101号室 苦悩
その後、写真家くんは夕飯を食べてきたのかいつもより遅く帰宅した。
しかし今日は、どこか悩んでいる表情をしている。
上着をソファに脱ぎ捨て、
写真家くんはそのままおもむろにトロフィーのある棚の前に立ち、
唇を噛み締めながら、飾られた写真を見ていた。
そして一言。
「もう僕は諦めるべきなのか」
そう呟いてから、
そのまま勢いよく額に入れられた写真を手に取り、
床に叩きつけようとする。
しかし、
振り上げられた手は力を込められたまま、
どうすることも無くしずかに降ろされた。
床が傷つくことを心配した俺はほっと胸を撫で下ろしたが、
写真家くんは俯いたまま力なく、
崩れ落ちてしまった。
膝をつき、
うなだれた写真家くんは未だに手に掴んだままの写真を見ると、
悔しそうに拳で床を叩く。
写真家くんが床を叩く度、
俺はびっくりして飛び跳ねながらその様子を見ていたが、
彼が写真家としての成功を夢みていることは十分に伝わっていた。
だが、もう写真家くんの事を写真家くんと呼ぶことは今後やめようと思う。
きっと、若い頃に新人賞を貰い、
自分の才能を過信しその世界に飛び込んだんだろうが、
信じ続けて10数年未だに新たな賞は何も貰えないまま...。
彼は、新人賞をとった時の栄光を忘れられないのだろう。
夢半ば最早自分でも才能がないと気づいているのか諦めようとするが、
夢を諦める勇気がないばかりか新人賞をとった時の写真を壊す勇気もない。
瞳に濁りはないが、
光を探すことを諦めたその瞳に映るのは暗い世界しかない。
毎日丁寧に手入れしているカメラは、
もう一年以上シャッターは切られていない。
数日前気になって、
彼がいない時にそっとフォルダをチェックした時に残されていた写真は
もう一年以上前のものだった。
ここ1年でも、もちろんカメラを持って彼が出かけることはあったが、
フォルダを見る限り彼がシャッターをきることはなかったのだろう。
暗闇で写真を撮る人がいないように、
暗くなってしまった彼の瞳に映る世界はカメラ越しでも変わることはなく、
毎日の手入れはおそらく彼の写真に対する執念やエゴが具現化しただけなのだ。
時折泣き叫びたいのを押し殺したような呻き声をあげながら
床にうなだれている彼を俺は哀れみの表情で眺めることしか出来ない。
彼に救いはあるのだろうか。
そんなことを考えながら、
俺は静かに101号室からフェードアウトしていった。
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