第11話 暗殺者探し(霧絵と柊の場合)



「え? 笹野さん達についてどう思うかって?」

 時間も場所も変わって、お昼休み後の校庭の正門前。

 その近くにある木々のそばで竹箒を持ちながら、奏翔は横で同じように竹箒を持って掃除に励んでいた霧絵に対し、それとなく質問してみた。

 だが、それまでお互いに掃除の分担くらいしか話さなかったせいか、脈絡ない話題の振り方に「急になに? 今は掃除の時間よ?」と霧絵は眉をしかめた。

「いや、ちょっと聞いてみたかっただけなんだけどさ。委員長と知り合ったのって、今年同じクラスになってからだから、委員長から見たひなた達ってどんな感じなのかなあって……」

「なにそれ。まるで思春期真っ盛りの子供との会話に苦戦している父親みたい」

 喩えが絶妙に上手かった。どんだけ話の切り出し方が下手なんだ、自分。

「まあ話しながらでもできる程度の掃除だから別にいいけれど。でも本当に突然ね。音無君と同じ掃除の班になったのは少し前からだけど、いつもはだらだらと掃除するだけで、これといって口も開かないのに」

 別にいいけれどねと言って、霧絵は箒を動かしていた手を一旦止めた。

「そこまで落ち葉もないから掃除も楽だし、他のみんなは別の場所に行ってもらっているから、少し話す程度なら構わないわよ」

 というより、他の人がちゃんと掃除しているかの方が心配だけど、と校舎裏の方を気にする霧絵。相変わらずの真面目さだ。

「それで、笹野さん達の話だったわよね? そうね……笹野さんに関しては、トラベルメーカーっていうイメージが強いわね」

「トラベルメーカー?」

「ええ。だって音無君と話すようになったのも、笹野さんが原因だもの。覚えているでしょ? 笹野さんが紙飛行機を飛ばして、それがたまたまそばの廊下を歩いていた教頭先生のカツラに刺さった事件」

「あー、うん。そんなこともあったね……」

 四月中旬くらいの話になるが、あまりにも衝撃的過ぎて、今でも鮮明に記憶している。

「あの時は無理やりひなたに付き合わされて、僕も紙飛行機を飛ばしていたんだよなあ。そのせいで同罪扱いにされて、こっぴどく教頭先生に叱られたっけ……」

「私がちょっと席を離れている間に、そんなことをして遊んでいるからよ。私がいたら絶景止めていたのに」

「それを見越して、委員長がいない時を狙ったんだと思うよ」

 当時から霧絵は委員長という役割に精力的だったし、ひなたの中で絡まれると少し面倒なタイプという認識が強かったのだろう。

「で、そのあと委員長に間に入ってもらったおかげで、厳重注意に済んだんだよね」

「完全に笹野さんの責任だけれど、委員長として見捨てるわけにもいかなかったし、なにより教頭先生に悪い印象を持たれるのは嫌だったのよ。ただでさえ担任がアレなせいで先生方の評判もよくなかったしね、私達のクラス」

 ほとんど宵町先生のせいみたいなものだけど、と霧絵は嘆息しつつ話を続ける。

「でも、それより一番問題なのは、あれだけ叱られておきながら、全然懲りていないところよね。笹野さんは言うに及ばず、千条院さんも御影さんも一緒になって相変わらず騒動ばかり起こしているし」

「いやもう、委員長にはいつもお世話になってばかりで……」

 騒動の一員として頭を下げる奏翔。基本的に奏翔は毎回巻き込まれている側なのだが、この場を借りてちゃんと謝罪すべきだと思ったのである。だからこそ、霧絵には頭が上がらないという面も少しはあったり。

「音無君は反省している分、まだマシよ。他の三人──特に笹野さんなんて全然気にもしていないんだから。どうなっているの? あなたの幼なじみ」

「あいつは、本能だけで生きているような生き物だから……」

 そのくせ、奏翔にだけはオカン気質を見せるのだから、まるで母親の真似をしたがる幼子のようだ。もうおままごとなんてやるような歳でもないだろうに。

「ま、止められるのなら最初から止めているわよね。十年来の付き合いなんでしょう?」

「うん。幼稚園の頃から今までずっと一緒にいたけど、僕なんかじゃあ、ひなたは止められそうにないなあ。たまに止められる時もあるにはあるけど、またすぐフルスロットルで爆走しちゃうしなあ」

「あなたも苦労が多いわね……」

 ものすごく同情的な目で言われた。当事者としてはもう、空笑いしか漏れない。

「笹野さんに関してはこんなものね。次は千条院さんだけど、これって説明いる? 見たままの性格って感じじゃない? お蝶夫人っぽいというか」

「その例えは元号を二つ戻さなきゃいけないほど古いような……」

 だが、言いたいことはよくわかる。あれほどテンプレートな傲慢お嬢様キャラは、今どきアニメでも珍しいくらいだ。

「そういう意味では、千条院さんもけっこうな問題児よね。当然のようにボディガードを教室の中に入れてくるし。鞄すら持ち歩かずに過ごしているし。平然とみんなの見ている前で音無君にラブコールを送るし! ほんとにもう! 音無君の朴念仁!」

「え、僕が悪いの!?」

 なんて理不尽な!

「音無君がいつまでもはっきりしないから、千条院さんもますます積極的になってしまうのよ。笹野さんと御影さんとも、ちょっと距離感が近過ぎる気がするし」

「エリカさんにはそれとなくやめてもらうように言っているけど、全然効果ないしなあ。ひなたは昔からああだったし、柊さんはいつの間にか懐かれていたっていうか、妹みたいな感じであんまり気にしたことがなかったんだよね」

「だらしないわねえ。そんな調子だから、クラスのみんなから『音無ハーレム』とか言われてしまうのよ」

 そのハーレムの中には霧絵も含まれているのだが、本人は気が付いているのだろうか。

「それで最後は御影さんだけど、色々と不思議が多いというか、当人が不思議ちゃんというか、笹野さんや千条院さんとは違った方向の変人よね。愛嬌のある人ではあるけれど」

「あー。言われてもみれば、基本表情はないはずなのに、なんとなく感情が伝わってくることがけっこうあるかも」

「そうそう。考えはわからないけど、感情はなんとなくわかるのよ。そこが御影さんの不思議なところの一つだと思うわ。でも、一番謎なのは素性よね」

「素性?」

「ええ。御影さんの詳しいプロフィールを知っている人ってほとんどいないように思えるのよ。未だに生年月日も住所も知らないままだし」

「あー。そういえば僕も、そこまで聞いたことはなかったなあ」

「え? 音無君も? けど確か、去年から交友があったはずよね?」

「うん。でも、なんとなくお互いにあれこれ詮索する気になれないんだよね。だから知っていることなんて、せいぜい僕と趣味が合うことくらい?」

「そうなの? とても仲が良さそうに見えるのに、なんだか意外ね」

 確かに、柊と友人になってから一年以上経つのに、ここまでなにも知らなかったなんて自分でも驚きだ。今年知り合った霧絵でさえ、生年月日くらいは把握しているのに。

「もしかすると、他の人も案外そんなものなのかもしれないね。友人として親しく接してはいても、絶妙な位置で距離感を取っているっていうか」

「それでいて、なぜか不快な気分にはならないのだから、やっぱり不思議な人よね」

 言って、霧絵は区切れを入れるように長めの呼気をついた。

「まあ、だいたいこんなところかしらね。でも、こんなこと私から聞いてどうつもりだったの? いやに真剣な顔をしていたようだけど?」

 そう眉根を寄せて質問してきた霧絵に、奏翔は思わず「うっ……」と仰け反った。

 しまった。霧絵にはなにげない調子を装って質問したつもりだったのに、うっかり前のめりになっていたらしい。犯人探しをしている真っ最中なのに、不覚にもほどがある。

「え、えっと、そう! 今後の参考になるなって思って! 柊さんのこととか、なにも知らなかったんだなあって、委員長の話を聞いて気付くこともあったし!」

 狼狽しながら、どうにか必死に誤魔化す奏翔に、霧絵は訝しげに眉をひそめつつも「ま、それなら別にいいけれど」と一応の納得の意を示した。

「って、さっきから音無君、口ばかりで全然手を動かしてないじゃない!」

「えっ?」

 言われてよくよく足元を見ると、確かにまったく落ち葉を集められていなかった。逆に霧絵は会話している間にもきちんと竹箒を動かしていたようで、ちゃんと落ち葉の山がそばに出来上がっていた。

「もう。なにやってるのよ。いつもより落ち葉が少ないとは言っても、全然ないわけじゃないのよ? 掃除の時間だって無限にあるわけじゃないんだから」

「ご、ごめんっ。今すぐ集めるから!」

 と、霧絵に急かされ、慌てて落ち葉を掃こうとした、その時だった。

 どこからか風に飛ばされてきたのだろう、すぐ足元にあったプリントに足を滑らせ、思いっきり前のめりに転倒してしまった。

 しかも不運が重なり、前にいた霧絵まで巻き込んでしまい──

「きゃっ!」

「うわあっ!」

 霧絵を押し倒す形で、地面に倒れ込む奏翔。次いで、自分と霧絵の手から離れた竹箒が地面に横たわり、カンカンと乾いた音を立てた。

「いてて……。ごめん委員長。大丈夫だった……?」

「え、ええ。集めておいた落ち葉がちょうどクッションになってくれたみたい……」

「そっか。ひとまず無事でなにより──」

 と霧絵の無事を確認して、ゆっくり起き上がろうとした、その直後。

 今まで経験したことのない柔らかい感触が、右手の中に伝わってきた。

 小振りではあるが、しっかりと伝わる微かな丸み。たとえるなら昔よく遊んだゴムボールよりやや小さめといった感じだが、ゴムボールと違って圧倒的にこちらの方が柔らかくて感触が良かった。

 だが反面、奏翔の血の気はすっかり凍り付いていた。

 なぜなら、その感触は俗に言うおっぱいに間違いないわけで。

 そしておっぱいを掴まれている当人も、今になって状況を把握したように顔を真っ赤にさせているわけで。

「ごごご、ごめん委員長! で、でもわざと胸に触ったわけじゃ──」

「お、音無君のスケベえええええええええええええええ!!」

 謝罪を言い終わる前に、霧絵の強烈なビンタが奏翔の頬に炸裂した。




「いたたたた……」

「……奏翔。右頬が赤くなってる。なんで?」

「え? ああうん。ちょっと色々あってね。はは……」

 隣を歩く柊に、奏翔は右頬をさすりながら苦笑した。

 霧絵の一件から少し経って、奏翔は柊と連れ立って五限目の授業先である音楽室へと向かっていた。

「……色々? なにが色々?」

「えーっと、ちょっとしたアクシデントっていうか、まあ別に大したことじゃないから」

 そうお茶を濁した奏翔に、柊は不思議そうに小首を傾げながらも、こくりと頷いた。

「……でも、今日の奏翔は少し変。ボクと二人だけで音楽室に行きたいなんて、今まで一度もなかったのに」

「そ、それはたまたまっていうか、ちょっとした気まぐれだよ。ほら、普段ひなた達と一緒にいることが多いせいで、ゆっくり柊さんと話すことってあんまりないし」

「……? ボクと二人きりで話したいことがあるって意味?」

「え? まあ、うん。だいたいそんな感じかな……?」

 正確には事情聴取に近くなるし、すれ違うだけとはいえ、周りに生徒もいるので完全に二人きりというわけでもないのだが。

「……なんだかドキドキの予感。大人の階段を上るボクは、シンデレラってこと?」

「……いや、そういう甘い展開には絶対にならないから。ていうか、よく知ってたね。そんな古い歌詞」

 元ネタを知っている自分も大概だと思うけど。

「……そう。少し残念。でも、これでなぜひなた達の誘いを断ってボクと一緒になりたがったのかは理解した。委員長だけ、なぜか奏翔を露骨に避けていたように見えたけれど」

「ど、どうしてだろうね。あはは……」

 笑って誤魔化す奏翔。まさか掃除の時間中に霧絵の胸を揉んでしまったせいだなんて、口にできるわけがない。

「……それで、ボクに話したいことってなに?」

「あ、うん。ちょっとひなた達のことを聞きたくてさ」

「……ひなた達のこと?」

 腕の中の教科書を持ち直しながら、無表情に訊ね返してきた柊に、

「うん。あ、でも別に深い意味はなくて、単に近況を聞きたかっただけというか、最近ひなた達とどんな感じなのかを聞きたいだけなんだけど」

「……? それって、ひなた達に聞かれたらそんなにまずいこと?」

「気まずいっていうか、普通こういうのって、本人達の前だとなかなか聞けないもんじゃないかな?」

「……ボクはそこまで気にしない。陰口を言うつもりなんて元から微塵もないから」

「そ、そっか……」

 よもやここまではっきり言い切るとは。いくら仲の良い関係とはいえ、不満の一つくらいあっても不思議ではないのに。それだけひなた達のことを信頼しているということなのだろうか。

 だが逆に、これで容疑者を絞るのが困難になってしまった。少しでも怪しい動きをしている奴がいたようなら、細部まで訊きたかったのに。

 いや、本来はこうあるべきなのかもしれない。むしろこうして友人のことを疑っている自分の方がとても汚れているようで、自己嫌悪に陥りそうだった。

「……奏翔? どうかした? なんだか顔色が悪い気がする」

 少し心配そうに瞳を揺らす柊に「……ううん。なんでもない。ただちょっと、家の窓を全部閉めたかどうか気になっただけだから」と笑みを貼り付けて返答した。

 今さら自己嫌悪に陥ってどうする。確かに褒められた行為ではないが、自分の命が懸かっているのだ。

 たとえ友人に猜疑心を抱くことになろうとも、今はこうするしか他ないのだから。

「それより、さっきの質問に戻っていいかな?」

 気を取り直して、笑みを作って訊ねた奏翔に、柊は若干眉根を寄せながらも「……ひなたは、一言でいうと無邪気な子供と言った感じ」と柊は静かに口を開いた。

「……天真爛漫で、だれに対しても裏表が無くて。あそこまで素直に感情を出せるなんてすごいと思う。ある意味尊敬に値する」

「あいつは、単になにも考えていないだけだと思うけどなあ」

 ひなたの場合、精神年齢が五歳のまま止まっていると言っても過言ではないくらいに。

「……でも、真似してできるようなものでもない。特にボクは昔から感情を表に出すのが苦手だったから、少し羨ましい」

「それって、自分でも前々から表情が固いのを気にしてたってこと?」

「……一応。小さい頃、なにを考えているかわからないって、よく同年代の子に避けられていた」

意外だ。てっきり今みたいにみんなから可愛がられているものかと思っていたが、昔はそうでもなかったらしい。

「……だから幼稚園児くらいの頃は、いつも一人で遊んでいた。ボク自身、遊びに誘われてもどう対応していいかわからなかったから、むしろ一人でいる方が気楽だった」

「……じゃあ、今は?」

「……今は、そんなことはない。一人でいるのも好きだけど、みんなといるのも楽しい。特にひなたは感情全開で接してくれるから、とても接しやすい」

 本心から嬉しそうに若干口許を綻ばせる柊に、奏翔は「そっか」と小さく頷いた。

 いつも感情が読みにくい柊ではあるが、ひなたといることで良い影響を受けてくれているのなら、友人の一人として素直に喜ばしい。

「…………けど、本当にボクを変えてくれたのは、別の人間だけど」

「ん? 今なんか言った? 声が小さくてよく聞き取れなかったんだけど……」

「……なんでもない。気にしないでほしい。それよりも、次は委員長の話」

「え。あ、はい……」

 なにか重要なことを呟いていたような気もするが、本人がそう言うならこちらも余計な茶々を入れるまい。

「……委員長は、見た目通りの真面目な人という印象が強い。規律に厳しいせいで、他の人から色々反感を買っていそうなのに、不思議と悪い噂はほとんど聞かない。少し謎」

「あー。それは面倒見が良いせいじゃないかな? なんだかんだ言って、委員長ってだれにでも優しいし。勉強に困っている人がいたら、率先して教えに行ったりするしね」

「……なるほど。確かに、ひなたにもよく勉強を教えている」

「その代わり、ひなたにはしょっちゅう苦労させられているみたいだけどね。集中力はないわ、教えてもすぐに忘れるで、いつか心が折れそうって前に嘆いてたよ」

「……委員長、苦労性」

 憐れんだ瞳で虚空を見つめる柊。きっと頭を抱えて苦悩する霧絵の姿を想像しているに違いない。

「……けど、言われてもみれば心当たりがないでもない。ボクも前に落とし物をして一緒に探してもらったことがある」

「他にも、具合の悪そうな人がいたら進んで助けに行ったりもしてるよね。しかも保健委員の人よりも先に」

「……委員長、もはや世話焼きの鬼」

 その言い方だと、色々語弊を生みそうな気が。

「まあでも、本人は至って好きにやっているみたいだし、逆にひなたみたいなトラブルメーカーを止めるにはうってつけの人材かもね。ちょうどいい壁になってくれそうで」

「……主に胸が?」

「いや胸は関係ないっていうか、その話はなるべくよそう! 危険過ぎるから!」

 もしも霧絵に聞かれでもしたら、今度こそビンタだけでは済まない気がする。

「……小粋なジョークのつもりだったのに」

「柊さんが言うと、あんまりジョークに聞こえないから……」

「……残念。修行して出直す」

 あまり残念そうには見えないが、ともかくそう返した柊は「……じゃあ、次はエリカ」と話を変えた。

「……エリカは、委員長と同じで見た目通りといった方がしっくりくるけれど、ある意味ひなたや委員長よりも一番内面が複雑と言えるかもしれない」

「エリカさんが? いかにも裕福そうだし、悩みとかなさそうに見えるんだけど」

「……裕福だからといって、幸福だとは限らない。お嬢様だからこそ、その裏側で苦悩している面もあるかもしれない」

「苦悩……」

 まあ、本人に直接訊ねたわけでもないし、エリカなりに悩んでいることもあるかもしれないが、普段の様子からは全然そんな風には窺えなかった。

「う~ん。僕にはよくわからないけど、柊さんにはエリカさんがなにかに悩んでいるように見えるの?」

「……そこまではボクにもわからない。ただ、一見優雅そうに思えて、どことなくだれよりもナイーブに見える気がする」

「ナイーブ、かあ」

 言われてもみれば、食堂でエリカと話していた際に、どことなく繊細な一面が窺える瞬間があった。エリカの母親の話や、彼女が公立校に転入する経緯を聞いた時がそうだ。

 してみると、案外柊の指摘も的を射ているのかもしれない。

「そっか。柊さんにはそんな風に見えるのか……」

「……意外だった?」

「意外というか、思っていたより周りをちゃんと見ているんだなあって」

 それこそ、あまり人に興味がない奏翔よりも、ちゃんと周りを見ているかもしれない。

「……けど、あくまでもこれはボク個人の意見。鵜呑みにはしないでほしい」

「うん。そうしておくよ」

「……それがいい」

 話の区切りが付いたところで、二人して廊下の突き当たりを曲がる。

 そうして、階段の前まで差し掛かったところで「ん?」と不意に奏翔は首を傾げた。

「……? どうかした?」

「ああいや、やけにすんなり話が終わったなあって……」

 エリカや霧絵の時は、なぜそんな質問をするのかと逆に問われたくらいなのに。

「……もっとボクの話を聞きたいってこと? ボクに夢中でドキがムネムネ?」

「え? なにそれ? どういう意味?」

「……フラグ不成立」

 なぜか残念そうに言う柊。フラグとは、一体なんのことだろうか。

「……なんでもない。じゃあ、なにが気になっているの?」

「えっと、こんな唐突にひなた達の話を訊ねたのに、不審に思ったりしないのかなって」

「……どうして?」

「どうしてって……」

 逆に問い返されるとは思わなかった。

「……奏翔が知りたかったことを普通に答えただけに過ぎない。その質問にどんな意味があるかなんて詮索するつもりはないし、奏翔の望む回答ができたのならそれで十分」

「そう、なんだ……」

 なんだか機械的というか、まるで接客マニュアルにでもありそうな返答だ。まあこっちにしてみたら余計な探りを入れられずに済んで楽だからいいけれど。

「……それに」

 とそのまま話を繋いできた柊に、奏翔は少し意表を突かれつつも「それに、なに?」と訊き返した。

「……それに、だれにだって知られたくないことの一つや二つあると思うから。それをむやみに深掘りするような真似はしたくない。それが大切な友達なら、なおのこと」


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