第7話 迫る危機



 そこは、とあるひと気のない路地裏だった。

 その場所で、赤い髪をした長身の男が、小太りな男の頭をつかんで、さながら風船のように軽々と持ち上げていた。

「答えろ。きさまは頼光らいこうの関係者か……?」

「ひっ! 一体なんの話だよ! 突然こんなところに連れ込んで、わけわかんねぇよ!?」

 震えた声で、小太りの男はそう返答する。顔色はすでに真っ青になっており、常人では考えられない怪力を発揮する赤髪の男に、すっかりおびえている様子だった。

「だが、きさまは先ほど周りにいた人間どもに『頼光』と呼ばれていたはずだ。きさまが頼光ではないのは一目瞭然だが、やつの関係者ではないのか?」

「あ、あれはハンドルネームだよ! オフ会の集まりで、単にそう呼ばれてただけだ!」

「はんどるねーむ? おふかい? 言っている意味はわからぬが、ようは頼光とはなにも関係ないということか?」

「さっきからそう言ってんだろ! いい加減この手をはなしてくれっ!」

「ふむ、なるほど。確かに、きさまから得られる情報はなさそうだ」

 赤髪の男の言葉に、小太りの男はやっと解放されると言わんばかりに、ほっと息をつく。

「なら最後に、きさまの生気だけ頂こう」

「ひっ!?」

 次の瞬間、小太りの男の体から白い靄のようなものが現れ、その靄を赤髪の男は大口を開けて吸い込み始めた。

 そうしている間に、小太りの男はしだいに動かなくなっていき、最終的には、白目をむいて気を失ってしまった。

「ちっ。やはり力を封じられては、すべての生気を吸い取るまでいかぬか」

 言って、赤髪の男は小太りの男をゴミのように放り捨てた。

「忌々しい数珠よ。これさえなければ、存分に力が振るえるものを……」

 首にかけられた数珠をつかんで、赤髪の男は表情をけわしくさせる。

 これまで何度もはずそうしたことがあったのだが、肌と一体化するかのようにくっついていて、はずすのは不可能だった。しかもどんな強固な素材を使っているのか、引きちぎることすらままならなかった。

 まあ、死ぬまでずっと続くような術でもなさそうだし、少しずつでも妖力を復活させていけば、いつか限界がきて壊れることだろう。

 ひとまず数珠から手をはなし、赤髪の男は地面に落ちている白い袋を拾った。小太りの男が持っていた物だ。

 中には、酒が入っている鉄のビンが数本入っていた。

 名称はわからないが、この鉄の中にうまい酒が入っていることだけは知っていた。封印から解かれた時、いの一番に酒を求めて辺りを歩いていた際に、酔っ払いの男からこの鉄のビンを強奪して飲んだことがあるのだ。

「ここがどこだかわからぬが、酒があったのは幸いであった。どうやら言葉も通じるようだし、日の本であるのは間違いないようだな。見慣れぬものばかりではあるが」

 つぶやきつつ、鉄のビンを片手でつぶし、中からこぼれた酒を上から飲み干す。

 そして、空になった鉄のビンを投げ捨てて、

「待っておれ、源頼光。必ずやきさまを見つけ出し、その息の根をとめて、わが雪辱をはらしてみせようぞ……!」

 と、赤髪の男は憎悪に満ちた形相で、おどろおどろしい声を発した。



 昼下がりの商店街。どこのお店も人々であふれ返っており、にぎやかな声があちらこちらから響いてくる。休日ということもあって、みんなどこか浮かれがちだ。

 それはひかりも例外でなく、たまにショーウインドーに映る自分の姿を見ながら、髪型や服装をしきりにいじっていた。

 髪型は普段通りなのだが、ストライプ柄のシャツに白のフレアスカートといった、とても女の子らしい格好をしている。雑誌を見てお母さんといっしょに買った、ひかりの中で一番お気に入りの服装だ。

「変なところとかないよね……?」

 その場でくるっと回って、ほつれがないかどうかも念入りにチェックする。

 なぜひかりが、ここまで身の回りを気にしているのかというと──

「源さーん!」

「か、翔くん! こっちだよこっち~!」

 前方から手を上げて歩いてきた翔に、ひかりも手を振って応える。

 翔の私服は、英語のロゴが入ったTシャツに七分丈のズボンとシンプルなものだった。

 シンプルではあるけれど、翔みたいな美形が着るだけでとても様になっていた。いつもの制服姿とは違うというのもあって、胸がすごくドキドキする。

「ごめんね。待たせちゃったかな? 十五分は早く来たつもりだったんだけど……」

 そばへと来て真っ先にそう口を開いた翔に、

「う、ううん! わたしも今来たばかりだから……」

 と、ひかりは首を振った。

 本当は、待ち合わせの時間よりも三十分も早く来ていたのだが、もちろんそんなことは言わない。待ち合わせに遅れてきたわけでもないし、なにより、翔とこうして休日に会えるだけでも大満足なのだ。

 幸せ過ぎて、まともに翔の方を見れないくらいに。

「……? 源さん、どうかしたの? さっきから地面ばかり見ているけど」

「な、なんでもないの! 気にしないで!」

「……そう? まあひとまず、どこか落ち着いて話せる場所にでも行こうか?」

「う、うん!」

 歩き出した翔の後ろを、ひかりはおとなしく付いて行った。



「き、緊張した~」

 とあるドーナツチェーン店にて、ひかりは比較的目立たない壁際の席に座りながら、吐息混じりにそうつぶやいた。

 そばに翔はいない。先にひかりからリクエストだけを聞いて、一人でドーナツを取りに行ってくれたのだ。しかもおごってくれるというのだから、ますます惚れ惚れとしてしまう。こういう紳士なところが、翔の魅力の一つだ。

「でも、やっぱり緊張するな~。休日にこうしていっしょにいられるのはうれしいけれど、心臓が破裂しそうだよ~」

「大げさなやつだな~。男と出歩くだけのことで、なにをそこまで緊張するかね」

 と、ひかりのひざから、そんな声がふいに聞こえてきた。

「むっ。タマにはわからないよ。好きな男の子と初めてお出かけする気持ちなんて!」

「面倒くせえってことはよ~く理解してんよ。つーかお前こそ、なんか朝から妙に浮かれちゃいるが、遊びにここまで来たわけじゃないんだぞ。ちゃんとわかってんのか?」

「わ、わかってるよ、それくらい……」

 透明化してはいるが、ひざの上に乗っかっているタマに向かって、ひかりはぶっきらぼうに言う。店内ということもあり、タマには事前に姿を消してもらっていたのだ。

「本当か~? だったら、なんで最初からオレさまに姿を消すように言ったんだ? 店の中ならともかく、外にいる時まで透明になる意味なんてないだろ?」

「だって、姿を消したり出したりしてたら、周りにいる人に変な目で見られるかもしれないでしょ?」

「どうだかね~。じつのところ、翔と二人っきりでいる気分を味わいたかっただけなんじゃねえの?」

「そ、そそそ、そんなわけ──」

「お待たせ。ドーナツ持ってきたよ」

 顔を真っ赤にしてタマに反論しようとしたその時、清算を済ませて言葉通りドーナツをトレーに乗せて持ってきた翔が、笑顔でひかりの前の席に座った。

「あ、ありがとう、翔くん」

「どういたしまして。じゃ、さっそく食べようか」

「うひょー! ドーナツだ~」

 目の前に並ぶドーナツを見て、タマが嬉々とした声を上げた。

「ひかり! 早く早く! オレさまにドーナツを!」

「はいはい。ちょっと待ってて」

 子どもみたいにはしゃぐタマに苦笑しつつ、要望通りにドーナツをわたすひかり。そしてそのままタマを持ち上げて、横の席にそっと置いた。

 これならば、ひかりが壁となっているので、周りからはタマがドーナツを食べている姿を見られる心配もない。ひとりでにドーナツが消えるところなんて、だれかに見られるわけにもいかないし。

「あ。そこにいたんだ、タマさん。いるのは知ってたけれど、会った時から姿を消してから、どこにいるのかわからなかったんだよね」

「おう。ひかりに透明になっておくよう言われてたからな。それよりも、ドーナツうめええええ! 最高の食い物だな、こりゃ!」

「もうタマ、あんまり大きな声出さないでよ。周りの人に気づかれちゃうでしょ?」

「あはは。タマさんって、ドーナツ好きだったんだね。なんか意外だ」

「見た目は猫なのにね」

 そんなひかりの皮肉を、タマは気にした様子もなくドーナツをむさぼる。ひかりの言葉なんて耳に入らないほど、ドーナツに夢中なようだ。

「それで、翔くん。この商店街に妖怪がいるかもしれないっていう話は前に聞いたけど、具体的にはどういった妖怪なの?」

「うん。まず最初に、これを見てもらっていいかな?」

 そう言って、翔はズボンのポケットから一枚の紙を取り出した。この商店街の地図だ。

「この間学校でも話したけど、この商店街のどこかに一つ目小僧っていう妖怪が出るみたいなんだ」

「一つ目小僧って、どんな妖怪なの?」

「文字通り、一つ目だけの妖怪だよ。見た目は人間の子供で、普段は野球帽をかぶっているみたいなんだけど、通りがかりの人に突然顔を見せては驚かせてばかりいるらしいんだ。今のところ、それでケガをしたって人はいないみたいだけれど、時間の問題かもね」

「そうなんだ。すごくイタズラっ子なんだね。でも、なんで休日なの? 探しに行くだけなら、学校が終わってからでもよかった気がするんだけど……」

「学校のみんなから聞いたうわさだと、人の多い昼間にしか出ないみたいなんだ。平日は学校があって行けないし、だったら休日ぐらいしかないなって思ったんだけど……ひょっとして迷惑だった?」

「う、ううん! べつに用事もなかったし、全然大丈夫だよ!」

 むしろ、こうして翔とお出かけができて、バンバンザイな気分だ。

「よかった。それを聞いてほっとしたよ。でも、問題はここからだね。資料とかだとお坊さんみたいな見た目のはずなんだけど、現代に合わせてか、今風の格好をしているみたいだから、探すとなると一苦労かも」

「そうだよね。人もいっぱいるし……。ねえタマ、なにか良い方法知らない?」

「にゃ?」

 ドーナツを一つ食べ終えたタマが──こうして見ると、なにもない空間から忽然とドーナツが消えたように見える──そんな気の抜けた声で返事をした。

「そうさなあ。じゃあ、一つ目小僧が動き出すまで様子を見るってのはどうだ? あいつがイタズラを仕掛けた時は、必ず騒ぎになるだろうしな」

「それはむずかしいんじゃないかな。僕が聞いたかぎりだと、一つ目小僧って、驚かせたあとはさっさと逃げてしまうみたいだから。すぐそばにでもいないと、捕まえるのは無理だと思う」

「それなら、いっそ囮でも使うしかねえわな。一つ目小僧ってのは女子供……驚いてくれやすいやつを好むらしいから、ひかりとかちょうどいいんじゃねえか?」

「ふえええええ!? わ、わたしぃぃぃ!?」

 大声を上げて、自分の顔を指さすひかり。

「やだやだ! 怖いから絶対やだーっ!」

「大丈夫だっつーの。イタズラするだけで、べつに危害を加えるような妖怪じゃねえんだから。それにいざとなれば、お前らが持ってる清めの塩をまけばいいんだし」

 タマの言葉に「ああ、これのこと?」と翔がポケットから紙の包みを取り出した。

「おお、それそれ。言われた通り、ちゃんと持ち歩いてたんだな」

「タマさんからもらったアドバイスだからね」

 手のひらに乗せた紙の包みを触りながら、翔は応える。

 この間、学校でいつもの秘密会議をしていた時に上がった話になるのだが、危険な妖怪に遭遇した時のために、素人でも使える清めの塩を所持しておくようにとタマに助言されたのである。

 そこで、神社に知り合いがいるという翔が清めの塩をもらってくれて、ひかりにも分けてくれたのだ。

「でも、こんなので本当に効果あるの?」

 自分でも、ポケットに入っている紙の包みを見ながら言うひかりに、

「手傷を負わせるほどじゃねえけどな。せいぜい、ひるませる程度だ」

 と、タマは返す。

「つーか、翔はともかくとして、呪力のあるひかりが呪符を使えるようになれば、清めの塩なんて使う必要もないんだぞ? それなのにお前ときたら……」

「し、仕方ないじゃん! だってむずかしいんだもん!」

 タマに言われて、呪符の使い方を教わっているのだが、これがほとんど感覚頼りみたいなもので、とてつもなくむずかしいのだ。

「はあ。こんなんでこの先大丈夫なのやら……」

「なによーっ。タマだって言うほど役に立ってないくせに~!」

「まあまあ。僕にはよくわからないけど、すぐ習得できるようなものでもないと思うし、徐々に覚えていけばいいんじゃないかな? 今回もべつに凶暴な妖怪というわけでもないしね。源さんのペースでやっていけばいいと僕は思うよ」

「翔くん、優しい~!」

「ったく、翔は甘ちゃんだな」

 感激するひかりとは反面、呆れたようにタマがグチる。タマも翔を見習って、もう少し優しくなるべきだと思う。

「それで、どうしよっか? タマさんはああ言ってるけど、怖いのなら無理にやらなくてもいいって僕は思うけど……」

「……ううん。わたし、囮になる。話を聞いててそんなに怖くはなさそうだし、それが一番の方法なら、やれるだけやってみる」

「そっか。それじゃあ僕も源さんの力になれるよう、全力でサポートするよ」

「うん。ありがとう、翔くん!」

「よっしゃ! 方針が決まったし、ドーナツだドーナツ 次のドーナツをよこせ!」

「も~。タマってばドーナツ好き過ぎ」

 騒ぐタマに呆れ返りつつも、ひかりはやれやれとドーナツをわたすと、

「ねえねえ、聞いた? 昨日の強盗事件。まだ犯人捕まってないんだってー」

「あー、聞いた聞いた。最近多いわよね。怖いわ~」

 ふいに近くの席から聞こえてきた、女性二人組の話し声。

 それにひかりは「事件?」と小首をかしげた。

「あれ? 源さんは知らない? この前、帰りの会で先生も話してた気がするんだけど」

「そ、そうだった? う~、ぼーっとしてて、うっかり聞き逃しちゃったのかも……」

 主に、翔のことを考えていたせいで。

「説明しておくとね、主にこの近辺でなんだけれど、お酒を持ち歩いている人を狙った強盗が多発してるんだ。しかも襲われた人はみんな気絶させられてて、なぜか目を覚ました時には犯人の顔を忘れているんだって」

「そうなんだ……。なんか、怖いね。今日とか大丈夫かな……?」

「これだけ人がいたら、さすがに犯人もおおっぴらなことはしないと思うよ。ただ、あまり一人にはならない方がいいだろうね。一応、警察も見回りに力を入れてるみたいだけど」

「そっか。わたしも気をつけなきゃ……」

「うん。でもその前に、タマさんにどんどん食べられていくドーナツを気にした方が……」

「──えっ? あああああああっ! タマばっかりずるい! ていうか、目立つことはするなって、あれだけ言ったでしょー!?」

 自分が一番目立つ真似をしていることには気づかず、透明化したままテーブルに乗ってがつがつドーナツを食べるタマに、ひかりは怒鳴りちらした。



「はあ~。結局、妖怪じゃなかったね~」

 商店街の中央にある噴水広場──そこにあるベンチに腰かけながら、ひかりは深いため息をついた。

「……そうだね。まさか一つ目小僧の正体が、単にアイマスクを付けただけのイタズラだったとは僕も思わなかったよ……」

 隣りに座る翔が、ひかりの言葉に苦笑を浮かべて応える。

 二人の話にもあった通り、犯人は妖怪などではなく、ただの人間のイタズラだったのだ。

 それもひかりたちより小さい、小学一年生の男の子だったのである。

「どうしていつも昼過ぎに出没してたのか、ようやく納得できたよ。一年生ぐらいだと、ほとんどの場合が四時限編成だからね。きっと学校が終わってすぐ、あの一つ目のアイマスクを付けてイタズラしてたんだろうね」

「うん。わたしも最初はびっくりしたよー。でもあの子に話しかけられた時、タマの鈴が全然反応しなかったから、すぐに変だなって思ったけれど」

「へへーん。便利だろ、オレさまの鈴」

 透明化したままひかりの肩に乗っているタマが、いばったように口を開く。姿は見えないけど、きっと鼻高々としていることだろう。

「でもあの子、今までよく捕まらなかったよね。わたしたちよりも足遅かったのに」

「あの小さい体だったし、驚かせてすぐ人混みにまぎれて逃げていたみたいだから、余計見つけにくかったんだろうね。僕らの時は、始めからイタズラされるのを覚悟して捕まえようとしてたから、冷静に対処できたけれど」

「そっかー。そうすると、あの子もそれがわかってて商店街ばかり狙ってたのかな?」

「だろうね。まあ、次からはもう商店街ではやらないだろうけど。本当は、イタズラなんてしない方がいいんだけどね……」

 イタズラをしていた犯人を捕まえて、ひかりと翔とで厳重注意をしたのだが、男の子はふてくされたような顔をしていただけで、あまり反省した風には見えなかった。

 あの分だと、どうせまた近い内に、似たようなイタズラを繰り返すことだろう。

 そこまで話して、ひかりは「はあ~」と再びため息をついた。

「妖怪じゃなくてほっとしたけれど、気が抜けたらどっと疲れが出ちゃった……」

「はは。お疲れさま、源さん。のど乾いたでしょ? なにかジュースでも買ってくるね」

「あ。ありがとう、翔くん」

 どうたしまして、と笑顔で返したあと、翔はベンチから立ち上がって、近くにある自動販売機へと歩いていった。

 その、どこかさびしそうな後ろ姿を眺めながら、

「翔くん、どことなく元気ないね……」

と、ひかりはタマにささやいた。

「そりゃあ、あいつにしてみれば大好きな妖怪と会えなかったわけだし、落ち込むのも無理ないだろ。ひかりに気をつかってか、そんな素振りは見せなかったけどな」

「う~。やっぱりタマもそう思う? わたし、どう接したらいいのかな……」

「べつにいつも通りでいいだろ。変に接したら、それこそ翔が気にするぞ。ま、一番いいのは、妖怪を連れてきてやることだろうけどな~」

「んもう。タマったら簡単に言ってくれちゃって~。そんなすぐに見つかるわけ……」

 と。

 なにげなく視線を前方に向けた、そんな時だった。

 人混みの中で、赤い髪をした珍妙な男が、なぜかひかりの方を凝視しながら立ちつくしていた。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか。遠目からでも、とても整った容姿をしているのがわかる。

 欧米人のようにくっきりとした、端正な顔立ち。細身で色白ではあるが、決して貧弱そうには見えない。背が高いせいもあるが、どこか気迫があるというか、近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 なにより目をひくのは、あの格好だ。ただでさえ赤髪で目立つのに、首に数珠をかけ、その上、大河ドラマで観たことがあるような装束をはだけて着ている。

 それも燃えさかるような、真っ赤な装束を。

「……あの赤い人、なんでわたしの方をじっと見てるんだろ?」

 などと疑問をもらした、次の瞬間だった。

 ──カランコロンカランコロン!

「ぬおっ! す、鈴がめちゃくちゃ反応してやがるっ!」

「ウソぉ! ち、近くに妖怪がいるってこと? でも、妖怪なんてどこにも──」

「きゃあああ! なにあれぇ!?」

「ひ、人がすごい勢いで飛んだぞ!?」

 突然響いた、騒然とした声。

 その声に、ひかりもはじかれたように上を見る。

 直後、ひかりの真上から、赤い髪をした男が唐突に降ってきた。

 ドシンっ! と地をうならせて着地したその男に、ひかりは「きゃっ!」と思わず顔をそむけた。

「おい、きさま」

 しかし、すぐさま頭をつかまれ、強制的に男の方へと顔を向けられた。

「きさまから、どこかで嗅いだことはあるような匂いがぷんぷんするぞ。我の嫌いな──はらわたが煮えくり返るような、じつに忌々しい匂いが。どういうことだ、これは?」

「あ……あ……」

 男に問われるも、口からは恐怖しかこぼれない。男の圧倒的な威圧感に呑まれて、ひかりは満足に発声することすらできなかった。

 怖い。すごく怖い。なんなのだろう、この人は。

 この血のように赤い瞳で見つめられるだけで、体ががくがくと震え出す。まるで心臓をつかまれたような気分で、抵抗する気にもなれなかった。

「ひかり! 今すぐ逃げろ! そいつはやべえっ!」

 タマに叫ばれるも、全身に力が入らなくて、立ち上がることすら叶わない。男に射すくめられ、ひかりは完全に逃げる機を失っていた。

 怖い。逃げたい。だれか、助けて──っ!

 そう心から強く願った、その直後だった。

 男の顔に、突如として横から白い粉が振りかかった。

「む……っ」

 男も予想外な事態だったためか、その粉にひるんだように、ひかりから距離を取った。

「源さん! こっち!」

 すると横から急に現れた翔が、ひかりの腕をつかんで無理やり立たせ、そのまま走り出した。

「逃げるよ! さあ早く!」

「……う、うん!」

 翔に急かされ、ひかりも全力で男から離れる。

「源……そうか。やはりあれは……」

 逃走するひかりたちの背中をにらみ付けながら、赤髪の男はぼそりとつぶやいた。

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