第7話



「ん~っ。楽しかった~!」

 バッティングセンターから出てすぐ、実に満足そうな笑みを浮かべて大きく伸びをする小日向。あれから俺と二時間近くもバッティングしていたというのに、まだまだ元気いっぱいと言った感じだ。

 そんなこんなで、時刻はすでに午前十一時過ぎ。そろそろお昼近くというのもあって、腹が空いてくる頃合いだ。というか、実際に空いている。しかもさっきまで体を動かしたのもあって、一層空腹感が強かった。はやく家に帰って飯食いてえ~。

「今日はありがとう望月くん。バッティング初めてだったけど、すごく楽しかった♪」

「そりゃよかった。連れてきた甲斐があったってもんだ。先生に見せる写真もいくつか撮れたしな」

 言って、俺はスマホが入っている方のポケットを軽くぽんぽんと叩いた。

「そうだね。でも望月くん、あたしの方ばかり撮影してて本当によかったの? 一応あたしも何枚か撮らせてもらったけど……」

「あー。俺、写真を撮られるのってあんま好きじゃないし。それに俺自身、自分の写真を撮るのをすっかり忘れていたから、別に気にするようなことじゃないって」

 申しわけなさそうに眉尻を下げる小日向に、俺は苦笑を浮かべて言葉を返す。

 あのあと、調子よく打つ小日向をずっと撮影していた俺ではあったが、そっちに熱が入るあまり、自分の写真も必要なことをうっかり失念していたのだ。いくら小日向の写真があったところで、俺の写真がなければ二人で遊びに行ったという証拠にはならないしな。

「逆に、小日向の方が嫌だったんじゃないか? 俺がバッティングしているところなんて、撮っていて退屈だったろ?」

「ううん。そんなことないよ。むしろバットを振るタイミングとか腕の角度とか詳しく知れて参考になったぐらいだし」

「そうか? それならいいけど……」

 しかし言われてもみれば、確かにずいぶんと上達していたなあ。写真を撮りながらしっかり観察していたってことか。意外と抜け目がない。

「それにしても、望月くんって教えるのが上手いよね~。あたし、もっと時間がかかるももだって思ってた」

「いや、それは小日向さんの呑み込みが早かったおかげだって。俺なんてちょっとやり方を教えたぐらいで、他はなにもしてないし」

 事実、俺が教えたことなんてほとんど基礎的なものだけで、あとは小日向の実力あっての賜物だ。あれだけの抜群な運動神経があれば、大体のスポーツはなんでもそつなくこなせるのではなかろうか?

「そうかな~? でも望月くん、バッティングも上手だったよね? だから教えるのも上手なのかなあって思ってたんだけど?」

「俺なんて普通な方だぞ? バッティングセンター自体は昔から一人でよく行っていたけど、俺より上手い奴なんていくらでもいたし」

 それこそOLっぽい女性から老人くらいの人がぽんぽん打っていたりしてたしな。そういった人に教わっていたら、小日向ももっと上手に打てていたかもしれない。

 まあ、今でも上出来な方なんけどな。ノック数だけで言えば、俺とそれほど変わりないくらいだし。どんだけ運動神経に恵まれているんだ、こいつは。

「というかこの間から思っていたけど、望月くんってけっこう喋る方だったんだね。てっきり、もっとこう……」

「根暗な奴?」

「ううん! そうじゃなくて、なんていうか、あんまり口数の多いイメージがなかったから、もっと無口な人なのかなって思ってた」

「今は協力してもらっている立場でもあるしな。本当は家族以外の人間とこんなに喋る方じゃない」

 それこそ、家族以外の人間とろくに話さないまま一日が終わるのも少なくないくらいに。

 元々、俺が話し好きではないというのも理由としてあるが、それ以前に、自分から進んで会話しようという気がどうしても起きないのだ。話しかけられたら返事くらいはするが、大抵一言二言で終わってしまうので、会話が続くこともない。これほど話していてつまらない奴もそうはいないだろう。

 なので、小日向は気を遣って否定してくれたようだが、根暗という表現もあながち間違ってはいないのである。

「……えっと。それって、義務感であたしと話してくれてるってこと……?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 ……まずったな。もう少し遠回しな言葉を使うべきだった。決して小日向と話すのが退屈というわけではなく、単に元から口数が少ないだけと言いたかったのだが、今の発言のせいでいらぬ誤解を与えてしまった。暗い表情をさせるつもりはなかっただけに、少し罪悪感が湧く。

 とは言え、ここで喋るのが好きだと嘘を吐くのもなあ。そういうキャラでないことは自分自身がよくわかっているし、小日向にも疑心を持たれそうだ。

 これは、あれだな。適当に誤魔化した方がよさそうだな。

「ごめん。言い方が悪かった。別に小日向さんと話すのが嫌ってわけじゃないよ。むしろ色々と興味深い」

「興味深いって?」

「そうだな──たとえば、見た目ギャルっぽいなのにけっこう礼儀正しいところとか、実はガチのオタクなのに上手く周りに隠しているところとか」

「オ、オタクのことは言わないでっ」

 しーっと、なにやら必死な表情で唇に人差し指を当てて憤る小日向。

 そんなに警戒せんでも、周りに人なんてほとんどいないんだけどなあ。よほどオタバレするのが怖いと見える。結果的にはこうして話を逸らすことができたので、こっちとしてはバンバンザイではあるが。

「ほんとにもう。あたしの秘密をバラさないのを条件にこうして協力してあげているんだから、そこんとこ、忘れてもらったら困るよっ」

「悪い悪い。冗談が過ぎた」

 ぷりぷり怒る小日向に、俺は苦笑を浮かべて謝罪する。怒っているつもりなんだろうけど、逆に可愛く見えてしまうのだから不思議なものだ。しかもこれが小日向みたいな可愛くて素直な人間だからこそいいわけで、他の女子がやったらあざとく見えて仕方がなかったことだろう。やっぱ美人って得だわ。

「けど小日向さんにしてみれば、本当はバッティングセンターとかじゃなくてアニメショップの方がよかったんじゃないか?」

「それは、まあ……」

 俺の問いに、小日向は少し困ったような笑みを浮かべてぎこちなく肯定する。本当に正直な奴というか、根っからのオタクだなあ。

「あ、でも、別にバッティングセンターがつまらなかったってわけじゃないからね? 楽しかったのは本当だから。それにアニメショップなんて行ったらぽぽちゃんにあたしの趣味をバラすようなものだし、どのみち行けないよ……」

 それに関しては俺も念頭に置いていたので、証拠写真を撮る候補としては最初から除外していたが、しかし本当はこういうスポーツ系じゃなくて、アニメショップの方が楽しめたんじゃないのかというわだかまりみたいなものが、少なからずあったのだ。

 でも、どうやらそれは杞憂だったようだな。こっちにしてみれば大助かりである。

 もしこれで退屈なんて言われた日には、トラウマになりかねないほどの精神的ダメージを受けるところだった。いくら友達ではないといえ、俺の方から提案した以上、楽しんでもらわないとさすがに心苦しいし。

「普段から行ったりしないのか? アニメショップとか」

「行ってみたいけど、知り合いにあったら嫌だし、基本的にはネット通販が多いかな。それか少し遠くの大きな本屋さんに行ってみるとか」

「そうか……」

 好きな場所に行けないというのは辛いな。もう少し世間がオタクに寛容だったらここまで気にすることもなかったろうに。この腐った社会に絶望しちゃうね。

「望月くんは? そういうところには行くの?」

「たまに。俺もけっこうオタクな方だし」

「やっぱり一人で?」

「そうだな。一緒に行く奴がいないっていうのもあるけど、一人の方が気楽だし、品定めに集中できるし」

「いいなー。あたしも一人で色んなところに回ってみたいよ~」

「……? 友達と一緒にじゃなくてか?」

「そういう同じ趣味を持つ友達がいたら一緒に行くのもいいけど、そんな友達は一人もいないから。それにあたしだって一人になりたい時くらいはあるよ?」

 その言葉に、俺は少々驚いた。

 てっきり、常にだれかがそばにないといけないタイプ──具体的に言うと、トイレの時にまでだれかが付き添わないと寂しくてたまらなくなる面倒な人種なのだろうと勝手に思い込んでいたので、なにげに衝撃的だったのだ。

 そっか。小日向みたいなリア充でも、一人になりたいって考える時があるのか……。

「あ、ごめんね。こんな暑いところで長話しさせちゃって」

「いや、俺の方こそ長々とすまん。昼から用事があるって言ってたよな? 時間は大丈夫か?」

「うんっ。全然余裕だよ。それに用事って言ってもジュリアたちと遊びに行くだけだし」

 そうなんだ、と相槌を打ちつつ、俺は額に溜まった汗をTシャツの袖で拭う。

 しかし、外は暑いな。ついさっきまで冷房の効いたところにいたので、なおさら暑く感じてしまう。冷房が超恋しいぜ。

「あはは。ほんとに今日はあっついよねえ。それじゃあそろそろ解散しようか。あたしも早く家に帰ってシャワー浴びたいし」

「そうだな」

 頷いて、俺はバッティングセンター横の舗装道路の方へと足を向けた。

「じゃ、俺こっちだから」

「あれ? 望月くんって歩きだったの?」

「電車で来たからな。自転車で行けるような距離じゃないし」

「え? もしかして結構遠いの?」

「うん。ここまで来るのに電車と徒歩で二時間くらい」

「ウソ!? そんな遠くから!? なんでまたこんな遠いところを選んだの!?」

「あー、俺もできたら近い方がよかったんだけど、お互いよく知っているところの方がいいかと思って。だから俺らの学校の近くを選んだってわけ」

「そうなんだ……。なんかごめんね? すごく気を遣わせちゃったみたいで……」

「気にすんな。どうせ暇だったし、それにそっちは用事があるんだから、なおさらこっちが都合を合わせるべきだろうしな」

「う~。それでもごめんね~。この暑い中、長々と外に居させちゃって……」

「いや、ほんと俺は大丈夫だから……」

 うーむ。なんつーか、改めて見た目のギャルっぽさに反して真面目な奴だなあ。個人的にはちゃらんぽらんとしている奴より好感は持てるが、ここまで低姿勢だとこっちの方まで恐縮してしまう。基本ぼっちは弱腰なのでね、ええ。

 ともあれ、ここはさっさと解散した方が吉だな。でないとずっとこのまま小日向に気を遣わせてしまいそうだ。

「まあ、なんだ。今日は楽しかったよ。そんじゃ、くれぐれも気を付けて帰れよ?」

「あ、うんっ。今日は本当にお疲れさま。あたしもすごく楽しかったよ♪」

 ポジティブな別れを切り出したのが功を奏したのか、それまでの曇った表情を一変させて満面の笑顔で手を振る小日向に、俺も軽く手を振り返して背中を向ける。

こうして俺たちは、太陽が熱く照り付く中、無事に目的を果たして帰路に就いたのであった。





 小日向とバッティングセンターに行ったその二日後。月曜日。

「あら~。なかなか面白そうな場所で遊んできたのね~」

 例によって学校の生徒相談室──そこで机上に置かれた俺や小日向のスマホを眺めながら、紺野先生は上機嫌に口元を緩めてそう感想を述べた。

 今日も約束の放課後になってからここに来たので、俺と小日向、そして紺野先生以外の人間は当然だれもいない。時折外から部活中の生徒の掛け声が響いてくる程度で、室内は至って静かなものだ。

 ついでに言うと、

「でしょでしょ? あたしも望月くんに誘われて初めて行ったんだけど、すっごく楽しかったよ~。何度かボールも打てたし」

「あらあら~。すごいわね~。女の子でも簡単に打てるものなの~?」

「人にもよるし、最初の内は難しいかもしれないけど、慣れてきたらけっこう打てるんじゃないかな? あたしの場合は望月くんに教えてもらいながらだったけど」

「そうなの~。私もいつか行ってみようかしら~? 友達に野球経験のある子もいるし」

「行ってみなよぽぽちゃんっ。すごくスカッとするから。ストレス解消にもなるよ♪」

 と小日向が率先して先生と話してくれるので、こっちにしてみれば余計な口を開かずに済んで気楽なものだ。欲を言えば俺だけでもさっさと帰らせてもらえたら言うことはないのだが、そういうわけにはいきませんよねわかっておりますともええはい。

 それはそうと、小日向ってあの時ストレスが溜まっていたのか? 思い返してもみるとけっこう熱中していたようだし、自分の中に溜まった鬱憤をボールにぶつけて発散していたのだろうか?

 まあ、小日向も人間だしな。今どきのギャルにしては素直で温厚な性格をしているけど、だからと言ってストレスと無縁というわけでもあるまい。もしかしたらそれが、せっかくの休日を俺なんかと一緒にいたせいによるストレスかもしれないわけで。そう考えたら胃がだんだんと痛くなってきた。うん、気のせいということにしておこうそうしよう。

「ストレス解消か~。それもいいわね~」

 言いながら、紺野先生は俺と小日向のスマホを交互にフリックしていく。

 念のため言っておくと、紺野先生が見ているのは俺と小日向がバッティングしている写真だけで、それ以外はなにも見せていない。

 というより、ちゃんとアルバム管理して一つの項目だけを絞って見せているので、なにかしら余計な操作をしない限りは、他の写真を見られる心配はない。たぶん小日向も同じ設定にしているのだろう、目の前の机に置かれた二つのスマホには、互いのバッティングしている姿しか写し出されていなかった。俺の場合は写真なんて普段からほとんど撮らない方なので、別のアルバムを見られたところで困るようなものでもないのだが。

「うん。小日向さんは本当に楽しそうにバットを振っているわね~。逆に望月くんだけ無表情なのが気になるところだけど~……」

「ああ。その時は集中していたので、それで真顔になっていただけですよ」

 元々無愛想なだけというのもあるが、とりあえずそんな感じに弁解しておく。退屈そうだと思われでもしたら面倒だしな。

「そうなの~? まあ真剣にやっているのは伝わってくるけれど、う~ん」

「え、そんな悩まれるほど変な顔してます?」

 そりゃ決してイケメンというわけじゃないが、本人の目の前で渋面になられるのはさすがに傷付くぞ……。

「そうじゃないわ~。そうじゃないのよ望月くん。今は顔とかじゃなくて、別の部分が気になっているのよ~」

「気になるところって? あたしたち、ちゃんと言われた通りに写真撮ったよ?」

「そうね~。二人ともちゃんと写真は撮っているようだけど~」

 言って、紺野先生は俺たちにスマホを返しつつ、

「どうしてお互いに一人ずつしか写っていないの~?」

「「えっ」」

 その言葉に、俺と小日向は同時に固まった。

「友達なら、二人で写ったりするものじゃない~? それなのにそういった写真が一枚もないなんて少し変じゃないかしら~?」

「そ、それは……」

 紺野先生の指摘に小日向が反論を試みるが、結局なにも言えないまま気まずそうに口を閉ざした。

 まずい……。俺も言われるまで気が付かなかったが、まさかこんなところに落とし穴があったなんて。写真を撮っただけで完全に満足しきっていた。

 しかし、このまま黙っているのは余計に状況を悪化させるだけだ。おそらく紺野先生は俺たちの仲を疑っているだろうし、なんとかして切り抜けねば。

「……それはあれですよ。ほら、俺たちって友達になってからまだ日が浅いんで、ツーショット写真を撮るのは抵抗があるって言うか、すごく気恥ずかしいんですよ」

「そ、そうそう! 周りにカップルとか思われでもしたら困るし!」

 俺の弁解に、小日向も便乗する形で慌ててフォローに入る。

「う~ん。まあ二人がそういう言うのなら、そういうことにしておくけど~」

 よっし! 急なことでかなり焦ったが、どうにか納得してくれたようだ。

 まあ実際のところ、そこまで嘘は言っていないしな。唯一違うとすれば、まだ友達ですらないという点ぐらいで。

「そうね~。ちょっと気になる点もあるけれど、とりあえず今回はこれでOKということにしておくわ~。二人とも、お疲れさま~」

 その言葉に、俺は胸中で安堵の嘆息を吐いた。

 ふと横を見ると、小日向も同じようにほっとしたような顔で胸を撫で下ろしていた。気持ちは痛いほどわかるぞ小日向。ほんと、危うく先生に色々と詰問されるところだったぜ。

 これですべてが終わりとなってくれたら言うことはないのだが、そういうわけにもいかないんだよなあ。

 悲しいけれどこれ、今後も続くのよね。先生いわく、定期的に小日向と遊んでいる写真を見せないと信用できないらしいのよね。どうしてなのね……。

「さて、それじゃあ次の連絡日だけど」

 ほら来た。来てほしくないのが来た。こんなに門前払いしたい言葉は他にない。

「次は二週間後くらいにしておこうかしら~。さすがに一週間置きだと二人も用事が合わない時もあるでしょうから~。うん、我ながら機転が利くわ~」

 どこかだ。機転が利くなら、そもそもこんな面倒な真似させないでくれ。

 などと突っ込んでやりたい気分だったが、俺はあえてなにも言わなかった。

 期間が伸びたこと自体はありがたいしな。下手に文句を言って余計ややこしいことになるのも困るし。

 それはそれとして、次は二週間後か……。

 期間自体は伸びたが、しかしまた場所選びに苦労しそうだなあ。あの時だってなんだかんだでけっこう時間がかかってしまったし。今度はどれだけかかることやら。

 なんにしても、前回同様小日向と一緒に頭を悩ます日々が続きそうだなと内心憂鬱な思いで考えに耽っていると、

「で、今度はもう一つ条件を付けたいんだけれど~」

「「は!?」」

 思わず声を揃えて面食らう俺と小日向。

 もしやこの間の時みたく、くそ面倒なことを言うつもりじゃないだろうな!?

「次に写真を撮る時は、ツーショットで写ってほしいの~。さすがに二週間もしたら、そういった写真も撮れるでしょ~?」

 ……な、なんだ。そんなことか。てっきりまたとんでもないことを言い出すんじゃないかって冷や冷やしてしまったよ。まったく、心臓に悪いぜ……。

 それなら紺野先生に指摘された時点でそうするつもりでいたし、特に異存はない。いや、面倒なのは変わりないけど、少なくとも新しい友達を増やせとか言われるよりは断然マシである。その内言われる可能性も否めないが。くわばらくわばら。

 しかし、ツーショット写真か。

 すでに撮るつもりでいるとは言え、正直これはこれで難易度高いんだよなあ。

 ここでぶっちゃけてしまうと、今まで俺はツーショット写真なる物を一度も撮った経験がない。これが女子同士ならともかく、野郎同士で一緒に写る趣味なんて俺にはないからだ。

 まして、俺はこれまでの人生で一度も女の子と付き合ったこともなければ女友達もできた試しもないで、その手の写真に一切縁がないのであった。つまるところ、この先小日向と二人で撮る写真が、俺にとって初めてのツーショット写真となるわけだ。

 こんな風に言うとまるで喜ばしいことのように聞こえるかもしれないが、はっきり言ってそういった感慨はまったく全然ない。

 なにせ小日向とは恋人でもなければ友達ですらない関係なのだ。すごく美人で存外性格が良いのも認めるが、さりとて俺が苦手なギャル属性というのには変わりないわけで。そんな相手とツーショット写真が取れるからと言って、素直に喜べるはずもなかった。

 むろん、だからと言って適当にやるつもりはないし、今までと同様、カップルだと思われないような場所を選ぶべきという方針も変わらない。むしろ一層警戒(なんせツーショット写真を撮るわけだし)が必要になるわけだが、いかんせんまるで候補が浮かんでこないのが難点であった。

 つーか、ツーショット写真なんてどこで撮っても同じというか、どのみち周囲にカップルだと思われそうな気がしてならないのだが、世のリア充どもは一体どうしているんだろうか? マジで謎だわ~。

「──ぽぽちゃん。写真を撮るのはいいけど、そろそろこうして直接会って話すより、LINEとかでやり取りできないかな? その方がこっちとしても時間に余裕ができて助かるんだけど……」

 と、俺が一人黙考していた間に、小日向が小さく挙手して先生にそう問うた。

 おお。それは良い提案だ。俺としてもその方がずっと助かる。

「あら、それはダメよ~。だって二人の仲を確認するためにこうして来てもらっているんだもの~。LINEとかだと詳しく話も聞けないし、二人の様子も見れないでしょ~?」

 しかし悲しいかな、そんな俺たちのささやかな願いすら叶えてもらえなかった。

 ほんと悲しいね……。

「そうですか……」

 ほら、小日向もめちゃくちゃ残念そうにしてるじゃん。もう少し彼女の気持ちを酌もうよ。ただでさえ超リア充な上にオタク活動もあって忙しいんだから。

「他に言っておきたいことはあるかしら~? なければこれで終わりにするけど~」

 どうやら俺たちの気持ちなんて最初から考えにないようで、紺野先生はいかにも能天気な笑顔を浮かべてそう訊いてきた。こりゃあかんわ。なんも期待できませんわ……。

「いえ、特にないです……」

「あたしも、もういいかな……」

「わかったわ~。それじゃあ二人とも、再来週もお願いね~」

 こうして、どうにか俺たちの関係がバレずに済んだのはよかったものの、新たな難題と変わらぬ現状に、なんとも言えない気分を抱えたまま、今回の定期報告は終了したのであった。


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