101号室 対面

存在を認識させるのは簡単なことじゃない。

今までのように誰からも見えない状態で人型になりついて行くのとは訳が違う。



元々人間界に存在しないはずのものを存在させるのだから、

ことわりを曲げなくてはならないのだ。



非常に労力を使うが、

今はそんなことより彼に一言、言ってやらないと気が済まない。

人間化した俺がどう見えるのかは分からないが、


昔管理人の前に姿を現した時、素敵なスーツですねと言っていた。


恐らく俺の姿は、

マンション「リンドウ」を初めに作ろうと設計した人にそっくりなのだろう。



今のリンドウは築40年だが、何度も作りかえられているので実際に俺はその何倍も生きてることになる。



最初にここに建つマンションをリンドウと名付けた人など

もう現世の誰の記憶にも無いかもしれない。



俺はそっと彼が俺の存在に気づけるように彼の意識と波長を合わせる。

そして、静かに声をかけた。


「何かいいもの撮れますか?」


俺は彼のことをずっと前から知っているが、

彼にとっては初対面の人間だ。

あまり馴れ馴れしいのもおかしいだろう。


そう聞くと、

彼は驚いたような表情をしてこっちを向いた。


「え?あ、いや・・・。そんな大したものは・・・。」


「見せて頂けませんか?」

そう言うと彼は困った顔になり、


「いえ、まだ何も撮ってないんです。」

そう言った。


「そうでしょうね。」

俺が分かったような口を聞くと、


「はい?」

彼は困り顔から不快そうな表情になる。


「ずっと見ていたんです。でも何も撮らない様子なので、なぜなのか気になってしまって。それで声をかけたんですよ。不快にさせてしまったら申し訳ない。」


「あ、いえ・・・。その・・・・。」

謝られるとは思わなかったのか、彼は伏し目がちになってしまった。


「どうして撮らないんですか?」

俺は核心にせまる質問をなげかけた。


すると、彼は少し聞いてもらっても?とベンチに向かって歩き出し、腰を下ろした。


まさかこんな展開になるとは・・・。

人間化を維持してられるかな。

心配であったが、断れば彼がシャッターを切らない理由がわからない。




誘われるがままに俺もベンチに腰を下ろした。

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