から藤林さんの様子をそれとなく聞いてはいたが、夏祭り以降に顔を合わすのはこれが初めてだったのだ。
「いえ、特にはなにも。記憶も夏祭り以降のまま変わりないです」
つまり、まなちゃんと遊んだ時の記憶が少し残っているだけで、本名も顔も思い出せてはいないままの状態なのか。
「そっか。早く見つかるといいよね、まなちゃん」
「はい。いつになるかはわかりませんが、きっと帰ってくると信じています」
そう言って、陽だまりのような笑顔を向ける藤林さんに、僕は内心深く悩んでいた。
うーむ。どうしようか。本当は夏祭りにまなちゃんらしき女の子を見たんだけど、やはりちゃんと話すべきだろうか。
でも確証があるわけでもないし、あれから四日近くも経ってるしなあ。下手に希望を与えるのもどうかという気がしてならない。
とはいえ、ずっと胸の内に秘めておくというのもきまりが悪い。あとでそれとなく伏見先輩に相談しておこうか。
「あ、そういえばあーちゃん、萌ちゃんね、都市研に入ることになったんだよ」
「え、マジで?」
「はい。まだ入部届は出していないので、今日提出する予定ではありますが」
ということは、藤林さんは今まで僕と同じ帰宅部だったのか。てっきり茶道部とか書道部に入っていそうなイメージだったのだが。
「なんでまたあんな奇天烈な部活に……」
「あの後……皆さんに調査をしていただいて色々考えたんです。私以外にもきっと消失症候群のせいで悩んでいる方がいて、そういった人たちの手助けができるようなことをしたいと思うようになりまして」
一つ一つの言葉を慎重に胸中から取り出すように、藤林さんは瞼を閉じて粛々と言の葉を紡いでいく。
「だからその一歩として、まずは都市伝説研究部に入ろうと思ったんです。遥ちゃんたちがわたしにしてくれたように、わたしもみんなの力になれたらって」
「そっか……」
「はい。それに都市伝説研究部にいた方が、まなちゃんの情報もなにか入ってくるんじゃないかなとも思ってるんです」
「なるほど。確かに都市研にいた方が、消失症候群の情報も他より入って来やすいしね」
今後まなちゃんを探そうと思ったら、ネットだけの情報では無理がある。その点都市研にいた方がその手のことに詳しい伏見先輩もいるし、なにかと都合がいいだろう。
「じゃあ本格的な活動はまた明日からってことになるのかな」
「そうなりますね。その時はよろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ」
低頭する藤林さんに、僕も慌てて頭を下げた。
本当、律儀な子だよなあ。こういった子はなかなか周りにいないから、なおさら好感度が高い。
なんて思いながらふと横を窺ってみると、遥がジト目になって僕を見ているのに気付いた。
「な、なんだよ?」
「べっつに~。なんかあーちゃん、萌ちゃんにだけは優しいんだなって思っただけ」
なんだそりゃ。遥と違って親交が深いというわけでもないけど、すごいおしとやかで良い子だし、邪険に扱う理由なんて皆無なんだが。なんでそう遥が不機嫌そうにしているのかがわからん。
「も~え~! なぁにやってるの、そんなところで~!」
遥のふくれっ面に首を傾げていると、後方からショートカットの女の子が大きく手を振って駆け寄ってきた。よく僕と遥をからかってくる面倒なやつだ。
「みのりちゃん、おはようございます」
「おはよう萌。なになに、北瀬に頭を下げてたみたいけど、告白でも断ってたん?」
「ち、違いますよ~! そういうのじゃありませんっ」
肘を突いて下世話なことを訊くみのりに、藤林さんが顔を赤くして必死に否定する。
そもそも、こんな人の往来が多いところで告るわけねぇだろ。常識的に考えて。
「え~? だったらなんなの? もしかして、萌の方から告ったとか?」
「違います違います! も~、どうしてそうなるんですか~!」
「あんたな、男と女が一緒にいるだけでなんでもかんでもカップルと結び付けるのやめろよな」
「そうだよみのりちゃん。萌ちゃんは単にお願いしていただけで、別に告白してたとかそういうのじゃないよ~」
僕は渋面に、遥は苦笑を交えつつ、あたふたとする藤林さんの弁護に回る。僕と遥だけでなく、藤林さんにまで手を伸ばしてくるとか、節操なさ過ぎだろ。
なんて思っていたら、みのりから返ってきた反応は意外なものだった。
「え…………?」
まるで知らない人に話しかけられたかのような、疑心に満ちた目。
そんな警戒心に満ちたような剣呑な雰囲気を放ちながら、
「あの、だれですか?」
と、遥に対して怪訝に問うてきた。
「やだなあ。そんな迫真な演技までしちゃって。同じクラスでしょっちゅうお喋りしてるのに、忘れるはずなんてないでしょ」
「いや、本当にだれなんですか……?」
「あ、れ……?」
ただならぬ様子に、遥も笑みを引きつらせて目を瞬かせていた。
「なにこの子……? なんであたしの名前知ってんの? 気持ち悪い……」
「なに言ってるんですかみのりちゃん! 遥ちゃんですよ! 五十嵐遥ちゃん! 席もお隣同士で、よく話していたじゃないですか!」
「はるか……? あたしは知らないわよ? なに、萌の知り合いなわけ?」
みのりの嘘を言ってるとは思えない反応に、遥も藤林さんも言葉を失って固まっていた。僕もまったく掴めない状況に、ただ立ちつくすことしかできなかった。
「なんかよくわかんないけど、あたしもう行くね?」
僕らの異様な雰囲気に恐れを抱いたのか、みのりはさっさとと靴を履きかえ、挨拶も早々に廊下を駆けていった。
しばらく下駄箱の前で棒立ちする僕たち。一体なにが起きたのか、さっぱりわからなかった。
ややあって、
「と、とりあえず教室に向かいましょう。みのりちゃんの悪ふざけという線もまだあるんですから」
「……そう、だな。冗談にしては悪趣味だけど、教室に着いた後でやっぱりドッキリでした~って展開かもしれないし」
とっさにフォローを入れる藤林さんに便乗して、僕の隣りで硬直化したままでいる遥に声をかけた。
「……うん。そうだね。きっと、なにかの間違いだよね」
そう伏し目がちに呟いた遥の顔は、とても翳っていた。
あまりのショックに、現実への認識を拒絶しているかのように。
「さあ、行きましょう遥ちゃん」
あからさまに沈んだ表情を見せる遥に、藤林さんが無理に作ったような笑みを浮かべて自分たちの教室へと誘う。
そんな二人の後を追うように外靴を脱ごうとした瞬間、僕はふとある事実に気付いてはっと動きを止めた。
普段なら遥に挨拶を交わす人間で後が絶えないはずなのに、なぜだか今日だけ、藤林さん以外だれ一人として遥に声をかけなかったということに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます