第7話 エリクシアを狙う者達
またしても、とんでもない単語が出てきた。
「そ、組織……?」
『ええ。それも四つも』
「よっ──」
思わず声を詰まらせてしまった。
犯人は一人だけではない? それも組織立って動いているのが四つもあるだって?
「……ちょっと待ってください。なんですかそれ……」
想像以上のスケールのでかさに、今までなんとか保っていた奏翔の精神も、いよいよどうかしてしまいそうだった。
「エリクシアって、一体なんなんですか……。そりゃ万病を治すというだけあって、喉から手が出るほど欲しがる人はたくさんいるんでしょうけど、警察にまで介入する組織がいるとか、もはや常軌を逸していますよ……」
『先ほども話しましたが、エリクシアは使い方によっては不死身の人間さえ生み出せる可能性を秘めているんです。換言するならば、兵器として利用することさえ叶ってしまうんです。それにエリクシアにはまだ解明できていない部分も多く、場合によっては人類の歴史を大きく塗り替えてしまうかもしれません。当然そうなれば、その力を悪用しようとする者が現れたとしても、別段不思議に思うようなことではありませんよ』
至極平坦にそう言い切った謎の人物に、奏翔は相槌を打つことさえできずに押し黙ってしまった。
確かに、そんな人知を超えた物が世に出てきたら、それを私利私欲に使おうとする人間がいてもなにも驚くことではない。むしろ懸念すべきは、謎の人物の話にもあったように兵器としてテロ行為などに使用されることだ。
もしもそうなれば、今こうして平穏に過ごしている日常も、阿鼻叫喚の地獄絵図に一変してしまうかもしれない。奏翔からしてみれば、エリクシアを取り出された時点でほぼ死亡が確定されたようなものなので直接は関係してこないが、それでも死後に多くの人が苦しむ未来なんて想像したくもない。
『さて、これでなぜ奏翔さんの命が狙われているのか、多少なりとも理解してもらえたとは思いますが、ここまでの話でなにか質問は?』
「…………質問というか、確認に近い感じになってしまいますが──」
小考のあと、奏翔は声を潜めて言った。
「もしかして、こうしてトランシーバーを送ってきたのも、エリクシアを狙っているという組織を警戒してのものですか?」
『ええ。ケータイからだと、傍聴されてしまう危険性がありましたから。あえて電波域の狭いトランシーバーを使わせていただきました』
やはりか。なぜわざわざ雑音が混じってしまうトランシーバーを送ってきたのかと訝しんではいたが、そういった意図があったわけだ。
だが逆に、トランシーバーを使わなければならないほど、奏翔の命を狙っている者が身近にいると判明してしまったわけでもあるが。
そう考えると、今さらながらこんな危なげな話を玄関近くでしていた自分を叱責してやりたい気分になった。幸いにも帰宅したばかりの時よりも雨足が強くなっているし、今のところ周囲に異変もないが。
『他に質問は?』
「あの、じいちゃんはなぜこのことを黙っていたんでしょうか? もっと前もって話してくれていたら、僕も日頃から周りを警戒できたのに……」
『それだと、返ってエリクシアを狙う組織に怪しまれる危険性がありましたから。訓練を積んだ者ならまだしも、素人が下手に周りを警戒するのは賢明とは言えません』
特に、暗殺を生業にしているような輩の前では。
そこまで聞いて、奏翔は居間へと入ったばかりの足を止めて瞠目した。
「あ、暗殺って……。それって、じいちゃんの身も危ないってことなんじゃ──」
『そこは安心してください。ちゃんと我々の組織から選りすぐりの護衛を何人か送っていますから』
「そ、そうですか……」
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす奏翔。どこまで安心していいかはわからないが、祖父も前々から危険な立場にいたようだし、いざとなれば身を守る術の一つくらいは心得ているだろう。
にしても、我々の組織……か。
「……あの、今さらではあるんですけど、一応あなた方は、僕の身を守ろうとしている人の組織──つまり味方という認識でいいんですよね?」
『ええ。その認識で合っています』
「そうなると、他の三つは? 少なくとも一つは僕の命を狙っている組織なんでしょうけれど、他にも味方がいたりするんですか?」
『そのあたりに関しては、きちんと順を追って説明しましょう。ここで味方か敵かどうかの説明をしたところで、根本的な問題から逸れてしまうだけですから』
「……わかりました」
本音を言えば、自分の身にどれだけの危険が迫っているのか早く知りたいところではあるのだが、中途半端に理解するよりもきちんと全体像を把握した方がいいかもしれない。
『ではまず、先に我々の組織から紹介しましょう。もう大体の察しは付いているでしょうが、我々の組織はあなたの祖父である響一郎博士が自ら先頭に立って発足されました。その名も《
「《調律研究所》……」
『はい。現在は響一郎博士の昔からの親友であり、総指揮官の立場にいる冨野正氏が組織をまとめていますが、エリクシアの死守──ひいては奏翔さんの身を守るという行動理念だけは一切変わっていません。他にもエリクシアの研究や、まだ世界のどこかにあるかもしれないエリクシアの調査なども行っています』
「ああ、だから研究所って名前が付いているんですね」
調律の方は、祖父なりの言葉遊び──代々音に関する名前を付ける音無家由縁たるものだとは思うが、まさか祖父の親友まで巻き込んでいたとは思ってもみなかった。よくこんな荒唐無稽な話に付き合ってくれたものだ。
「それにしても、じいちゃんはどうやってこんな規模の大きそうな組織を立ち上げたんですか?」
『資金に関しては冨野正氏から援助していただきました。親友だからという理由もあったのでしょうが、昔、とてもお世話になった経緯があるらしく、その時の恩返しもかねて率先して響一郎博士に協力するようになったようです』
「恩返し……ですか」
情けは人のためならずとは言うが、祖父の善行のおかげで、こうして奏翔を守るための組織を作り上げることができたのだから、人の縁のありがたみを改めて実感させられる話である。
「でもエリクシアの死守を元に発足したということは、前々からエリクシアを狙う奴らに見当が付いていたってことですか?」
『見当というよりは、元より世界中から危険視されていた組織が、エリクシアの存在を知って大々的に動きを見せるようになったせいではありますね』
「世界中から危険視、ですか……?」
『ええ。その組織の名称は《
「《新世界創造連盟》……テロリスト集団」
それが奏翔の命を──エリクシアを狙っている組織の名称なのか。
『先ほども言いましたが、この組織は目的を達成するならば手段を選びません。それこそ大規模なテロ行為だって躊躇なく行うでしょう。それほど危険な集団なのです』
「そんなに危険な奴らなら、敵も多そうな気がするんですけれど……」
『確かに
「…………」
《調律研究所》がどれだけの規模の組織かはわからないが、少なくとも十数人程度というわけでもなさそうだし、かなりの人数が《新世界創造連盟》とやらに属していると考えておいた方がよさそうだ。
「……理想の世界を作るため、か。そいつらがエリクシアを狙っているのも、それが理由なんですか?」
『おそらくは。彼らの言う新世界というのがどういったものかまではわかりませんが、エリクシアの力を使ってなんらかのテロを起こそうとしているのは間違いないでしょう。それこそ、世界中の人間を巻き込んで』
「ほんと、話を聞くだけでも相当頭のおかしい連中ですね……」
『ええ。ですが、危険な思想を持っているのはなにも《新世界創造連盟》だけではありません。他にも《
また新しい組織が出てきた。
『宗教団体と言ってもその実態はカルト集団そのもので、時には暴力沙汰も──いいえ、それどころか暗殺すら辞さない側面も持ち合わせています』
「それは、穏やかな話ではありませんね……」
世に宗教とも呼ばれるものは数多くあるが、殺人を肯定する団体なんて、絶対にろくなものではないのは確かだ。
『そうですね。思想が凝り固まっているという意味では《新世界創造連盟》と変わらないかもしれません。なにせこの団体も、自分達の意にそぐわない者は即刻排除すべきという考えを持っているようですから』
「それって、宗教的な意味合いからですか? 神の意思とかそういう類いの」
『というよりは、教祖の教えのようなものかと。そもそも《現人十字教団》──もとい現人教というのは、固有の神を崇拝するものではなく、いずれ神へと昇華する人という種を信仰する宗教のようですから』
「人という種を信仰……?」
言葉の意味がまるでわからなかった。
いや、実際神として崇拝されてきた者はいるし、キリストやブッダなどの教科書にも載っているような人物なら奏翔も知っているが、しかしそれはあくまでも伝承であって真実であるとは限らないはずだ。
ましてそれが人類そのものを信仰するという壮大な話になると、ますます胡散臭いというか、単なる詐欺団体とすら思えてくる。それがカルト集団ともなれば、なおさらに。
『噛み砕いて説明するなら、人はたゆまぬ研鑽と多くの徳を積めば、だれでも神へと至れる可能性がある。ゆえに人は常に清い精神を持って努力すべきであり、俗世になど染まるべきでない──それが神に最も近い種としての責務であると、そういった教えを説いている宗教だと思ってくだされば』
「……なんだか、えらく抽象的な話ですね」
『宗教なんてどれも抽象的でいい加減なものですよ』
ずいぶんと乱暴な解釈だ。いや、奏翔自身もそこまで宗教に傾倒しているわけではないが。せいぜいお墓参りや葬式などの日本人特有の習わしを守っている程度だ。
そういう意味では、この謎の人物も宗教に関しては興味が薄いのかもしれない。
『話を戻しましょう。そんな《現人十字教団》ではありますが、先ほども言った通り、その実態はカルト集団そのものです。具体的に言うと、人が神へと至るための障害となりえるものは、どんな手を使ってでも消しにかかろうとします』
「障害って、たとえばどのような?」
『たとえば、クローン人間などがその最たる例でしょうか。人口受精といった、人類という種の繁栄のためにある技術なら問題はないようですが、好奇心で人という種を弄ぶような類いのものは是とされていないようです。実際、日本のとある科学者が実際に人のクローンを作ろうとして《現人十字教団》の者に抹殺されたという事例も確認されています。裏で報道規制でもしたのか、世間では公表されていないようですが』
「じゃあ僕の命を狙っているのも、もしかしてエリクシアを消そうとして……?」
『おそらくは。彼らにしてみれば、エリクシアは人類にどんな影響を及ぼすかわからない存在ですからね。現実に《新世界創造連盟》がよからぬ目的で悪用しようと動いているくらいですし、それが人類の神へと至る道への妨げになるのなら、全力で消しにかかってきたとしても不思議ではありません』
「僕からしてみれば、迷惑以外のなにものでもないんですけどね……」
渡せるものならすぐにでも渡したいくらいなのだが、いかんせん、命が関わってくるとなると、そういうわけにはいかない。しかもそれが向こうの手前勝手な理由ともなると、俄然反骨心が芽生えてくるというものだ。
『
とどのつまり、常に命の危険に晒されてしまうということか。考えただけで血気が引きそうだ。
「《新世界創造連盟》に《現人十字教団》──もうこれだけでも勘弁してほしいところではあるんですけれど、他にも僕を狙っている組織ってあるんですかね?」
『いえ。主にこの二つだけで、明確に我々と敵対する組織は今のところありません。しかしその代わり、我々に味方する組織も他に存在しないことになりますが……』
「じゃあ僕を守ろうとしてくれているのは、現状一つだけということですか……」
『そうですね。ただこれで全部というわけではなく、あくまでも中立的な立場に徹する組織──《
「中立に徹する? エリクシアを守るでもなく欲するでもなく?」
『はい。彼らの目的はエリクシアそのものではなく、エリクシアを中心とした人間達の観察にあるようです』
「観察ですか? それこそなんのために?」
『《人類審査委員会》が主張するに、エリクシアという世界の歴史を一変させるほどの未知の力を、果たして本当に今の人類が手にしていいものなのかどうかを審査する組織のようです。ようは監査のようなものだと思ってくださればいいかと』
「……それって、もしもエリクシアが、人類が手にするには早過ぎると判断されたら、僕の命を狙うようになるかもしれないっていうことになるんですか?」
『率直に言うと、そうなってしまいますね。しかし換言すれば、我々に協力してくれる可能性もなきにしもあらずではありますが』
敵にも味方にもならないが、場合によっては敵にも味方にもなるかもしれない組織──ある意味かなり厄介な連中かもしれない。
『ひとまず現在は静観に徹していますし、すぐに結論を出すこともないと思うので、こちらに関しては現状不安視する必要はないと思います。むしろ《新世界創造連盟》を相手にした場合に限り、奏翔さんの利になってくれるはずです。相手が世界にとって害にしかならない輩と判明している以上、向こうも──《人類審査委員会》も放置はできないはずでしょうから』
「そう、ですか……」
確かに、いざという時に加勢してくれるのは、奏翔としてもありがたくはある。
とはいえ、あくまでも相手が《新世界創造連盟》の時だけのようだし、あまり期待を寄せない方が無難そうだ。
さて、これでようやくエリクシアに関連する主な組織がすべて出揃ったことになる。
とりあえず、これまでの話を聞いてわかったのは、
・《新世界創造連盟》と《現人十字教団》という二つの組織が、エリクシアを巡って奏翔の命を狙っているということ。
・現状、奏翔の味方になってくれるのは《調律研究所》ただ一つであるということ。
・他に《人類審査委員会》という組織もあるが、基本的には中立で、害はないが当てにもできないということ。
・エリクシアは奏翔の胸の中で生命維持装置として活動しており、今はまだ安全に取り出す方法はないということ。
・祖父である響一郎もこの件に関わっており、現在はエリクシアを調査するため、護衛と一緒に海外に出向いているということ。
以上の五点である。
こうして情報を整理してみても、やはり荒唐無稽というか、話が現実離れしていて思考をまとめるのもやっとだ。昨日までの自分だったら、絶対疑っていたと思う。
閑話休題。とにもかくにも、自分が今とても危うい状況下にいるということだけは把握できたが、ここで少し疑問が残る。
なぜ、今になって奏翔の命を狙うようになったのか。
そして、なぜ今日まで無事に済んでいたのか、である。
『それは、我々がエリクシアの所在を隠蔽していたからですよ』
と、うっかり声に出してしまっていたのか、奏翔の心中を読んだかのようなタイミングで、謎の人物が唐突に口を開いた。
『それこそダミー情報を流したり、囮を使ったり、その他にも様々な工作活動を裏で行っていました。すべては響一郎博士の孫である奏翔さんの身を守るために』
「それなのに、どうして今になって僕を狙うようになったんですか?」
『推測の域は出ませんが、どこかで情報が漏れたか、もしくは奏翔さんが無意識にエリクシアの所在を仄めかしてしまったか……』
「え? ぼ、僕が?」
『はい。奏翔さんがエリクシアの存在を知ったのは今ですし、心当たりがなくても無理はありませんが、昨日までの言動や行動で敵組織に勘付かれた可能性は否めないですね』
いや、それこそ今になって言われても戸惑いしかないのだが。
とはいえ、向こうの話だと事前に知らせるのも危険だったようだし、奏翔の命を最優先するなら無知のままでいた方がよかったのかもしれないが、それならそれで遠回しに注意喚起をするとか対策を取れなかったのだろうか。
「あ。そういえば僕が小さい頃からプールに入るのを禁止されていたのも、胸の手術痕を見られないためだったとか?」
『ええ。見る者が見れば勘付かれる可能性がありましたから。ちなみに、奏翔さんがよく行かれている大学病院も《調律研究所》の傘下だったりします』
「そ、そうだったんですか……」
まさか、こんな身近に《調律研究所》の息がかかっている場所があったとは。他にもまだ色々な人間の思惑が交錯していそうで、なんだかうすら寒い気分になってくる。
なんにせよ、なにをするにしても、これからどう自衛していけばいいかを最優先に考えるべきだ。
「ひとまずこれまでの話を聞いて、自分が置かれている状況は把握できましたけれど」
そう前置いてから、奏翔は一呼吸置く形で一拍間を空けて、話を紡いだ。
「それであなた方は、これからどうするつもりでいるんです? 僕を守るために設立した組織なわけですし、なにか対策を打ってくれているんですよね?」
『無論です。ただ、あまり大っぴらに動けない事情もあります』
「……? その事情というのは?」
『この町には《新世界創造連盟》や《現人十字教団》といった組織がすでに潜伏しておりまして、下手に動けば彼らと全面戦争になりかねないどころか、無関係の人間を巻き込む危険性すらあります。特に《新世界創造連盟》の連中はなにをやらかすかわからない部分もあって、あまり奏翔さんばかりに人員を避けられないのが現状です』
「つまり、いざ命を狙われた時に、もしも物量で攻められたら負け一色になりかねないっていうことですか?」
『残念ながら』
「えっ。それって、かなりまずいんじゃ……」
『しかしながら、今すぐどうこうなってしまうということはないかと。仮に今回奏翔さんを狙ったのが《新世界創造連盟》だったとして、彼らの手口にしては少々大人しいと言いますか、もっと周囲の人間を巻き込んでいたはずでしょうし、もう一方である《現人十字教団》だったとしても、無関係の人間を巻き込めない以上、大体的な増員投入はまずないと考えていいかと思います。もっとも、まだどちらの組織が奏翔さんを狙っているかわからない上にどんな手を使ってくるか未知数なので、あまり安心はできませんが』
命を狙われている時点で安心できたものではないが、その筋のプロが言うのなら、多少は信憑性があると思っていいだろう。少なくとも素人の浅知恵よりはずっと参考になる。
「じゃあ僕のそばにずっと護衛を付けるという案は? これなら今日みたいに命を狙われるリスクも減りますし、向こうも警戒して様子を見てくれるかも──」
『それはやめた方がいいでしょう。これ見よがしに奏翔さんがエリクシアの持ち主であると訴えているようなものですから。もしもまだエリクシアの在り処を知っているのが片方だけだったとしたら、他の組織にも知られる可能性があるので』
「でもそれじゃあ、怖くて外にも行けなくなってしまうんですけれど……」
『それも一つの自衛方法ではありますが、正直あまりお薦めはできません。エリクシアの在り処を知られてしまった以上、おそらく奏翔さんの個人情報を洗いざらい調べ尽くしてくるでしょうし、そうなれば、住居を突き止められて襲撃される可能性があります。もちろんその時は全力で護衛しますが、なにぶん住居の中ですから動きは制限されますし、絶対に守り切れるという保証はできません』
「じゃあ、一体どうしたら……」
『不安になる気持ちはわかりますが、今はできるだけ普段通りの生活を送ってください。我々もできる範囲で奏翔さんの身を全力でお守りしますから』
「……できる範囲って、具体的には?」
『表立って動くことはできないので、どうしても陰ながらになってしまいますが、奏翔さんが外出している間は可能な限り見張らせていただきます。もしもその時危険が迫った場合、状況によって即時行動に移させていただきます。ただし相手もプロでしょうから、そう簡単にはいかないでしょうし、我々を先に排除しにかかる可能性もありますので、いざという時は、自分で自分の身を守る覚悟だけはしておいてください』
「覚悟……」
そうは言われても、今日まで平穏に過ごしてきた普通の高校生に、なにをどう対処しろというのだろう。相手は殺しのプロ──それも徒党を組んで襲ってくるかもしれない奴らなのに。
「あの、なにか武器とかもらえないんでしょうか? 強力なスタンガンとか」
『一応こちらでもいくつか用意しておきますが、しかし、無理に応戦しようとは考えないでください。本当に危険な状況だった場合はやむなしですが、素人が下手に突っ込むのは悪手にしかならないので、基本的には全力で逃げることだけを心がけてください。肝心なのは危険な状況からすぐさま脱することにありますから。それに土地勘のある奏翔さんなら、人目に付きにくい場所もいくつか把握しているでしょうし』
確かにそういった場所はいくつか知ってはいるが、いざという時にとっさにそこまで行動できるだろうか。逆に狼狽するあまり、小石に躓いて転びそうな気すらしてきた。
いや、それ以前に──
「あの、そんな簡単にうまく逃げられるものなんでしょうか……?」
『簡単にとはいかないでしょうね。今奏翔さんを狙っているのがどういう人物なのかはまだ不明瞭ですが、我々から見るにどうやら単独で動いている線が濃厚なので、脇目を振らずに逃走した方が一番無難かと思います』
そう説明する謎の人物に、奏翔は「……わかりました」と重々しく頷いた。
「でしたら、せめて祖父と話をさせてもらえませんか? 音信不通のままというのはさすがに心配ですし、僕の方もなにがあるかわからない状態ですから」
『申しわけありませんが、それは難しいかと。向こうも狙われている身ですし、連絡を取り合うのはなにかと危険が伴いますから』
「そう、ですか……」
気落ちした声音で応える奏翔。元々連絡なんて、たまに祖父から送られてくるハガキくらいなものだったが、こんな逼迫した事態にも関わらず、声一つ聞けないとは。
『──そろそろ切り上げましょうか。トランシーバーを使用しているとはいえ、完全に傍受を防げるというわけでもありませんから。これ以上の使用は避けた方が無難です』
と、落ち込むあまり黙り込んでしまった奏翔に、謎の人物は相変わらず淡泊な口調でそう告げてきた。
『こちらか話せるのは以上ですが、なにかあればそのトランシーバーを通じて連絡を取り合えるようにしておいてください。こちらからも緊急とあればすぐに連絡させてもらいますので』
「それって、普段から持ち歩いていた方がいいってことですか?」
『できれば。ただし、使用する際は人目に触れないようにしておいてください。また電波域が狭いので、いつでもどこでも連絡が可能というわけではないのであしからず』
つまり、基本的には自宅にいる時にしか使えないということか。そうなると、外出時は特に気を付けておいた方がよさそうだ。
『では、今回のところはこれで失礼いたします』
「あ、はい。色々ありがとうございました」
『いえ。くれぐれもお気を付けて』
と、謎の人物は最後にそう言って、それっきりトランシーバーから連絡が入ってくることはなかった。
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