101号室 尾行

写真家くんは、慣れたように改札を通り、

駅のホームの人だかりに紛れていく。


俺は慌てて改札をとびこえ、人を掻き分けて写真家くんから離れないように走った。


あとから気づいたのだが、

何も普通の人間のように避けなくても改札はすり抜けられるし、

人にぶつかることも無い。


俺はいつの間にかすっかり人間チックになってしまったようだ。

ホームで電車を待ちながら、



つまらなさそうに携帯を操作している写真家くんの横に立ち、顔を覗き込む。


いつも眼鏡と長い前髪によってよく見えない彼の瞳は、

覗き込むとよく見える・・・。


長いまつ毛に守られているその瞳は、

濁りが無く、

携帯のディスプレイで反射した太陽の光を溶け込ませるかのように受け入れていた。

ただ、自ら光ることは諦めてしまった月の如ごとく、


電車の到着と同時に途絶えた太陽光と仕舞われた携帯によって、


その輝きは失われてしまった。


俺は光を失ったガラス玉のような瞳を

そのまま覗き込んでいたが、

俺の存在に気づくことが出来ない写真家くんは


俺をすり抜けて電車に乗ってしまった。


しばらく立ち尽くしていたが、

電車のドアが閉まる音で当初の目的を思い出し、


閉まったドアをすり抜けて後をおった。


その後、電車をおりた写真家くんは、どこかへ歩き始めた。



しばらく、後をただついて行くだけだったが、


10分ほどしてラーメン屋の前に来ると、

写真家くんは裏口からそっと入っていった。


なぜ裏口から?と疑問を抱きながら、ついて行くと、

写真家くんは慣れた手つきで着替え始め、

着替え終わると表に出て接客を始める。


そこで俺はようやく写真家くんがラーメン屋で働いていることに気づいた。



こじんまりとしたラーメン屋だったが、

昼時ということもあり、中はお客さんでいっぱいだった。


営業スマイルなのか普段全く見せることの無い笑顔を写真家くんは作りながら、

ひたむきに接客をする。



俺はその様子をただ眺めていたが、

こんな遠くのラーメン屋でなぜわざわざバイトしているのだろうかと

疑問がふと湧いてきた。


こう言ってはなんだが、ラーメン屋なんて腐るほどあるし、

なんならリンドウの近くにだってたくさんある。


お金を稼ぎたいなら、交通費を払ってまで遠くのラーメン屋に行く必要なんてない。


それに遠くなればその分働く時間は減るわけだし・・・。


こんなこじんまりとしたラーメン屋が交通費まで出してくれるとは

到底思えなかった。


結局疑問は解決しないまま、


俺の人間化の活動限界が来てしまい、

働く写真家くんを見ながら店を後にし、マンションに戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る