第3話 調査開始

 翌日。

 昨日の夕べに輝からLINEが届き、明日の昼休みにさっそく参加することが決まったのだが、一つだけ懸念事項があった。それは──

「はい、輝ちゃん。あ~ん」

「ズルいですよ宮永さん! 宮永さんばかり緋室くんにお弁当を食べさせて……!」

「小冬にも『あ~ん』の権利を求む」

「ま、待った! そらも藤堂も御園も、順番ずつにしてくれ! 自分の弁当もあるのに、三人の分まで食べられないから!」

「…………」

 僕氏、絶賛ぼっち中。

 そんなわけで昼休み。場所は屋上。

 一般的な学校だと転落の危険性を配慮して封鎖されているケースがほとんどだと思うが、我が薬師寺やくしじ高校の屋上は当然のように開放されていた。

 それこそ、いつでもだれでも出入り自由な状態で。

 むろんフェンスなどの落下防止対策がされているせいか、正直そこまで景観はよくないが、それでもけっこう人気はあって、僕たち以外にも屋上を利用する人がちらほらいたりする。もっとも来るのがカップルばかりなので、僕みたいな陰キャはもちろん、恋人のいない者はあまり立ち寄ることはあまりないが。

 で。

 その屋上にて、僕は先述通り無言で弁当を食べていた。うめぇなあ。母さんの弁当うめぇなあ。でもこんなに塩味効いてたかなあ?

 両眼から流れる調味料に舌鼓を打ちつつ、周りをそれとなく見る。

 やっぱり屋上で昼休みを過ごすカップルが多いのか、男女がキャッキャしながら弁当を食している。中には互いの体をこれ以上なく密着させながら──というかもうぶっちゃけてしまうと、座位の体勢でイチャイチャしている剛の者までいた。お触りパブかここは。

 そんなリア充たちばかりの中、僕みたいなぼっちはどこにも見当たらなかった。

 いや、一応輝も話しかけてくれるんだけどね? でもだいたい宮永さんたちが遮ってくるせいもあって、結局僕だけが露骨に孤立していた。

 最初こそ宮永さんたちとも会話していたんだけどなあ。

 ちなみに、こんな感じでした。

『きょ、今日は天気がいいよね! み、宮永さんたちはいつも屋上でお昼ご飯を食べているの?』

『え? うんまあ……』

『私は、たまに委員会の仕事で来れない時もありますが……』

『………………』←無言で弁当を食べる御園さん

『へ、へー。そうなんだ。ぼ、僕もこれから屋上で食べてみようかなー……?』

『あ、輝ちゃん。あたしの卵焼き食べる?』

『あっ。また宮永さんはそうやって一人だけ抜け駆けして!』

『………………』←無言で輝にミートボールを差し出す御園さん

 ……あれ? これって会話と言えるのか? 最後にいたっては三人揃ってスルーされた気がするぞ?

 なんだかもう、本当にこの三人の中に僕を意識してくれている子がいるのか、かなり怪しくなってきた。輝を疑うわけじゃないが、こんな様を見せられたら、なにかの間違いだったんじゃないかと思えてしまう。

まあ、輝を隠れ蓑にしている可能性も十分にあるけれどね。輝の話を聞くかぎり、ちょっと照れ屋さんみたいだし。愛い奴め~。

「とはいえ、どうしたもんかね……」

 人知れず呟きを漏らしつつ、僕は思案する。

 このままではダメだ。現状、宮永さんも藤堂さんも御園さんも輝の方ばかり気にかけて、こっちには全然目も向けてくれない。僕がなにか話しかけてもすぐ輝に声をかけてしまうので、まるでコミュニケーションが取れないのだ。

 まあ、当たり障りのない話題ばかり振る僕にも問題はあるかもしれないけど。

 だって、オタトークでもないと女子とまともに話せないんだもん! コミュ障で女子に全然免疫のない僕には、話を盛り上げる能力なんて皆無に近いんだよおおおお!

 くそっ。これじゃあ無駄骨もいいところだ。せっかく彼女ができるかもしれない好機だというのに!

 絶対に諦めたくない。どうにかしてだれが僕を好きなのか突き止めたい。

 そのためには、なんとかして僕に意識を向かせないと。たとえ今後も輝たちの昼食会に参加できたとしても、これじゃあ平行線のままだ。

 僕に興味を持たせる方法──それも輝から意識が逸れるほどの。

「……あ」

 あった。僕に興味を持たせる方法が。

 正直邪道というか、あまり正攻法とは言えないが、手段を選んでいる場合じゃない。彼女をゲットできるのなら、利用できるものはなんでも利用してやる!

 たとえそれが親友でもな!

「そういえば輝。この間、街中で一緒に歩いていた綺麗な女の人ってだれなんだ?」

 と。

 僕がなにげない態を装って発したこの一言に、さっきまで輝に絡んでいた三人が、揃って凍り付いたように硬直した。

 しかしながらそれは一瞬の出来事で、すぐにハッと正気に戻った宮永さんたちが次々に輝へ詰め寄った。

「輝ちゃん! どういうこと!? 綺麗な女の人ってなに!?」

「もしかしてお付き合いされている女性ですか!? どうなんですか緋室くん!?」

「輝、詳細を希望」

 おお。まるで死肉に群がるハイエナのようだ。どちらかと言えば三人共肉食系なので、あながち比喩としても間違ってはいない。

「待ってくれ! おれも一体なんのことだか……。おい太助! どういうつもりだよ!?」

 宮永さんたちにもみくちゃにされながら、僕に抗議する輝。

 すまんな輝。計画を円滑に進めるには、お前の犠牲が必要だったのだよ。生贄という犠牲がな! がはは!

「僕、見覚えあるよ。はっきりだれとまではわからなかったけど」

「ほんと!? 茂木くん、どこで会ったの!?」

「うーん。どこだったかなあ」

「よく思い出してください! 茂木くんの記憶だけが頼りなんですから!」

「う~ん。確かけっこう昔だったような……」

「頑張って。小冬のためにも」

 くっくっくっ。まんまと僕の策に嵌まりおって。所詮は恋愛脳ばかりよのう!

 重要なのは、たとえ嘘でも僕に興味を持たせること。僕自身に興味があるわけではないだろうが──密かに僕を慕っているという子だけ除いて──僕という存在を認識させるだけでも流れは変わるはずだ。

 とは言いつつ、この話題をずっと引っ張るのはさすがにまずいか。輝にも悪いし、なにより必要以上にストレスを与えるのは危険だ。そろそろ種明かしといきますか。

「あ。思い出した。あの女の人、輝の従姉妹のお姉さんだったわ」

「従姉妹のお姉さん……。あ、ひかりさんのこと? 輝ちゃんと昔から仲が良くて、私も小さい時によく遊んでもらったなあ」

「宮永さん、そのひかりさんって方とお知り合いなんですか?」

「うん。綺麗な人だよ。それにとても優しい人」

「そんなことより、小冬はそのひかりって人が現在独り身なのかどうかが気になる」

「それは大丈夫。もう結婚しているから」

「よかった。既婚者の方なんですね……」

 宮永さんの話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす藤堂さん。御園さんは表情が読めないのでわからないが、なんとなく安堵しているようにも見えた。

「おれもよかったよ。誤解だとわかってもらえて……。つーか、太助! それならそうと早く言えよ! もう少しで三人にボコボコにされかねないところだったじゃないか!」

「もう輝ちゃん。あたしたちをなんだと思ってるの?」

「本当ですよ。人を乱暴者みたいに」

「とても心外」

 と輝に立腹する女子三人。こういう時だけ結託するなあ、この三人。

「でも三人共、たまにおれを叩く時あるよな……?」

「それは、輝ちゃんがたまにエッチなことをしてくるからでしょ?」

「むしろ穏便に済ませている方ですよ」

「同意。小冬は一度も輝を叩いたことはないけれど」

「あ! 小冬ちゃんだけズルい! 自分だけ優しい女の子アピールして~!」

「そうですよ! これではまるで私と宮永さんだけ暴力を振るうひどい人間みたいじゃないですか!」

 あ。今度は女子同士で揉め出した。女子の結束って脆いなあ。

「論点はそこじゃない。重要なのは、輝がどうしようもないスケベであるという点」

「待ってくれ御園! あれはいつも不可抗力なんだ! わざとじゃない! 太助からもなにか言ってやってくれよ! 元はと言えばお前のせいでこんな話になったんだから!」

 それはどちらかというと日頃の行いの問題な気がしてならないが、まあいいだろう。おかげでみんなの視線が僕に集まってくれたのだから。

 もしかしたら輝が気を回してくれた可能性もあるが、ただこいつ、天然なところがあるからなあ。素で僕に怒っている線も否めない。

 だとしたら全面的に僕が悪いが、今は後回しだ。ようやく僕もみんなの会話に交じれるようになったのだ──この好機を逃す理由はない。

「輝がスケベだっていう点だけは否定できないな~。この間輝の部屋に遊びに行った時も、本の隙間にひっそりエロ本が入ってたし」

「おいいいいい! 女子の前でなにを言い出してんだお前!?」

「だ、大丈夫だよ輝ちゃん! あたし、そういうのに理解あるから!」

「わ、私も……。多少であれば……」

「エッチな本があるのは健康な男の子の証拠。輝が望むならなんでも応える所存」

「いや、別にいいから……。というか、そういうのは簡単に口にしたらダメだと思うぞ、おれは」

「輝以外にこんなことは言わないし、小冬にも羞恥心くらいはある。だから、本当は知らない男子の前でこういう話をするのも、実は少し恥ずかしい」

「…………。ん!? あれ!? さっき僕、知らない奴扱いされなかった!?」

 もしかして僕、御園さんに顔を覚えてもらっていない!? クラスメートのはずなのに!?

「肯定。輝が連れてきたからなにも言わなかっただけで、なぜここにいるのかずっと疑問だった」

「今まで何度も僕と輝に親交がある話が出てきたと思うんだけど!?」

「ちゃんとは聞いていなかった。ご飯か輝のことしか考えていなかった」

 わー。正直な子。でもそういうのはもっとオブラートに包んで言ってほしかったなあ。ご飯以下とか言ってほしくなかったなあ。

「御園さん、いくらなんでもそれは失礼ですよ。茂木くん、よく緋室くんと一緒に登校しているじゃないですか。それにクラスメートでもありますし」

 おっ。藤堂さんはちゃんと僕を覚えていてくれたのか。さすがは委員長。

「まあ確かに、顔も名前も認識しづらい人ではあると思いますが……。たまに私もクラスで茂木くんとすれ違う時に『だれ?』と思うこともありますし」

 僕、どんだけ空気扱いなの? ステルス飛行機なの?

「あはは……。あたしは茂木くんとは幼い頃から知ってるけど、今はあんまり話すこともないから、どう接したらいいのかわからないっていうのは正直あるかな」

 あー。だからいつも会話が覚束ないのか。てっきり僕がなにか嫌われるようなことをして、それで避けられているのかと思った。ちょっと安心。

「じゃあ今回、こうして話せる機会ができてよかったのかもな。太助の人柄とか知ってもらえたわけだし」

「そう、ですね。茂木くんとちゃんと話したのはこれが初めてですが、以外とよく喋る人なんだと思って驚きました」

「同意。それに思っていたより口調も明るい」

「あ、それはあたしも思ったかも。もっとぼそぼそ喋る印象だった」

「太助は見た目こそ地味だけど、はきはき喋るタイプだぞ。教室だと厚守と薄井以外、ほとんど話しかけないだけで」

 コミュ障だからね。なるべく周りの人にキモがられないよう発音には気を付けてはいるが、基本的には同じ陰キャとしか話ができないのである(輝を除いて)。

「でも、今回のことで少し反省しました。先ほどもそうですが、朝の登校の時もろくに挨拶もしないまま緋室くんの方ばかり構ってしまって、態度がよくなったなと……」

「……あたしも反省しなきゃ。挨拶はするけど、いつも輝ちゃんにしか話しかけないから……。ごめんね茂木くん?」

「あー、いや。僕も話しかけづらい雰囲気を作っていたかもしれないし、気にしなくていいよ」

「小冬は前から気にしていない。だからそっちも気にしなくていい」

「小冬ちゃん、そこは気にしよう?」

「私もそう思います」

「おれも」

 三人同時に突っ込まれる御園さん。だが当人は馬耳東風とばかりに無言でウインナーを咀嚼していた。ほんとブレねぇな、この子。

 ともあれ、結果的には僕の印象も改善したようでなによりだ。御園さんだけ相変わらずではあるが、それはこれからの課題としよう。好感度アップ作戦はまだまだこれからなのだから。

 なんて思っていた直後──

「きゃあ!? いきなりなにをするんですか緋室くん!? わ、私の太ももを急に触るなんて……!」

「ご、ごめん! 水筒を取ろうとしただけで、決してわざとじゃ──!?」

「ひゃ!? 輝ちゃん! そこ、あたしの胸なんだけど!?」

「わ、悪いそら! びっくりした拍子につい触ってしまって……! 今すぐ離れて──うわあ!?」

「……輝のエッチ。小冬の股に突然ダイブしてくるなんて。でも輝ならいいよ?」

「ハレンチな! 委員長として、そんなふしだらな真似は見逃せませんよ!」

「そうだよ小冬ちゃん! あたしだって輝ちゃんに膝枕なんてしたことないのに!」

「そういう問題じゃありませんから! だいいち、それを言うなら私だって、ひ、緋室くんに膝枕を……ってなにを言わせるんですかっ」

「痛っ! おれ、なにも訊いてないんだけど!? 頭を叩かれるようなことはしたかもしれないけどさ!」

 ……好感度アップ作戦はまだまだこれからであるが、その前に心が折れそうな光景だった。羨まけしからんっ!


 ○  ○


「よかったな太助。そらたちと話せるようになって」

 昼飯を食べ終え、輝と二人で教室へと戻る最中のことだった。

 宮永さんたちを先に見送ったあと──向こうは渋っていたが──雑談を交わしながら一緒に歩いていた際、輝が思い出したように宮永さんたちの話題を振ってきたのだ。

「しかも、これからもたまにみんなで弁当を食べようとか言ってもらえてさ。太助的にはバンバンザイじゃないか?」

「お前のおまけみたいなもんだけどな」

 たとえるならコバンザメみたいなものか。僕はあくまでも輝のおこぼれをもらうだけの存在でしかない。

「それでも、そらたちとの距離が縮まったのはいいことだろ? 小さな一歩かもしれないが、太助にとっては恋人を作るための大事な一歩でもあるんだからさ」

 アームストロングみたいなことを言う輝なのだった。

 しかしながら、輝の言うことも一理ある。

 人間関係なんて、つまるところ相互理解ありきの世界だ。中にはどうしたって理解し合えない者同士もいるが、宮永さんたちと話してみた限り、親交を深められそうな手応えはあった。もっとも、御園さんはなかなか手強そうではあるが。

「どっちにしても、地道な作業になりそうだけどな。さっきの昼休みの時も、だれが僕のことを好きなのか、結局わからないままで終わっちゃったし」

「そりゃ、今まで太助にバレないよう、ずっと胸の内の想いを隠していたくらいだからな。そんな簡単には本心を見せたりしないだろ」

「なるほど……」

 ぶっちゃけた話、輝さえ答えを教えてくれたら済む話なんだけどな。強情な輝のことだから、絶対口を割ったりはしないんだろうけど。

「どんな人間でも、嘘の一つくらいは言うもんな」

「だな。昼休みの時にお前がおれを嵌めやがった時みたいにな。あの時は思わず掴みかかりそうになったぞ」

「心の底からすんませんでした!」

 即効かつ平身低頭に謝った。

 絶対あとで怒られるだろうなとは覚悟していたが、まさか掴みかかりそうになるほどご立腹だったとは。いくら親友とはいえ、ちょっとやり過ぎたかもしれない。

「はあ。まあいいけどさ」

 呆れたっぷりに嘆息を吐きつつ、輝は続ける。

「奥手の太助のことだから、ああでもしないと会話に入れないって思ったんだろ? おれも協力するって言っちゃったし、今回だけは特別に許してやるよ。太助が狡猾なのは、今に始まった話でもないし」

「あざっす! あざっす!」

 さすがは輝! 身も心もイケメンなだけのことはある! 輝のそういうところ、すごくしゅきぃ!

「で、これからどうするんだ? 今後もそらたちと昼休みを過ごすのは確定として、それ以外はなにもしないのか?」

「う~ん」

 輝に言われ、僕は腕を組んで思索に耽る。

 なにもしなくていいのかと問われたら、返事としては否だ。現状、経過だけならまずまずと言った具合だが、決して楽観視はできない。どうにか宮永さんたちと接点を持つことはできたが、ただのクラスメートという関係から脱却できていないからだ。

 そして宮永さんたちの本心を探るには、もう少し踏み込む必要がある。相手の演技が上手いせいもあってか、今のままではだれが僕を好きなのかなんて特定できそうにない。

 そうなると、昼休み以外にも宮永さんたちと交流する必要が出てくるわけだが……。

「なあ輝。輝って学校以外でも宮永さんたちと遊ぶことってあるのか?」

「うん? まあ一応。言っても休みの日くらいしか遊ばないけどな。学校のある日は部活もあるし」

「それって、いつも輝の方から誘ってるのか?」

「いや、いつも向こうからだな。おれから誘うことなんてめったにないよ。女の子を誘う勇気なんてないし……」

「でも、宮永さんとは幼なじみなんだから、一緒に遊ぶ機会も多いはずだろ?」

「そりゃ小さい頃はよく遊んでいたし、おれの方から誘ったこともあるけど、あくまで昔の話だぞ? 今も遊びに行くこと自体はあるけど、そらに誘われて買い物に付き合う程度だし。だいたいそれを言うなら太助だってそうだろ? 昔はそらとおれを誘って公園で遊んだことが何度かあったじゃないか」

「あー。そんなこともあったな……」

 今となっては遠い記憶ではあるが。

 小さい頃は男だとか女だとか意識しないで済んだし、自分と周りを比較することもなかったもんなあ。逆に言えば、自分と周囲を比較してしまったせいで、今の僕のような卑屈な人格ができあがってしまったとも言えなくもないが。なまじ輝のようなイケメンがそばにいたおかげで、なおさら自分という存在がどれだけ社会的に価値のない奴か、痛感させられてしまった。

 純粋に色々な夢を抱いていた幼き日のあの頃には、決して戻れないくらいには。

 所詮はしょうもない嫉妬でしかないのだが、それでも人格形成で大きな影響を与えたのは事実だ。だからきっと、僕はこれからも友人として輝と接しながらも、どこか遠い人間として見てしまうことだろう。

 手を伸ばしても決して届かない──それでも当たり前のように近くにいてくれる太陽みたいな存在として。

「小さい頃と言えば、小学校の遠足の時に、そらが迷子になって二人で探したことがあったよな」

 と。

 もはや日課とも言える詮無い思考に没頭していた中、輝が小学生の時の話を持ち出してきた。

「ほら、帰る時間になってもそらだけなかなか戻ってこなくて、クラスのみんなで探しに行ってさ──」

 「それより」と昔話に花を咲かせようとしていた輝を唐突に遮った。

「今は宮永さんたちとこれからどうしたらいいかを考えようぜ。僕に彼女ができるかどうかの大事な問題なんだからさ」

「お、おう。わかった」

 戸惑いの表情を浮かべながら、頷く輝。

 すまん輝。悪いがその時の話はしたくないんだよ。結果から言うと、僕は途中でリタイヤしてしまったから。今でもたまたま近くにいた女子の蔑視が忘れられない。未だに悪夢で見るくらいトラウマである。

 余談ではあるが、宮永さんを助けたのは輝だった。しかも膝をケガして歩けない状態だった宮永さんを背負ってクラスメートのみんながいるところまで戻ってきたのだ。このあと、輝がヒーロー扱いされたのは言うまでもない。僕は役立たず扱いだったけどな!

「それで話を戻すのはいいとして、太助はどうするつもりでいるんだ?」

「もちろん、だれが僕を好きなのかを探すという方針は変わらない。けどこのままじゃ埒が明かないのは事実だ。だから別のアプローチの仕方をしようと思う」

「別のアプローチ? それってどんな?」

「昼休み以外でも宮永さんたちと交流したい。できれば学校の外で」

 「学校の外で?」と最初は首を傾げる輝だったが、一拍置いたのち「ああ、そっか」と手を打った。

「そらたち、人気者だしな。あんまり目立つことはしたくないんだろう?」

「うん。僕みたいな陰キャが宮永さんたちと親しげに会話したら、クラスの奴らとかにもなにを言われるかわかったもんじゃないし」

 スクールカーストにおいて、下の者が上の者と同等に接すると、一種の軋轢を生む場合がある。周囲の人から「なんであんな奴がクラスの人気者と一緒にいるんだ?」と白い目で見られる、あの現象である。いわゆる妬み嫉みというやつだ。

 上の者が気さくに下の者へ話しかける分にはなにも問題ない。たとえるなら上司が部下を労わるようなもので、そこに立場の違いという明確な差異があるからだ。

 その差異を下位の者が安易に超えると、先述の通り妬み嫉みの対象になってしまう。ゆえに、僕なんかが宮永さんたちと仲睦まじげに接するようになってしまったら、陰口や嘲笑の的になりかねないのだ。特に僕なんていかにも陰気で貧弱な男子だし、かっこうの的になることだろう。ストレス発散には持って来いのサンドバッグというわけだ。

 むろん屋上でのやり取りを見ていた者が、こうしている間にもだれかに話している可能性だって十分あるが、そこまで仲睦まじげにしたわけでもないし、大した騒ぎにはならないだろう。輝もフォローを入れてくれることだろうし。

 しかし、それも今だけだ。今後、輝や宮永さんたちと触れ合う機会が振れば、おのずと僕も注目されるようになってしまう。そうなる前にだれが僕を好きなのか特定しなければ。

「でもさ、仮にそらたちのだれかと付き合えるようになったとして、それはそれでかなり目立つことになるんじゃないか? 男どもの嫉妬もすごいことになるぞ?」

「バカめ。宮永さんや藤堂さん、御園さんという上玉をゲットできた時点で勝ち組なのだよ! 負け犬たちの遠吠えなど知ったことではないわ!」

「ほんと、いい性格してんなあ」

 普段はおとなしいのに、と若干呆れ混じりに苦笑する輝。陰キャでクズ。それが僕の基本スタイルです。どうぞお見知りおきを。

「それで、だ。できるだけ学校の連中に見られず、宮永さんたちと気兼ねなく会話するには、当然ながら休日に市外で会うしかない。そこで輝に頼みたいことがあるんだが──」

「おれがそらたちを誘えばいいんだろ? わかった。また都合の合う日を聞いておく」

 と、あっさり承諾してくれた輝に、僕は自分でもわかるくらい目を丸くしてしまった。

「なんだよその顔。そんなに意外だったか?」

 言いながら、じゃれ付くように僕の首に腕を回してきた輝に、

「……正直、まあ。輝って女子が苦手だろ? 屋上での件もそうだけど、宮永さんたちみたいな押しの強い子たちを遊びに誘って平気なのかなって」

「太助の方から頼んできたくせに?」

「それはそうだけど……」

 思わず頭を掻く。ていうか僕、普通に親友を利用しようとしているのだが? こんな腹黒い奴になにか思うことはないのかね?

 なんてことをおずおずと訊いてみたら、輝は失笑を漏らしつつ「今さらだな」と返答を口にした。

「太助がそういう奴だってことは前々から知ってるよ。知った上で協力するんだ。なんでだかわかるか?」

「…………、親友だから?」

「そう、親友だから。でもそれだけじゃないぞ? お前が腹黒いだけの人間じゃないとわかっているから、そらたちとも親しくなってほしいと思っているんだ。そらたちのことは確かに苦手だが、普通に良い子たちとは思っているし」

 お、おおう。ドラマみたいな恥ずかしいセリフを堂々と言い切ったぞ、こやつ。でもこういうことが平然と言えるから、みんなにも慕われるんだろうなあ。わたし男だけど、輝になら抱かれてもいい……。

 はっ。やばかった。てっきり僕まで輝のモテオーラにやられるところだった。わ、わたし、そんな軽い男じゃないから! 簡単に落ちてはやらないんだからね! あれ? まだ輝のモテオーラに浸食されてなくない?

「……こほん。ひとまずサンキュー、輝」

 照れを咳払いで誤魔化しつつ、僕は輝の腕から逃れて礼を言う。

「具体的な案に関しては、またあとで電話でもするよ」

「了解。一応言っとくけど、おれができる範囲でしか手伝えないからな?」

「わかってる。というか輝も、この機会に苦手意識を克服してみたらどうだ? これに関しては僕も協力しなくもないぞ?」

「克服、かあ。けどおれ、ラッキースケベの呪いがあるしなあ」

「そんな悲愴な顔をして言うなよ。そこはかとなく殴りたくなる」

 だってラッキースケベだぞ? ラブコメの主人公にしか許されない──男ならだれでも憧れる体質なんだぞ? それが呪いだと言うなら、なぜ神は僕の方を呪ってくれなかったのか。そりゃニーチェも「神は死んだ」って嘆きますわ。むしろ号泣もんですわ。

「けどお前いわく、宮永さんたちは良い子なんだろ? ラッキースケベもなんだかんだで受け入れている節があるし、輝の苦手克服にも快く協力してくれるんじゃないか?」

「良い子たち、かあ」

 どこか遠い眼差しで天井を見上げながら、輝は言った。

「良い子たちではあるけど、慎みに欠けるところがちょっとなあ……」

「あー」

 それに関しては同意せざるをえなかった。



 その日の夜。

『隣の市にある遊園地?』

 と。

 休日に宮永さんたちと遊ぶ場所として遊園地を提案した僕に、電話口で輝がオウム返しに呟いた。

「うん。他と比べてそんなに大きくはないけど、近くにショッピングモールもあるし、女の子と一緒に遊ぶにはいいかと思って」

『なるほどな。おれもたまにクラスの奴らと遊園地に行ったりするが、男女関係なく楽しめるし、いいと思うぞ』

 けどさ、と輝は一拍間を置くように行って、先を紡いだ。

『それだと、クラスの奴らとか学校の連中と遭遇する危険性もなくないか?』

「それは問題ないと思う。もっと大きな遊園地が県内にあるし、ショッピングモールならこの市内にもあるから。それにみんな、隣の市の遊園地にはあんま行かないみたいだし」

『そういえばおれも、あそこの遊園地で遊んだって話を他から聞いたことがないなあ。まあこの近くに住んでいる奴らなら小学校の遠足とかで何度か行ったことがあるだろうし、目新しいものがなくて退屈なのかもな。おれと太助は行ったことないけど』

 そうなのである。幼稚園時代からずっと学校が同じである僕らではあるが、件の遊園地の近くに住んでおきながら、今まで一度も行ったことがないのである。

 というのも。

「僕たちの通ってた小学校、一度もあの遊園地に連れて行ってくれなかったもんなあ」

『おれも太助も親が共働きで忙しくてなかなか休日に遊んでもらえなかったせいもあるけどな』

「高校生になった今ならいつでも行けるけど、今さら行きたいって思うところでもないしねえ」

 そもそも僕、インドア派だし。貴重な休日をそんなことで潰すくらいなら、家でアニメ鑑賞とかゲームをしていたりする方がよっぽど有意義である。友人に誘われても断るくらい面倒くさい。

 唯一気になることがあると言えば、宮永さんたちも何度か行ったことのある遊園地かもしれない点だ。ひょっとしたら楽しんでもらえない可能性もあるが、さすがにそれは杞憂か。輝さえそばにいてくれたらどこでもいいって感じの三人だし。きっと遊園地でも人目を気にせず輝にベタベタすることだろう。もはや僕なんてお邪魔虫でしかくらいである。やっだ、遊園地に行く前から憂鬱になっちゃったわ~。

『ま、とりあえず今度の土日に遊べるか、こっちで訊いてみたらいいんだな?』

「うん。それと僕も一緒に行くことも必ず言っておいてくれ。もしも嫌がられたら別の方法を考えなきゃならんし」

『考え過ぎだろ。今日だって、そらたちとそれなりに会話もできていたんだし。向こうも嫌がっている素振りは全然なかったし、文句なんて言わないと思うぞ』

「だといいけどな」

 好きな男子の前で、汚い本心を見せるとも限らないが。

 それから輝ととりとめのない会話をしたあと、電話を切って読みかけだったラノベに手を伸ばした。

 その一時間後、輝から『来週の土日なら、三人共予定が空いてるってさ』というLINEが届いた。

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