第7話 凛奈ちゃんバラバラ事件(解決編)




「……で、謎が解けたって本当なんでしょうね?」

 仏頂面で問うてきたエリカ先輩に、ぼくは「はい」と笑顔で頷いた。

 場所は変わらず小野田くんと諸星くんの相部屋。そこに剛ちゃんを除いたぼくたち恋部のメンバー、そして今回の事件の関係者である四人が集まっていた。

 ちなみに、今回の重要参考品でもある凛奈ちゃんは、袋の入ったままの状態で部屋の中央に置かれている。別に袋から出してもよかったけれど、女の子の目もあるので、一応の配慮というやつだ。まあ、どのみちあとで出すんだけどね。

「くっ。この私が華麗に謎を解くはずだったのに……! まさか由太郎なんかに出し抜かれるなんて。湖があったら頭から飛び込みたいほどの屈辱だわ……!」

 スケキヨかな?

 ていうか、そこまで悔しそうに歯噛みされると、こっちとしても複雑なんだけどなあ。ぼくはただ、エリカ先輩と一緒にいたいだけなのに。まあ、エリカ先輩はぼくの挑発に乗っただけだろうし、今回の依頼にしたって、ただの勝負としか考えていないんだろうけど。

「ま、待ってくれ。謎が解けたって聞いたからここまで来たけど、それってやっぱり、この中に犯人がいるってことか……?」

「うぇいうぇい。言っとくけど、おれは犯人じゃないぜ~?」

「わ、私だって違うから! 優ちゃんの嫌がることなんてするわけないじゃない!」

 おっと。三人が騒ぎ始めちゃった。さっさと始めた方がいいか。

「落ち着いてください。今からちゃんと説明しますから」

 今にも口論を始めそうな容疑者三人に、ぼくはなるべく温和に諫める。

 諸星くん。下野くん。伊波先輩。

 この三人の内のだれが犯人なのかはすでにわかっているけれど、まだ事件の全容まではだれにも話していない。だから、その前にみんなで集まってもらう必要があったのだ。

「今回皆さんに集まってもらったのは他でもありません。事件の真相を話すためです」

「……それ、する必要があるのか? ドラマじゃないんだし、さくっと犯人の名前を告げるだけじゃダメなのか?」

「諸星くんの言うことはもっともだけど、単に犯人の名前を告げただけじゃ、向こうも納得しないだろうしね。ほら、それこそドラマでもよくあるでしょ? 根拠を話せとか証拠を見せろとかさ」

 それに、とぼくは憮然と腕を組むエリカ先輩に目線をちらっと送ったあと、すぐに言葉を紡いだ。「ちゃんと一から十まで説明しないと、納得してくれない人もいるからね」

「まあ、そこまで言うなら止めはしないけどさ……」と、渋々と言った態で引き下がる諸星くん。よかった、ここでまだ食い下がってきたらどうしようかと思った。

「それではまず、もう一度事件をおさらいしてみましょうか」

 言って、ぼくは軽く両手を叩いた。

「まず事件が起きたのは昨日の夜、小野田くんが大事にしていたラブドール……もとい凛奈ちゃんがバラバラにされた状態で発見されました。小野田くんからの話だと、七時から八時まで部屋から出ていたらしいので、犯行はその間に行われたと考えて間違いないでしょう。そして、部屋はほぼ密室で合鍵がないと入れなかったこと、加えてラブドールの存在を知っていたのが小野田くん本人を除いて三人しかいなかったことから、ぼくたち恋部はその三人の容疑者の身辺調査を始めました」

 ところが、とぼくはそこで一旦言葉を区切って、エリカ先輩の横に立っているみずきちの方を見た。

「その三人にはアリバイがあって、犯行時刻に小野田くんの部屋に行くのは不可能な状態でした。みずきち、それぞれのアリバイを話してもらっていいかな?」

「えっ。あ、うん」

 突然水を向けられ、一瞬驚いたように目を丸くするみずきちではあったけれど、すぐに平静を取り戻してズボンのポケットから例の手帳を取り出した。

「えっと、諸星くんは午後六時から八時半まで水泳部の部室で先輩の引退パーティーに参加。下野くんは七時から九時前まで女の子と一緒に女子寮の近くに。伊波先輩は自分の部屋でずっと勉強をしていて、そもそも女子寮から出ていない。これで合ってるよね?」

 みずきちに問われ、容疑者三人は揃って頷いた。

「みずきち。改めて訊くけど、守衛室の防犯カメラや外出記録の方はどうだった?」

「諸星くんと下野くんは、証言通りの時間帯に守衛室の前を通る映像が残っていたよー。ちゃんと外出記録にも名前とその時の時刻が書いてあったし。女子寮の方は部長さんが確認しに行ったんだよね?」

「ええ。女子寮の防犯カメラに伊波さんらしき人は映っていなかったわ。当然ながら、外出記録にも名前は書いてなかったわよ」

「ありがとうございます」

 エリカ先輩に一度頭を下げたあと、ぼくは「さて」と言の葉を紡いだ。

「これで三人のアリバイが証明されてしまいました。そうなると、この三人のだれにも犯行は不可能だったことになります」

「うぇーい。じゃあおれたち、なんでここに呼ばれたんだ~? 犯人じゃないなら、もう帰ってオーケー?」

「待って。ここから真相に迫るから」

 早合点して部屋から出ようとする下野くんを止めて、ぼくは人差し指を立てた。

「ここで一つ、疑問が生じます。それは、どうして犯人はわざわざ凛奈ちゃんをバラバラにしたのかという点です」

「あ、それ、さっき僕と間宮くんと一緒にこの部屋にいた時も言っていたよね? いくら恨みが深くてもリスクが高すぎるって」

「うん。小野田くんの言う通り、めちゃくちゃ手間がかかっちゃうんだよ。犯行時間内に凛奈ちゃんをバラバラにすること自体は可能かもしれないけど、いつどのタイミングで部屋の主が不意に帰ってくるかもしれない状況下であんな真似をするなんて、ぼくだったら絶対にしない」

「けど、実際にこうしてバラバラにされているわけだし、やっぱりそれだけ優ちゃんのことが憎かったってことじゃないの? あんまり想像したくはないけど……」

「みや姉……」

 自分の肩を抱いて怖がる伊波先輩に、小野田くんが心配そうに声をかける。

「動機はそれでいいとしても、バラバラにしたこと自体はどうしても疑問が残ります。本当に恨みを晴らすだけなら、他にも残虐な方法はいくらでもあったはずなのに」

「まあ、確かにその通りね。そこは私もずっと不思議に思っていたわ」

 ぼくの意見に同意するエリカ先輩。最初にこの疑問を口にしたのはエリカ先輩だしね。

「そこでぼくはこう考えました。犯人は怨恨目的以外に、どうしても凛奈ちゃんをバラバラにしなくちゃいけない理由があったのではないかと」

「バラバラにしなくちゃいけない理由? それって前に私が話した、ミステリー談議のような?」

「はい。というより、あの時ほとんど答えを言い当てていたんですよ」

 ぼくの返答に、エリカ先輩は「は?」と眉をひそめた。

「バカなの由太郎? 前にも言ったでしょうが。今回の件だと、ミステリーにおけるセオリーは当てはまらないって」

「本当にそうでしょうか? 殺した数を誤魔化すためにバラバラにしたという点は、確かに今回の件には当てはまらないでしょうけど、運搬目的でバラバラにしたという可能性はまだ残っているはずですよ」

「だから前にも言ったでしょ。怨恨が動機なら、わざわざバラバラにしなくても、この場で傷だらけにすればいいだけだって。仮に動機よりも優先しないといけない目的があったとしても、だったら犯人はどうして凛奈さんをバラバラにしたまま放置したのよ? どこかに運びたかったのなら、鞄かなにかに入れてさっさと持ち去っているはずじゃない」

「逆ですよ」

 居丈高に反論するエリカ先輩に、ぼくははっきりと告げた。


「運搬される前じゃなく、すでに運搬されたあとだったんです」


 ぼくの発言に、その場にいたみんなが困惑したように黙り込んだ。言っている意味がわからなくて、理解するのに時間がかかっているのかな?

 そうしている内に、諸星くんが戸惑いがちに「……ちょっと待ってくれ鹿騨」と小さく挙手した。

「運搬されたあとってどういう意味だ? 俺が知っている限り、このラブドールはずっと小野田のベッドの下にあったはずだぞ? それなのに、いつ、どうやってここから持ち去ったって言うんだ? しかもバラバラにしてまたここに戻すなんて、それこそ手間だろ」

「うん。僕自身、この部屋から出した覚えもないし、だれかに貸したことすらないよ?」

「それはそうだよ。だってこれは、小野田くんの知ってる凛奈ちゃんじゃないんだから」

「えっ。それってどういう意味……?」

「それはね──」

 困惑する小野田くんをよそに、ぼくは凛奈ちゃん──いや、凛奈ちゃんと同型のラブドールが入った袋の口を開けて言った。


「これは凛奈ちゃんとすり替えられた、別のラブドールだからだよ」


 ぼくの言葉に、皆一様にしてポカンと呆けた。まさにあっけに取られたと言わんばかりの表情だった。

 唯一、エリカ先輩だけを除いて。

「……なるほど。死体の入れ替えトリックを応用した運搬だったというわけね。確かにそれならバラバラにした理由もわかるし、だれかに犯行を目撃されるリスクも負わず、被害者に精神的ダメージを与えられるわね」

「はい。まあ実際は死体じゃなくてラブドールなんですけれど」

「どっちでもいいわよ、そんなもの。こんな簡単なトリックに気付けなかった自分の迂闊さが憎いわ。ていうか、古典的なトリックをこんなくだらないことで使われるなんて、先人たちが知ったら草場の陰で号泣するほどの暴挙ね……」

 そう言って、なぜかうなだれるエリカ先輩。なんでここまでショックを受けているのかわからないけど、ミステリー好きなエリカ先輩にとっては許せないことだったのかな?

「でもユタ。ラブドールって、そんな簡単に手に入るものなの?」

「そりゃ、簡単に購入できるような生易しい金額じゃないけど、現にぼくらと同じ学生の小野田くんだって、必死にお金を貯めて買ったわけだし、絶対に不可能と言えるようなものでもないと思うよ」

 ぼくの言葉に、小難しげに眉根を寄せながらも「そっかあ」と納得するみずきち。まあ、生半可な覚悟で買えるような物じゃないのは確かだけどね。

「あれ? でもやっぱりおかしくない? 小野田くんに嫌がらせをするためだけに、凛奈ちゃんと同じ商品を買ったってことになるよね? 五十万近くはする物を」

「言われてもみれば、確かに妙ね。そもそも由太郎、どうしてこれが別物だってわかったのよ? 同じ商品なら、そう簡単に見分けられるようなものじゃないでしょ?」

「そうですね。まったくの同一品なら」

「……? どういう意味よ?」

「それを説明するためには、まずこれを見てもらっていいですか?」

 応えながら、袋から取り出した凛奈ちゃんの胴体を見て、エリカ先輩は首を傾げた。

「それがなによ? もう何度も見分したし、今さら見るところなんてなにもないわよ?」

「見るのは全体ではなく、一部分です。ほら、ここ」

 言って、ぼくは凛奈ちゃんの股……正確には挿入口を「くぱぁ」と広げてみせた。

 エリカ先輩に思いっきり頭をはたかれた。

「あいたー! い、いきなりなにをするんですかエリカ先輩……!」

「それはこっちのセリフよっ。セクハラで訴えられたいのあんたは!?」

「……ユタ。さすがにこれは、ボクも擁護できないよ……」

「違うって! そういうのじゃなくて、注目してほしいのは穴の大きさなんですっ!」

「「大きさぁ?」」

 と同時に疑問の声を上げながら、エリカ先輩とみずきちは揃って凛奈ちゃんの穴部分を凝視した。

「……これがどうしたのよ? 他と比べないとなんとも言えないけれど、少なくともおかしいところはなにもないように見えるわよ?」

「うん。ボクの目から見ても、特に変な感じはしないかなあ?」

「んー。みずきちでもダメか。じゃあ次は、これを見てもらってもいいですか?」

 言いながら、ぼくはズボンのポケットからとある箱……馬の写真が表紙になっているアダルトグッズを取り出した。

 ぶっちゃけ、避妊具だった。

「よしわかった。あんた、ここで死にたいのね?」

「ユタ、骨くらいは拾ってあげるから安心して逝ってね……?」

「ちょっと待ってエリカ先輩! ひとまずその拳を下ろして! ていうかみずきち! 少しくらいは止めてよ!?」

 この薄情者め!

「……それで? それが今回の事件とどう関係するのよ?」

 なんとか怒りを収めてくれたエリカ先輩にほっと安堵しつつ、ぼくは避妊具の箱を手のひらに置きながら「用途は説明するまでもないようですね」と声を発する。

「実はこれ、ぼくのじゃなくて小野田くんの私物なんですが、この箱を見てなにか気付いた点はありませんか?」

「気付いた点? そうは言われても、そもそも私、こういうのは初めて見るし……」

 と、ここで、エリカ先輩の横で避妊具の箱を一緒に眺めていたみずきちが、はっとした顔で「あーっ!」と大声を上げた。

「い、いきなりどうしたのよ? 大声なんて上げて、ビックリするじゃない……」

「だって、だってこれ、サイズが……!」

「そう──XLサイズなんだ」

 動揺で二の句が継げないでいるみずきちに代わって、一番注目してもらいたかったところを説明するぼく。


「つまり小野田くんは、日本人の標準サイズを軽々と超えた、超巨根だったんです!」


「きょこ……!?」

 ぼくの言葉を聞いて、エリカ先輩は顔を真っ赤にして声を詰まらせた。そりゃ驚くよね。ぼくや剛ちゃんだって、最初避妊具のサイズを見た時、一瞬目を疑ったくらいだもん。

 そしてそれは、小野田くんと一番近しい間柄であるところの伊波先輩も同様だったみたいで、エリカ先輩のように顔を紅潮させながら「優ちゃん、本当なの……?」と隣にいる小野田くんにおそるおそる訊ねた。

「う、うん。まさかこんな形でみや姉に知られるとは思わなかったけれど……」

「あれ? でも諸星くんと下野くんは全然驚いたようには見えないけど?」

 みずきちのこの疑問に、諸星くんが「俺は同室だしな」と苦笑しながら先に答える。

「それとなく本人の口から聞いたこともあるが、それ以前に一度でもこいつの下着姿を見たら、だれでもすぐに巨根だって気付くような膨らみ方だったし」

「おれは小野田くんと天とで遊園地のプールに行った時だったな~。いや、マジでビックリしたわ~。更衣室で小野田くんのビックダディを見た時は」

「……全然知らなかった。まさか優ちゃんにそんなすごい秘密があったなんて……!」

「見た目だけじゃ、全然わからないもんだね~」

「私にしてみれば、別に知りたくもない情報を聞かされた気分だわ……」

 諸星くんと下野くんの話を聞いて、三者三様の反応を見せる女性陣(みずきち含む)。

 一方、ぼくの口から巨根だと暴露されてしまった当人もとい小野田くんはいうと、終始恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして俯いていた。事前に許可を取っていたとはいえ、ちょっと可哀想なことしちゃったなあ。

「で? その、きょ……きょこ……大きいのがなんだって言うのよ?」

「わかりませんか?」

 赤面しながら問うてきたエリカ先輩に、ぼくはもう一度胴体部分を掲げながら訊ね返す。

「小野田くんのような超巨根の持ち主が、毎日のようにこの凛奈ちゃんで抜き差ししていたんですよ? だとしたら、なにかおかしいとは思いませんか?」

「これを毎日使っていた奴も、真顔で抜き差しなんて言葉を使う由太郎も、どっちも頭がおかしいと思うわ」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 確かにこんなこと、真顔で言うのもどうかと思うけどさあ。

 と、そんな風にツッコミを入れていた間に、だれかが「あっ」と声を漏らした。

 それは伝播するように他の人にも届き、同様にぼくが持つ凛奈ちゃんの胴体を見てはっと目を見開いた。この場にいた、ぼく以外の男子全員が(みずきち含む)。

「……なるほど。なんとなく妙だとは思っていたが、今の言葉でようやくわかった」

「っべー。ちょっと鳥肌立ったわ~」

「うん。僕も言われるまで、全然気付かなかった……」

「ユタって、相変わらず変なところによく気が付くよね~」

「ちょっと。そこの四人だけなにをわかったような顔をしているのよ? どういうことなのか、ちゃんと教えなさいよ」

「あたしも、なにがなんだかさっぱり……」

 あー。やっぱり女性陣(みずきち除く)にはわからなかったかー。まあこういうのは、男にしかわからないようなことなんだろうけども。

「穴の形状ですよ」

 あからさまに眉をひそめるエリカ先輩と伊波先輩に、ぼくははっきり告げる。

「想像してみてください。長ナスのような太くて大きい物が、この穴に何度も挿入されていたんですよ? だとしたら、多少なりとも穴が緩くなるとは思いませんか?」

 そうなのだ。ぼくが凛奈ちゃんを見てずっと抱いていた違和感……それは挿入部の穴の形状だったのである。

 最初に見た時は気付かなかった。いや、妙に綺麗にしてあるとは思っていたけど、そこまで深く考えなかった。でも、小野田くんのムスコのサイズと使用回数を聞いてピンと来たのだ。これではまるで、新品のようでないかと。

「知らないわよ、そんなもの。他がどういう形をしているかも知らないのに」

「ぼくもラブドールを見るのは、これが初めてですよ。だとしても、シリコン素材とはいえ、ここまで穴が小さいままなんて不自然です。それに、やたら綺麗な状態で保存されているのも」

 人の肌が何度も押し付けられているのなら、少しくらいは油で汚れていても不思議ではないのに。

 そこまで口にしたぼくに、エリカ先輩は小難しそうな顔をして押し黙った。

 納得まではしていないが、一理あるとは思ってくれたのかもしれない。

「でもさー、ユタ。本当に新品に交換された物なら、持ち主の小野田くんがそのことに気が付かないのは変じゃない?」

「無理ないよ。だって小野田くん、バラバラにされた凛奈ちゃんからしきりに視線を逸らしていたし」

「あー、言われてもみればそうだったかも……」

 ぼくの返答を聞いて、これまでの出来事を振り返っているのか、目線を上に向けるみずきち。みずきちも小野田くんと一緒に現場にいた時があったし、知らないはずがない。

「──そっか。そういうことだったのか……」

 と、ぼくが話していた間に、不意に諸星くんが呟きを漏らした。

「ん? どうかしたん天?」

「ああいや、あのラブドールを見てからなんとなく違和感を抱いていたんだが……」

 下野くんに応えつつ、視線だけは凛奈ちゃんに向けた状態で諸星くんが続ける。

「鹿騨の話を聞いてようやく腑に落ちた。確かに以前見た時よりも、穴が少し小さくなっていたんだ」

「ちょっとあんた! そういうのはもっと早く言いなさいよ! 重要な手掛かりになるかもしれないのに!」

「そう言われても、さっきまで気のせいだと思っていましたし、それにそのラブドール自体、いつもベッドの下に隠してあったので、毎回視界に入っていたというわけでも……」

「あと、どのみち諸星くんと下野くんにはわからなかったと思いますよ。こんな入れ替えトリックなんて」

 諸星くんを援護する形で会話に入ったぼくに、エリカ先輩は憮然とした表情で「どういう意味よ?」と訊いてきた。

「二人共、ミステリーなんて読まないからですよ」

 ぼくの返答に、エリカ先輩は「あ」と小さく声を漏らした。それ以外の人は、相変わらずきょとんとした顔をしていたけれど。

「……待って。確かにミステリーを知らないのなら、入れ替えトリックに気付けないのも頷けるけれど、でもどうしてその二人がミステリーを読まないなんてわかるのよ?」

「それは、諸星くんの机周りを見れば一目瞭然ですよ」

 言って、ぼくは諸星くんの机を指差した。

「ほら、基本的に教科書とスポーツ関連の本ばかりで、小説なんて一切置いておりません。マンガは少しだけ置いてありますが、どれもバトル系で推理系は見当たりません。そんな諸星くんが凛奈ちゃんに違和感を抱いたとしても、新品に入れ替わったとまでは思いませんよ。ぼくやエリカ先輩みたいにミステリーを嗜んでいる人でもなければ」

「じゃあ、そこの下野とかいう一年生は?」

「んー。彼に関してはぶっちゃけ勘ですね。ミステリーというか、小説自体読みそうにないっていうか。実際どうなの下野くん?」

「ぜーんぜん読まねえ☆」

「そもそも、健人はマンガすらほとんど読まないタイプだよな。健人の昔の知り合いから聞いた限りだと、幼稚園児の頃から女の子の尻ばかり追いかけ回していたって話だし」

 やっぱり。偏見かもしれないけど、いかにもそんな感じっぽいもんなあ。

 ていうか下野くん、そんな小さい頃から女好きだったのか。ご両親の苦労が忍ばれる。

「こほん。とまあこのように、諸星くんと下野くんみたいなミステリーに詳しくない人には到底思い付かないトリックのはずなんです」

 もっともエリカ先輩みたいに、ミステリーに詳しくてもラブドールの構造に詳しくなかったらどのみち気付けなかったトリックかもしれませんが、と苦笑混じりに注釈するぼく。

「逆説的に言えば、ミステリーに詳しい者こそが怪しいということになりますね。つまり──」

 言って、ぼくはとある人物をまっすぐ見据えた。


「犯人は、伊波先輩以外にありえません」


 みんなの視線がすぐさま一点に集中する。事件の犯人──伊波みやこ先輩に。

 そんな驚愕の視線の雨を浴びる中「は、はあ? 急になにを言ってるの……?」と声に動揺を滲ませながら、伊波先輩は作ったような苦笑を浮かべて言う。

「ミステリーに詳しい人が犯人なんて、推理にしてはお粗末すぎない? だいたい、どうしてあたしがミステリーを読んでいる前提になっているの? ちゃんと根拠はある?」

「伊波先輩、確か放送部でしたよね?」

 虚勢かどうかはわからないけれど、強気な姿勢を取る伊波先輩に、ぼくは問う。

「……そうだけど、それがなに?」

「放送部ということは、当然原稿を読む機会も多いはずですよね? だったら普段、すらすら文章が読めるように、よく小説を読んでいるんじゃないかと思いまして。その中にミステリーがあったとしても、別段不思議ではないかなと」

「……あ。そういえばみや姉、昔から推理小説とか好きだったよね? 今はわからないけれど、小学生の時によく図書室で謎解きの本とか借りていたし」

「優ちゃん……! どっちの味方なの……!?」

「ご、ごめんっ。つい口が……」

 伊波先輩に叱責されて、慌てて謝る小野田くん。でも、おかげで言質が取れた。

「はあ……。認める。確かにあたしはミステリーが好きだよ。けど、それがなに? それだけじゃあたしが犯人とは言えないでしょ?」

 小野田くんにミステリー好きをばらされて開き直ったのか、伊波先輩はせせら笑うように口端を歪める。

「だいいち、そのラブドールっていうのが本当に入れ替わったのだとして、じゃあ本物はどこに行ったの? まさか自然に消えたなんて言わないよね?」

「もちろん。というより、至って簡単な方法ですよ」言って、ぼくは窓際を勢いよく指差した。「犯人は、本物の凛奈ちゃんをそこの窓から落としたんです」

「待って由太郎」

 と、エリカ先輩が不意にぼくの話を遮った。

「確かに、それなら手間も時間もかけずに凛奈さんをこの部屋から出すことはできるけど、だからと言って三階からこんな二十キロ近くはありそうなものを落としたら、さすがに音が響いて真下の部屋の人に気付かれるわよ。あまりにリスキーだわ」

「下に深い茂みがありますし、そこまで大きな音は響かなかったと思いますよ。それと真下の部屋ならいつも夜にだれもいなくなるので、窓を開けて確認される心配はなかったんです。きっとあらかじめ調べていたんでしょうね」

「だとしても、その隣の部屋は? だれも気付かなかったってことはないでしょう?」

「ええ。少し前に一階まで行って話を伺ったんですが、落下音を聞いた人はちゃんといました。ただその人いわく、上の階から物が落ちてくるのはわりとよくあることみたいで、外に出て確認しようとまでは思わなかったそうです。おそらく一階にいた他の人も、同じ考えだったんじゃないかと」

「上からよく物が落ちる? どうしてよ? 窓の近くになにか置く男子が多いわけ?」

「いえ、そういうわけではなく。たぶん抜き打ち検査があった際に、とっさに見られては困る物を窓から捨てる人が多いんだと思います。たとえば、エッチな本とかエッチなDVDとかエッチなおもちゃとか」

「……わかった。もういいわ……」

 と呆れ返った表情で嘆息をつくエリカ先輩。ちなみにぼくと剛ちゃんは隠し場所を工夫しているので、寮監などに見つかる心配はない。思春期の男の子なら、日頃からこれくらいの対策はしておかないとね。

「……つまり、凛奈さんを窓から落としたあとに外まで回収しに行ったとしても、ほとんどの人は私物を取りに来たと思って、だれも気にする人はいなかったというわけね」

「はい。きっと同じ経験をした人もいるでしょうし、一階や二階の部屋にいた人も、あえて確認まではしなかったのではないかと」

 自分の女性の趣味を知られるのって、たとえ同性でも嫌なものがあるし。それが普段接点も少ない上級生となれば、なおのこと。

 まして、当時は夜。真下の部屋は電灯が点いていなかったはずだし、暗がりの中、茂みの奥に入った物体の正体を見分けるのは困難なはず。たぶん伊波先輩も、そこまで計算した上でこのトリックを実行したのではないだろうか。

「でも! でも! どのみち入れ替わったって証拠はないじゃない!」

 少しずつ追い詰められて焦りが出てきたのか、伊波先輩が語気を荒げながら言葉を継ぐ。

「本当に入れ替わったっていうのなら、本物の凛奈って子を見せてよ! じゃなきゃ信じられないっ!」

「それなら大丈夫です」

 憤る伊波先輩に、ぼくは真っ向から対峙して言う。

「だってもうすぐ、ぼくの心強い仲間がここまで連れて来てくれるはずですから」

「……は? なにを言って──」


「──待たせたな、ユタ」


 と、さながら助っ人として駆け付けてくれた戦友のごとく、剛ちゃんがドアを勢いよく開け放って、ぼくたちの前に颯爽と現れた。

 小脇に丸裸のラブドールを抱えながら。

「剛志!? あんた今までどこに……ていうか、その脇に抱えているのって……!?」

「ああ。正真正銘、本物の凛奈だ」

 驚愕するエリカ先輩に、剛ちゃんがぼくたちの元へと歩みながら質問に答える。

「剛ちゃん、お疲れさま」

「おう。さすがのオレも、これを抱えながら三階まで走るのはけっこう堪えたぞ……」

 言いながら、頬に流れた大粒の汗を手の甲で拭う剛ちゃん。体力自慢の剛ちゃんでも、ラブドールを抱えながら三階まで走るのは相当しんどかったみたいだ。

「ちょっと、どういうことかちゃんと説明しなさいよ。まあどうせ、由太郎が剛志に本物の凛奈さんを探すよう、前もって指示していたんでしょうけど……」

 大正解。他の人と違って、エリカ先輩は理解が早くて助かる。

「で、一体どこにあったのよ?」

「用具倉庫だ」

 エリカ先輩の問いに、剛ちゃんが凛奈ちゃんを床に下ろしながら答えた。

「用具倉庫……? 寮の裏手にある?」

「ああ。その場でバラバラにして運ぶだけの余裕と準備があったとは思えないし、まして解体もしないまま一人で遠い場所まで運べるはずがない──きっとこの寮の周辺にあると思うから、今すぐ探しに行ってほしいとユタに頼まれてな。それでオレだけ本物の凛奈を探していたというわけだ」

 どのみちオレくらいでないとこんな重い物をこのまま三階まで運べなかったと思うが、と一言付け加えつつ、剛ちゃんは「ふう」と息をついた。

「事情はわかったけれど……それよりあんた、まさか凛奈さんをそのままの状態で担いできたっていうの!?」

「もちろんだ。おかげで周りから奇異な視線を向けられて、ちょっと快感だった……」

「変態か! ちょっとは布で隠すとかしなさいよ!」

「バカを言え! そんなことをしたら、オレが気持ちよくなれないだろうがっ!」

「バカはそっちよ! このド変態っ!」

 ドン引きした顔で罵声を飛ばすエリカ先輩。運ぶように頼んだのはぼくだけど、まさか凛奈ちゃんを裸にしたまま持って来るとは。親友ながら将来が心配になる。

「それより小野田。確認してほしいのだが、これはお前の凛奈で間違いないか?」

「う、うん。正直、凛奈が入れ替わっていたなんて信じられない心境だったけれど、でも間違い。これは僕の凛奈だよ……!」

 本物の凛奈ちゃんを力強く抱きしめて、静かに涙する小野田くん。多少土とかで汚れてはいるけども、こうして五体満足に返ってきたのだから、泣くほど喜ぶのも無理はない。

「さて、これで入れ替えトリックが証明されたわけですが」

 と改めて伊波先輩を見据えつつ、ぼくは言葉を重ねる。

「なにか反論はありますか、伊波先輩?」

「……っ。い、入れ替わりそのものは認める。認めるけども──」

 一瞬悲しそうなに小野田くんを一瞥したあと、またすぐにぼくへと向き直って顔を凄ませた。

「あたしのアリバイはどうなるの? 事件のあった夜は、ずっと自分の部屋で勉強していたんだよ? それはどう説明する気!?」

「確かに、まだアリバイの問題が残っているわね。由太郎にはもう伝わっているでしょうけれど、女子寮の防犯カメラに伊波さんは映っていなかったし、外出記録にも名前は書いてなかったわ。そうなると女子寮から出るのは不可能だったはずよ」

「ああ、それもわかれば簡単なトリックですよ」

 簡単? と胡乱な眼差しを向けてくるエリカ先輩に、ぼくは「はい」と首肯した。

「だって、そもそも守衛室の前を通る必要なんてなかったんですから」

「は? 守衛室の前を通らないでどうやって寮から出るのよ? そばに守衛室がある正面口からでしか出入りができないのに。それともあんた、裏口から出たとでも言うの? あそこは錠前があるから、守衛さんが持っている鍵がないと入れないはずよ」

「だったらドア以外から出ればいいんですよ」

「は? だからなにを言って──」

 そこまで言ったあと、エリカ先輩はなにかに気付いたようにハッと目を見開いた。

「もしかして、一階の窓から……?」

 正解です、とぼくは軽く拍手を送った。

 正直、このトリックに気付けたのは、大場先輩から空き巣の話を聞けたからだ。出入りできるのはドアだけに限った話じゃないとわからなかったから、ずっと気付けないままでいたかもしれない。

 まあその空き巣騒ぎも実は内部犯──うちの生徒のだれかがやったことなんじゃないかって気もするけども。空き巣のせいにしておいた方が、学園側にとっても方々に波風を立てずに済んで都合もいいだろうし。

「ああもう、そういうことだったのね。あの時、由太郎があんな頼み事をしたのは」

 などと苛立たしげに髪を掻くエリカ先輩に「え、待って。一体どういうこと?」とみずきちが困惑した顔で疑問を発する。

「一階の窓って、廊下の方じゃないよね? さすがに目立ち過ぎるし。でも三年生の部屋の窓から出入りするのも無理なはずだよね? だって当然先輩がいるんだから」

「だから共犯がいたのよ。一階にいた三年生の中にね」

 共犯? と目を丸くする顔をするみずきちに、エリカ先輩は「ええ」と頷く。

「前々から打ち合わせしていた三年生の部屋に訪れて、窓から外に出たのよ。防犯カメラに映らないようにね。帰りも同じように窓から入れば、見事アリバイの完成ってわけ。ちなみに事件のあった夜、窓から人の話し声のようなものが聞こえたって、何人かの三年生が証言していたわ。おそらく、用具倉庫に置いてあった本物の凛奈さんの方も、あとでその三年生と一緒に回収するつもりでいたんじゃないかしら」

「あー。ユタが部長さんにした頼み事って、聞き込みの方だったんだ」

「ええ。由太郎にまんまと利用されたみたいで癪だけれど。ほんと、わかればなんてことのない単純なトリックだったわ。腹が立ちすぎてもう一度由太郎を叩きたい気分よ」

 えー……? ぼく、なにも悪くないのに……?

「と、とにかくこれでアリバイを崩せたわけなんですが、なにか言い分はありますか?」

「あ、ある! あるわよ、もちろん!」

 ぼくの問いかけに、伊波先輩は柳眉を逆立てて声を荒げる。

「さっきからどれも推論ばかりで、あたしが犯人だっていう決定的な物証はなにもないじゃない! どうしてもあたしを犯人にしたいなら、証拠を見せてよ証拠を!」

 犯人お決まりのセリフだなあ。まあ、そう言われるのは想定内だけど。

「みずきち、頼んであった映像はある?」

「えっ。あ、うん。男子寮の防犯カメラの映像記録だよね? スマホに撮ってあるよ」

 言いながら、みずきちはズボンのポケットからスマホを取り出し、ちょこっと指で操作したあと、液晶画面をこちらに向けた。

「この人でしょ? ユタが言ってた、事件当夜に帽子を目深に被って大きめのリュックを背負った人の映像って。確かに映っていたけど、名前がわからなかったから、外出記録を見てもだれかはわからなかったよ?」

 スマホで防犯カメラの映像の一部を見せるみずきちに「大丈夫。どうせカメラの前で書いた振りをしただけだろうから」と微笑するぼく。

「それになにより、この人こそ伊波先輩本人だしね」

 途端、皆一様にして目をしばたたかせた。

 この反応から察するに、同一人物には見えないと言ったところか。

「この人が、伊波先輩……? でもこの映像だと、男子の制服を着てるよ?」

「だれかに借りてきたんじゃないかな。もしくは、知り合いの卒業生から貰ってきたとか。なんにせよ、男子の制服を調達することくらい、別に難しいことじゃないよ。ようは、みずきちの逆バージョンみたいなものさ」

 みずきちほど完成度は高くないけどね。

 そこまで言ったぼくに、みずきちは「そっかあ」と納得の意を表した。

「なるほど。つまり変装していたということか。言われてもみれば体の凹凸も少ない方だし、男子の制服を着ていても違和感はなさそうだな」

「剛ちゃんの言う通り、まさに伊波先輩は男子に扮することで防犯カメラという難所を突破し、そうしてまんまと男子寮に侵入したってわけ。小野田くんがとある観賞会に毎週参加していて、事件当日の夜もこの部屋からいなくなるのを事前に知っていた上、合鍵すら持っていた伊波先輩なら、簡単にここまで来られただろうし」

「は、はあ? なに言っているのか全然わからないんだけれど? それにそれだと、まだ諸星くんが部屋の中にいた可能性だってあるじゃない」

「そんなの前もって調べておけばいいだけの話ですよ、それこそ水泳部のだれかに帰りが遅くなるような用事はないかどうかを密かに訊いておくとか」

「……っ。で、でもあくまでただの推理でしょ? だいたいこんな映像、一体なんの証拠になるって言うの? あたしと背格好が似ているだけのことじゃない」

「そうですね。確かにこれだけでは、決定的な証拠とは言えない」

「ほら、やっぱりただの推理でしかないじゃない。これでもう、あたしの容疑は──」

「ですが、この映像と同じ服とリュックが伊波先輩の部屋から見つかったとしたら、さすがに言い逃れはできませんよね?」

「──っ!?」

 ぼくの言葉に、伊波先輩は一瞬で押し黙った。

 その顔色は先ほどまで怒りで紅潮としていたとは思えないほど血の気が引いており、いかにも痛いところを突かれたといった様相だった。

「心当たりがありそうな顔をしていますね。まあ、燃えるゴミの日にはまだ遠いし、絶対どこかに隠してあると思ってはいましたけれど。それも身近な場所に」

 実際部屋の中を調べるのはエリカ先輩になるだろうけど。さすがに男子であるぼくや剛ちゃんが女子の部屋をあさるわけにもいかないし。

「そんな……。本当に伊波先輩が犯人なのか……?」

「っべー。なにも言い返せないってことは、マジで犯人ってことなんじゃね?」

「みや姉……」

 諸星くん、下野くん、そして小野田くんが揃って信じられないと言わんばかりの顔相で伊波先輩を見やる。中でも小野田くんの反応は顕著で、凛奈ちゃんを一旦床に寝かせたあと、伊波先輩の肩に両手を置いて詰め寄った。

「みや姉、なんとか言ってよ。どうして黙ったままでいるの? でないと本当にみや姉が犯人にされちゃうよ!」

「優ちゃん……」

「鹿騨くんはああ言ってるけど、本当は違うんでしょ? だってみや姉があんなひどいことをするはずがないもん。だから部屋の中を調べても、なにも問題ないよね? だって犯人じゃないんだから。そうでしょ、みや姉?」

「それは……」

 小野田くんの問い詰めに、伊波先輩は露骨に目線を逸らして口ごもる。

 犯人じゃない──その一言が言えないまま。

そうして重苦しく時間だけが過ぎようとしていた中、不意に伊波先輩がぼそぼそと呟きを漏らした。

「……? なんて言ったのみや姉?」

「──だって、優ちゃんがこの人形のことばかり構うから!」

 突然大声を張り上げた伊波先輩に、小野田くんは目を丸くして距離を取った。

「みや姉……?」

「優ちゃんが悪いんだよ。いつも凛奈が凛奈がって、あたしと二人きりでいる時にもあの人形のことばっかり話して! もううんざり! あんな人形、この世から消えちゃえばよかったのに!」

「じゃあ認めるのね? 自分が犯人だって」

「どうせあたしの部屋を調べられたら、すぐにわかることだし」

 エリカ先輩の問いに、不貞腐れたようにそっぽを向いて答える伊波先輩。

「みや姉が、本当に犯人……? でも、どうして……?」

「たぶん、嫉妬だと思うよ」

 嫉妬? と首を傾げる小野田くんに、ぼくは「うん」と頷いて、

「伊波先輩は小野田くんのことが好きなんだよ。それで凛奈ちゃんに嫉妬したんじゃないかな。凛奈ちゃんを小野田くんの前から消そうと思い詰めるくらいに」

「でもこれ、ものすごく高いよ? 僕だって必死にお金を貯めてようやく買えたのに、みや姉はどうやって購入したの?」

「それは、今まで使ってなかったお年玉だったり、お小遣いを前借りしてもらったり、たくさんバイトして頑張ったんだよ。実際に買ってもらったのは三年生の先輩……今回の件で協力してもらった人だけど。あたし、まだそういった物を買える年齢じゃないから」

「しかし、よく協力してくれましたね。もしかして、以前から小野田くんの件でよく相談に乗ってもらっていたとか?」

 ぼくの質問に、伊波先輩は依然として敵意を剥き出しにしながらも、無言で頷く。

「……その先輩とは同じ放送部で、あたしが入部した時からよくお世話になっていたけど、部活以外のことでもよく相談に乗ってもらったの。だから先輩なら、あたしの計画に協力してくれるんじゃないかと思って」

 ちなみに解体を手伝ってくれたのもその先輩、と続ける伊波先輩。なるほどなあ。それで共犯者を得たというわけか。一歩間違えたら停学どころか退学になっていた可能性もあるのに、ずいぶんと後輩思いの人だ。

「けどみや姉。それならそうとどうしてすぐ僕に言ってくれなかったのさ? そんなに凛奈のことが嫌だったのなら、僕も話題に出したりなんかしなかったのに」

「じゃああたしが不満を口にしていたら、優ちゃんはあれを使わないでいてくれたの?」

「いや、それとこれとは話は別っていうか……」

「やっぱり。名前を出されるのも嫌だけど、陰でこっそりあの人形と楽しくやっている姿を想像するのも嫌だったの」

「そんなことを言われても、凛奈と触れない時間なんて考えられないし……」

「なによ、凛奈凛奈って。そんなに気持ちいいことがしたいなら──」

 と、そこで伊波先輩は一拍置いたあと、一気呵成に己の想いをぶち撒けた。

「あんな人形じゃなくて、あたしとズッコンバッコンすればいいのにっ!」

 エリカ先輩が盛大にずっこけた。吉本新喜劇かな?

「……知らなかった。みや姉がそんなに僕のことを想ってくれていたなんて……。でも、いつから僕のことを?」

「……中学生の時かな。優ちゃんに初めて好きな女の子ができたって知らされた時、すごくショックを受けたの。それまでは弟みたいに思っていた優ちゃんが、急に遠い存在になったみたいで、すごく寂しくて悲しくて……。そうして気付いた時には、優ちゃんのことを一人の男の子として意識している自分がいたの」

「そう、だったんだ……。ごめん、みや姉。今まで全然気付いてあげられなくて……」

「ううん。いいの。あたしの方こそごめんなさい。こんなひどいことをしちゃって。謝って許してもらえるようなことでもないけど……」

「いいんだ、凛奈のことなら。確かにショックだったし、とても傷付いたけれど、そのおかげでみや姉の想いに気付くことができたから……」

「優ちゃん……」

「でも、僕なんかでいいの? 本当に僕と付き合って……いや、突き合っていいの?」

「うん。あたしは優ちゃんがいいの。優ちゃんと、合体したい……」

「みや姉!」「優ちゃん!」と互いの名前を呼び合いながら、ぎゅっと抱き合う二人。

 そうして恋愛映画のラストシーンのごとく、熱い抱擁を交わす二人を前にして、いつしかぼくたちは自然と拍手をしていた。ふと見たら、みずきちなんて目に涙を溜めていた。

 おめでとう、小野田くん。おめでとう、伊波先輩。二人共、どうか末永くお幸せに。

「いやおかしいでしょ!? なんでちょっと良い話みたいになっているのよ! トリックがやたら本格的だっただけで、結局ただの下ネタオチじゃない! 認めないわよ! こんなくだらないオチ、私だけは絶対認めないんだから!」

 エリカ先輩がなにか言ったような気がしたけど、聞こえなかったことにしておいた☆


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