第6話



 それから三日が過ぎ、約束の土曜日。

 待ち合わせ場所でもあり、今回の目当てでもある市内のバッティングセンターの前で、俺は小日向が来るのを静かに待っていた。

 現在時刻は午前九時二十分。約束の時間の十分前なので、あと数分もすれば小日向もやって来るだろう。遅れるっていう連絡もないし。

 しかし、今日も暑いな。まだ五月末だというのに、陽射しの下にいるだけで汗がだらだらと流れ出てくる。まったく、先が思いやられるな。これが八月の真夏日だったらと思うと、想像するだけで干からびてしまいそうだ。

 本当は木陰とかで涼みたいところではあるのだが、あいにくそういった日よけの場所は近くになく、また一人で店内に入るわけにもいかなったので、今は陽射しの下にいるしかなかった。小日向、早く来て……。

「──おはよう望月くんっ。今日もあっついね~」

 と。

 そんな俺の切なる願いが届いたのか、小日向が颯爽と自転車に乗りながら、快活な挨拶と共に姿を現した。

 無地のTシャツに下はクラッシュデニム。靴は衣服に合わせて動きやすさを重視してか、スニーカーを履いている。そして肩にはピンクのポシェットを提げ、グレーのカーブキャップに普段学校ではかけていない眼鏡を装着していた。

 ふむ。この間言っていた通り、ちゃんと動きやすい格好をしてきたようだな。しかも一見だけで小日向とわからないように工夫もしてある。俺は向こうから声をかけてくれたおかげで小日向とわかったが、なにも言われなかったら気付きやしなかっただろう。これなら知り合いに出くわしても小日向とバレる心配はなさそうだ。

 ちなみにそんな俺は言うと、スポーツ用品で売っている格安のジャージという、これと言ってなんの特徴もない格好だ。いやでもこれ、薄地ですごく涼しいから。夏でもめちゃくちゃ快適だから。

 などと、だれにしているかわからない弁解をしつつ、

「おはよう小日向さん。ほんと、毎日あっついよな」

 と差し障りもなければなんの面白みもない挨拶を返した。

「えっと、自転車はどこに停めたらいいのかな?」

「すぐそこの駐輪場でいいよ。ちょっとわかりづらいけど、あそこがそうだから」

「あの、薄く白線が引いているところ?」

「そうそう」

「うん、わかった。ちょっと待っててね!」

 そう言って、小日向は俺が指差したところへと向かい、自転車を停めて再びこっちへと戻ってきた。

「お待たせ~。ごめんね、暑いのに外で待たせちゃって。ひょっとして、結構前から待っていてくれたのかな?」

「いや。ちょっと前に来たばっか」

「そっか。それを聞いて安心したよ~」

 言って、表情を綻ばせる小日向。遅刻したわけでもないんだし、別に気にする必要なんてないのにな。ほんと、人のいい奴だ。

 それにしても、こうして並んで立ってみると、不釣り合い感が実に半端ない。

 一方は見るからにオシャレ女子(しかも今回は控えな方)に対し、片方は路傍の石のごとく地味な野郎。傍から見たら、一体どういう関係なのか不思議でならないことだろう。

 ま、周りの印象なんてどうでもいいが。

 あくまでも小日向とは協力関係でしかないし、まして友達というわけでもない。これがデートとかだったらさすがに話は変わるが、そうでない以上、俺がそこまで気を回す道理はないはずだ。紺野先生に変に勘繰られるも面倒だしな。

 とは言え、もうちょっと服装に気を遣うべきだったろうか? いくら友達ではないと言えど、小日向に恥を掻かせるような真似は本意じゃないしな……。

「……? 望月くん、どうかしたの? 急に黙り込んじゃって」

「うおっ!」

 思わず頓狂な声を上げながら一歩後ずさる俺。

びっくりした~っ。気付いたら急に小日向の顔が目の前にあるんだもんな。他人の顔をあんな至近距離で見たのって久しぶりだわ……。

「あ、いや、悪い。ついぼーっとしてた」

「あー、暑いしねー。無理もないよー」

 そう苦笑を混じえつつ、小日向は不意に俺の横を通り過ぎ、

「じゃあ早く中に入っちゃおうよ。きっとクーラーも効いていると思うし」

「……それもそうだな」

 小日向の提案に首肯して、俺たちは揃って自動ドアをくぐり、バッティングセンターの中へと入っていった。



 俺たちが今回来たバッティングセンターは市内でもこじんまりとしたところで、はっきり言って客も少ない。もっとも俺が住んでいる地域から遠いのでたまにしか来ないし、客の出入りをすべて把握しているわけでもないのだが、それは土曜日だというのにそれほど賑わっていない現状を見れば、わざわざ調べるまでもないだろう。

 それに静かな空間に響く小気味いい金属音が、俺にとっては心地よく感じられた。

 やっぱ人の少ないところはいいねえ。静かで歩きやすいし、なにより人が少ないおかげですぐに機械を使えるという利点もあるし。これが他のところだとウェーイ系で溢れていたりして、かなりウザかったりするしな。

「へえー。バッティングセンターってこんな感じなんだ~」

 俺の横を歩く小日向が、興味深そうに周囲をきょろきょろしながら、そんな感想を零す。

「想像と違ってたか?」

「んー、テレビで何度か見たことがあったから、ある程度は知っていたけど、思っていたよりは手狭な感じかな?」

 ……すんません。それは単にこの店が小規模なだけです。繁盛しているところだったらもう少し違っていたと思います。

「もしかして、もう少し広い方が良かったか?」

「う、ううん! そういうわけじゃないの! むしろどこか安心感があって逆にいいぐらいに思ってるし!」

 おお。よくわかっているじゃないか小日向よ。

 そうなんだよ、この手狭感がいいんだよ。あんまり洒落ていないところもまたポイントが高いのだ。うん。絶対店主に聞かせられないな、こんな話。

「そういえばさ、ヘルメットとか被らなくていいの? みんな、被らないままで打ってるみたいなんだけど」

「人ならともかく、機械が投げているしな。球が頭に来ることなんてまずないさ」

「そっかー。だからみんな、防具もなにも付けずにやってるんだねー。あ! あそこで球を投げてる人もいる! あんなのもあるんだ~!」

「球速を測るやつだな。場所にもよるけど、バッティングセンターの中にはああいった機械も置いてあったりするんだよ」

「へ~! なんかびっくり~!」

 などと小日向に色々と説明しつつ、俺はとあるピッチングマシーンへと向かう。

「もう打つ場所は決まっているの?」

「うん。ほら、すぐそこ」

 小日向の質問に、俺は『球速八十キロ ストレート』とプレートが掲げられているところを指差した。

「ストレートってなに?」

「真っ直ぐ投げる球のこと。球速もこの中でも遅い方だから、小日向さんでも打てると思う」

 言いながら目当てのドアを開き、先に小日向を行かせたあと、俺もそのあとに続いた。

 ピッチングマシーンはスクリーン無しのもので、アームで投げるお馴染みのタイプ。ホームベースからピッチングマシーンまで約三十メートルといったところ。これが標準の距離なのかどうなのかはわからないが、まあ別段近いということもないだろう。球速自体、そんなに速いわけでもないし。

「あ、テレビで見たことのある緑色の網みたいなものが張ってある~。でもこれって、なんのためにあるの?」

「バットで打った球がこっちに飛ばないようにするための防球ネットだよ」

 ほらあれみたいに、と俺は一つ隣りのホームベースに視線を向けた。

 そこでは大学生くらいの若い男が一人でホームベースに立っており、次から次へと飛んでくる送球を軽快に打ち返していた。

 そしてちょうどいい具合に、たまたま打ち損じた球が俺たちのいる方向へと飛び、そのまま防球ネットに捕まって真下へと滑るように落下した。

「なるほどー。ああいう時のための物なんだね~」

 と、一人得心がいったように頷きを繰り返す小日向。逆に、一体なんのためにあるネットだと思っていたのか気になるところではあるが、無駄に時間を浪費したくないし、一旦保留にしておこう。

「さてと、まずはバット選びだけど……」

 気を取り直して、俺は先ほど通ったばかりのドアへと振り返り、そのすぐそばにあるバッドスタンドから一本のバッドを手に取った。

「うん。女の子なら、この木製バットの方がいいか」

「……? それと他のバットとどう違うの?」

「他のは金属製だから、女の子が持つにはちょっと重いんだよ。慣れてきたら試しに使ってもいいかもしれないけど、最初は軽い木製を使った方が無難だろうな」

「そうなんだー。うん、じゃあそれにしてみるよ」

 言って、小日向は笑顔で俺から木製バットを受け取り、矯めつ眇めつ眺めたあと、今度は手で撫でたり柄の部分を握ってみたりと、バットの感触を確かめるようにいじり始めた。

「ほー。バットってこんな感じなんだー。テニスのラケットとはまた違うねー」

「そりゃあな。ていうか小日向さんって、野球は全然知らない人? さっきからどれもこれも新鮮そうなリアクションしているけど」

「テレビとかで試合を見たことはあるから、ルールくらいなら少しは知ってるよ? でも野球経験は一度もないから、こうして道具に触るのは初めてになるかな?」

 マジか。そうなるとまず、バットの持ち方からレクチャーする必要があるな。もっとも俺もネットで得た知識を実践しているだけなので、プロの手ほどきには遠く及ばないが。

 にしても、うーむ。個人的にはさっさと証拠の写真を撮って帰りたいところではあるのだが、かと言って、バットの振り方をろくに知らないまま写真を撮るわけにもいかないし。

 仕方ない。面倒ではあるが、一から教えるしかないか。

「じゃあとりあえず、バットの持ち方から覚えようか。まずこれを先に覚えておかないとどうにもならないし」

「……それはいいけれど、でも本当に大丈夫? あたし、見ての通りのど素人だよ?」

「この間もメールで話したけど、球を打つだけだからそんなに難しくはないよ。それに小日向さん、運動神経は良い方じゃなかった? ひょっとして球技系は苦手とか?」

「ううん。すごく得意ってわけでもないけど、別に苦手ってわけでもないよ。テニスだったら中学の時に部活でやっていたこともあるし」

 ああ、だからさっきテニスラケットと比べていたのか。

「だったら問題ない。バットの方が当てるのは難しいかもしれないけど、ボールのスピード自体はそれほど変わりないはずだから。同じ要領でやればいいだけだ」

「ほんと? それならあたしでもできるかも! じゃあ改めて、よろしくお願いします、先生♪」

 ぺこり、と殊勝に頭を下げる小日向。その可愛い仕草と慣れない先生呼びに若干耳が熱くなるのを感じつつ、

「……あー、それじゃあ最初は、俺と同じようにバットを握ってもらおうか」

 と、俺はなるべく顔を見られないようそっぽを向きながら、バッドスタンドから金属性のバッドを手にして、小日向の正面に立った。

「ほら、こんな感じ。できるだけ柄の先端を持たず、こうやって少し離したところで握った方が振りやすいよ」

「えっと……こう?」

「そうそう。あとはフォームだな」

「フォームって?」

「バットを振る時の体勢のこと。飛距離も関係するけど、変な体勢で打つと腕や足をつる場合があるから、けっこう重要なんだ」

 言いつつ、俺は小日向から数メートル距離を取って、バットを構えた。

「足は肩幅より少し開けて、膝は軽く曲げておく。背筋は伸ばして、グリップの位置は肩よりやや高めで、顔より前に出す。大体こんな感じだけど、どう?」

「ん? ん~? こ、こうでいいの?」

「違うな。足の感覚がまだ狭いし、それと腕がちょっと上がり過ぎ」

「え~? 難しいな~。望月くん、ちょっとこっち来て直接教えてよ」

 えっ。それって手で触れて直してくれってことか?

 いや、さすがにそれはどうなんだ? 教えるのはやぶさかではないが、あとで怒られやしないか? てめえみたいな汚物が気安く触れてんじゃねえよとかなんとか。あ、どうもこんにちは。汚物こと俺です。ヒャッハー!

 そんなことよりも、だ。向こうからお触りOKって言ってるわけだしなあ。指先で触れる程度なら大丈夫か? もしくは、お金さえ払えば他の部分もあるいは──

 などと、発想がエロオヤジみたくなってきたところで、

「望月くん? どうかした?」

 と小日向にきょとんとした顔で訊ねられ、俺ははっと忘我から戻った。

「いや悪い、なんでもない……」

 頭を振って、邪念を取り去る。

 いかんいかん。ついエロいことを妄想してしまった。でも仕方ないね。思春期真っ盛りな男の子だもん。仕方ないね。

「けど本当にいいのか? 俺に触れられてしまうんだぞ?」

「え? 手でも汚れてるの?」

「いや、そんなことはないけど……」

 心の方なら汚れていますが。そりゃもう泥水のごとく。

「だったらいいじゃん。ほら、早く早く!」

「お、おう……」

 小日向に急かされ、俺は一旦バットをスタンドに戻したあと、彼女の背後に回った。

「えっと、それじゃあ失礼します……」

 一応一言断りを入れてから、俺はおそるおそる小日向の両腕を掴んだ。

「ほらこの位置。これでグリップがちょうど肩より少し高い程度になるから、この位置を維持しつつ、なるべくバットの位置を動かさないようにして……」

 なんて普通に接してはいるが、内心緊張しまくりで心臓バクバクだった。

 腕ほっそ! しかも柔らかっ! なんかやたらと良い匂いもするし!

 ヤバイよヤバイよ! 俺の心臓がヤバイよ!

 そんな俺の動揺をよそに、小日向はぱあっと笑みを咲かせて、

「あ、こういう風にやるんだね。うん、なんとなくわかったっ」

 と嬉々として声を発した。人の気も知らないでこの子はもう……。

「よし。じゃあ、早速打ってみようか」

「え!? もう!?」

「おう。本当はまだ他にもあるんだけど、それは実際にやってみてからの方がいいと思うから」

 言って、俺はそそくさと小日向から離れる。

 あ~、めちゃくちゃドキドキしたあ~。あんな風に女の子と触れ合うようなスキンシップなんて、それこそ幼稚園児以来だしな……。

「財布は持ってきてあるんだよな? 百円はある?」

「うん、何枚かあるよ。そこの機械に二百円分入れたらいいんだよね?」

 俺の背後──出入り口付近にあるコイン投入機を指差す小日向。その上部に『一回二百円二十球』とシールで説明書きがされてあるので、たぶんそこを見て判断したのだろう。

 俺はその問いに無言で頷き、

「ここは二十球で二百円でしかできないから、続けてやりたい場合は二十球全部終わってまた二百円を入れてからでないとダメなんだ。だからお札しかない時は店頭に置いてある両替機で百円玉を作る必要があるんだけど、ちなみに今何枚持ってるんだ?」

「んーっと、百円玉なら六枚くらいはあるよ」

「それくらいあったらひとまずいいか。そんじゃ、やってみようか」

「う、うんっ」

 緊張した面持ちで首肯する小日向。そしてポシェットから財布を取り出し、コイン投入機に前へと立つ。

「あ、そうだ。望月くん、鞄持っててもらえる? このままだとうまく振れないから」

「ん。了解」

 小日向からポシェットを受け取り、俺は邪魔にならないところ……ホームベースから数メートルほど離れた左後方へと退避した。

 見たところ小日向は右利きのようだし、ここなら俺の方に飛んでくる心配もないだろう。

「じゃ、じゃあ、入れるね……?」

「うん。念のため言っておくけど、入れてからすぐ球が飛んでくるわけじゃないから、落ち着いていけ」

「わ、わかった」

 俺の言葉に小日向は神妙な顔で頷き、震えた指で百円玉を投入していく。あちゃあ。完全に緊張してんな、あれは。

 なんだか俺の方までハラハラしつつ、百円玉を入れ終えてホームベースの左横へと歩む小日向を見守る。

 百円玉が投入され、目の前のピッチングマシーンからガガガという唸り声が響く。アームに球が装填される音だ。じきにアームから球が投げられることだろう。

「ど、どうしよう、もうすぐ来そう!」

「落ち着いて! まずはさっき俺が教えた通りのフォームを取って! それでよく球を見て振ればきっと打てるから!」

「わ、わかった!」

 俺の指示に小日向はそう応えて、バットを構え始めた。

 おっ。テンパっているわりには綺麗なフォームが取れている。ちょっとしか教えていないはずなのにもう感覚を掴めるとは。案外あっさり打ってしまったりして。

 などとひっそり期待している内に、アームが徐々に動き出し、そして──

「わわっ!?」

 高速に投げ出されたストレートの球に、小日向はへっぴり腰でバットを振り、見事に空振った。

 うーむ。思いっきりタイミングが外れていた上に掠りもしなかったとは。少々期待し過ぎだったかも。

 まあしかし、初心者なんだし最初はこんなものか。瞼を閉じなかっただけでも上出来と言うべきだろう。さすがは元テニスプレーヤーだけのことはある。

「ねえ! 全然当たらなかったんだけど!?」

「大丈夫! タイミングは外れていたけど、徐々に合わせていけばいいから! それより次に集中して!」

「う、うん!」

 俺の言葉に小日向は素直に頷いて、ピッチングマシーンへと再び向き直った。

 少し間を空いて、再びアームに球が装填され始める。

 そして数秒と経たず、二球目が勢いよく吐き出された。

「ええいっ!」

 気合いと共にバットを全力で振る小日向。

 しかし残念ながら、今回も空振りだった。

 だが、さっきのに比べて幾分マシにはなっている。あともうちょっと早くバットを振っていれば、バットに当たっていたかもしれない。

 あれ? 最初こそ微妙な感じではあったが、これイケるんじゃね? 次くらいには打てるんじゃね? 

「いいよ! バットの軌道は大体合ってる! でもなるべく上から叩くイメージで振ってみて! あとはなるべく脇を締めて、球が出てきそうな時に打つ動作を始めてみて!」

「はいっ!」

 俺のアドバイスに小日向は威勢よく応えて、ピッチングマシーンを真っ直ぐ見据えた。

 そうして、三球目──

 カキンっ!

「あっ! 当たった! 当たったよ望月くん!」

 ピッチャーゴロではあったが、バットに球が当たり、きゃあきゃあとその場で飛び跳ねる小日向。まるで欲しがっていた玩具を与えられた子供みたいだ。

 そんな小日向にグーサインで応えつつ、

「今の感覚をしっかり覚えてて! それと、球が当たった瞬間にバットを押し出す気持ちで打てばもっと飛ぶと思うから!」

 とさらにアドバイスを送った。

 しかし、想像より早く打てたなあ。やっぱテニス経験者なだけあって、ボールを打ち返す技術に優れているのかもしれない。元々身体能力が高いというのもあるんだろうけど。

 これなら、次くらいにはけっこうな飛距離で打てるかもしれないなあ──なんてぼんやりと考えていたところで、

「──って、そうだ写真写真!」

 本来の目的を思い出して、慌ててズボンのポケットからスマホを取り出す俺。

 せっかく次打てるかもしれないんだ。こんな絶好の機会を写真に納めない手はない。

 スマホをカメラモードにし、ピントを小日向に合わせる。

 おお。小日向のやつ、今までにないくらい集中しているな。カメラを気にする素振りもない。まだ数回だけなのに、バットを構える姿がすっかり様になっている。

 頼むぜ小日向。一発でかいの打ってくれよな!

 そんな願いを胸に、運命の四球目。

 アームから繰り出された時速八十キロの球が手前近くまで迫ったところで、小日向はキッと双眸を凄ませて勢いよくバットを振り抜いた。

その直後──


 カッキーン! という小気味いい打撃音と共に、小日向の打った球が、勢いよくバックスクリーンに吸い込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る