第4話
「なんだか、おかしなことになっちゃったね……」
紺野先生との面談が終わり、小日向と二人で夕日が差し込む薄暗い廊下を歩いている時だった。
それまで黙って俺の横を歩いた小日向が、生徒相談室から離れてしばらく経ったあとに、そんな言葉を苦笑混じりに呟いた。
「なんか、ほんとごめん……」
頭をぼりぼり掻きながら、重々しく謝罪を口にする俺。
「せっかく協力してもらったのに、まさかこんなことになってしまうなんて……」
「いやいや、無理もないよー。あたしだってぽぽちゃんがあんなことを言い出すなんて思ってもみなかったもん。本当に驚いちゃったよー。望月くんに友達になってくれって言われた時もけっこう驚いたけどね」
ああ、確かにあの時は見るからに目を丸くしていたな。幼稚園児でもあるまいし、いきなり友達になってくれなんて言われたら、だれだって戸惑いもするだろう。
「その割には、あっさり俺の頼みを聞いてくれたよな? 今日限りの話だったとは言え、どう考えても面倒くさそうな案件なのに」
どうやら今回の件で別段怒ってはいないようで、少しそのことに胸を撫で下ろしつつ、俺は横目でチラッと小日向の様子を窺いながらそう訊ねてみた。
「う~ん。それがあたしの秘密を守ってくれる交換条件だったからっていう理由もあるけど、本当に困っていたみたいだし、少しくらいならいいかなって思って」
「少しくらいなら、だろ? こうなる前に、なんでさっさと紺野先生に事情をバラさなかったんだ? ここまで協力する義理なんてないはずだろ? お互い、今までただのクラスメートとしてしか思っていなかったんだし」
「それはそうだけど、でもそんな簡単に裏切れないよー。一度はこっちも了承しているわけだし。だいいち、もしも嘘の友達として協力していただけなんて言っちゃったら、なんで協力することになったかまで話さなきゃいけなくなるでしょ?」
あ、それもそうか。確かにうっかりそんなことを言ってしまったら、どうして俺と小日向が手を組んだのかまで口を割らなきゃいけなくなるな。
小日向としては隠れオタクだっていうことを秘密にしておきたいだろうし、どのみち黙らざるをえなかったというわけか。
「あたしもどうにかして説得しようとは思ってたんだけどねー。ぽぽちゃんがあんなにも頑固だったなんて知らなかったよー。人は見かけによらないね」
「あー、それに関しては同意見だな」
見るからになにも考えていなさそうな割に、中身は結構強情なんだもんなあ。もう天然系女子なんて一切信用してたまるものか。
「それで、小日向さんはこれからどうするつもりなんだ? このままだと、俺に協力しないといけなくなるわけだけど……」
「……やっぱりそうなっちゃうよね? ちなみに、いつまで続けることになるのかな?」
「たぶん、進級して担任が変わるまでじゃないかな? 紺野先生、やたら俺に友達を作らせたがっていたし」
「そういえば、そんな感じだったね。ぽぽちゃんも世話焼きというか、お節介だよねー」
普通あそこまでしないよね、と微苦笑しながら言う小日向。別段嫌っているわけではないが、今日の一件で面倒な先生だという印象が強くなってしまったようだ。無理もない。
「けど、こうなっちゃった以上は仕方ないよね。今さら嘘だったなんて言えないし、望月くんだって困るでしょ?」
「それは、まあ……。でも小日向さんは本当にそれでいいのか? 俺みたいな親しいわけでもない男子と、三年生になるまで嘘の友達を継続しなきゃいけなくなるんだぜ?」
「不安がないって言ったら嘘になるけど……。望月くんみたいなタイプの人とあんまり喋ったこともないし……。けどさ──」
そこまで言って、小日向は不意に前方へと踊るように飛び出し、くるっとターンしたあと、窓辺から差す夕日を真横に受けながら、にこっと破顔してこう続けた。
「いっそのこと、本当に望月くんと友達になってみるのもいいかなって☆」
そのドラマのワンシーンみたいなセリフに、俺は──
「あ、悪いけど、そういうはいいんで。単に協力だけしてもらえたらそれでいいんで」
「あれ!? あっさり拒否されたよ!?」
俺の返答がそんなに意外だったのか、口をあんぐりと開けて驚く小日向。
いや、逆にこっちがびっくりだよ。そこまで驚くようなことか?
「な、なんで!? これがアニメとかだったら、赤面しながらも頷く場面だよ!? ぎこちなく握手して、友達としての第一歩を踏み出すところだよ!?」
「そうは言われても、別に友達とか興味ないしなあ。基本、一人でいる方が好きなタイプだし」
「そ、そっか。いやー、ちょっと予想外の反応についつい驚いちゃったよ。だからいつも一人でいることが多いんだね」
「まあね。そのせいで紺野先生に目を付けられたわけだけども」
適当に放っておいてくれればいいものを。人生自分の思う通りにいかないものである。
「へえー。本当にいるんだね、あえて友達を作らない人って。なんだか、すごいね」
その妙に感情が込められた声に、俺は「すごい?」と首を傾げた。
「うん。だって世の中、友達がいて当たり前みたいなところがあるでしょ? 実際ぼっちの人をバカにする風潮があったりするじゃない。それなのに一人でいることを選ぶなんて、普通ならなかなかできないよ」
あー、それは一理あるな。特に日本人は和をやたら重んじるところがあるし。
なんで日本人ってこうも群れたがるのかね? 同じ日本人でも理解不能だ。
いや、群れる分には個人の自由なのだが、それを周りにも求めるのは勘弁してもらいたいものだ。これが仕事ならある程度コミュニケーションも必要になると思うが、プライベートの時間まで拘束される必然性まではないと思うんだよなあ。なのに飲み会を断っただけで協調性のない人間だと勝手にレッテルを貼ってくる職場の奴ら、実にギルティ。
「まあ、確かに憐れみの視線を送られたり、陰で笑われたりもするけど、だからと言って友達を作る理由にはならないな。ノリの合わない人間と一緒にいても、ストレスにしかならないし。でもこれくらい別にすごかないだろ?」
「そう言い切れるだけでも十分すごいよ。あたしには絶対真似できないもの。うん、あたしには真似したくても絶対無理……」
なぜか表情を曇らせてそう言う小日向に、思わず眉間を寄せる俺。
なんだ? ひょっとして双葉たちとなにか確執でもあったりするのか?
小日向みたいなだれもが羨む(俺除く)スーパーリア充が?
などと不躾にじろじろ見ていたのが悪かったのか、小日向ははっとしたように伏せていた目線を上げて、
「あ、ごめんね? 変なこと言っちゃって。別になんでもないから」
ぎこちない感じで笑みを浮かべる小日向に、俺も「あ、ああ」とだけ頷いて疑問を押し殺した。
なんというか、小日向にも色々と悩みがあるんだろうな。詮索するのも野暮だろうし、悩みを聞くような間柄でもないので問い詰める気は毛頭ないが。
ひとまず、この変な空気をなんとかしないとな。息苦しくいったらない。
「まあ、なんだ。これからもよろしく頼むよ。あまり小日向さんの負担にならないよう頑張るからさ」
おずおずと差し出した俺の手に、小日向は一瞬ぽかんと放心したような顔をしたのち、
「──ううん。こっちこそよろしくね!」
と弾けるような笑顔と共に、俺の右手をぎゅっと握り返した。
そんなこんなで、なし崩し的に小日向と偽りの友達関係を継続することになってしまった俺。
あれから──紺野先生に無茶難題を押し付けられてから二日が過ぎたが、具体的なことは未だなにもしていない。期限が来週の月曜なので、あと四日(ちなみに今は水曜日)ほど猶予があるわけなのだが、俺も小日向も、どこで証拠となる写真を撮るかで頭を悩ませている最中で、まだなにも決められないでいるのだ。
まあ、ほとんどお互いのことを知らないままにこんな事態になってしまったわけだし、当然と言えば当然の結果とも言えるかもしれない。そもそも、リア充である小日向とぼっちである俺とでは価値観やら認識にズレがあって、どうにも話が噛みあわないことが多々出てきてしまうのである。
たとえば、紺野先生との面談帰りで、小日向とこんな会話を交わしたことがあったのだが──
「ねえねえ望月くん。これから二人で話すことも多くなってくるだろうし、LINEのID交換しておこうよ♪」
「あ、俺LINEとかやってないから」
「えっ!? や、やってないの!? みんな普通にやってるのに!?」
「いやだって、俺ぼっちだし……。友達もいないのにLIENなんてやっても意味ないと思うし……」
「あ……。なんか、ごめん……」
以上、小日向との会話でした。
いやもう、その後の気まずさと言ったらもうね……。別に気にするようなことでもないのだが、ものすげえ申しわけなさそうな顔をするもんだから、こっちもどんな顔をしたらいいのかわからんかったよ……。綾波レイみたく、笑っておけばよかったのかしらん。
とはいえ、さすがに連絡手段がないのはまずいだろうということで、お互いの電話番号とメールアドレスだけは交換しておいた。なんか小日向が「メルアド交換なんて、スマホを買ってから初めてしたよ……」と驚きとも呆れともつかない言葉を零していたが、みんなそんなにLINEばかりしてんのかね? いちいち何度も相手のコメントに反応を返さないといけないとか、面倒過ぎて俺には考えられんわー。むしろ想像しただけで嫌気が差すわー。
とまあ、なんやかんやで小日向と連絡を取り合うようになったわけなのだが、先述にもあった通り、どこで遊ぶかは未だに全然決まっていない。
一応それなりに候補を……遊園地とか水族館とか、リア充どもがいかにも喜びそうなところを色々上げてみたのだが、
『そういうデートスポットみたいなところはちょっと……。なんかぽぽちゃんに誤解されそうだし……』
と、ちょっと引き気味な感じでメールが返ってきた。
いや違うんだ。決してそういった意図で例を挙げたわけではなく、リア充が喜びそうな場所という点を考慮したら自然とこうなってしまっただけで……。
ていうか、なんで好きな相手でもないのにこんな告る前に振られたみたいな心境にならないといけないのだろう。まあ俺なんかが彼氏だと思われるのは嫌だろうし、無理もないかもしれないが、ぶっちゃけなにげに傷付く。これが俺の嫌いな双葉みたいな典型的ギャルだったら全然平気だったんだろうけどな。小日向が予想外に良い奴だったせいもあって、ダメージが思っていたよりでかい……。
しかしながら、確かに恋仲だと疑われるのはまずいので、デートだと間違われそうな場所はやめておこうという話になった。顔見知りと偶然出くわして、変に勘繰られるのも面倒だしな。
だがそうなると、経験値の浅いぼっちの俺では他の場所なんて思い付かなかったので、今度は逆に小日向の案を聞いてみたのだが、
『無難にご飯を食べに行くのはどうかな? これなら普通に友達っぽいし、ご飯を食べながらお喋りもできていいんと思うんだー♪』
なんてメールが来たが、却下させてもらった。
提案自体は悪くないと思うのだが、いかんせん俺は一人黙々と食事をしていたいタイプなので、会話をしながら物を食べるという行為がどうしても許せないのである。
だいたい、なんで喋りながら飯を食う必要があるんだ? 会話なんていつでもできるんだから、食事の時ぐらいは味に集中した方がよくね? いちいち多人数で飯を食うとか、理解に苦しむわー。
とまあ、以上のようなやり方を何度かメールで交わしたのだが、これという候補はなにも決まらなかった。いっそ、その辺の公園で適当に写真を撮ってやろうかとも思ったのだが、当の先生がどう反応するかわからないのですぐ考え直した。ひょっとすると、先生の目を誤魔化すためだけのアリバイ工作だと思われる危険性もあるし。
それに、飲食店にしろ公園にしろ、そこでなにをしていたのかと詰問される可能性が高い。だからある程度、その場所を実際に見聞きして情報を得る必要もあった。
たとえば映画館の前だけで写真を撮って帰ったとしても、映画の内容を訊かれてまともに答えられなかったらアウトというわけだ。もしも紺野先生がその映画の内容を知っていたら確実に疑われるしな。
そういったわけで話は冒頭に戻るのだが、そろそろどうにかしておかないとまずいよなあ。お互いに都合だってあるし、予定が空いている内に決めておきたいものだ。特に小日向みたいなリア充は先々の予定まで入れている可能性が高いし。
なんて思考を巡らせながら、次の授業の準備を始める。
今日まで自宅にいる間はもちろん、学校にいる間もずっとどこで写真を撮るか考えていたのだが、これがなかなかうまくいかない。授業中も先生の話に集中できないし、早くなんとかしないと成績にも障る。
などと頭を悩ませながら、次の授業である四時間目の準備をしていると、
「なあなあ。明後日の放課後、みんなでボーリングしに行かん?」
後方からふと聞こえてきた、チャラい声。
それはリア充グループの一人である喜界島もので、それとなく横目で盗み見てみると、小日向や双葉らと一緒に談笑しているようだった。
「ちょうどオレ、ここの近くにあるボーリング場のクーポン券を何枚か持ってんだよね」
「クーポン券~? どうせドリンクが一つだけ無料でもらえるとか、その程度でしょ?」
「いや違うってジュリア。そんなちゃっちいもんじゃなくて、学生料金で1ゲーム五百円のやつが二百円になるクーポン券なんだよ。な? けっこうお得っしょ?」
「ふ~ん。まあ他のところに比べたら、、確かにお得かもね」
と、それまで気乗りでなかった双葉が、ようやく興味が出てきたと言わんばかりに、喜界島の話に乗っかってきた。
「で? それってどこにあるわけ?」
「ここから自転車で十五分ちょいってところだな。別に遠くはないっしょ?」
「まあ、そうね。その日はちょうどバイトも入ってないし、みんなが行くなら、ウチも行ってあげてもいいかな」
「おっ、じゃあジュリアは参加OKってことで。で、綺麗ちゃんは? もちろん一緒に行くっしょ?」
「え? あたし?」
喜界島に突然水を向けられ、きょとんとした顔で自身を指差す小日向。
「そ、その日は、ちょっと済ましておきたい用事があるかな~、なんて……」
「え~? マジで~? それって、外せない用なん?」
「いや、そんなに大事ってわけでもないんだけど……」
喜界島の問いに、小日向は答えづらそうに目線を泳がして言葉を濁す。
「綺麗行かないの? だったらウチも行くのやめようかな~?」
「ほらほら! ジュリアもこう言ってるし、綺麗ちゃんも行こうよ~!」
「う、う~ん……」
あまり気乗りがしないのか、小日向は若干困った風に苦笑したあと、
「他のみんなは? 用事とか大丈夫なの?」
「あ、私は大丈夫だよー」
「おれも特に用事はないから全然行けるな」
小日向の質問に、双葉と喜界島以外の者たち──
それだけに、小日向の微妙な反応が気に掛かる。
リア充の中でもトップに立っていると言っても過言ではない彼女なら、他の奴らと同様に快諾するものとばかり思っていたのだが、反応はどうにもイマイチだ。
本当になにかしら大事な用があるせいなのかもしれないが、なんだかそれだけではないような気もする。あくまで気がするだけではあるのだが。
そんなぼっちでも気付ける違和感が、空気を読むのが上手いリア充どもが気付かないはずもなく、
「……どうしたの綺麗? なんか表情が暗いけど」
と、双葉が訝しげに訊ねた。
「長政にああ言ってはいたけど、実はすごく大事な用だったりするの?」
「う、ううん! 本当にそんな大した用じゃないから……」
「それなら一緒に行こうよ。あとでもいいなら、ボーリングの帰りにでも済ませばいいだけだし。なんならウチも手伝うけど?」
「いいねそれ! オレもめちゃくちゃ手伝っちゃうぜ? そりゃもう馬車馬のように」
「だ、大丈夫だから! そこまでしてもらうほどのことじゃないし!」
二人の申し出に、小日向は慌てて首を横に振って、
「そ、そうだね。よくよく考えてみればボーリングのあとでもいいような用事だし、あたしも行こうかな~?」
「おっしゃああああああ! 綺麗ちゃんもボーリングに参加だ~!」
「長政うっさい。喜び過ぎだっつーの」
喜界島にツッコミを入れる双葉に、他のリア充どもが一斉に笑声を上げる。喜界島の奴、小日向に気があるのがバレバレだな。わざとやってるなら、大した度胸だ。
しかし、さっきまでの小日向の反応はなんだったのかね? 今はリア充どもと一緒になって楽しそうに振る舞ってはいるけど、なんだか釈然としないものがある。
いつかどこかで見たことがあるような。
喉に魚の小骨でも刺さっているかのような、そんな気持ちの悪い感覚が。
ま、別にどうでもいいか。小日向になにかあるにしても、俺がどうにかしてやれることでもないだろうし。
それにしても、ボーリングか。スポーツ施設というのは頭になかったな。
さすがに同じボーリングというわけにもいかないが、たとえばバッティングセンターとかなら、小日向も楽しめるかもしれない。確かあいつ、スポーツ全般得意なはずだし。さほどデートスポットっぽくもないから、紺野先生に見せる証拠写真としてもバッチリだ。
さっそく、今日の夜にでも連絡してみよう。
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