エピローグ
「は~。やっと砂かけババアを封印できた~」
話は冒頭に戻って、一騒動終えたあとの公園。
そこにあるベンチに腰かけながら、ひかりは疲れたようにため息をついた。
「ったく、だらしがねえな~」
ひかりの横で猫座りしているタマが、呆れたように半眼になって言う。
「翔を見ろ。お前と違って、まだぴんぴんしてるぞ」
砂場の方を見ながら話すタマに、ひかりもそちらに視線を向ける。
そこには、砂場の方へと元気に駆けていく翔の後ろ姿があった。その手に、小さなバケツを持って。
砂かけババアを倒すのに、あのバケツを勝手に拝借させてもらったのだ。
本当は無断に借りるなんてよくないことなのだろうけど、緊急事態だったし、きっとバケツの持ち主も許してくれるだろう。もう公園にはひかりたち以外だれもいないので──砂かけババアが悪さをしまくったせいだ──お礼一つ言えなくなってしまったけれども。
まあ、砂かけババアを封印するところを見られて、なにかとややこしい事態になるよりはだいぶマシだが。
「だって、わたしは翔くんみたいに体力がある方じゃないもん。それにずーっと砂かけババアに追いかけられていたんだよ? バテて当たり前じゃない」
「ほんと、体力ねえな~。仮にもお前は、モノノケ帳の使い手なんだぞ? もっとしっかりしてくれよ」
「むーっ。そういうタマだって、なんにも役に立たなかったじゃない。翔くんが砂かけババアに水をかけてくれたから、どうにか封印できたけど……」
そうなのだ。
ひかりがこの公園に到着してしばらくしたあと、遅れてやって来た翔が事情を察して、とっさに砂場にあったバケツに水をくんで、砂かけババアの全身にぶっかけたのだ。
その攻撃は効果てきめんだったようで、砂かけババアは悲鳴を上げたあと、貧血を起こしたようにその場でへたり込んでしまった。水が苦手というより、砂が濡れて使えなくなってしまったことにすごくショックを受けている様子だった。
そこをひかりが、すかさずモノノケ帳を使って封印した……という次第なのである。
つくづく、翔がいてくれて本当によかったと思う。これもお父さんとお母さんが、もしもの時のためにジュニアケータイを持たせてくれていたおかげだ。
まさか、お母さんに頼まれたおつかいの途中にタマの鈴が震えるとは思っていなかったので、近くに妖怪がいると知った時は心の底からびっくりしたものだ。
けど同時に、なにかあった時のためにと自宅の番号を教えてくれていた翔に、初めて電話ができるチャンスだと思ったのは、ひかりだけの秘密である。
「オ、オレさまだって十分役に立ってたろうが! オレさまが囮になって、砂かけババアの注意を他からそらしたりとか!」
「ほとんど相手にされてなかったけどね。だいたい、砂かけババアの弱点が水だってわかってたら、わたしでもなんとかできたかもしれないのに、タマったらなんにも覚えてないんだもん。タマってつくづく役立たずだよね」
「んだとゴラぁ! オレさまのおかげで砂かけババアも見つけられたんじゃねえか! 発見が遅れてたら、今ごろもっと被害が広がってたかもしれねえんだぞ⁉」
「でもそれって、タマのおかげというより、その鈴のおかげだよね?」
「ぎゃふんっ!」
図星を突かれ、固まるタマ。自覚はあったらしい。
(まあ、タマがそばにいてくれるだけでも、すごく心強いけどさ)
基本的には頼りないが、いざという時は命がけでひかりを守ってくれることを、ひかりはよく知っている。
恥ずかしいので口では言わないけど、これでもひかりはタマのことを信頼しているのだ。
酒呑童子との一件の時に、タマがひかりに対して最高の相棒だと言ってくれたように。
あれから……酒呑童子を決死の思いで封印してから、一週間近くが過ぎようとしていた。
心配だったタマのケガは、二、三日もしたら勝手に完治していた。安静にしていれば治るとは聞いていたけれど、こんなにも早く治るとは。一体、式神の体はどうなっているのだろう。謎である。
酒呑童子との戦いで崩れた塀やクレーターのできたアスファルトは、いろいろと町中を騒がせつつも、結局、原因不明のガス爆発という話に落ち着いた。
一時期、テロではないのかとうわさが流れていたぐらいなので、あまり騒ぎにならずに済んで心底安堵した。人が集まる前に退散したので、だれにも見つからずに済んだのも幸いだった。
あそこでだれかに見られていたら、きっと疑いの目を向けられて、警察に通報されるなり両親を呼ばれるなどして面倒なことになっていたのは間違いなかっただろう。
それと、あれからご先祖さまに源頼光がいたかどうかを、源家の直系であるお父さんに質問した時があったのだが、答えは返ってこなかった。
というのも、お父さんのお母さん……つまり、おばあちゃんがそういった話をしたがらなかったらしく、詳しくは知らなかったのだ。
ついでに言うと、おじいちゃんは婿入りで、こちらは普通の農民だったそうだ。また、お父さんはおばあちゃんの親戚とは一度も会ったことがなかったようで、ご先祖さまの詳細なんて知りようがなかったらしい。
どうしておばあちゃんが、ご先祖さまの話をお父さんにしなかったはわからない。ただ、お父さんは昔から幽霊とかが苦手だったらしいので、あえて酒呑童子とつながるような話をしなかったのかもしれない。
あくまでも、本当にご先祖さまが頼光だったらの話ではあるが。
おばあちゃんが天国に逝ってしまった今、真相は藪の中だ。
頼光と言えば、結局なぜお守りの中に童子切安綱の破片が入っていて、呪文をとなえると刀と化すのもわからずじまいだ。
やっぱり、おばあちゃんはなにか知っていたのだろうか。頼光のことも、童子切安綱のことも。
でなければ、童子切安綱を復元させる呪文(しかも、ちゃんと危険だと警告していた)なんて知っていたりしないだろう。
もしかしておばあちゃんも、かつて童子切安綱を使っていた時期があったのだろうか。
不思議な力を持っていたし、妖怪退治みたいな真似事をしていたとしても、わりとすんなりと納得できてしまうあたり、おばあちゃんもただ者ではない。
「お待たせ、ひかり」
と、物思いにふけっていた間に、バケツを返しに行っていた翔が走って戻ってきた。
「ちょうど近くにバケツがあってよかったよ。あれがなかったら、もっと手こずっていたかもね」
「そ、そうだね。でも、翔くんがいてくれてほんとによかったよ。砂かけババアに水をかけてくれなかったら、今ごろわたし、砂まみれになっていたもん」
息一つ切らせず、さわやか笑みを向ける翔に、ひかりはドキドキしつつ返事をする。
「あはは。お役に立ててなによりだよ。あ、ひかり。肩のところに砂が付いてるよ?」
「え、ほんと? どこどこ?」
「ちょっと待ってて」
言って、翔はひかりの肩を手ではらい始めた。
いきなり急接近してきた翔に、思わず顔を赤らめてドギマギするひかり。
あれから翔とは、変わらず妖怪の封印を手伝ってもらっている。
一度危険な目にあっているし、もう無理に手伝わなくていいんだよ、と翔にそれとなく言ってみたことがあったのだけれど、
『僕なら大丈夫。確かに危険な目にはあったけれど、怖いことばかりじゃなかったし、大好きな妖怪と会えるのは、やっぱりうれしいしね。
それに、ひかりのことも心配だし。だから、これからも僕に手伝わせてよ』
と、笑顔で返してくれた。
それを聞いて、飛びはねたくなるほどひかりがよろこんだのは、言うまでもない。
「はい。取れたよ、ひかり」
「う、うん。ありがとう」
砂を取ってくれた翔に、ほほを赤くしたまま礼を言うひかり。
そういえば、酒呑童子の件以来、翔はひかりを名前で呼ぶようになった。
前に勇気を出して理由をきいてみたことがあったのだが、本人も気がついたら名前で呼ぶようになっていたのだとか。
理由はなんであれ、二人の中が進展したみたいで、個人的にはうれしく思う。
モノノケ帳と関わっていなかったら、きっとこんな関係は築けなかったことだろう。
モノノケ帳。
そう──すべては、モノノケ帳を見つけてしまったことから、すべては始まったのだ。
最初は嫌々だったこの妖怪集めも、なんだかんだでかなり深く関わるようになってしまった。
あげくの果てが、大昔に妖怪退治を担っていた源頼光なる人物と、なにかしら関係があるときたものだ。
少し前のひかりだったらこんな事態、きっと想像すらしてなかっただろう。
けど、今さらやめるつもりなんてまったくない。
妖怪たちを世に放ってしまったという責任感もあるけれど、タマが命がけでひかりを守ってくれたように、自分も全力でその気持ちにこたえたいと思うから。
だから、ひかりは──
カランコロンカランコロン!
と。
タマの鈴が、なんの前触れもなく突然鳴り響いた。
「うおっ⁉ よ、妖怪だ! 近くに妖怪がいるぞっ!」
さっきまで無言で固まっていたはずのタマが、息を吹き返したように大声を上げた。
「ひかり! 今すぐ妖怪のところに向かうぞ!」
「えええええっ? ついさっき砂かけババアを封印したばかりなのに~?」
「うだうだ言ってんじゃねえ! 妖怪は時と場所なんざ選んでくれねえんだよ! ほら、とっとと行くぞ!」
言うが早いか、タマはベンチから降りて、地面に着地した。
「う~。あちこち走ったばかりで疲れてるのに~」
文句を言いつつ、ひかりは重い体を起こしてベンチから気だるげに立ち上がる。
タマに協力するとあらためて心に決めたばかりなのに、さっそく決意がゆらぎそうだ。
「はあ~。こんな調子でぜんぶの妖怪を封印なんてできるのかな~? モノノケ帳ってけっこう分厚いし、あとどれくらいかかるんだろう……」
「大丈夫だよ、ひかり」
やるせなさそうにため息をつくひかりに、目の前に立つ翔が片手を差し出して言う。
「確かに、いろいろと大変かもしれないけど、ひかりにはタマさんや僕がいる。だからきっと、なんとかなるよ」
「翔くん……」
はにかみながら差し出してきたその手を、ひかりは「そうだねっ!」と元気よくうなずいてつかむ。
先のことはわからない。今だってわからないことだらけで、とまどう毎日だ。
けれど、ひかりにはタマや翔がいる。おばあちゃんだって、きっとそばで見守ってくれているはずだ。
一人だけではなにもできなくても、みんながいればなんだってできる。
ひかりはそう、心の底から信じている。
「なにしてんだお前らーっ! さっさと行くぞー!」
いつの間にやら公園の出入り口まで行っていたタマが、大きな声で二人を急かす。
せっかくいい雰囲気だったのに。タマにはもう少し空気の読み方というのを勉強してもらいたいものだ。
「んもう、タマったらぜんぜん落ち着きがないんだから……」
「ははは。じゃあ早く行こうか、ひかり」
「うんっ。翔くん!」
お互いの手をぎゅっとにぎって、ひかりと翔は、タマのところへと元気よく駆けた。
モノノケトラブル! 戯 一樹 @1603
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