第10話 愛の証明(事件編3)
試験当日。みずきちと剛ちゃんと連れ立って恋愛探偵部の部室に訪れてみると、初めて会った時と同じく、デスクに座った状態でぼくたちを出迎えた。
そしてその隣には、当然のように西園寺先輩の姿も。
昨日、西園寺先輩の口から大場先輩に告白すると偶発的に聞いてしまったぼくとしては、内心穏やかではない。
「よく来たな、鹿騨。それと後ろにいる双葉と間宮も」
と、なにげない調子でぼくたちの名前を口にする大場先輩。そんな大場先輩の言動に対し、みずきちは不思議そうに小首を傾げて、
「あれー? どうしてボクと剛ちゃんの名前を知っているんですか? 自己紹介なんて一度もしてないはずなのにー」
「あれから調べたんだよ。ここの入部試験を受けようとしている者の名前を、知らないままにしておくわけにもいかないだろう?」
「ほう。さすがは部長……オレたちのことはすでに調査済みというわけか」
「ちょっとそこのでかい奴! ちゃんと敬語を使いなさいよ! 上級生に向かって失礼でしょう!?」
「す、すみませんっ。剛ちゃん、敬語が苦手なだけで悪気はないんです……」
憤慨する西園寺先輩に、慌てて頭を下げるぼく。剛ちゃん、昔から老若男女、だれに対してもタメ口だから、今みたいに誤解を受けやすいんだよなあ。
「そういうことなら、こちらも別段責めるつもりはないさ。西園寺も、少し落ち着け」
大場先輩にたしなめられ、西園寺先輩は「は、はい……」としおらしく引き下がった。
「さて、さっそく本題に入るが……」
その言葉を聞いて、ぼくはすぐさま佇まいを直した。
いよいよ始まる、入部試験が。
今後、西園寺先輩とずっと一緒にいられるかどうかが決まる、大事な試験が……!
「お前たち三人に受けてもらう試験はズバリ、宝探しゲームだ」
「「「宝探しゲーム?」」」
大場先輩から試験内容を聞かされ、異口同音に復唱するぼくたち。
「もっとも宝探しゲームというのはあくまでも便宜上のもので、実際にやってもらうのは、私がこの部室のどこかに隠したある物を制限時間内に発見してもらうだけなのだが」
恋愛と全然関係ないように思えるけどいいのだろうか?
「恋愛とは関係ない試験だと言いたげな顔だな? あくまでも私が欲しいのは探偵として必要な能力を持っている人間であって、恋愛豊富な人間ではない。この宝探しゲームはそれを見定めるためにある」
「じゃあ試験に合格にしたら、ぼくたちも探偵として認めてもらえるってことですか?」
「そういうことになるが、いくつかルールもある。まず制限時間についてだが、私が開始の合図を口にした瞬間から三十分以内となる」
三十分。この部室の広さや置かれている家具の数を考えると、少々厳しい気もするけれど、まあ剛ちゃんとみずきちがいれば、なんとかならなくもないか。
「そして、宝を探せるのは実質一人のみ。あとの二人は助言を送るか、もしくは直接手を出さない程度の協力だけ。ようはサポート要員ということだな」
「「「はあ!?」」」
耳を疑うような発言に、ぼくたちは揃って素っ頓狂な声を出してしまった。
「一人だけって、さすがに条件厳しくないですか? ぼくたち三人がかりでもかなりギリギリなくらいなのに」
「そうか。なら試験を受けるのをやめるか?」
「………………っ」
大場先輩の容赦ない言葉に、ぼくは黙らざるをえなかった。
「どうするのユタ? これって試験を受けたくないなら今すぐ帰れってことだよね?」
「どうもこうも、受けるしかないでしょ、こんなの……」
「だがユタ、妙案はあるのか? 三十分しかない上、一人でしか探せないんだぞ?」
「それは……」
その先は言えなかった。案なんてまるでなかったからだ。
「というかこれ、いくらなんでも無茶じゃない? ボクたち、実はバカにされているだけなんじゃないの? 協力はできても個々に受ける試験みたいだし」
「その可能性は否定できないな。もしかしたらあの西園寺とかいう女と二人きりでいたいがために、無理難題を出しているだけかもしれん」
「マジで!? どうりで他に全然部員がいないと思ったら、西園寺先輩を独り占めしたかっただけだったんだな! あの面食い眼鏡が!」
「それ、ユタにだけは言われたくないと思うよー?」
「だな」
「なにやら、あらぬ誤解をしているようだが……」
と三人で囲いを作ってひそひそ話している中、大場先輩が渋面になって苦言を入れてきた。
「早計するな。なにもこれだけの条件で試験を受けさせようというわけではない」
「え!? ほんとですか大場先輩!?」
思わず大声で出してしまったぼくに、大場先輩は失笑をこぼして、
「ああ、本当だ。一つだけ、なんでも質問に答えてやろう。宝の位置や正体を直接訊いたり、それに類する質問でさえなければな。ちなみに西園寺に相談するのも不可だ」
もっとも西園寺は宝の正体すら知らないが、と不敵に笑みながら大場先輩は続ける。
「おまけに、もしもこの試験を突破できたら、鹿騨だけでなく他の二人の入部も認めてやろう。これでどうだ?」
「だってさ、ユタ。どうするの?」
「条件自体は前より良くなっていると思うぞ?」
「うーん……」
まあ剛ちゃんの言う通り、ちょっとだけ条件は良くなったけれど、以前として厳しいままなのは変わらない。でもきっと、これ以上の譲歩は望めないだろうしなあ。質問は一つだけって言ってたし。
それに改めて考えてみると、大場先輩が運頼りの試験を受けさせるとは思えない。だとしたら、なにかしら攻略法があるのかも。それがなんなのかはわからないけれど。
「どうする鹿騨? 自信がないのならやめておくか?」
「いえ、受けます」
大場先輩の挑発に、ぼくは即答した。
どのみち試験に受けるしか、西園寺先輩と毎日会える方法がないのだから。
そう決意したぼくに、大場先輩は口許を緩めて不意に立ち上がった。
「そうか。なら、さっそく始めるとしよう」言いながら、大場先輩はキャスター付きの椅子を右奥の壁に設置されている本棚の方に寄せて、どかっと深く座り直した。
「が、その前にまず、宝を探す者を決めておくといい」
「それはもちろん、ユタしかいないでしょ」
「だな。どのみちオレとみずきちでは務まらん」
「わかった。では宝を探す役は鹿騨ということで」
ぼくの返事を待たずして承諾する大場先輩。いやまあ、別にいいけどさ。言われるまでもなく自分でやるつもりだったし。
「タイムキーパーは西園寺に任せる。部室にも時計はあるが、見ての通りの長針と短針しかないものだから、時間配分には気を付けろよ?」
確かに、正面の壁に簡易な丸時計が設置されていた。まあ細かい時間が知りたかったらスマホで確かめたらいいか。たぶん西園寺先輩も、スマホのストップウォッチ機能とかで時間を確認するだろうし。
「では三人共、準備はいいな?」
「はい!」
「いいですよ~」
「いつでも来い」
「よし。では始め!」
大場先輩の合図のあと、ぼくはすぐさま後ろを振り返って、
「みずきち、今すぐ大場先輩の情報を集めてくれ。どんな些細な情報でもいいから。剛ちゃんは大場先輩から目を離さないようにして!」
「任せろ」
「りょーかーい。けどユタ、その前に質問権を使って宝の大きさだけでも教えてもらった方がよくない? もしも紙切れ一枚だけとかだったら、かなり大変になっちゃうし」
「いや、そこまで薄いものではないと思う。紙切れ一枚なんて、これだけある本の中から三十分で見つけられるような物じゃないし。ページの隙間を探るだけ日が暮れちゃうよ」
それに宝と言うからには、ちゃんとそれっぽい物を用意してあると思うんだよね。まさか個人的に大切にしているペンとか、まして今使っている眼鏡こそ宝だったとか、そんなアンフェアな真似をするとも思えないし。そもそも一目でわからない物なら、わざわざ宝の正体を直接訊くのを禁止にはしないはずだ。
「じゃあどうするの? せめて、宝の在り処だけでも当てずっぽうに訊いてみる? 本棚にあるかどうかとか」
「う~ん。もしかすると、すごく予想外なところにあるかもしれないしなあ。なにかしら確証が得てからの方がいいかも」
まあその質問自体、大場先輩が提示した『宝の在り処や正体を直接訊く、またはそれに類する質問は不可』というルールに反する気もするけれど。
そう考えるとこの試験、かなり難しいかもしれない。なにせ、手掛かりもない状態で宝を探さないといけないのだから。
「とにかく、今は情報が欲しい。ひとまずぼくはぼくであちこち探してみるから、みずきちは情報収集に力を入れてくれ」
「うん! 任せて!」
言うが早いか、みずきちはさっと手早くスマホを取り出して、なにやら操作を始めた。
さて、ぼくもそろそろ動かないと。質問権はまだ残しておくとしても、怪しいと思う点はすでにいくつかあるし、順に潰してみるか。
まずは、大場先輩が座っていたデスク。宝と言うくらいだから、普段自分が使っている物とかに隠してある可能性は十分ある。そういうのって、なるべく遠くには置きたくないもんだしね。
そんなわけで、さっそくデスクの方へ足を運んでみると、思っていたよりしっかりとした造りだというのが一目でわかった。案外先生方が使っているデスクよりも高価な物なのかもしれない。伝統ある部活と聞いていたけど、ここまで良い待遇を受けていようとは。
さておき、まずはデスクの上を調べる。予想通りというか、書類や筆記道具、そしてノートパソコンが置いてあるだけで、別段不自然な点は見られない。まあ、いくらなんでもこんな見えやすいところに隠すわけがないか。
続いてデスクの下。人が丸まって入ればちょうど収まるくらいのスペースはあるけど、単に空洞があるだけで、こちらもこれといって怪しいところは見受けられない。
気を取り直して、次は引き出し。デスクの右側に四つ取っ手があって、一番下の段が最も大きい造りになっている。一番上だけ丸鍵が付いていたけれど、取っ手を引いてみたらあっさり開いた。試験前に大場先輩が鍵を開けておいてくれたのだろう。これで鍵が掛かっていたら、あからさまに怪しいもんね。
肝心の中身に関しては、主にUSBや電源コードといった、パソコン作業に使う物ばかり。続いて二段目、三段目と調べてみるも、書類やデスクワークに使用する消耗品ばかりで、宝と言えそうな物は見当たらない。最後に一番下の引き出しを開けてみるも、完全に空洞だった。どうやらデスク周りはハズレだったようだ。
さて、これで五分くらいは経ったと思うが、みずきちと剛ちゃんの方はどうなっているだろうか。
「みずきち、なにか有益な情報は出た?」
ぼくの問いかけに、みずきちはスマホを操作しながら「うーん」と眉根を寄せた。
「正直ちょっと微妙~。大場先輩の情報自体はそれなりに集まってはいるんだけどねー。たとえば、入学した時からトップの成績で、スポーツ万能、品行方正で先生たちの評判も上々だとか。それと恋愛探偵部も一年生の時から在籍していて、その秋には副部長になれたくらい優秀だったみたい。同級生だけでなく、先輩や後輩からの信頼も厚くて、生徒会長に推薦されたこともあるんだって~。本人はあっさり断ったみたいだけどね」
どうやってそこまで調べたのか気になるところだけど──まあたぶんSNSとかなんだろうけれど──それはともかく、正直どれもピンと来ない情報ばかりだった。
「うーん。それ以外は?」
「あとは家電量販店にいたって目撃談もあるけど……」
家電量販店か。なにか電化製品でも買いに行ったのかな? なんにしても、これも宝探しには使えそうにない情報だなあ。
「オッケー。みずきちは引き続き情報集めに専念して。で、剛ちゃんの方はどう?」
「今のところ、怪しい動きはないな」
じっと大場先輩の方を見据えたまま、剛ちゃんは腕を組んで応える。
「ああして椅子に座って目を瞑っているだけだ。まるで銅像だな」
言われて視線を追ってみると、確かにロダンの「考える像」のごとく、同じ姿勢のままずっと静止していた。見様によっては修行しているようにも受け取られそうだ。
「──二十分前」
と西園寺先輩が残り時間を告げてきた。おっと、もうそこまで経ったのか。こっちも急がないと。
気を取り直して、今度はソファーを調べてみる。ひょっとしたらどこかに破れ目でもあるかもしれないと手で触って探ってみるも、穴一つ見当たらない。なにか異物が入っている感触もない。ちなみに対面にあるもう一つのソファーも同様だった。中央にあるテーブルは……元が透明だしな。これじゃあ隠しようがないか。
次はキッチンの方に行ってみようかな。大事な物は身近なところに置きやすいと先述したところではあるけれど、案外その考えを読んだ上で、わざと遠い場所に隠した線も否めない。かなり頭の切れる人みたいだし、それくらいは平然とやってのけそうだ。
そんなわけで簡易キッチンの方に行ってみると、ティーカップや茶葉の缶といった紅茶の道具一式が下の戸棚の中に入っていた。あ、隅の方に高級そうなクッキーの箱が未開封で置いてある。もしかして、これも経費? どれだけ優遇されているんだ、この部活。
あとは、コンロの上にヤカンが置いてあるくらいで、他に目ぼしい物はない。念のため蓋を開けて中を確認してみるも、案の定というか、なにも入っていなかった。そりゃまあ、いくらなんでもこんな簡単なところにあるわけないよなあ。
「──十分前」
うげっ。さすがにこれはやばくなってきた。こっちはまだ手掛かりすら掴めていないというのに!
「みずきち! なにか情報は!?」
「う~。今必死に探してるけど、公園とかデパートの屋上にあるふれあい広場で姿を見たって情報くらいしかないよ~」
「剛ちゃんは!?」
「こっちも相変わらずだ。椅子に座ったまま、特になにも動きはない」
くそっ。どうにかしなきゃ。これじゃあ時間だけが無為に進んでしまう!
他に探していないところと言えば本棚くらいだけど、やっぱり本の隙間とかに隠してあるとか? だとしても、残り時間でどうにかなるとは思えない。答えてくれるかどうかはわからないけど、思い切って本棚に宝があるかどうか訊いてみようか?
「──五分前」
と、無情に残り時間を告げる西園寺先輩。その声が、今のぼくにとっては焦燥を煽っているようにすら聞こえる。本人にその気はないと思いたいところではあるけど。
落ち着け。残り五分で、宝の隠し場所を考えるんだ。今はそれしか方法がない。
大場先輩のことだ、入部試験と言うからには、推理力を試していると見て間違いないと思うが、今までのやり取りでなにかヒントのようなものはなかっただろうか。たとえば無意識の内に宝の場所を想起させるような言動していたとか。でも大場先輩、ルール説明をしていたくらいで、別段違和感を覚えるようなことは言っていなかったような気がする。
じゃあ言動以外ではどうだ? なにかおかしな挙動を取っていたとか……ってダメだ。ずっと剛ちゃんに見張ってもらっていたけど、椅子に座っているだけで怪しい動きは特になかったって話だったか。
……ん? ちょっと待てよ?
よくよく考えてみると、あの人、どうしてわざわざデスクから離れたりしたんだ?
いや、単に試験の邪魔にならないようにどいてくれただけかもしれないけど、でもそれなら、ぼくが一言頼めば済んだ話だ。それとも、なるべくデスクのそばから離れたい理由でもあったのだろうか。行動の意味がわからない。
理由がわからないと言えば、試験が始まってからずっと瞼を閉じているのも気になる。
最初は考え事でもしているのかなと思っていたけど、それにしては長過ぎる。時間を潰すだけならスマホをいじるなり読書をするなり、色々あるはずなのに。そもそも試験中に考え事をしている時点で不自然だ。少しはこっちの動きを気にしてもいいはずなのに。
もしや、視界にあってはいけないものでもあるのだろうか? それこそ、目に入る範囲に宝があるとか。
仮に──仮にこの推理が合っているとして、大場先輩から一番近い物と言えば──
「……デスク!」
けど、デスクは試験が始まってすぐに調べたところだ。宝なんてどこにもなかったはず。
あ、でも思い返してみればあの時、なにかおかしな点があったような──
「一分前」
やばい! もう時間がない!
ああもう、今はこの推理に賭けるしかないか!
「大場先輩!」と大声で呼び掛けたぼくに、大場先輩はすぐさま目を開けてこっちに視線を向けた。
「なんだ鹿騨。質問か?」
「はい! 宝の隠し場所なんですが……」
と、そこで一度呼吸を整えたあと、ぼくは慎重にこう訊ねた。
「もしかしてそこって、パッと見ではわからないようになにか仕掛けがしてあるんじゃないですか?」
「……、イエス」
少しの沈黙のあと、ニヤリと笑みながら首肯した大場先輩の反応を見て、ぼくは瞬時にデスクへと向かう。
探るのはデスクの引き出し……それも一番下。
最初に見た時は特に気にも留めなかったけど、今にして思えば不自然だった。他の引き出しには物が整然と入っていたのに、一番下のだけなにも入っていなかったのが妙に思えたのだ。まるで、いつでもすぐに取り出せるようにわざと空洞にしているかのように。
そして、大場先輩は仕掛けがしてあるかどうかの質問に「イエス」と答えた。
とどのつまり考えられる可能性はただ一つ。その仕掛けとは、ずばり──
「やっぱり、二重底使用……!」
試しに、持っていたボールペンの先で底の溝に差し込んでみると、さらにもう一つの空間があるのを発見した。間違いなく、ここに宝がある……!
そうして一気に底を持ち上げてみると、そこには──
「あった! これか……!」
底を持ち上げて真っ先に目に入った物を慌てて手に取って、勢いよく掲げた。
「大場先輩! 見つけました! これが大場先輩の言う宝ですね?」
ぼくが掲げた物を見て、大場先輩はフッと口許を綻ばせた。
「お見事。それが宝……私がこの世で最も大切にしている物だ」
大場先輩の宝──この世で最も大切にしている物。
それは意外なことに、アルバムだった。
綺麗な桜の色の装丁だけど、タイトルはなにも書かれていない。部室に置いてあるくらいだから、部活関連の写真でも納めてあるのだろうか?
「やったあ! ユタ、おめでとう~!」
「でかしたな、ユタ」
と、中は開かずアルバムを裏返したりしながら眺めていると、みずきちと剛ちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。
「ごめんね、ユタ。あんまり力になれなくて……」
「オレもすまん。ユタの指示通りに動いたつもりだが、もっとなにかしらアクションを起こしてもよかったかもしれん」
「いやいや、そんなことないよ。二人がいるだけでも心強かったし」
それに、剛ちゃんがしっかり大場先輩を見張っていてくれたおかげで宝の在り処に気付けたと言っても過言ではない。本当に二人がそばにいてくれてよかった。
「ウソ……。ありえないわ……」
と西園寺先輩が不意に何事か呟いた。見ると、いかにも信じられないと言わんばかりの表情で棒立ちしている。
「まさか試験に合格しちゃうなんて……。絶対無理って思っていたのに……」
どんだけぼくたちを過小評価していたのだろう、この先輩は。
まあなんにせよ、これでぼくも名実ともに恋愛探偵部の一員だ。これで西園寺先輩のそばにずっと一緒にいられる。そしてゆくゆくは、あんなことやこんなことを……ぐへへ。
「キモっ! 大場先輩、やっぱり私、こいつを入部させるのは反対です!」
心底嫌そうな顔をしながら、ぼくを勢いよく指差す西園寺。いかん。嬉しさのあまり、つい変な笑みが。
「そうは言ってもな。宝を見つけて試験に合格したのは事実だぞ?」
「それは……そうですけれど……」
と、大場先輩と西園寺先輩の間に気まずい空気が流れようとしていた中、
「ねえねえ、ユタ。そのアルバムって、なんの写真が入ってるの~?」
「こうして宝を見つけたんだ。中を確認する権利くらいはオレたちにもあるだろ」
場の雰囲気をまるで読まず、ぼくの両脇から顔を覗かせてきたみずきちと剛ちゃん。マイペースだなあ、この二人。
「あの、大場先輩。アルバムの中を見ても大丈夫ですか?」
「ん? ああ、もちろん構わないぞ」
なぜか自慢げに言う大場先輩に首を傾げつつも、さっそくアルバムを開いてみた。
幼女の写真が入っていた。
それも、全ページに渡って。
いやいやそんなはずはないだろうと、もう一度確認するも、やっぱり幼女の写真ばかり入っていた。
幼女、幼女、幼女。どのページを見ても幼女ばかり。さながら幼女のゲシュタルト崩壊を現物として見せられているかのような気分だ。これには変人筆頭であるみずきちと剛ちゃんも、言葉が出ないと言った感じで驚愕していた。
「ちょっと、どうしたのよ。三人共唖然としちゃって」
「いやこれ、幼女の写真しかないんですけれど……」
「はあ!? なに言ってんのよ! そんなはずないでしょう!」
よほどぼくの言葉が信じられなかったのか、小走りに駆け寄って強引にアルバムを奪い取る西園寺先輩。そうして急いた手つきでアルバムを開いた直後、ぴしっと凍り付いたように固まった。
「な、な、な、なんなの、これ……?」
「なんなのもなにも、私のアルバムだが?」
けろっとした調子で応える大場先輩に、西園寺先輩は「そうじゃなくて!」と激昂して、
「どうして幼女の写真しかないんですか!? なにこれ! 犯罪記録!?」
「失礼だな、西園寺。私の宝物に対して」
正確に言うと少し違うが、と大場先輩は鷹揚に腕を組んで言葉を続ける。
「なぜなら本当に宝なのは、幼女そのものなのだからな」
ちょっとなにを言っているのかわからなかった。
「ちょっとなにを言っているのかわからないです」
ぼくとまったく同じ感想を口にする西園寺先輩。よかった、てっきりぼくの感性が異常を来たしたのかと思った。
「やれやれ。この素晴らしさがわからないとは、嘆かわしいことだ……」
「それってつまり、世間一般で言うところのロリコンってやつですよね……?」
ぼくの問いかけに、大場先輩はいっそう呆れたように肩を竦めて、
「私をそこらの幼女嗜好の奴らと一緒にしないでくれ。確かに幼女は好きだし、休日は幼女を写真に収めてばかりいるが」
あー。そういえば、みずきちが集めてくれた情報の中で公園やデパートの屋上での目撃談があったけれど、あれって幼女の写真を撮っていたのか。
してみると、家電量販店に大場先輩がいたって話も、きっとカメラ関連かなにかで訪れていたのだろう。イヤな伏線回収もあったもんである。
「ともあれ、幼女を愛しているのは事実だが、一度も触れようとしたことはないし、触れたいと思ったことすら断じてない。彼女たちは世界の宝──いや、むしろ天使だからな。近寄ることすらおこがましい存在なのだ」
どうしよう。この人、なにか気持ち悪いこと言ってんだけど……。
「あ、でも、剛ちゃんの逆バージョンみたいなものだって思えばいいのか……?」
「やめてくれ、ユタ。確かにオレは熟女好きだが、あそこまで妄執的ではない」
剛ちゃんにめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。
そうだよね。いくら剛ちゃんでも、あそこまで熟女を崇拝したりはしないもんね……。
でもこの人、本当にロリコンなのかな? 実は悪い冗談とかではなくて?
などと四人揃って猜疑的な視線を向けていたからなのか、大場先輩は唐突に椅子から立ち上がって「ふむ。まだ不信感を抱いているようだな。いいだろう、少し待っていろ」と隣の部屋に繋がるドアを開けて中に入っていった。
ややあって、大場先輩が自身の物と思われる通学鞄を持って部室に戻ってきた。試験が始まる前、邪魔にならないよう西園寺と一緒に鞄を別室に運んでおいていてな、と一言付け加えつつソファー前にあるテーブルへと歩む。
「そのアルバムは私の宝の一つではあるが、数ある内の一つでしかない。もっと言えば、それはあくまでも幼分が突然不足になった際の非常用だ」
養分? あ、幼分か。いや、至極どうでもいいけどさ。
「さあ見ろ。これが私の宝の数々だ」
言いながら、鞄の中から次々とアルバムを取り出す大場先輩に、なんだか嫌な予感がしつつも、みんな一緒になってテーブルに集まる。
すると予想通りというか案の定というか、ぼくが最初に見つけたアルバム同様、色んな角度から撮られた幼女の写真がページいっぱいに並べられていた。もちろん写真の一枚一枚は幼女趣味なんてないぼくでも可愛いと思えるものばかりだったけど、その所有者が問題というか、こうして見ていると狂気に近いものがあった。
「どうだ? 実に素晴らしいコレクションばかりだろう」
と、自慢げに胸を張る大場先輩。どうと言うより、どうかしていると思う(頭が)。
「あ、あああの、これって全部、大場先輩が……?」
震え声で訊ねる西園寺先輩に、大場先輩は誇らしげに頷いて、
「ああ。幼女はいい。見ているだけで心が癒される。これほど幸福なことは他にない」
「大場先輩、つかぬことをお訊きしますが」ちょっと危ない薬でもキメているかのようにだらしなく頬を緩める大場先輩に、ぼくは小さく挙手した。
「さっき大場先輩、ロリコンではないって言っていましたよね? じゃあ性的な対象としては見ていないってことでいいんですか?」
「当然だ。そんな奴ら、万死に値する」
「それって言い換えると、一応同世代の女性にも興味があるってことです?」
「同世代の女性、か──」
と、世を儚むような乾いた笑みを浮かべて復唱する大場先輩。そして現実から目を逸らすみたいに視線を遠退かせたあと、こう続けた。
「正直、十二歳以上の女性はババアとしか思えないな」
あ、西園寺先輩が膝からくずおれた。
「そんな……そんなことって……。大場先輩がまさかこんな変態だったなんて……!」
「変態とはあんまりだな。そこは紳士と言ってほしい」
「どこが紳士ですか! いっそ犯罪者予備軍の立ち位置ですよ!」
と床に手を付きながら怒気混じりのツッコミを入れる西園寺先輩。その目には涙すら浮かべていて、見るからに相当なショックを受けているようだった。想い人がこんな重度のロリコンだったなんて知っちゃったら、そりゃねえ。当然っちゃ当然である。
ま、個人的には大場先輩がロリコンでよかったけどね。だってそのおかげでライバルが減ってくれたわけだし! あとは失恋に付け込んで、ぼくがその心の隙間を埋めてあげれば、きっと西園寺先輩も……うへへへ。
「あ、ユタがゲスい笑い方してる~」
「ユタのことだ、どうせ卑劣な妄想でもしているんだろ」
みずきちと剛ちゃんにあっさり看過された。さすがは幼なじみである。
「さて。ともあれ、これで試験は終了だ」
と大場先輩が話を戻すように手を叩いて言った。
「改めて、三人の入部を歓迎しようじゃないか」
「うげっ。そうだった、こいつら、合格しちゃったんだった……」
悪態をつく西園寺先輩に、大場先輩は厳めしく眉根を寄せて、
「西園寺、その態度は部長として見過ごせんな。これから共に活動する仲間に対して……まして後輩に対してその言動は不適切だ。下の者を導けるような存在にならないと、とてもじゃないがこの部を任せるわけにはいかんぞ。私が引退したら、上級生はお前しかいなくなるんだからな」
大場先輩の苦言に、西園寺先輩は「うぐっ」と声を詰まらせた。そっか、他に二年生がいない以上、西園寺先輩が次期部長になっちゃうのか。なんだかワンマン経営みたいな部活になりそう。
「……わかりました。確かに、大場先輩の言う通りだと思います」
不承不承と言った感じに首肯して、西園寺先輩は緩慢に立ち上がった。そしてビシッとぼくたちを指差したあと、
「けど、まだあんたたちのことを完全に認めたわけじゃないから! もしも足を引っ張るような真似をしたらただじゃおかないわよ! いいわね、由太郎、剛志、瑞樹!」
その言葉に、ぼくたち三人は揃って目を丸くした。
「あれ? ぼくたちの名前……」
「な、なによ」
と照れたようにそっぽを向きながら、西園寺先輩は言葉を継いだ。
「いつまでも『あんたたち』とか『こいつら』って呼ぶわけにはいかないでしょ。認めたわけじゃないけど、一応恋部のメンバーになったんだから」
「でも、それなら名字でもよかったのでは……?」
「私、下僕を名字で呼ばない主義なの」
「げ、下僕って……」
まるで女王様みたいな口振りだった。まあ、別にいいけどさ。ぼくの名前で呼ばれた方が嬉しいし。それに──
「じゃあじゃあ、ぼくも『エリカ先輩』って名前で呼んでもいいですか!?」
「いや、それは──」
「いいじゃないか、西園寺」
反駁しかけた西園寺先輩の言葉を遮って、大場先輩がニヤリと笑みながら言う。
「そっちの方が連帯感も生まれるし、こうして試験にも合格したんだ──それくらいの褒美くらいはいいんじゃないか?」
「まあ、大場先輩がそこまで言うのなら……」
「やった! じゃあエリカ先輩って呼ばせてもらいますね!」
「ボクは普通に先輩って言わせてもらおうかな~。で、大場先輩は部長さんで。あ、でもこれから敬語は無しでいくね? せっかくならもっと仲良くなりたいし~♪」
「オレも右に同じだ」
「みずきち、剛ちゃん……!」
ありがとう、二人共。あえて名前を呼び合えるようにしてくれたんだね。ぼくと西園寺先輩もといエリカ先輩との仲がもっと深まるように……!
二人の献身的とも言える深い友情に感謝しつつ、大場先輩──いや、これからは敬意を込めて部長と呼ぼう──改めて部長とエリカ先輩に向き直って一礼した。
「それじゃあ、これからよろしくお願いします。部長、エリカ先輩!」
「ボクもよろしく~。ちなみに情報収集ならボクに任せてね~☆」
「機会があるかはわからんが、力仕事ならオレに任せろ。あと紅茶を入れるのも得意だ」
「なんか一人だけ、外見に似合わない特技を持った奴がいなかった……?」
剛ちゃんの発言に眉をひそめるエリカ先輩。あー、剛ちゃんって見た目に反して家庭的だったりするから、エリカ先輩みたく意外に思う人が多いんだよね~。
「ああ、お前たちの活躍に期待しているぞ」言いながら、大場先輩は通学鞄からインスタントカメラを取り出した。
「さて、せっかくだ。記念に皆で写真を撮ろうじゃないか」
「え? 部長って幼女以外にも写真を撮ったりするんですか?」
ぼくの率直な質問に「別に幼女しか興味がないわけじゃないんだがな……」と大場先輩は苦笑混じりに応えて、
「元々カメラが趣味でな、幼女はもちろん、風景や祭り行事、他にも知り合いに頼まれて集合写真を撮影することもある」
へえ。てっきり幼女を撮影するためだけにカメラを購入したのかと思った。
「さあ、お前たち、そこのドアの前で一列に並べ。私もあとで行くから、一人分は空けておけよ?」
指示通りみんなで動いて、ぼくたちは入り口のドアの前で並んだ。ちなみに左から剛ちゃん、ぼく、少し間隔を空けてみずきち、エリカ先輩の順である。
いや出来ればエリカ先輩の隣に並びたかったところなんだけど、ほら、無理に距離を縮めるのは得策じゃないし、まだ警戒されているだろうしね。今はどんと腰を据えてゆっくり攻略するとしようじゃないか。これからはエリカ先輩との時間も増えるんだから。
そうこうしている内に、大場先輩がタイマー機能を入れてデスクの端に置いた。それから小走りにこちらへと向かい、ぼくとみずきちの間に入る。
「あと十秒で撮影だ。お前たち、ちゃんとしっかりカメラの方を向けよ?」
言われた通りにカメラを向く一同。でもぼくだけは少し後ろに下がって、横目でエリカ先輩の方を見ていた。
だってこんな時くらいでしか、エリカ先輩の横顔なんてじっくりと見られないもんね。
☆
「あははっ。懐かしい~。そういえばこの写真を撮った時、ユタだけ視線が合ってなかったんだよね~」
「ああ。じーっと部長の方を見ていたな。それもイヤらしい目で」
いつかみんなで撮った集合写真を眺めながら、ニヤニヤとぼくを揶揄するみずきちと剛ちゃん。せっかく良い思い出に浸っていたのに、どうして茶々を入れるような真似をするかな、この幼なじみ二人は。ていうかイヤらしい目なんかで見てないから。普通にエリカ先輩の方を見ていただけだから。
「ごほんっ。そ、それより二人共、掃除の続きはいいの?」
「あ、ユタが露骨に話を逸らした~」
「部長にもさんざん気味悪がられていたからな。心の傷を広げたくないんだろ」
「ええい! さっさと掃除に戻りなよ! しっしっ!」
図星を突かれて思わず手で追い払うぼく。そんなぼくの手をひらりと避けて、みずきちと剛ちゃんは依然として薄ら笑みを浮かべながら、それぞれの作業に戻った。
まったく、と溜め息を吐きつつ、ぼくは再度写真に視線をやる。
にしても、あれからもう五ヶ月かー。大場先輩が引退して、エリカ先輩が新部長になってから一か月経つわけでもあるんだけど、心なしか大場先輩がいた時よりも長い月日を感じる。大場先輩の時と比べて依頼の内容が濃かったせいかな?
そういえば、あの試験がきっかけで大場先輩とエリカ先輩との仲が気まずい感じになってしまったんだよねー。まあ距離を取っていたのは主にエリカ先輩の方で、大場先輩は特に気にした様子もなかったけれど。
なんてことを考えながらなにげなく壁時計の方を見ると、けっこうな時間が経っていた。やっべ、早く掃除に戻らなきゃ。エリカ先輩に骨を折られてしまう。
そう思い、写真をデスクの上に一旦置こうとして──ふとその手を止めた。
「んん……?」
もう一度写真に視線を戻し、今まで以上にじっくり見つめる。それからスマホを取り出して、その写真を撮影した。スマホのズーム機能を使おうと思ったのだ。
なぜスマホを使ったのかと言えば、そこに気になる物が写っていたからだ。けど小さくてよくわからなかったため、スマホの機能を活用しようと考えたのである。
なぜそんな面倒な真似をしたのかは、自分でもわからない。でもどうしても気になって仕方がなくて、ちゃんとこの目で確認せずにはいられなかったのだ。
あとで振り返ってみると、これは予感だったのかもしれない。それも虫の知らせや胸騒ぎと言った、悪い方の意味で。
なぜなら、スマホで拡大したとある一部分に、ここにあるはずのない物が写っていたのだから。
「な、なんでこれがここに……」
指先が震える。ガタガタと揺れるスマホの画像。なにかの間違いだと思ってまばたきすらせず凝視するも、やはりそこのある物は変わらなかった。
そんな、ありえない。だって、だってこれは──!
その瞬間、今まで気にも留めなかった記憶が走馬燈のようにぼくの脳内を駆け巡った。
バラバラだった情報が一本の線へと集約し、さながら釣り糸のように真実を手繰り寄せる。そして──
「そんな……嘘だろ……?」
導き出された真実を前に、ぼくはしばし愕然とするしかなかった。
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