101号室 住人

今日は、101号室の住人の話をしようと思う。


俺が101号室の住人を観察し始めたのはだいぶ前のことだ。


彼は、売れない写真家である。

ものが所狭しと溢れている部屋の中で唯一綺麗にしてある棚には、

新人賞と書かれた小さなトロフィーと共に写真が丁寧に飾ってある。



カメラの手入れを毎日小一時間しっかりやっているところを見ると、彼が写真家をしているかは分からなくても、写真が好きなことだけは分かる。


しかし、新人賞に続くトロフィーはないようだから、おそらく1度きりの栄光だったのだろう。

年齢は30くらい。


くせ毛なのかパーマをかけているのか分からない髪型の彼の名前は、俺も知らない。

101号室には表札がないし、彼は1人で住んでいるから、誰かに名前を呼ばれることも無い。


俺が彼の名前を知る由はないのだ。


ただ、ずっと彼と呼ぶのもあれだから、皮肉かもしれないが、写真家くんと呼ぼう。


写真家くんは、いつも朝早くに部屋から出ていく。

どこに行くのだろうと思って、写真家くんの行き先を目で追ってたら、近くの新聞屋さんに入っていった。

そして、バイクに乗って、近所に朝刊を配り始めたのだ。


そうか、写真家くんは新聞屋さんでもあったのか。

新聞を配り終わると、写真家くんは部屋に戻ってくることもあったけど、夕方まで戻ってこないこともあった。


夕方に帰ってくる時の写真家くんは、酷く疲れた様子でぐったりしている。

何をしているんだろう?



近くの家たちに聞いてもいいが、ここらには俺より高い建物なんて遠くにしかないし、大した情報は得られないだろう。



仕方がない。少々しんどくはあるが、人間化してついて行くか・・。


彼がいつものように新聞を配り終えるのを待ってから、マンションを離れ、

細長い住宅街の路地を抜けていく。


どうせ写真家くんからも誰からも見えないというのに、

どっかの部屋でついていた刑事ドラマの影響で

電信柱の影から見守るような形で写真家くんの後を追う。


脇目も振らず颯爽さっそうと歩いていく写真家くんは、

駅に向かっているようだった。


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