第1話 イケメン男子は振り向かない(事件編1)
「つまり、こういうことだったんですよ」
放課後の部室──向かい合わせになっているソファーの上で、ぼくは優雅に足を組みながら慇懃に言葉を発した。
「今まで
「そ、それは?」
正面に座る篠崎先輩が、野球部らしい坊主頭からだらだらと汗を垂らしながら、固唾を呑んだ様子でぼくを見つめる。その隣に座る真壁先輩は、この部室に来てからずっと機嫌が悪そうに憮然とした表情で顔を横に逸らしつつ、されど内心の焦りを隠すように肩先まである茶髪の毛先を忙しなくいじっていた。
そんな二人を視界に入れつつ、ぼくは名探偵さながら真壁先輩をビシッと指差して、こう言い切った。
「それは、真壁先輩が真症のドMだったからです!」
「な、なんだってー!?」
驚愕の声を上げる篠崎先輩。そりゃ半年も付き合っていた彼女が真症のドMだったなんて知ったら、驚くのも無理もない。
「いやでも、
「そのへんはちゃんと調査済みです。だよな、みずきち?」
「もちろんだよ、ユタ☆」
ぼくの問いかけに、幼なじみであるみずきち──もとい
「真壁先輩って周りにはツンツンキャラで通しているみたいなんだけど、あくまでもそれは関係の薄い人の前だけで、基本的にはMキャラなんだって。特に大好きな彼氏の前では純情な雌犬キャラに変貌しちゃうらしいですよー。真壁先輩の友達とか元カレから聞いた話だから、たぶん間違いないんじゃないかな~」
「雌犬……? そんなまさか……だって俺の前では一度もそんな風になったことはないぞ……?」
「それは今まで付き合ってきた彼氏に何度かドン引きされたからですねー。けっこう過激なことを要求されたみたいですよー?」
「か、過激って、具体的にはどんな……?」
「えっと、緊縛プレイとか、激しめのやつだと公園で露出プレイとか。あ、露出プレイは言わずもがな真壁先輩の方ね。彼氏さんはビデオカメラで撮影するだけ~」
「…………」
篠崎先輩、絶句。気持ちはわかるよ。ぼくもこの話をみずきちから聞いた時は言葉も出なかったもん。
「……待ってくれ。まだ信じられないが、百歩譲って美野里がドMだったとしよう」
時間を置いたことで少しは落ち着きを取り戻してきたのか、真壁先輩はソファーの背にもたれて、重々に口を開いた。
「だけど、それで美野里が俺につれなくなった理由にはならないだろ。元からつれなかったのならともかく、途中からこうなったんだぞ? 最初は普通に優しかったのに」
「それは、オレから説明しよう」
と、それまでぼくの横に立っていた
「そもそも、単純な理由なんだよ。真壁先輩が篠崎先輩につれなくなったのなんて」
「……どういう意味だ? というかその前に、先輩に対してタメ口はどうなんだ?」
「すいません先輩。剛ちゃんは昔から敬語が苦手なだけで、別に敬意を払っていないわけではないですから……」
なんて苦笑混じりに弁護したぼくに、篠崎先輩は「ふん」と鼻白みながらも先を促すように顎を上げた。どうにか怒りを収めてくれたみたいだ。
「話を続けよう。さっきも言った通り、これは単純な理由だったんだ。なぜなら、真壁先輩はドMなんだからな」
「だから、それがなんの理由になるんだよ?」
「ドM──つまり、日頃から刺激を求めていたってことだ。だったら、真壁先輩がつれなくなった理由なんて、おのずとわかるだろ?」
いっとき戸惑いを見せるように眉根を寄せる篠崎先輩だったけれど、やがて言葉の意味がようやくわかったのか、十秒ほど間を置いたあとに「……ああ!」と声を上げた。
「……もしかして、美野里は俺に辛く当たってほしかったのか……?」
おずおずと訊ねた篠崎先輩に、それまでずっと顔を背けていた真壁先輩は、体を小刻みに震わせたあと、勢いよく恋人の方へと振り返った。
「そうよ! 今までずっと冷たくしてきたのに、篠崎くんったら全然なにもしてくれないんだもの! わたし、寂しかった!」
「だって、わかんねぇよ。お前がドMだったなんて知らなかったし……」
「……言えないわよ、自分の特殊な性癖なんて。それで今まで付き合ってきた彼氏とも気まずい関係になってきたんだから……」
と、暗い表情で語る真壁先輩。まあ経緯が経緯だし、自分から性癖を明かす勇気なんてなかったに違いない。
「じゃあ、本当にドMなんだな……」
「うん……。本当はこのまま秘密にしようかと思ってもいたんだけど、どうしても我慢ができなくなっちゃって……」
「だから、途中でつれなくなったのか。俺にドMだと気付いてもらうために……」
「結局、全然気付いてくれなかったけどね。いくら冷たくしても、篠崎くんったら優しいままなんだもの。困っちゃったわ」
「……すまん。単に俺の方に問題があったのかと思って……」
「謝らないで。悪いのはわたしなんだから。それに幻滅したでしょ? こんなドMのわたしなんて……」
「そんなわけあるか!」
涙目で自嘲する真壁先輩に、篠崎先輩は即座に否定してその手をぎゅっと握った。
「これくらいで俺が嫌いになるわけないだろ。逆にほっとしたよ。美野里が俺のことを嫌いになったわけじゃないとわかって」
「ほんと? わたし、ドMの変態なのに……?」
「ああ、本当だ。むしろ、美野里の新しい一面を知れて嬉しいくらいだ」
「篠崎くん……。わたしも嬉しい。こんなわたしのことを認めてくれて……」
頬に零れた涙を指で拭いながら、真壁先輩は心底幸せそうに微笑んだ。
「でも、ワガママを言っていい? どうせなら、メスブタを躾けるように同じようなセリフを言ってほしいの……」
「美野里……。わかった、俺も覚悟を決める!」
言って、篠崎先輩は深呼吸を繰り返したあと、意を決したように真壁先輩の肩をソファーの背にドンと勢いよく押し付けた。
「おいメスブタ。さんざんこの俺を困らせやがった上に、ずいぶんと舐めた真似をしてくれたな。お前みたいなメスブタは、俺がボロ雑巾になるまで調教してやるよ」
「はいぃ! ご主人様ぁ、どうかわたくしめをボロボロになるまで飼ってください!」
「おいブタ! ブタの分際で人語を使ってんじゃねえよ!」
「ブヒイイイイイイイイ! ブヒイイイイイイイイイ!」
篠崎先輩の恫喝に、恍惚とした表情でブタの鳴き声を上げる真壁先輩。
ほんまもんや。このお方、ほんまもんのドMやでぇ!
「おらブタ。お世話になった皆さんに礼を言え。床に手を付きながらな」
「お世話になりましたブヒィ! 本当にありがとうございましたブヒィ~!」
言われた通り四つん這いになって感謝を伝える真壁先輩に、ぼくも「いえいえ」と笑顔で応える。
どうでもいいけど、篠崎先輩、さっきから手馴れ過ぎじゃね? もしかして、秘められていたドSの才能が今回の一件で目覚めてしまったのだろうか。だとしたら、ますますお似合いのカップルになっちゃったな。いや、良いことなんだろうけども。
「俺からも礼を言うよ。恋愛探偵部に相談してみて本当によかった」
「またなにかあったらここに来てください。恋愛に関する謎だったら、ぼくたちがなんでも解決しますから」
「ああ、そうさせてもらうよ。よしブタ。このまま教室まで帰るぞ」
「ブヒィ~! ブヒィ~!」
篠崎先輩の命令に、依然としてブタの真似をしながら部室のドア(むろん四つん這いになったままで)へと向かう真壁先輩。
そうして二人は、変態的なプレイを継続したまま、二人仲良く部室から出ていった。
うん。特に止めはしなかったけれど、あのまま教室まで帰ったら大騒ぎになるのではなかろうか。それ以前に、通りがかりの先生に見つかった時点でアウトな気もするけれど。
「ん~。なんとか今回も無事に解決できてよかったよね~」
篠崎先輩と真壁先輩が退室したあと、みずきちが肩の凝りを取るように両腕を伸ばしたあと、そんな感想を漏らした。
「今回、一番働いたのがみずきちだしな」
「ほんと、剛ちゃんの言う通りだよ~。あちこち聞き込みをしたおかげで足も疲労でパンパンだし」
「お疲れさま、みずきち。剛ちゃんも剛ちゃんで、ぼくの推理を補填してくれたし、みんなのおかげで解決できたと言っても過言ではない依頼だったね」
「ああ。この三人のチームワークがあってこそだな」
「うんっ。やっぱりボクたち三人は最強のチームだよね♪」
「「「あっはっはっは~」」」
「って、おかしいでしょうがああああああああああああああっ!」
と。
それまでずっとぼくの後ろ──部室の奥にあるデスクで黙して座っていた美少女が、バンっと荒々しく卓上を叩いて怒号を飛ばした。
この恋愛探偵部の部長で、ぼくらより一学年上の先輩でもある。ちなみに恋愛探偵部はぼくたち以外にエリカ先輩を入れて四人しかいないので、実質唯一の上級生というわけだ。
腰まで届く綺麗な金髪。他の色は一切混じっておらず、陽光が差し込む中で金糸のように美しく煌いている。なんでもお父さんが日本人と欧米人のハーフらしく、その血が金髪碧眼という形で色濃く遺ったのだとか。顔付きはどちらかと言うと日本人寄りで、やや吊り目がちではあるけれど、顔のパーツがほぼ完璧に整っているせいか、逆に愛らしく見える。
首には幼少の頃に父親から貰ったというイルカの形のネックレスを下げており、そこもまた見た目に反した可愛いらしさをそこはかとなく醸し出していた。
そして体のラインは欧米らしく煽情的で、正直グラビアアイドルと遜色ない──いや、そんじょそこらのアイドルよりもエリカ先輩の方がよっぽど勝っていると言っていいくらいのスタイルだ。顔も含めたら、一躍トップアイドルになれることだろう。
それくらい、非の打ちどころがないほどの美少女なのだ、エリカ先輩は。
そんな見た目は完璧なエリカ先輩だからこそ、ぼくのようにベタ惚れしている男がいたとしても、なんらおかしなことではない。スタイル抜群の美少女が嫌いな男なんてこの世にいるはずがないのだ。
はてさて、そろそろ話を戻そうか。
「急にどうしたんですかエリカ先輩。そんな大きい声を出して」
「叫びたくもなるわよ!」
バンッ! と再度デスクを叩いて憤怒するエリカ先輩。相変わらず感情表現がストレートな人だなあ。
「逆に、あんたたちはなんでそんなに平然としていられるのよ! あんな変態プレイを見せられたっていうのに!」
「変態プレイって、篠崎先輩と真壁先輩のことですか? んー、そこまで変態的だったかなあ?」
「ボクはなんとも思わなかったけどねー。あれくらい、別に普通じゃない?」
「オレも同じ意見だな。むしろ喜ばしいことなんじゃないか? 今回の件であの二人の愛もさらに深まったのだからな」
「そうだった……。こいつらも頭がおかしいんだった……」
めちゃくちゃ失礼なことを面と向かって言われた。なんだかさっきから機嫌が悪そうだけど、もしかして「女の子の日」なのかな?
「失礼しちゃうなー。普段からボクたちをそんな目で見てたの?」
「当たり前でしょ!」
頬を膨らませて可愛らしく憤るみずきちに、エリカ先輩は被告を追い詰める検察官のようにビシッと指差した。
「瑞樹! 前々から言おうと思っていたけど、その格好、なんとかならないの!? ズボンはともかく、なんで女子用のブラウスなんて着てるのよ!」
「なんでって、可愛いからだよ? 実際、似合っているでしょ?」
「そういう問題じゃない! あんた男でしょうが! 由太郎や剛志みたいにカッターシャツを着なさいよ! しかも初対面の時からずっとツインテールだし!」
エリカ先輩の怒声に、みずきちは「え~。カッターシャツは可愛くないからヤダ~」といかにも不満そうに唇を尖らせた。
そうなのだ。見た目は可愛い女の子にしか見えないみずきちではあるが、その実、立派な男の子なのである。
いや、この場合は男の娘と言うべきか。実際みずきち本人も、そう呼ばれたがっている節があるし。
そんなみずきちではあるが、別に女性になりたいわけではないらしく、女装は単なる趣味なのだとか。みずきちと初めて会ったのは五歳くらいの時だけど、その頃から女の子みたいな格好をしていたので、本当に趣味なんだと思う。
ついでに、そこまでやっておいてなぜスカートを穿かないのかという疑問に答えておくと、みずきち曰く「だって冬は寒いし、それに男の子のモッコリを通りがかりの人に見せるわけにはいかないでしょ?」ということらしい。うん、これに関しては懸命な判断だと言わざるをえない。いくら見た目が可愛くても、男のモッコリなんて見たくもないし。
「みずきちの女装趣味は元からだ。それこそ、幼い頃からのな」
と、責められるみずきちを見て放っておけなくなったのか、剛ちゃんが口を挟んだ。
「そもそも、校則に違反しているわけでもないんだ。昨今は男女平等という言葉も当たり前のように言われている時代だし、そう目くじらを立てるようなことでもあるまい」
「うっさい! 校則とかそういう問題じゃなくて、常識とか周りの目をもっと気にしてほしいって話をしているのよ! あんたたちがおかしな行動を取ると、部長の私まで変な目で見られてしまうんだから!」
がなりながら、エリカ先輩は次に狙いを澄ますように剛ちゃんを指差した。
「だいたい、私からしてみたらあんたも同罪よ! この熟女好きのドMが!」
「おっふ……。部長、なかなか良い罵倒をするじゃないか……!」
エリカ先輩の叱責に、剛ちゃんは恍惚とした表情で身震いした。
エリカ先輩の言った通り、剛ちゃんは熟女好きのドM──つまり、正真正銘の変態だ。しかもかなりの筋金入りで、その昔、剛ちゃんの家に遊びに行った際、女王様みたいな格好をした熟女にずっと鞭で打たれ続けるというDVDを偶然発見してしまったくらいにガチである。
ちなみに剛ちゃんがみずきちを庇ったのは、決して仲間を守るためとかではなく、代わりに罵倒されたかったとか、そんなしょうもない理由からだろう。長年の付き合いだからこそ、わざわざ訊かなくてもこれくらいのことは自然とわかる。
さすがは剛ちゃん──篠崎先輩の件で意見を聞いた時も頼りにさせてもらったけど、ここまでMに精通している人は他に見たことがない。まあ、そこまでMな知り合いがいるわけじゃないんだけどね!
「惜しむらくは、部長がまだ若過ぎる点だな。あともう二十年くらい歳を取ってくれていたら最高だったのだが……」
「変態! 変態!」
少し物足りなさそうに溜め息をこぼす剛ちゃんに、声を荒げてツッコミを入れるエリカ先輩。けどそれ、剛ちゃんみたいなMにとっては逆効果でしかないんだよなあ。
「でも一番変態なのは、あんたよ
「えっ。ぼく?」
まさかの指摘に、ぼくは自身を指差して目をしばたたかせた。
「ぼくのどこが変態だって言うんです? こんないかにも人畜無害そうな男の子だというのに」
「どこがよ! さっきから私の胸ばかり見ているくせに!」
バレてたああああああ!?
「え!? なんでどうして!?」
「そんな充血した目でチラチラ見られていたら、だれだって気付くわよ!」
なん、だと……? じゃあ今までエリカ先輩のブルンブルンに揺れる巨乳を密かにチラ見していたのも、とっくに気付かれていたかもしれないということなのか……?
「ふっ。ぼくもまだまだ修行が足りないな……」
「視姦の修行なんてするんじゃないわよ! ただでさえ、変なストラップをスマホに付けているせいで犯罪者感が増しているんだから!」
「変なストラップじゃないですよ! これは『アイドルライブ!』というアニメに出てくる最高の嫁、その名も
「だから、そういう気持ち悪いことばかり言っているから、余計に犯罪者っぽく見えるのよ!」
「気持ち悪いとは失礼な! 確かにニチアサの幼女向けアニメなのに、ぼくみたいなオタクにも大人気な作品ですけれど、キャラ一人一人が可愛いだけでなくストーリーも奥深くて全体的にクオリティーが高いんです! 特にさっき説明した蜜柑さんがぼくの一押しで、金髪でムチムチボインなところがたまらないんです! エリカ先輩に似ていて!」
「キモっ! じゃああんた、私に似たキャラを今までずっと愛でていたってこと!?」
「もちろんです! ぼく、エリカ先輩のこと大好きですから! そりゃもう、毎晩蜜柑ちゃんの顔を撫でてはあれやこれやそれや……うへへへへへへ~♪」
「ひいぃ!? 目の前でストラップに頬擦りしないでよ! 鳥肌が立つ~っ!」
おっと、いけない。蜜柑さんもといエリカ先輩への愛が強いあまり、つい人前で頬ずりしてしまった。愛は自制が利かないものだからね。仕方がないね。
でもそんな愛も、今みたいにエリカ先輩に引かれるばかりで、全然向こうに伝わってくれないんだよなあ。どうしてなのかな、こんなに好きだって主張しているのに……。
「ああもう、なんでこんな変態どもがこの部にいるのかしら……。先輩に託された伝統ある部活だっていうのに……」
「でもエリカ先輩、ここってぼくたちが入る前から二人しかいなかったですよね? あのままだといつか廃部するのも時間の問題だったように思うんですけど」
「他の部活みたいにだれでも入れるわけじゃないのよ、この恋愛探偵部は」
あんたもよく知っているはずよ、とエリカ先輩はぶっきらぼうに答えて、溜め息を吐きながら椅子に腰を下した。
恋愛探偵部。
通称、
先ほどから何度も出ている言葉なので既に察しは付くと思うが、ぼくたちが現在所属している部活の名だ。エリカ先輩の言う通り伝統ある部活らしく、ここ、
主な部活内容は、相談者からの恋愛に関する謎や事件を解き明かすこと。先ほどの篠崎先輩の件を例にするなら、急に態度が冷たくなった恋人の謎を解明するのが、ぼくたち恋部の仕事だ。
今でこそぼくたちが入部して部員が四人もいるが、最初に来た時はエリカ先輩と今年の夏休み明けに引退した先代の部長の二人しかいなかった。つまりぼくたちがいなかったら、実質エリカ先輩一人の部活になっていたというわけだ。
たださっきエリカ先輩も口にした通り、入部希望であればだれでも入れるというわけではなく──
「恋部はね、昔からその代の部長から出される試験に合格しないと入部できない決まりがあるのよ。あんたたちも、四月の時に先輩から試験を出されたでしょ?」
「あー。そういえばそんなこともありましたね。あの時は大変だったなー」
「リアルに謎解きなんて初めての経験だったしね~」
「オレたち三人の連携がなければ合格は不可能だったろうな」
ぼくの言葉に同調する形で、みずきちと剛ちゃんも当時の感想を述べる。
今が九月下旬だから、あれから五ヶ月近く経つのかー。時が経つのは早いものだ。
「じゃあエリカ先輩も当然その試験に受かって入部したってことですよね? 他の人はいなかったんですか?」
「入部希望者自体は他にもいたけれど、合格したのは私だけね。部長によって出される試験は異なるけど、そんな簡単にクリアできるほど、恋部は甘くないわ」
「でも、それって変じゃない? ボクたちはどうにか入部できたけど、それだけ難しい試験が昔から出されていたのなら、普通は部員不足で困るものじゃないの?」
みずきちの疑問はもっともだ。実際ぼくたちが来る前は、エリカ先輩と元部長の二人しかいなかったのだから。
今までは特に疑問にも思わなかったけれど、こうして改めて考えてみると、不思議な話である。部員募集のポスターすら、未だにどこにも見かけないくらいだし。
「確かに部員は少ないし、実際、何度か廃部になりかけたこともあったらしいわ。それでも廃部にならなかったのは、今まで築き上げてきた実績があるからこそ──絶えず恋部を求めている人がいたからこそ、今日まで存続できたのよ。だから無能な部員のために、その輝かしい歴史を汚すわけにはいかないの」
「だから歴代の部長たちも、あえて試験を出して有能な人材だけを集めようとしたってことか?」
剛ちゃんの問いに、エリカ先輩は「でしょうね」と首肯した。
「幸い、恋部に憧れを抱いて入部しようとする人が昔から多かったみたいで、入部希望者には困らなかったのよ。だからこれまで、どうにか廃部にならずに済んでいたのでしょうね。実際、恋部の噂を聞いてこの桜陽学園に入学する人もいるくらいだし」
たとえば私みたいにね、と誇らしげに胸を張るエリカ先輩。
へえー。外部に噂が広まるくらい、恋愛探偵部って有名なところだったのか。全然知らなかった。
そもそも恋愛探偵部という存在自体、エリカ先輩と知り合いになるまではまったく聞いたこともなかったしなあ。正直ぼくが恋部に入ろうと思ったのも、エリカ先輩に一目惚れしたからだし。我ながら邪な志望動機である。
とはいえ、こうして入部したからには、是が非でもエリカ先輩と恋人関係にならないとね。みずきちと剛ちゃんにも協力してもらっているわけだし。
「なるほど~。部員募集のポスターがどこにも貼られていなかったのも、元からその必要がなかったからなんだねー」
「ええ。募集なんてするまでもなく、向こうの方から勝手に来てくれるもの。あんたたちもそうだったようにね」
もっとも、とエリカ先輩はそこで言葉を区切って、胡乱げにぼくたちを見渡した。
「あんたたちの場合は、元からこの部に興味があったわけじゃないみたいだけれど」
「そりゃぼくは、エリカ先輩目当てで入部したようなものですから」
「あ、ちなみにボクはその手伝いで入部しただけだよー。月に一度だけ、ユタに好きな服を買ってもらえる約束なんだ~♪」
「オレはユタの恋を手伝う代わりに、ユタのお母様の写真を月に一枚くれる約束だ。やはり熟女は最高だ……」
「あんたたち、ちょっとは本心を隠しなさいよ……。もう何度も聞いているセリフではあるけども……」
もう何度も聞いているのなら、いい加減ぼくと付き合ってくれないものかなあ。このままだと、ぼくの懐事情と家庭内での立ち位置が危うくなりそうだし。特に母親の写真をスマホで取るのが地味に辛い……。
「はあ……。なんでこんな奴らがこの部にいるのかしら……。おかげで伝統ある部がすっかり変人の巣窟扱いよ……」
「え? そんなの初耳ですけど? 本当にそう呼ばれているんですか?」
「本当に呼ばれているの! 最近なんて『恋部』じゃなくて『変部』って言われているくらいなのよ! 主にあんたたちのせいでっ!」
「ぼくたちのせい、ですか?」
「そう言われても、全然心当たりないよねー?」
「ああ。オレたちは至って真面目に活動をしているからな。なぜ変部なんて呼ばれているのか、皆目見当も付かん」
「あんたたち変態が、同じ変態ばかり集めてくるからでしょうがああああああ!」
首を傾げるぼくたちに、デスクをバンバン叩いて激昂するエリカ先輩。
「あんたたちが入部してからよ!? さっきみたいな変態が来るようになったのは! あんたたちが入部する前は、もっとちゃんとした依頼ばかりだったのに!」
「そう言われても、こっちは至って真面目に活動しているだけですよ? 依頼の件にしても、きちんと選別した上で相談に乗っていますし」
基本的に恋部が依頼を受ける時は、部室の前に置かれているポストに投函された手紙を読んで、それが活動内容に沿っているかどうかを確認したあと、最後に依頼者と直接会って相談に乗ってからとなる。
ちなみに選別しているのはぼくら一年生で、中には相談に乗るまでもない些事だったり、単なる悪戯だったりする場合もあったりするので、これがなかなかに大変だったりするのだ。
まあこれも昔から一年生のやる作業だったみたいだし、そもそも下心ありきで入部したのだから、これくらいは我慢だと思って諦めてはいるが。
「それに、篠崎先輩の時もそうでしたけど、相談に乗った時点で相手が変態かどうかなんてわかりませんよ。今回は篠崎先輩じゃなくて、その彼女が変態でしたけれど」
「それは、あんたたちの観察力が足りていないせいよ! もっとちゃんとよく観察しなさい! 相手を丸裸にするつもりで! いっそ透視なさい!」
無茶をおっしゃる。
「そんなに文句を言うなら、部長さんがボクたちに代わって手紙の選別をすればいいじゃないの? そうしたら今回みたいな依頼も引き受けずに済んだわけだし」
「は? なんで部長の私がそんな雑用なんてしなきゃいけないの? バカなの?」
「……ねえユタ。あんなワガママな人のどこに惚れたの? 見た目くらいしか褒めるところがないよ?」
「まったくだ。あんな小娘より熟女の方がよっぽど包容力があるぞ」
口を揃えてエリカ先輩の不満を漏らす友人二人。気持ちはわからなくもないけど、ああいうワガママなところも、個人的にはツンデレっぽくて割と好きなんだけどなあ。もしかしたらぼくも、剛ちゃんみたくマゾヒストの気があるかもしれない。
「なによ。コソコソ話してないで、文句があるならはっきり面と向かって言いなさいよ。私のこの鉄拳で会話してあげるから」
それ、会話やない。ただの一方的な暴力や。
「ま、まあまあエリカ先輩。ここは穏便に話を……」
「穏便に殴ればいいのね?」
「穏便の意味が逆転してませんか!?」
ダメだこの人。不機嫌なあまり、鉄拳制裁の四文字しか頭にない。いくらぼくにMの素質があったとしても、それで喜ぶのは剛ちゃんだけだ。さすがに痛いのは御免被りたい。
「そ、そうだ。みずきち、確かこのあと、次の相談者が来る予定だったよね?」
「え? あ、うん! そうだね! もうじき来ると思うよ!」
ぼくの意図を汲んだのか、こくこくと必死に頷きを繰り返すみずきち。
そんなぼくらのやり取りに、エリカ先輩も多少は落ち着きを取り戻したのか、背もたれに体重を預けつつ「あら? そうなの?」と眉を上げた。
「珍しいわね。私がいる時に二人も客が来るなんて」
「エリカ先輩、普段は生徒会の仕事もあって忙しいですから。なので、なるべくこういう時間のある日に予定を入れた方が好都合かと思いまして」
さっきから傍若無人な態度が目立つエリカ先輩だが、こう見えてこの人、副会長として生徒会に携わっているのである。しかも、ちゃんと選挙で当選した上で。
まあエリカ先輩、外見は完璧だしね。演説の時も猫を被っていたし、なにも知らない人から見れば、思わず投票したくなるくらい魅力的だったことだろう。ぼくみたいに、本性を知った上で投票した者もいたのかもしれないが。これも愛も力ってやつですよ。
そういったわけで、二足の草鞋を履いているエリカ先輩がこうして部室にいるのは珍しく、相談者と顔を合わせる機会もあまりない。そのため、少しでも部活動に参加できるよう、こっちで色々と調整したのである。エリカ先輩、部活大好きっ子だしね。
「へえ。あんたたちにしては、なかなか粋なことをするんじゃない。今日、生徒会が休みだってことを前もって知っていたのかしら?」
「ええ。知り合いからそれとなく聞いていたので」
「やるじゃない。そこは素直に褒めてあげるわ。けどまさか、また変態が来るんじゃないでしょうね?」
「それは実際に会ってみないとなんとも……。まだメールでしか向こうとやり取りをしていないので」
投函された手紙を読んで実際に会うかどうかは、事前に相手とメールのやり取りをしてからとなる。相談日の打ち合わせをしたり、あらかじめ相手の人物像を知るためにだ。
「ふーん。で、手紙にはなんて書いてあったのよ?」
「それはですね……」
コンコン。
と、そこでタイミングを見計らったように、部室のドアをノックする音が響いた。
☆
「三年の
言いながら、東條先輩はテーブルに置かれた紅茶入りのティーカップを手に取って口に運んだ。
見た目はいかにもギャルと言った感じ。茶髪のロングで、メイクもばっちり。スカートも校則違反すれすれまで短くしてあり、今にも組んだ足から下着が見えそうだった。
うーむ。ぼくの予想では、意外と白と見た(おパンツの色が)。
「あら。けっこう美味しいじゃん」
と、邪なことを考えていたぼくに、東條先輩は少し驚いた顔で賛美を口にした。
「エリカ先輩自ら厳選して選んでいる茶葉なので。ちなみにそれ、アッサムだそうです」
「へー。紅茶に詳しいなんて、なんかカッコいいわね」
東條先輩の褒め言葉に、ふふんと鼻息が漏れる音が背中から聞こえた。背中を向けているのでぼくからは見えないが、きっとエリカ先輩が得意げに胸を張っていることだろう。
ちなみに紅茶を入れたのは剛ちゃんだ。ああ見えて剛ちゃん、家事スキルが万能なのである。たぶん少しでも熟女に気に入られるためだろう。家事が得意な男子って、女性から見てポイントが高いみたいだし。
「それで、さっそく相談内容に入りますが……」
ぼくも合間に紅茶を飲みつつ、そう話を切り出す。基本的に相談者から話を聞くのはぼくの役目なので──エリカ先輩曰く、見た目だけなら一番ぼくが人畜無害そうで警戒心を与えないからだとか──ここからが重要となってくる。気を引き締めねば。
「メールでも拝見させてもらいましたが、片想いしている人がいるんですよね?」
「うん、まあ……」
と若干顔を赤らめて視線を逸らす東條先輩。
「それで告白しようと思ってはいるが、どうにも相手には好きな人がいるらしく、それが本気の恋なのかどうかを調べてほしいと。これで合っていますか?」
「うん。それで合ってる」
「片想いって話だけど、その相手とは顔見知りなんですかー?」
と、横で耳を傾けていたみずきちが不意に質問を投じた。
「同学年の男子で、去年同じクラスだったわ。好きって気持ちに気付いたのは、三年生に進級してからだけど……」
みずきちの服装に一瞬眉をひそめる東條先輩であったが、普通に周りが受け入れているのを見てか、すぐに表情を戻して質問に答えた。
「なんで進級してから? 二年生の時は男として意識してなかったとか~?」
「その時はまだ、話し友達くらいにしか思っていなかったから。前々からカッコいいとは思っていたけれど、元からすごく人気者だったし、好意自体あっても憧れみたいなものなのかなって思い込んでいて……」
「それが進級してクラスが離れた途端、一気に想いが溢れてきてしまったと?」
ぼくの問いに、東條先輩は恥ずかしそうに目線を伏せてこくりと頷いた。どうやら見た目に反して、意外と純情なようだ。
「でも、好きな人を調べてほしいってことは、その片想いの人、まだだれとも付き合ってないってことでしょ? 人気者ならいつ恋人が出来てもおかしくないし、今のうちにさっさと告白した方がよくないですー? だれかに取られる前に~」
「そこに関してはぼくも同じ意見だなあ。仮に好きな人がいたとしても、自分から告白しない限りは付き合うことすらできないわけだし」
そんなぼくらの意見に、それまで静かに話を聞いていたエリカ先輩が「バカね。相手に好きな人がいるかもしれないこそ、負担になるような真似をしたくないのよ。女心がよくわかっていないわね」と苦言を入れてきた。
「そこにいる金髪の子の言う通り、勝算のない告白をしたくないっていうのもあるけど、向こうに迷惑だけは掛けたくないの……」
告白されて迷惑かなあ? 東條先輩、ギャルギャルしいけど顔は可愛い方だし、告白されて悪い気はしないと思うんだけど。う~ん、女心はよくわからん。
「根本的な話になるが、そもそも、その男が他のだれかに恋をしているという確証はあるのか?」
ポットを片付けながら訊ねた剛ちゃんに、東條先輩は表情を曇らせて、
「……ううん。でもあれは、きっと恋をしている目だと思う。だってあんな表情、今まで見たことないもん」
女の勘ってやつか。当てになるようなそうでもないような、微妙なところだなあ。
「それって、その片想いの男子の好きな人がだれなのか、見当が付いているってこと?」
みずきちの素朴な疑問に「なんとなくだけど」と頷く東條先輩。
「その子、彼と同じクラスなんだけど、見た目は地味だし、周りにいる子も真面目系だし、ウチが見ている限り、特に目立つようなこともなにもしてないのよ」
「じゃあ、なにか特別な特技を持っているとか、それこそ全国レベルで有名な人物だったりはしないんですか?」
「ウチもそう思って、あの子の名前で色々検索してみたことはあるんだけど、どれも関係ないことばかりで……」
「まあ、好みは人それぞれだからな。ただ単にその男が地味好きって線もあるだろ」
剛ちゃんが言うと説得力が違うなあ。さすがは現役の熟女マニアだ。
「もしも……もしも本当にその地味系の人に恋をしていると判明したら、東條先輩はどうするおつもりなんですか? さっき迷惑を掛けたくないと言っていましたけれど」
「それは……」
ぼくの質問に、東條先輩は少しの間視線を彷徨わせたあと、ややあって意志が固まったようにまっすぐ目を見据えた。
「……今はまだ、どっちも決められない。けど、もしも好きな人がいるとわかっても諦めきれなかったら時は、ちゃんと彼に告白しようと思う。そうでもしないと、前を向いて進めない気がするから……」
──たとえ、それで気まずい関係になったとしても。
そうはっきりとした口調で告げた東條先輩に、ぼくは「ほう」と感心してしまった。
東條先輩って、見た目よりもずっと恋愛に対して真面目な人だったんだな。いかにもパリピな感じだったから、失礼ながらもっと尻軽な人なのかと思っていた。素直に反省だ。
「とりあえず、調査を始めるのなら早めの方がいいよね。受験とか就職試験とかで忙しくなる前に」
「だな。もう本格的に受験勉強を始めている者も多いだろうが」
みずきちと剛ちゃんの言葉に、ぼくも無言で頷く。相手が受験生だと色々気を遣う必要がありそうだし、依頼を受けるなら慎重に調査を進めないと。
でもその前に、ぼくらにはしなくちゃいけないことがある。
「エリカ先輩。どうしましょう、この依頼」
ぼくの問いかけに、エリカ先輩は腕を組んで瞑目した。
依頼を受けるかどうかの最終決定は、部長であるエリカ先輩にある。普段は生徒会の仕事で忙しくてメールで確認を取る場合が多いが、今回は珍しくちゃんと参加してくれている──だったら、本人に直接訊く以外の選択肢なんてあるわけがない。
まあそれとは別に、エリカ先輩に華を持たせてあげたいという気持ちもあるけれど。
本当は毎日でも部活動に参加したいだろうに、生徒会の仕事もあってなかなかそこまで手が回らないエリカ先輩に、少しでも充実した時間を過ごしてもらいたいのだ。それくらいしか、今はエリカ先輩に喜んでもらえる術を知らないから。
まあ、いつか絶対恋人として幸せになってもらう予定だけれどね。
しばらくして、エリカ先輩は「とりあえず」とおもむろに口を開いて、
「……あんたたちはどうしたいと思っているわけ?」
気付けば、探るように片目を開けていたエリカ先輩に、ぼくも「そうですね……」と真摯な気持ちで答える。
「真剣に悩んでいるようですし、依頼を受けていいんじゃないかなと思っています」
「ボクもユタに賛成~。恋に悩める乙女をこのまま放っておくのも後味が悪いしね」
「というより、断るわけにもいかないだろう。恋愛探偵部だったらなおさらな」
「わかったわ」
ぼくたちの返答に、エリカ先輩は静かに首肯した。
「話を聞く限り、至ってまともそうだし。この依頼、受理するわ」
もしやエリカ先輩、また変態が関わっているかもしれないと危惧して、さっきまで黙考していたのかな? 相変わらず疑い深いなあ。
とはいえ、依頼は受理されたのだ。あとはぼくたちの出番である。
「……本当? 本当にウチの依頼を受けてくれるの?」
縋るような目でこちらを見つめてくる東條先輩に、ぼくは「はい」と胸を叩いた。
「この依頼、ぼくたち恋愛探偵部にお任せください!」
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