第6話 VS河童!



 翔の先導の元、目的地である河原へとたどり着いたひかりたちであったが──

「河童、なかなか見つからないね……」

 芝生の坂の上で休憩していたひかりは、水筒に入っているお茶を飲みながら、大きくため息をついた。

 かれこれ一時間近く、翔とタマと手分けして河童を捜索しているのだが、いまだに影も形も見つかっていない。まだ日は高いが、その分直射日光がきつく、体力も徐々にうばわれていく。これでは、河童と戦う前にばててしまいそうだ。

「うーん。目撃者もたくさんいるって話だったんだけど、うわさでしかなかったってことなのかな……」

 ひかりの横に座る翔が、気落ちしたようにつぶやく。とても河童に会いたがっていたし、落胆もでかいのだろう。

「おいおい。ガセをつかまされたってことになるのか?」

「待ってよタマ。まだいないと決まったわけじゃないでしょ? 探せばきっと見つかるよ」

「つってもなあ。この河原も結構な広さがあるみてえだし、端から端まで探すとなると、今日一日で終わりそうにねえぞ。それに、仮に河童がいたとしても、向こうだってじっとしてるわけじゃねえだろうし、そんな簡単には見つからねえぞ、これ」

「でも、タマの首輪に付いてる鈴って、妖怪を感知する力があるんじゃなかったの? 人面犬の時だって、それで見つけられたじゃない」

「あの時とはまた状況が違う。この鈴にも範囲が決まってて、ある程度近くに妖怪がいないのと感知しねえんだよ。つまり範囲外にいたら、ただの鈴でしかないってわけだ」

 そう気だるげに言って、タマは芝生の上でぐでーんと寝そべり始めた。少し前まであれだけやる気だったのに、この暑さで気力をなくしてしまったのだろうか。

 とはいえ、確かにこれでは、日が暮れても見つかりそうにない。たまにお父さんの車でここを通ったりしたこともあるが、こんなに広いとは思ってもみなかった。ちょっと考えが甘かったかもしれない。

「河童に会えると思ってたんだけどなあ。なかなか難しいね……」

 目の前に流れる群青色の川をぼんやりと見ながら、翔は声のトーンを落として言う。翔も間近で見たのはこれが初めてらしいのだが、都会では、ここまでキレイな川は見たことがなかったらしい。ひかりには見慣れた光景であるのだが、そう思うと、こういった自然を大切にしなくちゃいけないな、という気分にもなった。

 そうして、しばらく静かに流れる川をながめたのち、

「源さん、そろそろ帰ろうか」

 と、ふいに翔が立ち上がった。

「え? もう帰っちゃうの?」

「うん。このままだと熱中症になっちゃうかもしれないし、また日をあらためよう。今度はちゃんと準備もしてね」

「そっか……。うん、わかった……」

 残念そうな顔をしているが、翔がそう決断したのであれば、ひかりから言うことはなにもない。河童に会いたがっていたようなので、ひかりとしても見つけてあげたかったが、ろくに準備をせずに来てしまったのは事実だ。今度来た時は、万全の状態で挑むとしよう。

 なんて、あきらめて帰ろうとした、そんな時だった。

 ──カランコロン。

 と、微弱であるが、タマの鈴が突然鳴り始めた。

「うおっ! よ、妖気だ! 近くに妖怪がいるぞ!」

「えっ、ウソ⁉ どこどこっ?」

「ありゃ。気づかれちまったべか」

 タマの鈴が反応したのを見て、きょろきょろと視線を巡らせているひかりたちに対し、川の方からそんな声が聞こえてきた。

 おそるおそる声のした方、川の対岸付近を見やると、なんとそこには──

『か、河童だーっ⁉』

 驚愕のあまり、そろって声を上げるひかりたち。

 全身緑の色の肌に、頭の皿。

 そして、背中の甲羅。

 間違いない。アニメなどで見たことのある河童そのままの姿が、水面から顔を出して、ひかりを見すえていた。

 その河童が、すごいジャンプ力で川から飛び出たあと、体中から水を滴らせながら、のそりのそりとひかりたちに歩み寄ってきた。

「くけけけ。驚いてら、驚いてら」

「河童ぁ、てめえ、いつからそこにいやがったんだ?」

「少し前からだべ。オイラのことを探しているみたいだったから、遠くから少しずつ近づいて、お前たちの様子をじっと観察してたんだべさ」

「んなっ! それならそうと言えよ! オレさまたちが汗水たらしてお前を探してたのがそんなに面白かったのか⁉」

「ああ、面白かったべよ。懸命になってオイラを探す姿はな~」

 にらむタマに、河童はバカにでもするかのように口辺をつり上げる。

「それ以前に、お前さんがそこにいるってことは、その子どものどちらかがモノノケ帳の使い手なんだべ? 警戒して姿を隠すのは当たり前だっぺ」

「ぐぬぬ……」

 まったくの正論に、歯噛みして悔しがるタマ。

「もっとも、大した使い手じゃないんだべ? こいつらが術者なら、とっくに術を使ってオイラを見つけていただろうし」

 まずい。この河童、なかなか頭が切れる。

 こうして姿を現したのも、ひかりたちを警戒するまでもない人間と判断したからなのだろう。どのみち河童と勝負をしなくちゃいけないのだろうけど、こちらの実情を知られてしまったというのは、正直痛い。

 さて、これからどうしたものかと、ひかりはそれとなく翔の方を見ると、

「すごい……! 本物の河童だ……!」

 困った。翔は翔で、芸能人にでも会ったかのように瞳をキラキラさせて感激している。本来の目的を忘れていないか心配だ。

「それで? お前たちはオイラを封印しに来たべか? 言っておくけど、オイラはなにも悪いことはしてないっぺよ」

「……でも、通りがかりの人に勝負を挑んで、強引に持っている物をぜんぶ取っているんでしょ? それって悪いことなんじゃないの?」

 ひかりの問いに、河童は「そんなことだっぺか」と鼻で笑った。

「ちゃんと合意の上でやっているんだから、なにも問題はないはずだべ? それともそこの女は、約束をやぶるのはひどくないって言うべか?」

「そ、それは……」

「それは違うんじゃないかな?」

 言いよどむひかりに、正気に戻った翔が、毅然として言葉を返した。

「僕が聞いた話だと、ほとんどの人が君に無理やり勝負を挑まれたらしいんだけど? それって本当に合意って言えるのかな? 一度は勝負に乗った負い目もあるのか、だれも警察に被害届を出していないみたいだけれど、それって悪いことには変わりはないよね?」

「うぐっ。やけに詳しいべ、このぼうず……」

 翔の言及に、河童は舌打ちをして目線をそらせる。どうやら図星だったようだ。

「で? オイラにどうしろって言うんだべ? おとなしく封印されろって言うべか?」

「どうせ封印されるつもりなんてないでしょ? だったらこうしようよ。僕たちと君とで勝負して、こっちが勝ったらおとなしく封印される。そっちが勝ったら、僕たちはもうここには来ないっていうのは?」

「ほほう、ずいぶん自信があるみたいだべな。面白い。受けてやんべ、その勝負」

「念のため言っておくけど、負けたからって約束をやぶるのはダメだからね?」

「もちろんだべ。だが、オイラが決めた勝負以外はやるつもりはない。それでもいいべ?」

「うん。それでいいよ」

 うなずく翔。勝負と言っても相撲以外はないだろうし、翔はその対応策を考えてある。決して勝てない勝負ではない。

 と、ひかりは楽観的に考えていたのだが……。

「よし。それじゃあ、さっそく場所を変えるっぺ」

「え? ここでやるんじゃないの?」

「はあ? なにを言ってんだべか、お前は」

 キョトンとするひかりに、河童はバカにするような口調でこう続けた。

「こんなところじゃ、バスケなんてできんべさー」



「ルールは簡単だべ。一時間似内にオイラからボールを取れたらそっちの勝ち。取れなければこっちの勝ち。さあ、いつでもかかってくんべ!」

 ダンダンダン! とバスケットボールをコートの上で勢いよく跳ねさせながら、河童は眼前で構えるひかりと翔を見すえる。

 そこは、河童を見つけた岸の裏側……テニスコートやバスケットコートなどが設置されている広場だった。

 まだ空も明るいせいか、そこには家族連れや大学生風の人たちがいて、それぞれいろんなスポーツを楽しんでいる。

そしてその何人かは、河童の姿をした生き物がバスケをしているのが物珍しいのか、ひかりたちのいるコートの周りに集まって声援を送っていた。

「がんばって~! 小学生の子たち~!」

「河童のコスプレをしている方もがんばれよ~!」

 ……どうやら、観客は河童のことをコスプレをしている人と思っているらしい。どうりで、河童が出るとうわさにはなっても、あまり騒ぎにはならないわけだ。

「……ねえタマ。河童って相撲が好きなんじゃなかったの? なんでバスケをすることになっちゃってるの?」

「オレさまが知るかよ……。こっちが聞きてえぐらいだよ……」

 ひかりの肩に乗りながら、そんな困惑した顔で返事をするタマ。周りの人に気づかないようお互い小声で話しているが、できるなら大声で問いつめてやりたい気分だ。

「しかも、なんだか手馴れている風だし……。わたし、バスケって苦手なんだけど……」

「オレさまなんて、ばすけってのがなんなのかすら知らねえぞ。あの玉を取ればいいだけってのはわかったが……」

 どのみち、タマの手(というより、猫の手?)ではボールを満足に取れそうにもないが。

 一応、なにかの役に立つかと思って肩に乗せてはいるが、これではあまり期待できそうにない。

「大丈夫だよ、源さん。僕に任せて」

 不安で顔をくもらせるひかりに、翔はさして動揺した様子もなくにこりと微笑みかける。

なんて頼もしいのだろう。ますます惚れてしまいそうだ。

「ねえ、河童さん。勝負を始める前に、やりたいことがあるんだけど」

「……なんだべ?」

「一度そろって礼をしたいんだけど、どうかな?」

 なんで礼? とひかりが首をひねっていると、

「そうか。その手があったか……!」

 と河童に聞こえないよう声をひそめながらも、タマは感心したように口を開いた。

「え? どういうことなの……?」

「河童の頭を見てみろ。皿みたいなのに水が入ってるだろ? あれが枯れたりすると、河童はたちまち弱っちまう体質をしてんだよ」

「じゃあ翔くんは、河童に頭を下げさせて、お皿に入ってる水をこぼそうとしてるって言うの?」

「ああ。翔のやつ、よく考えたな……!」

 なるほど。攻略法を知っていると言っていたが、このことだったのか。さすがは妖怪に詳しいだけのことはある。

 だが、対する河童の反応はというと、

「断る」

 と、つれない返答だった。

「な、なんで? 礼をするだけだよ?」

「お前、オイラの皿の水をこぼそうとしてんだべ? その手はくわん」

「……気づいてたんだ。僕の考えに……」

「昔、同じ方法で相撲に負けた時があったから、すぐにお前の狙いがわかったべさ」

 残念だったべな、とにやにや笑う河童に、翔は悔しそうに顔をしかめる。

「ねえ。それって、昔は相撲が好きだったってことでしょ? それなのに、なんでまたバスケをやろうと思ったの?」

「……オイラもモノノケ帳の封印から解かれて、なにもわからずにここへ来た頃は、とりあえず生きるためにも、相撲で人間たちから食べ物をうばおうと思っていたんだべ」

 ひかりの素朴な疑問に、河童はボールを打つ手を休め、どこか遠い目をして語り出した。

「でもそんな時に、ここで玉遊びをしている人間たちを見かけたんだべよ。衝撃だったべ。なにをしているかわからなかったけんど、ずーっと見入ってしまったんだべさ」

 言いながら、瞳をキラキラさせる河童。

「その内いても立ってもいられなくて、その玉遊びにオイラも混ぜてもらったんだべ。最初は驚かれたけど、こすぷれ? というのをしている愉快なやつと思われて、やり方をいろいろ教えてもらっただべさ。

 それから、オイラはバスケという球技にのめり込んでいったっぺ。それで、いつしか強い相手を求めて道行く人間に勝負を挑むようになったんだべ」

 これもその時に手に入れたボールだべさ、と河童は愛おしげにボールをなでる。

「確かにお前が言う通り、オイラは相撲が好きだべ。けんど、それ以上にバスケが好きなんだべ。今はここに居着いているけども、いつかお金を貯めて、バスケの最高峰──ぴーてぃーえーってところに行くって決めているんだべさ!」

「ぴ、PTA???」

「たぶんNBA……アメリカのプロバスケットボールのことを言ってるんだと思うよ」

 ぽかんとするひかりに、翔が親切に訂正を入れる。

「えーっと、つまり、河童さんはそのNBAに行きたくて、みんなから物を取ってるの?」

「そうだべさ。だからこんなところで、また封印されるわけにはいかんべよ!」

 なるほど。どうりでバスケにご熱心なわけだ。その姿でどうやってアメリカに行くんだという疑問は残るけども。

「さあ、雑談はこれで終わり。あらためて勝負を始めるべ!」

 そう言って、河童は再びボールを打ち始めた。

負けてなるものかと苛烈なまなざしを向けてくる河童に、ひかりは気迫にのまれて「うっ……」と後ずさる。

 河童の話を聞くかぎり、向こうはかなりバスケに入れこんでいるようだ。しかも相撲が大得意というだけあって身体能力も高そうだし、正直勝てる気がぜんぜんしてこない。

「タマ~。どうしよ~」

「情けねえ声出してんじゃねえよ! こうなったら、どうにかして勝つしかねえだろ!」

「そんなこと言われても~」

「ごめん、二人とも。僕がふがいないばかりに……」

「う、ううん! 翔くんのせいじゃないよ。わたしだって、なんにも力になれてないし……。もうあきらめるしかないのかな……」

「いや、それはまだ早いよ」

 弱気なセリフを吐くひかりに、翔はキッと河童を見すえながら言う。

「確かに一筋縄ではいかなさそうだけど、向こうはまだバスケを始めて間もないはずだよ。技術はあっても、きっとどこかに隙があるはずだと思う。狙うとしたらそこだ」

 それに、と翔は隣りに立つひかりに対し、温和に笑みを浮かべてこう続けた。

「やる前からあきらめるのはどうかと思うな。勝てるかどうかはわからないけれど、やれるだけやってみよう。僕も死ぬ気でがんばるからさ」

「翔くん……。うん! わたし、がんばる!」

 くじけそうになった心を奮い立たせて、ひかりは河童と向き合う。

「おっ。二人とも、いい顔になったべな。よし、どこからでもかかってくんべ!」

「いくよ! 源さん!」

「うん!」

 力強くうなずきき合って、ひかりと翔は河童に突っ込んでいった。

 ──のだが。

「はあはあ……。だめえ。ぜんぜん取れない~」

「くうっ……。僕と源さんの二人がかりなのに、かすりもしないなんて……」

「くけけけ。どうした? もう終わりだっぺか?」

 コートの上でバテるひかりと翔に、河童が余裕しゃくしゃくとした顔で声をかける。

 もうかれこれ四十分以上経っているが、いまだに一度もボールに触れられてもいない。ボールに触れようにもひょいとあっさりかわされて、まるで取れやしないのだ。

 まさか、河童がここまでうまかったなんて。これでバスケを始めて数日とは、とてもじゃないが思えない。本当にNBAだって夢じゃないかもしれなかった。

「まだまだ!」

「ほい」

「──っ!」

 かかんに翔が突っ込むも、またしても軽やかなドリブルでかわされてしまう。もうこれで何度目だろう。二人で同時で攻めてもこの調子なのだから、シャレにならない。

「ねえタマ。このまま続けてたら、いつかお皿が乾いたりしないかな?」

「乾きはするだろうが、時間内に水がなくなるとは思えねえな。でなきゃ、一時間似内なんて条件を出さないはずだろうし」

 ひかりの負担にならないようにと少し前からコートに下りているタマが、気むずかしげに眉根を寄せて言う。

「くそっ。そうこうしている内に、もう五分しかねえな……」

 言われて、ひかりもタマと同じ方向……柱時計の方を見る。

 確かに残り時間がこくこくと迫ってきている。結果の見えた勝負に、もはやギャラリーすらいつの間にかいなくなっていた。

「なにか、いい方法はないのタマ!」

「あったらとっくに教えてらあ! それがないから焦ってんだろうが!」

 ごもっともな意見ではあるが、このままではじきにタイムリミットが来て負けてしまう。これでは、ただ河童にもてあそばれているようなものだ。

 その間にも翔が何度もアタックをかけるが、いとも簡単にかわされてしまう。体力が減って動きにキレがなくなっているせいもあるが、河童が早過ぎるせいで、まるで付いていけていない。

 いつになったら河童の体力は切れるのだろう。ひかりなんて、とっくに限界を迎えているというのに。

 そうして、歯がゆい思いをしながら、翔と河童の攻防を見つめていると、

「ああああああああ! しゃらくせええええええっ!」

 それまで、ひかりたちの邪魔にならないようにとコート場でおとなしくしていたタマが、突然叫び声を上げて河童に突進していった。

「えっ! タ、タマ⁉」

 あっけに取られるひかりを置いてタマは、

「いい加減にしろよ! この河童やろうがあああああっ!」

 と叫び声を上げながら、猛然と走り抜けていく。

「おっ。今度はお前も参戦だべか?」

 迫ってきたタマを、しかし河童は華麗にさけて、口角をつり上げる。

「くけけ! 残念だったべなあ」

「こんにゃろおおおおおおおっ!」

 再び突撃してこようとするタマを、河童は小バカにするようにニヤニヤと笑みを浮かべながらドリブルを続ける。

 と、その時。

「ふにゃっ⁉」

 途中でつまづいたタマが、ゴロゴロとすごい勢いで転がって、軌道が読めずに棒立ちしていた河童の足元にぶつかった。

「あっ! しまっ……!」

 ぶつかった拍子に河童の手からボールが離れ、テンテンとあらぬ方向に跳ねていく。

 そのそばには、ちょうどひかりがいて──

「源さん! ボールっ!」

「──! う、うんっ!」

「させねえべよ!」

 とてつもない早さで、河童がボールへと猛ダッシュする。

 負けじと、ひかりも最後の力を振りしぼって、ボールへと走る。

 ほぼ同時にボールへとたどり着いたひかりと河童は、必死の表情で手をのばし──

「やったあ! ボール取れた~っ!」

 見事、ひかりがボールを手にしたのであった。



「くそ~。あともうちょっとボールの位置が高かったら、オイラが先に取れたはずなのに~っ」

 勝敗が決したあと、河童はコート場に座り込んで、悔しそうに顔をしかめた。

 無事勝利をもぎ取ったひかりたちであったが、かなりギリギリな勝負だったと思う。

 もし河童が皿の水を気にして頭を下げるのをためらっていなかったら、負けたのは確実にひかりの方だった。

「けど、負けは負けだべ。言われた通り、おとなしく封印されてやるべよ」

「あれ? てっきりわたし、もっと反抗するかと思ってた……」

「勝負の結果を認めないほど、幼稚じゃないべ」

 意外と、勝負事には誠実らしい。

「さ、さっさと封印するべ。もうバスケができんのは残念だべが」

「ひかり。あいつもああ言ってんだ。早く封印してやれ」

「うん。わかった……」

 河童のさびしそうな表情を見て、いろいろ思うところはあったけれど、約束は約束だ。それにここで封印をしなかったら、バスケを理由にまた悪さを働くに決まっている。どのみち、このまま放っておくわけにはいかない。

 そう決心して、ひかりはあらかじめランドセルから取り出しておいたモノノケ帳を河童の前に突き出し、呪文をとなえ始めた。

「現世にとどまりし魔の者よ、今再びモノノケ帳に帰りたまえ。河童、封印!」

 人面犬の時と同様、モノノケ帳のページが勝手に開かれ、そこからまばゆい光があふれ出す。

 それと同時に河童の体も光に包まれ、瞬時にモノノケ帳の中へと吸い込まれていった。

 これで、封印完了だ。

「は~。終わった~」

 河童が封印されたのを確認したあと、ひかりは一息ついて、へなへなとしゃがみ込んだ。

「お疲れさま、源さん」

「うん。翔くんも……」

 隣りで同じように座り込む翔に、ひかりは顔をほころばせて言葉を返す。お互い制服なのに、汗でぐっしょりだ。

「おい、ひかり。オレさまのおかげで河童を封印できたってことを忘れるなよ?」

「わかってる。ありがとう、タマ」

 ひかりの礼に、タマはうれしそうにむふんと胸を張った。

「ごめんね、源さん。僕、結局なにも役に立てなくて……」

「そ、そんなことないよ! 翔くんのおかげで河童のいる場所がわかったんだし、それに翔くんが必死になってボールを取ろうとしているところとか、す、すごくカッコよかったよ……」

「あ、ありがとう……」

 照れながらほめるひかりに、翔もほほを赤くして応える。

「ほほう? 良い雰囲気になってんじゃねえか、ひかり。これでまた一歩前進ってか?」

「え? 一歩前進ってなにが?」

「う、ううん! べつになんでもないの! もうタマ! 余計なこと言わないでっ!」

「お、おいこら! 照れ隠しでモノノケ帳を振り回すんじゃねえよ! やぶれでもしたらどうすんだっ!」

「あはは。まあとりあえず、この調子で妖怪をどんどん封印できたらいいよね」

 タマとひかりのやり取りを可笑しそうに見ながら、翔は言葉をかける。

「う、うん! そうだね! 翔くんがいてくれたら、きっとなんでもできるよ!」

「ちょっと待てこら! オレさまを忘れてんじゃねえよっ!」

 怒鳴るタマを見て、ひかりは翔といっしょになって笑い声を上げた。



 この時のひかりたちは、まだ知らなかった。

 こうしている間にも、こくこくと不吉な影がひかりたちに迫っていたということに……。

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