第2話 イケメン男子は振り向かない(事件編2)
「名前は
東條先輩との顔合わせから二日後の昼休み。
ぼくたち恋部の一年生は、三年生のいる階層へと赴き、遠くの物陰から東條先輩の想い人である響谷先輩を眺めていた。
その響谷先輩ではあるが、今は自分の教室の前で、数人の男女と一緒に駄弁っていた。会話の内容までは距離があるせいでわからないけれど、見るからに陽気というか、いかにもリア充グループといった雰囲気があった。
「東條先輩が言っていた通り、今のところ付き合っている女の子はだれもいない感じだねー。それと響谷先輩と昔から親交のある人から話を聞いてきたんだけど、中学時代からずっと彼女がいないみたい。女の子の知り合いは当時から多かったみたいだけどねー」
「さすがはみずきち。相変わらず情報収集が早いな~」
「ふふ~ん。もっと褒めていいんだよ~?」
メモ帳を広げたまま得意げに胸を張るみずきちに、ぼくは素直な気持ちで「すごいすごい」と頭を撫でた。
女装男子という特殊な趣味をしているせいもあって、なにかと偏見を持たれそうなみずきちではあるが、その可憐な容姿と持ち前の愛嬌の良さもあって案外男女問わず親しまれており、上級生ですら顔が広かったりする。そのおかげもあって、色々な情報がみずきちに集まりやすいのだ。なので、みずきちほど情報収集に長けた人は、この学園にそうはいないだろう。
「にしても、確かにあれはすごくモテそうだね。遠目から見てもイケメンとわかるし。おのれイケメン滅ぶべし!」
「ユタ、自分がモテないからってイケメンに対する僻みは見苦しいだけだぞ? 比べるなら顔ではなく心の方だ」
「そうは言うけど剛ちゃん。男ならやっぱイケメンに生まれて女の子たちにちやほやされたいって思うじゃん? あわよくば乳繰り合いたいって思うじゃん!」
「でも響谷先輩、元バスケ部でいかにも陽キャラって感じだし、モテるのは顔だけじゃないんじゃない? ほら、実際周りにいる女の子も響谷先輩と話していて楽しそうにしているし。ボクもあんな感じのイケメンなら普通に好感持っちゃうな~」
「それは周りにいる女子があの顔に見惚れているだけだよ! イケメンなら話がつまらなくても許される風潮があるんだ! やっぱりイケメン死すべし慈悲はないっ!」
「ユタって、ほんとにイケメンが嫌いだよね……」
「諦めろ、みずきち。もはや手遅れだ」
呆れたように嘆息をつくみずきちに、剛ちゃんが身も蓋もないことを言う。
だってしょうがないじゃん。あいつらイケメンがいるせいで、本来こっちに回ってくるはずの女の子が全然寄ってこないんだから。世の中どうしようもなく不公平だ。
ちなみに剛ちゃんもイケメンな方ではあるが、剛ちゃんは生粋の硬派だからね。世にはびこるチャラ男どもとは器が違うのだ。いや、核から違うと言っていいくらいである。
やっぱ男なら好きな人に一直線でないと。それが自分の母親となると複雑な心境ではあるけれど、同じ男として見るなら、素直に憧れる。たまに国語担当の古手先生(御歳四十六歳)に見惚れていたりする時もあるけどね!
「で、これからどうするの? 一度試しにアタックしてみる?」
「いや、いきなりぼくらみたいな顔も知らない下級生が突撃するのはまずいと思う。警戒される心配あるし。ところで──」
言いながら、ぼくは響谷先輩の周りにいる人たちの顔を一人一人注視した。
「東條先輩が言っていた響谷先輩の好きな人ってだれ? あの周りにいる女子たちの中にいたりするの?」
東條先輩が言うような、地味な女子がいるようには全然見えないけども。
「あの中にはいないねー。というか、みんな見るからにパリピって感じだし」
「響谷先輩と同じクラスだから、きっと近くにはいると思うけど」
というみずきちの言葉に、ぼくはどうしたものかと腕を組んだ。
ぼくたちが今いる位置からだと、教室の中までは把握できない。真正面からじゃなくて、少し離れた通りの角から様子を窺っているからだ。
う~む。この際、思い切って近寄ってみるか? ちょっとリスクはあるけれど、顔くらいは見ておかないと色々と判断に困るし。
なんて思っていた矢先、
「あっ。あの人だよあの人! 東條先輩が言ってた地味子さん!」
本人には絶対聞かせられない呼称だなあと内心苦笑しつつ、みずきちが指差した方向を見やる。
件の地味子さんは、ちょうど教室から出るところだったようで、友達らしき女子と一緒にトイレのある方向──ぼくたちがいるところとは逆の方へ歩いていってしまった。
三つ編みの黒髪に、黒ぶちのメガネ。見た感じ、決して不細工というわけではないけれど、さりとて可愛いとも言えない容姿。服装も校則通りで目立った点はないし、まるで地味が服を着て歩いているような人だった。
そりゃみずきちも地味子さんって言いたくなるのもわかりますわ。あれは完全無欠の地味子さんですわ。いっそ色素薄子さんって感じですわ。
「名前は
メモ帳をパラパラと捲りながら、みずきちは地味子さん……もとい秋山先輩の説明を始める。
「人柄は見た通りって言った感じかな。特に特徴的なところもないし、目立った特技もなし。手芸部に入っているみたいだけど、部全体が細々と活動しているのもあって、文化系の中でも存在感は薄いみたい。家族構成も至って普通で、経済的にも極々平凡。まさに普通を極めたような人だねー」
普通を極めたような人……か。決して悪いことではないはずなんだけど、あそこまで行き着くとなかなかコメントに困るものがあるな。容姿にもそれ以外にも特徴のない人って、どう会話すればいいのかわからないものがあるし。少なくともぼくなら絶対ナンパしない相手ではある。
そんな秋山先輩ではあるが、今はもうトイレに入ったあとで、姿は見えなくなっていた。
はてさて、一方響谷先輩の反応はどうかと言うと──
「今、ちらっとだけ秋山先輩の方を見ていたよな?」
「あ、剛ちゃんも気付いた? ぼくもそう見えたよ」
「えー? ボクにはわからなかった~」
悔しそうに唇を尖らせるみすきち。まあ、みずきちはメモ帳の方に目をやっていたからなあ。こればかりは気付けなくても仕方がない。
「で、どんな感じだったの? 東條先輩が言っていた通り、恋する目だった?」
「オレはなんとも言えないな。傍目にはチラッと見ただけにしか見えなかった」
「うん。ただそばを通ったからなんとなく見ただけって感じだったよね」
しかしながら、どうにも腑に落ちない点がある。
条件反射的に秋山先輩を見た割には、若干上の空だったような気がしたのだ。
それこそ、視覚以外のなにかに集中していたかのように。
実際、秋山先輩がそばを通ったあと、響谷先輩だけ会話のテンポが若干遅いように感じられた。相変わらず声までは聞こえないけど、周りからなにかを指摘されたようで、苦笑を浮かべながら「なんでもない」と言わんばかりに手を振っているし。
はたして、これはどっちなのだろう? 秋山先輩に気を取られて、会話に集中できなかったのか。それとも、単に思考にふけっていただけなのか。
これは、一度エリカ先輩に意見を求めた方がいいかもしれない。ぼくたち三人では圧倒的に恋愛経験値が不足していて、そういった機微に疎い方だし。
そう思い、エリカ先輩に連絡を取ろうとしたところで、
「──精が出るな、お前たち」
突如、背後から聞こえきた男の声。
その久方ぶり聞く声に、ぼくたちは三人揃って後ろを振り返った。
「「「部長!?」」」
「もう部長ではないぞ、
部長──否。元部長である
さらさらの黒髪に、気品ある端正な顔立ち。メガネをかけているせいもあるかもしれないが、凛とした佇まいがいっそう理知的に見える。制服もすらっと折り目正しく着こなしており、優等生を絵に描いたような姿だった。
実際この人、この学園に主席で入学したそうで、今も変わらず学年トップを取っているらしい。しかも運動神経も良いらしく、非の打ち所がなかった。
これで性格の一つでも悪ければ劣等感を抱くこともないのだけど、先生方には模範的な生徒して信頼されており、また学年問わず紳士的に接してくれる態度から、この学園では完璧超人とも呼ばれている。イケメン嫌いなぼくでさえ、ここまでチート級のステータスを見せられると、嫉妬する気も失せるというものだ。
まあ大場先輩、これだけ完璧超人なのにそれを鼻にかけたりしないし、だれに対しても親切に接するから、どうしたって嫌いにはなれないんだよねえ。ぶっちゃけると、密かに尊敬していたりもするし。
「久しぶりですね、大場先輩」
「ああ。最後に会ったのは夏休み前に部活動だったな。あれから二ヶ月近く経つが、元気でいたか?」
「はい。ぼくだけじゃなく、みずきちと剛ちゃん……それにエリカ先輩も元気ですよ」
エリカ先輩の名を出した途端、大場先輩は少し寂しそうに「そうか」と声のトーンを落として微苦笑を浮かべた。
色々あったからなあ、大場先輩とエリカ先輩の間には。こんな表情になってしまうのも、正直無理はない。
まあ、ぼくたちが入部したせいでもあるんだけどね。二人の仲がこじれてしまったのは。
だからこそどうにかしてあげたいんだけど、こればっかりは説得して解決できるほど、簡単な問題じゃないからなあ。今のところ、時間が解決するのを待つのみである。
「大場先輩は、恋部を引退してから受験勉強に専念しているんだよね? 調子の方はどうなの?」
みずきちの質問に、大場先輩はすぐに明るい表情に戻って、
「今のところ特に問題はない。もっとも、私の目指している国立は難関だからな。それに特待生を狙うつもりでもいるから、これから精魂を入れて勉学に励むつもりだ」
「大変ですね、受験生って……」
「大変なのは私だけではないさ。受験生ならだれしも苦労していることだ」
そう語る大場先輩の顔は、口では苦労と言いつつも、そんな雰囲気を微塵も感じさせない晴れやかな笑顔を浮かべていた。
うーむ。つくづく立派な人だ。これだけしっかりした人なら推薦枠だって狙えたと思うんだけど、なんでわざわざ受験する道を選んだのかなあ。あまり裕福じゃない家庭だって聞いたし、受験費用とか節約できたはずなのに。なにか複雑な事情があったりするのだろうか?
「ところで、見たところ偵察中のようだが、少し目立ち過ぎていないか?」
「……? 目立ち過ぎとは、どういう意味だ……ですか?」
慌てて敬語に直す剛ちゃん。基本、年上でもタメ口な剛ちゃんではあるが、尊敬している人やとてもお世話になっている人にはちゃんと敬語も使う時もあるのだ(若干崩れているけど)。
相変わらずだな園田、と剛ちゃんの口調に苦笑しつつ、大場先輩は言葉を続ける。
「さっきの質問に対する返答だが、お前たち見慣れない下級生が三年生のいる階層に三人もいたら、さすがに目立つだろう。いくら物陰に隠れているとは言ってもそばに階段があるし、たまたま通りがかった先生方に不審に思われる可能性もあるぞ」
大場先輩の忠告に、ぼくは「あっ」と思わず声をこぼした。
言われてもみればその通りだ。もう探偵活動を始めて半年近く経つのに、我ながら少し迂闊だった。せめて剛ちゃんかぼくだけでも違う地点で様子を見るべきだったかも。そうしたら、目標を見失うリスクだって減らせるし。
「それと三人共、同じ方向を一直線に見過ぎだ。あれでは響谷を監視していると言外に教えているようなものだぞ」
「えっ。そこまでわかるんですか!?」
確かにちょっと見過ぎだったかもしれないけど、それでも響谷先輩以外にも人はいるのに、まさか一発で見抜かれるなんて……。
しかも、響谷先輩のことまで知っていたなんて。同じ三年生だし、たまたま知っていただけかもしれないけれども。
「これでも恋愛探偵部の元部長だぞ? それくらいは見ればなんとなくわかる。目は口ほどに物を言うというやつだ」
「お~。さすがは大場先輩。ボクたちよりも、よっぽど探偵みたい~」
「オレたちとは年期が違うというか、格から違うと言った感じだな」
ぼくもそう思う。エリカ先輩が憧れるわけだ(今は違うみたいだけど)。
「なんにせよ、調査するならもう少し慎重に動いた方がいいぞ。まあお前たちの活躍を聞く限り、それなりに成果を出してはいるようだが」
「エリカ先輩にはしょっちゅう叱られていますけどね」
「あはは。西園寺らしいな。まあお前たちはお前たちなりに頑張っているんだ。その点はきっと西園寺も認めているはずさ。決して口には出さないだろうけどな」
はたして、本当にそうだろうか? あんまり想像できないなあ。
「おっと、少し話し込み過ぎたか。そろそろ職員室に行かねば」
「あ、もしかして用事でもあったんですか?」
「まあな。では、私はこれで。お前たち、息災でな」
「あ、はい。大場先輩も、お体にはくれぐれもお気を付けて」
「バイバイ、大場先輩~」
「アドバイス、感謝っす」
ぼくたちの言葉に、大場先輩は最後ににこりと微笑みかけて、そのまま踵を返して階段を下りていった。
久しぶりに大場先輩と会ったけど、元気そうでなによりだ。ぼくたちは応援することくらいしかできないけど、希望する大学に無事合格してほしいものだ。
はてさて、人のことばかり応援している場合じゃない。ぼくたちも探偵活動の途中だったし、響谷先輩の偵察に戻らないと──
「君たち、さっきからそこでなにをしてるの?」
「「「うわーっ!?」」」
突然背後から話しかけられ、ぼくたちは驚愕の声を上げて飛び退いた。ぼくなんて驚くあまり、腰を抜かして廊下にへたり込んでしまったくらいだ。
いやだって、偵察対象である響谷先輩がいきなり話しかけてくるとは思わなかったんだもん。そりゃ腰も抜かすよ……。
「ご、ごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど……。あ、これ、君のスマホだよね? さっき下に落としていたよ?」
「あ、ありがとうございます……」
響谷先輩からスマホを受け取り、戸惑いながら礼を言うぼく。どうやらさっき驚いた拍子にスマホを落としてしまったようだ。恥ずかしいところを見られちゃった……。
「可愛いね、その子」
「…………?」
響谷先輩が指差したストラップに、ぼくははてなと首を傾げた。
「もう、ユタ。いつまで廊下に座っているの? ほら、お尻が汚れちゃうよ?」
「あ、うん」差し出されたみずきちの手を取って、ぼくはゆっくり立ち上がる。
そうして改めて向かい合わせになったところで、響谷先輩は「それで話は戻るけど」と口を開いた。
「君たち、ここでなにをしていたの? ちょっと前から僕たちの方をずっと見ていたようだけど?」
やっべ。完全にバレてる……。
「……あの、ちなみにそれっていつから気付かれていました?」
「気付いたのは僕じゃないけど、周りにいる子が少し前から君たちの視線を感じていたみたいだよ。階段の方からだれかにジッと見られている気がするって」
うっ。慎重に行動していたつもりだったのに、そこまでバレていたとは。大場先輩にも指摘されたけれど、自分たちが思っていたより割と迂闊な行動を取っていたようだ。
「ごめんね、響谷先輩。ボクたち、ちょっと大事な用があっただけで、嫌な気分にさせるつもりじゃなかったんです~」
叱られた子犬みたいに目をウルウルさせて謝るみずきちに、響谷先輩は「あ、いや、別に怒りに来たわけじゃないから」と慌てて首を振った。
「ここに来たのも、たまたま先生に頼まれ事をされていたのを思い出して通りがかっただけだから。でも、大事な用ってなに?」
「ボクたち恋愛探偵部の部員なんだけど、ちょっと響谷先輩のそばにいた女の子に用があって、それで遠くから眺めていただけなんです~。だから、このことは黙っていてもらえませんかー? 依頼してきた子も秘密にしたがっていることだから~」
「あ、そうなんだ。じゃあ恋愛絡みってことかな? うん、だったら部外者は黙っていた方がいいね」
さすがはみずきち。すっかり響谷先輩を口車に乗せている。前々から口が上手くて愛想も良い方だったけれど、こういう機転の利くところは素直に感心してしまう。
「で、そっちの用はよかったのか? 先生に頼まれ事があるとか言っていた気がするが」
剛ちゃんの質問に「あ、そうだった」と響谷先輩は手を叩いて、ぼくらの横を通り過ぎた。「じゃあ僕はこれで。部活動、頑張って」
そう爽やかに告げたあと、響谷先輩は足早に階段を下りていった。
響谷先輩の後ろ姿を見送ったあと、ぼくたちは同時に「ふう~」と安堵の息を吐いて、
「……危うく、もう少しで偵察しているのがバレるところだったな」
「うん。マジでみずきちに感謝だよ。ナイスフォロー、みずきち」
「ボクも内心冷や冷やだったけどね~」
その言葉を証明するかのように、みずきちの額に若干汗の粒が滲んでいた。ぼくもかなり焦ったし、気持ちはよくわかる。もしもこれでぼくたちの本当の目的を知られていたら、エリカ先輩にぶん殴られていたかもしれないからだ。
あの人、見た目通り直情的というか、怒りが臨界点を超えるとすぐに手が出るタイプだからなあ。まあ頬を膨らませて怒るエリカ先輩も、あれはあれで可愛いけれど。
「で、これからどうするの? 今からでも響谷先輩のあとを追う?」
「そうだな。今のところなにも収穫もないし、少しは情報がほしいところだな」
そんな会話をするみすきちと剛ちゃんに、ぼくは「待った」と制止をかけた。
「響谷先輩を尾行する前に、ちょっとだけ確認しておきたいいことがある」
「? 確認したいってことって?」
小首を傾げるみずきちに「あくまでも推測でしかないけど」とぼくは前置いて、
「もしかすると響谷先輩は──……」
その先を紡いだぼくの言葉に、みずきちも剛ちゃんも揃って眉をひそめた。
「……その仮説が正しかったとして、依頼の件となんの関係があるんだ?」
「そうだよね。秋山先輩とはなにも関係ないような気がするんだけど?」
「それを今から確かめるんだ。タイミングの良いことに、秋山先輩も戻ってきたところだしね」
視線を響谷先輩がいた教室の方へと視線を移して、ぼくは一歩足を踏み出す。
確証があるわけじゃない。でも東條先輩から聞いた人物像やみずきちから得た情報、そしてこれまでの響谷先輩の挙動を見て、閃光のようにひらめくものがあったのだ。
そのひらめきを確信に変えるためにも、どうしても秋山先輩に会う必要がある。
当の秋山先輩は、一緒にトイレに行った友達と談笑しながら元いた教室へと向かっていた。こうやって歩いている姿を真正面から改めて観察すると、隣にいる友達も含めてモブキャラのようにしか見えない。それもセリフ一つもない、背景キャラと言った感じ。
けど、そんな地味な彼女でも、響谷先輩にとってはすごく魅力的な女の子なのかもしれないのだ。
その答えが、もうじき判明する。
「……あのー、秋山先輩。ちょっといいですか?」
先手必勝──というか開口一番。秋山先輩が教室に入ろうとしたその手前で、ぼくは小走りに駆け寄ってそんな風に呼び止めた
対する秋山先輩はというと、突然目の前に現れた見知らぬ下級生に、横にいる友達と顔を見合わせて困惑の表情を浮かべていた。
うん。普通はそうなるよね。下級生とはいえ、よく知らない奴から名前で呼び止められたら、だれだって困惑する。
とはいえ、ここで一目散に逃げられでもしたら元の木阿弥だ。とりあえず先に警戒を解いてもらわないと。
「すみません、いきなり声をかけたりして。ただ、以前ぼくの落し物を拾ってもらったことがあって、それでどうしても直接お礼が言いたかったんです」
もちろん、これは嘘だ。秋山先輩みたいな真面目そうな人なら、普通に落し物を拾って先生や持ち主に届けていそうだし、仮にこれまでなにも拾ってこなかったとしても、同じ名字の人と勘違いしたとでも誤魔化せばいい。
ぼくの目的はただ一つ……秋山先輩と話すことにあるのだから。
果たして秋山先輩は、すっかりぼくの言葉を信用したのか、猜疑に満ちた面持ちからにこやかな笑みへと様変わりさせて、おもむろに口を開いた。
「もしかして、あの時拾ったハンカチの持ち主さん? そっか、無事届いたんだね~。よかった~」
その瞬間。
バラバラだったパズルのピースが、すべてぴったり揃ったような気がした。
「なるほど。やっぱり……」
「え? なにか言った?」
「ああ、いえ。本当にありがとうございました」
「ううん。わざわざお礼まで言いに来てくれて、こちらこそありがとう」
などと適当に会話を切り上げて、ぼくは早々にその場をあとにする。
そうして、みずきちと剛ちゃんのいるところに戻りながら、
「──謎はすべて解けた」
と、名探偵のようなセリフを呟いた。
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