第2話


(存分に見させてもらったぞ。貴様らの実力を……!)

 互いに自己紹介も済ませ、さっそく次の町へと向かうユーリ達一行。

 その旅路にハイドも温和な表情で同行しながら、ここまで作戦通りに進んでくれたことに内心ほくそ笑んでいた。

(バカな奴らめ。このオレが魔物を襲わせた張本人とも知らずに、こうしてまんまと同行させるとは)

 そう──

 つい先ほどユーリ達を襲った芋虫のような魔物達──それを裏で操っていたのは、なにを隠そうこのハイドだったのだ!

 ──なんてことは、今さら説明するまでもないのだが、当然そうなると一つの疑問が生まれる。

 なぜ犯人であるハイドまでもが、魔物に襲われていたのか?

 答えは至って単純にして明瞭。

(間抜けなこいつらのことだ。わざと魔物に襲われることで勇者達に突き入る隙を作ったなんて夢にも思っていまい。ちょっと考えればオレが怪しいってことぐらいわかりそうなものを、他人を疑うということをまるで知らない甘ちゃんどもめ)

 とどのつまり、すべてがハイドの思惑通りだったというわけだ。

 これぞ魔王様の配下にして四天王の一人、ハイドお得意の謀略である。

 とはいえ。

(オレの作戦通りに進んではくれたし、こいつらの実力も見させてもらったが、結局今までどうやって魔王様の刺客を退いてきたかはわからずじまいだったな)

 そうなのだ。

 ユーリはありとあらゆる武器を作り出せる上、それを自在に扱える優れた才覚の持ち主であるし。

 ファイはずば抜けた瞬発力と華麗なる格闘技で敵を圧倒できるだけの力を持っているし。

 アリアは臨機応変に状況を観察して味方を援護する判断力と視野の広さを兼ね備えている。

 有り体に言えば、ユーリ達はそれなりに強くはあるのだ。

 それこそ、並大抵の戦士では敵わないはずの人食いワームの大群を軽々と一掃してしまうくらいには。

 ただし、あくまでも『それなりに強い』というだけで、こちらの予想を上回るほどの強さではなかった。だからこそ、あの程度の実力でどうやって今まで魔王様の刺客を退いてきたのか、どうしても不思議でならないのだ。

 断じて言うが、今までの刺客が弱かったわけではない。ハイドのような四天王ほどの実力はなくとも、今のユーリ達になら十分に勝てるだけの要素はあったはずなのだ。

 それは幾多の戦場をくぐり抜けてきたハイドだからこそ断言できる、揺るぎない事実だ。

(確か報告書では、毎回こちら側ばかり災難に巻き込まれて、いつも勇者達だけ無事に済むという話だったが、これと言ってそれっぽいことはなにも起きなかったな。もっと苦境に立たされないと見れない類いなのか?)

 そもそも、そんな強運じみたものが何度も続いてたまるかという話でもあるのだが。

「ところでハイドくんは、いつから旅に出ているの?」

 と、ハイドが思案に耽っていた最中、それまでファイやアリアと並んで談笑していたユーリが、不意に背後を振り返って話を振ってきた。

「僕ですか? 僕は一か月ほど前からですね」

 先ほどまで策を巡らせていたことなどおくびにも出さず、すぐさま微笑を浮かべて淀みなく答えるハイド。

 ちなみにこれはまんざら嘘でもない。ユーリ達を探し出すのに、実際二週間近くはかかったからだ。

「へえ~。じゃあ私達よりは短いんだねー。私達は四ヶ月くらいなんだよ~」

「三人共ですか?」

「いや、あたしだけ違うぜ。ユーリ達と出会う前から一年半近く、一人で修行の旅に出てたしな。今はユーリ達と一緒に旅をしているけど、これも修行の一環みたいなもんだ」

 ハイドの質問に、前を歩くファイが後ろを振り返りながら言う。

「なるほど。じゃあそういう意味では、ファイさんはこの中で一番の先輩ということになるんですね。それなのに率先して荷物を背負うなんて、実にご立派です」

「いや、これは単に好きでやってるだけ。これもちょうどいい修行になるしな!」

「へ、へえー。そうなんですか……」

 満面の笑みで言うファイに、ハイドは引きつった笑みで相槌を打つ。

 こいつは、あれか。いわゆる筋肉バカというやつなのだろうか。

「そ、そういえばユーリさんやアリアさんは、なにが目的で旅をされているんです?」

「私? 私は……そうだねえ。しいて言うなら、家に帰るためかなあ」

「家に? ひょっとして迷子なのですか?」

「うーん。厳密に言うと少し違うんだけど、家に帰れないという意味ではそうかなー?」

「そしてわたくしは、そんなユーリさんを無事に帰すために一緒にいる、言わば保護者的存在ですわ!」

 と、なぜか胸を張って言うアリア。なぜ誇らしげなのかは謎だが、この際どうでもいい。単なるユーリの引っ付き虫ということだけでも把握できれば十分だ。

 それよりも気にかかるのは、先ほどのユーリの話。

(……家に帰るためとは言っていたが、本当にそうなのか? どうにも煮え切らないというか、曖昧に濁された気がしてならないが、他に明確な目的があるんじゃないのか?)

 たとえば、魔王様を倒すために旅をしている、とか。

 そうでもなければ、ここ最近頻発している魔族の討伐被害に説明がつかない。

(しかも倒されているのは、どれも魔王様の配下……人間達がいる村や町を襲うよう命じられていた者ばかり。それもこいつらの行く先々で倒されるなんて、どう考えても魔王様の邪魔をしているとしか思えん)

 しかし、ならばなぜそう正直に明かさないのだろうか?

(ひょっとして、怪しまれている……?)

 だとすると、少々厄介だ。

 上手く勇者パーティーに介入できたと思い込んでいたが、見た目の能天気さに反して、案外警戒心が強いのだろうか。こうして話している分には、まだハイドの正体に気付いていないように思えるが、警戒されているとなると、これ以上の詮索は危ういかもしれない。

 本音を言うと、もう少し情報を引き出したいところなのだが、はてさてどうしたものか。

「あ、でも、最近はそれだけってわけでもないかな?」

 と。

 うっかり聞き漏らしそうなほどなにげない口調で呟いたユーリに、ハイドはとっさに思索を中断して、

「……それだけでないというのは?」

 と聞き返した。

「えっとね。最初は本当に家に帰るためだけに旅をしてたんだけど、色んな場所に行ってたくさん魔物や魔族の被害に遭っている人を見たり聞いたりして、こういった人達のためになにかできることはないかなって、最近考えるようになって……」

 旅に出る前は、魔物と魔族の違いすらわからなかったんだけどね、と付け足すユーリ。

 厳密にここで魔物と魔族の違いを説明すると、魔物は動物や植物が突然変異を起こして魔の力を得た生物のことで、魔族は元々この世界に生息している魔の者を指す。

 一応互いに魔の力を持つ者同士、両者が争うようなことはめったにないが、さりとて本能のままに生きている魔物と共に暮らせるはずもなく、基本的には野放しにしている場合が多い。なので、あのような知能指数の低い生き物と誇り高き魔族を同一視されるのは、こちらに言わせれば侮辱以外のなにものでもない。

 とはいえ、これくらいのことは人間の間でも常識として知っているはずだし、まして魔物と魔族の違いがわからないなんて、ハイドが知る限り初めて耳にするのだが……。

 などと首を傾げていたせいだろうか、ハイドの反応を見て不意にハッとしたような表情を浮かべたユーリは、

「あー、えっと、私の住んでいたところってかなりド田舎だったから、魔物とか魔族に出会ったことってなかったんだよねー。あははー」

 と、あからさまに作ったような笑みで目線を泳がせた。

「はあ。それはまた、ずいぶんと辺境だったんですねえ」

 ユーリの挙動に眉をひそめながらも、ひとまず話を進めるハイド。気にならないと言えば嘘になるが、大して重要そうでもないし、別に聞き流しても問題はないだろう。

「うん。でもそんなところだったけど、魔物や魔族の被害に遭っている人が世界中にたくさんいるって噂はそれとなく聞いていたから、前々からなんとかしたいなあって思ってたんだよね」

「実際これまでも、そういった人達をよく助けちゃいるんだけどな。それも真っ先にユーリが飛び出すもんだから、こっちはいつも振り回されてばかりなんだよなあ」

「あうっ。い、いつも考えなしに飛び出しちゃってごめんね?」

「ああいや、別に文句があって言ったわけじゃねぇから。逆にもっと胸を張ってもいいくらいだと思うぜ?」

 申し訳なさそうにしょんぼりとするユーリに、ファイは苦笑混じりに言葉を返す。

「ファイさんの言う通りですよ。わたくしもそうですが、ユーリさんの勇気ある行動に一度たりとも愚かだと思ったことはありません。むしろ自分のことのように誇らしいくらいです。そう、わたくしも初めて出会った時も……」

「はいはい。その話はまた今度な。つーか何度目だと思ってんだよ、それ」

 なにやら回想に入ろうとしたアリアを、強引に道の端へと寄せて話を遮るファイ。よほど聞き飽きているのか、かなりのうんざり顔だった。

「ほらユーリ、続き続き」

「え? アリアちゃんの話はいいの……?」

「いいのいいの。話し出すと長いし。それにアリアはアリアで、勝手に一人で楽しんでるみたいだしな」

 どういう意味かとアリアの方を確認してみると、確かに恍惚した表情で妄想の世界に浸っているアリアがそこにいた。

 さながら、危なげな薬でもキメているかのような顔で。

 ……うん。これはファイの助言の通り、このまま放っておくとしよう。

 危ないものには、口も手も出さない方が懸命だ。

 ユーリも同じことを思ったかどうかは定かではないが、少し逡巡したように「いいのかな?」とアリアの方を見やりながらも、ややあって「えっと、それでね」と話を紡いだ。

「色んな噂をあちこちで聞いて、それで元凶が魔王っていう人のせいだっていう話も耳に入るようになって、それで考えるようになったの。本当にその魔王さんっていう人が悪いんだとしたら、話し合いでどうにか止められないかなって……」

 言葉一つ一つに感情を込めるように話すユーリに、ハイドはさも真摯に耳を傾けている振りをしつつ、

(お前ごときが魔王様を止めるだと? はっ。笑わせてくれる)

 と内心嘲笑していた。

 魔王様は最強にして無敵の存在。そんなお方に挑むなんて──まして話し合いでどうにかしようだなんて、愚かにもほどがある。

 そもそもこいつら程度の実力では、魔王城に辿り着けるかどうかすら怪しいところだ。仮に辿り着けても、魔王城きっての精鋭部隊を前にしてなす術もなく返り討ちになるのが関の山だろう。

(その前に、このオレがこの世から消してやるんだけどな)

 まあ、それはさておいて。

 先ほどの話を聞くに、どうやら最初から魔王様のお命を狙って旅に出ていたわけではなかったようだ。

 というより、行きがかり上人助けをしただけであって、魔王様の邪魔をするために各地の配下を倒していたわけではないと言ったところか。

 だからと言って決して看過できる問題ではないし、ユーリ達を早急に片付けるという方針は依然として変わらぬままではあるが。

 この先魔王様を狙うつもりであるのなら、なおのこと。

「それからは家に帰る方法も探しながら、魔王さんのいるところも色んな人に訊いて回ったりしているんだけど、そしたら今度は逆にその魔王さんから命を狙われるようになっちゃって……」

「あー、そういや少し前にも魔族の連中に突然襲われたりしたよなー。しかもけっこうな数に周りを囲まれたりしてさー。さすがのあたしもあの時は冷や冷やしたぜ」

(魔族の連中……。この間、魔王様と謁見していた奴の部隊か)

 ちなみにその部隊の長を務めていた魔族ではあるが、今や左遷されてどこぞの辺境の地に飛ばされたのだとか。

 あれだけ魔王様の不興を買ってしまったのだから無理からぬ話ではあるが、ああはなりたくはないと心から思ったものだ。

(ま、あんな無能と同じ末路を辿るオレではないがな)

「けど、なんとかなって良かったよねー。私達、ほとんどなにもしてないけど」

 と、ハイドが内心でせせら笑っている間に、ユーリは隣ににいるファイに話を続ける。

「そういえばそうだったなー。あの時は突然魔族の奴らが苦しみ出してさー、そしたら今度はバタバタ倒れちまっていくし。あれって結局なんだったんだろうな? おかげで無事に逃げられたけどもさ」

(こいつら、あの時なにがあったのか、なにも知らないままでいたのか……?)

 ハイドは報告書を確認しているのですでに既知なのだが、まさか件の当事者がなにもわかっていなかったとは思ってもみなかった。

 報告書によると、当時たまたまユーリ達を襲った地に、魔族が大の苦手とする香りの草花が繁殖しており、その香気が突然風に乗って流れ込んできたせいで、一斉に仲間達が悶え苦しむ結果になってしまったのだとか。

 それだけ聞くと部隊を指揮していた奴の不手際というか、調査不足としか言い様がない気がするが、しかしながら奇異なことに、同じような案件が何度も続出しているのだ。

 それも決まって魔族側しか被害が出ないと言うのだから、実に魔訶不思議な話である。

(もしかしたら勇者達がなにかしら未知の能力を使っている線もあると踏んでいたが、どうやらそういうわけでもなかったみたいだな。だがそうなると、本当に毎回、ただ運が味方をしてくれていたってことか……?)

 実際この目で見たわけでもないという事情も相俟って、にわかに信じがたい。

というかこんな与太話、信じる方がどうかしているとも思うが。

 しかしながら、事実は事実。いくら信憑性のない話だとしても、油断は禁物である。

 たとえそれがどれだけ耳を疑うような奇天烈な話だとしても、最悪のケースを考慮して最善の戦略を練るのが、真の策士だ。

(となると、保険をかけて長期戦も視野に入れておくべきかもしれないな。チャンスがあればすぐにでも始末する予定ではあるが、念のため、もう少し様子を見ておくか)

 決してこの三人が相手でも遅れを取るハイドではないが、さすがに正面きって対峙するには骨が折れそうだし、場合によっては途中で逃げられる可能性だって否めない。そう考えての判断だった。

 ひとまず今のところは、ユーリ達に合わせておくとしよう。策士たるもの、早計に動くのは愚の骨頂だ。

「すごいじゃないですか! たまたま相手が勝手に壊滅したとは言え、あの魔王から送られてきた刺客の魔の手から逃れることができるなんて!」

「え~? 別にそんなことないよ~」

 ハイドの称賛に、いかにも照れたように頬を赤らめるユーリ。こんな簡単な嘘に騙されるとは、めでたい奴だ。

「そういえばここ最近、魔王を倒す旅に出ている凄腕の勇者一行がいるという噂を小耳に挟んだのですか、もしかしてユーリさん達のことでは?」

「え? なにそれ? ファイちゃん知ってる?」

「……さあ? あたしも初めて聞いたぞ。つーかそれ、本当にあたしらのことなのか?」

「間違いなく、わたくし達のことですわ!」

 と、そこで、いつの間にか回想から復帰したアリアが、なにやら嬉々した面持ちでハイド達の会話に割って入ってきた。

「ユーリさんやファイさんは世情に疎いので知らなかったようですが、実は最近、わたくし達の武勇伝が各地で広まっているようで、魔族や魔物の被害で苦しんでいる人達の希望となっているのですわ。中には唄や絵画、本となって出回っている物もあるんですの!」

「ええ……? そんなとんでもない話になってたの? なんか恥ずかしいなあ……」

「恥ずかしがる必要なんて微塵もありませんわユーリさん! だってユーリさんの素晴らしい活躍の数々がようやく世間にも浸透し始めたのですから! 今まで地道に広報活動をした甲斐がありましたわ!」

「──って、お前の仕業だったのかよ!?」

 アリアの衝撃発言に、驚愕の表情で即座にツッコミを入れるファイ。

「いやそれ以前に、広報活動ってなに!?」

「文字通りの意味ですわ! 町を巡るごとに、色んな方々にユーリさんのこれまでの活躍をさりげなく語って聞かせ、時にわたくし自ら執筆した掌編を配布し、またある時は皆さんの前で物語を歌って聞かせたりと、このように様々な喧伝に全力を尽くさせてもらいましたわ!」

「尽くし過ぎぃ! ていうかそれ、さっきお前が世間で流行っているって言ってたやつばかりじゃね!?」

「とっっっても充実した時間でしたわ~♪」

「なんて清々しい笑顔! いくらなんでもユーリのこと好き過ぎるだろ!」

 ハイドもそう思う。心の底から。

「……あのね、アリアちゃん」

 と、さすがにユーリもこのままにはしておけないと思ったのか、少し困ったような笑みを浮かべつつ、まっすぐアリアを見据えながら言葉を発した。

「私のために色々してくれるのは嬉しいんだけど、これからそういうのはやめてもらっていいかなあ?」

「ふぁ!? な、なぜですのユーリさん!?」

「私、昔からみんなに注目されるのって苦手で……。試合とか勝負事だったら平気なんだけど、噂の的になるのはちょっと……」

「そ、そんな! わたくし、いっぱい頑張りましたのに……!」

 申し訳なさそうに言うユーリに、アリアはこの世の終わりと言わんばかりにガクッと項垂れた。いや、そこまでショックを受けるほどのことか?

「わたくし、諦めたくありませんわ! 今までたくさんの人を救ってきたのですもの。もっともっとユーリさんの素晴らしいところを皆さんに知っていただきたいですわ!」

「別に私、みんなから褒められたくて助けてるわけじゃないんだけどなあ……」

「それはわたくしも重々承知しておりますわ! ですけれど、やっぱり悔しいじゃありませんの! こんなに世のため人のために頑張っているユーリさんのお姿を、だれにも知られないままにしておくなんて我慢なりませんわ! ユーリさんの勇ましいところや可愛いところやお優しいところや可愛いところや可愛いところを、もっともっとたくさんの方々に広めなければ!」

「いや、どんだけ可愛さをアピールしたいんだよ……」

 などと、ファイはジト目で突っ込みつつ「そうは言っても仕方ないだろ。本人が嫌がってんだからさ」と溜め息混じりに苦言を入れた。

「イヤですわイヤですわ! これで終わりになんてしたくありませんわ!」

「まるで駄々っ子だな……。ほらユーリも、こうなったらもっと厳しめに言ってやらないと止まらないぞ、これ」

「う~ん。アリアちゃんがそこまで言うなら、ちょっとくらいはいいかな?」

「──っていいんかい!」

「やりましたわあああああああ! お許しが出ましたわああああああ!」

 ユーリの了承に、涙まで流して喜ぶアリア。なんなら今すぐにでも小躍りしそうなほどの浮かれようである。

(しかし、ほんと騒がしい連中だな……)

 まだ共に過ごしてから一時間程度しか経っていないのにこのウザさ。これが任務でなかったら、さっさと離れていたところだ。元々、団体行動は苦手な方だし。

 今は任務中で、あえて親しみのあるキャラを作っているが、本来は単独行動の方が落ち着くタイプなのである。

 むろん、状況によっては部下を指揮することも多々あるし、この案件もなにもハイド自ら出向く必要もなかったかもしれないが、これだけは確実に自分の手で処理しておきたかったのだ。

 これ以上、魔王様の気を煩わせないためにも。

 そしてなにより、崇拝する魔王様にもっと自分の価値を認められるためにも。

(そのためにはまず、もっとこいつらの懐に入り込む必要があるな)

「素晴らしい! なんて素晴らしい方々なんだ!」

 未だ姦しく騒ぐユーリ達に、ハイドは大仰に柏手を叩いて声を張り上げた。

「名誉のためでも地位のためでもなく、あくまでも世のため人のために魔王を倒そうとしているとは! とても感銘を受けました!」

「えっ? あ、うん。そう……?」

 突然甲高い声を上げたハイドに驚いた表情をしつつ、ユーリは戸惑いがちに反応を返す。

「そこで折り入ってお願いがあるのですが、どうか僕も、あなた方の旅に同行させてはもらえないでしょうか!?」

「「「えっ?」」」

 今度はユーリだけでなく、ファイやアリアまで驚愕の声を上げる。

「は、ハイドくん。本気で言っているの?」

 そう困惑した顔で訊ねるユーリに対し、

「もちろんです! 僕もかねがね、なにか人のためにできることをしたいと思っていたんです!」

 とハイドは溌剌とした表情で答えた。

「……でも、魔法の修行はいいの? ハイドくん、まだ旅に出て間もないんだよね?」

「ええ。ですが旅なら一人でなくともできますし、それにユーリさん達に付いて行った方が、自分の成長に繋がると思うんです」

 成長? と首を傾げるユーリに対し、ハイドは爽やかな笑みで「その通りです」と首肯した。言わずもがな、これも嘘ではあるが。

(ここまで熱心に言えば、こいつらも拒絶できないだろ。あとはこいつらと打ち解けさえすれば……)

 などと、完全に勝利をもぎ取った気でいたハイドではあったが──

「……う~ん。ハイドくんはこう言ってるけど、二人はどう思う?」

「いやどうもこうも、なあ?」

「そうですわね……。正直に言って、このままわたくし達の旅に加えるのはどうかと思いますわ」

(ば、バカな……! 三人共、難色を示しているだと……っ?)

 予想外の芳しくない反応に、思わず狼狽えしまうハイド。

 ハイドの予定では、あっさり迎えてくれるとばかり思っていたのに、まさかこんなお断りムードになるだなんて……!

(なぜだ? なにがダメだったんだ……!)

「あ、あの、もしかして僕が一緒に行くと、なにかまずいのでしょうか?」

 内心の動揺を隠せず、ぎこちない口調でそう訊ねるハイドに、

「別にあんたに限った話じゃねぇけど、色々と危険な旅になるし、もっとよく考えて決めた方がいいと思うぜ?」

「わたくしも同意見ですわ。魔王城を目指す以上は、当然これからも命を狙われるでしょうし、安易に許可なんてできませんわ」

 ハイドの問いに、真剣な面持ちで答えるファイとアリア。

 どうやらそれはユーリも同じ気持ちだったようで、

「二人もこう言ってるし、私も一緒に来るのはやめておいた方がいいと思うよ?」

 と、心の底からハイドの身を案じているような顔で忠告してきた。

(やめておいた方がいいだと? 冗談じゃない!)

 ハイドの目的はあくまでもユーリ達の抹殺。その中で現状最も確実な方法なのが、ユーリ達のパーティーに入り、隙を見てその命を狩ることなのだ。

 だからこんなところで、決して頓挫するわけにはいかない!

「僕なら心配ありません! 自分の命くらいは守れますし、全力で皆さんのサポートだってします! ですから、どうか僕も一緒に連れて行ってください!」

 お願いします! と頭を下げて頼むハイドではあったが、それでも向こうの反応はいまいちで、三人揃って困った表情でお互いを見つめていた。

「う~ん。ここまで熱心に言われたら、連れていってあげたいとも思うんだけど……」

「情に絆されて決めるのは良くありませんわユーリさん。ハイドさんの人生に関わることですし、もっと慎重に考えるべきかと」

「だよなあ。酷な言い方かもしれんけど、ぶっちゃけお荷物にしかならねぇ気がするし」

(に、荷物!? このオレが……!?)

 ファイのストレートな物言いに、ハイドはかつてないほどのショックを受けた。

 荷物──魔王様の配下の中でもトップクラスに立つこの自分に対して、まさかの荷物呼ばわりをされる日が来ようとは。

 それも、こんなゴミとも言える人間に、だ。

 屈辱だ。耐えがたき屈辱である。侮辱どころか、愚弄されたと言っても過言ではない。

 腹の底から煮えたぎるような怒りがこみ上げ、全身に血流が駆け巡るのが自分でもわかった。

 この怒りはもう、今すぐ暴れでもしなければ収まりそうにない……!

(……いや、それはダメだ。クールになれ、オレ)

 怒りのあまり、拳に魔力を集中させるハイドだったが、思いとどまってすぐさま力を抜いた。

 せっかく自然な形でユーリ達に接触できたというのに、ここで暴れてしまってはすべてが水泡に帰してしまう。

 だいいち、荷物扱いをしたのはあくまでも仮の姿──人間の振りをしているハイドの方だ。だったら、いちいち目くじらを立てる必要もない。

 さて、頭も冷えてきたところで、冷静に状況を分析しようじゃないか。

 今までの話をまとめるに、どうやら今のハイド(むろん人間の振りをしている方だ)では旅に連れていけない理由があるらしい。

 まずはその理由を問いただし、なんとかして不安要素を払拭せねば。

「……あ、あのー。そんなに僕って頼りないでしょうか……?」

 なるべく同情を誘えるよう、悲哀たっぷりに目線を伏せつつ、ハイドはユーリ達の真意を探る。

「ほら、ファイさんがあんな言い方をするから、ハイドさんがショックを受けているじゃありませんの」

「えー? あたしのせいかよ~?」

 非難するアリアに、ファイは心外と言わんばかりに唇を尖らせて不満を漏らす。

「アリアだって、あたしと似たようなことを考えていたから反対したんだろ? だったら同罪じゃんかよ~」

「否定はしませんけれど、もう少し言い方ってものを考慮すべきですわ」

「だって本当のことじゃん。あんな魔物一匹を相手に全力で逃げているようじゃ、この先どう考えたってお荷物にしかならんだろ」

 なるほど。なぜそこまでハイドの同行を渋っているのかと疑問に思っていたら、そういうことだったのか。

 あれはユーリ達と自然な形で知り合うためにわざと逃げている振りをしていただけだったのが、まさかそれがこうして裏面に出てしまうとは。

 とはいえ、ユーリ達と出会う前に倒してしまっては意味がないし、逆にユーリ達のいるところまでおびき寄せたあとで倒すというのも、不自然極まりない。

 ユーリ達からしてみたら、なぜわざわざこっちまで誘導してまで倒したのかという話になってしまうのだから。

(となると、魔法使いとしての技量をアピールする必要があるが、しかしどうする? 今さら実力を示したところで、なんで最初からその力を使わなかったのかと疑問を持たれるだけだろうしな……)

「ファイさんはもう少し気遣いというものを覚えるべきですわ。なんでもバカ正直に話せばいいというものではありませんわよ?」

「そういうのは苦手なんだよなあ。あたしはなんでも直球勝負なんだよ」

 と、ハイドが黙考している間に、アリアとファイが互いに眉をしかめながら言葉を交わす。

「だいたいさー、こいつって魔法の修行をするために一人で旅に出てたんだろ? それなのになんでとっさの事態にも対応できるような魔法を会得してないんだよ。普通に危なくね?」

「みんながみんな、ファイさんみたいに神経が図太いわけじゃありませんわよ。それも魔法使いとあっては、突然のことに気が動転して詠唱が頭から抜けてしまうことだって十分にありえますし」

「あー。そういえばさっきハイドも似たようなこと言ってたな。でもアリアだったら一人でも余裕でどうにかなっただろ? あれくらいの魔物一匹なら」

「それは、その通りではありますけど……」

「ほらあ。やっぱ単にこいつが弱いだけじゃんかー」

「だからもう少し言い方というものが……ああハイドさん、どうかお気にしないでくださいまし。この方、いつもこうなんですの」

 相変わらず歯に衣を着せないファイの言い方に注意しつつフォローを入れるアリアではあったが、ハイドは別の点が気になっていた。

(このアリアとかいう女、そんなに強かったのか? オレが見ていた時はそこまでの印象は受けなかったのだが……)

 ハイドが知っている限り、確か僧侶は魔法使いと違って直接相手に打撃を与えるような法術はなかったはずだが、実は接近戦にも対応できるような術を持っていたのだろうか。

 だとしたら、ユーリ達がやたらハイドの仲間入りを渋るのも、わからなくはない。

 サポートだけでなく前衛にも立てる人材がすでにいる以上、今さら支援魔法しか使えない腰抜けのチキン野郎(あくまでもそういう設定ではあるが)なんて、別に必要としないだろうから。

(そうなってくると、別のアプローチの仕方を考えるべきかもしれないな。オレの魔法では頼りないと思われてしまっている以上、もっと他の助けになるようななにかが……)

 しかし、一体なにがある?

 少なくともこいつらより遥かに頭が切れるのは紛れもない事実ではあるのだが、それを提示できるだけの物証なんてないし、言葉で証明できるようなものでもない。

 だったらせめて荷物持ちでも買って出ようとも思ったが、いかんせん、それもすでにファイが自ら進んでやってしまっている。

 せめて所持金が潤沢であれば、みんなの財布役でもやれていたのかもしれないが、あいにくと旅に必要となるであろう分しか用意していなかったので、これも無理。

 じゃあ、あとは一体なにがある?

 他になにか、旅の同行を望んでくれるようななにかが──

「つーか、ユーリからはっきり言ってやれよ。あんたは連れていけそうにないって」

「それはわたくしも同意見ですわ。連れていくかどうかは最終的にユーリさんが決断することではありますが、ここではっきりとお決めになった方がお互いのためにもいいかと」

「……そっかー。うん、そうだね。私がはっきりしなきゃいけないんだよね」

 ファイとアリアの言葉に、それまで当惑するばかりであったユーリが、ここにきて意思が固まったように表情を引き締めた。

(まずい! 今の流れだと確実に断られてしまう……!)

 早くなにか言わなければ。

 こいつらに納得してもらえるだけの、なにか良いアピールを……!

「えっとね、ハイドくん。ちょっと言いにくいんだけど──」

「す、少し待ってくださいっ!」

 と、ユーリが言い切る前に、ハイドはとっさに片手を突き出して言葉を遮った。

「言い忘れていたんですが、実は僕、魔法以外にも特技がありまして……」

「特技? どんな?」

 きょとんとした顔で訊くユーリに、ハイドは目線を泳がしながら「え、えーっとですね。僕の特技はですね……」と勿体ぶった言い方で場を濁す。

 ぶっちゃけ、単なる時間稼ぎ──つまり悪あがきでしかないのだが。

(考えろ! 思考をフルに回せ! この苦境を打破する策を講じるんだ……!)

 だが、一体どうすればいい?

 今のところ戦力として期待されていないし、頭脳労働をさせてもらえるだけの信頼関係も築けていなければ、荷物持ちという雑用すら必要とされていない。

 荷物持ちもできない荷物扱いとは、なんたる皮肉だろうか……。

(……ん? いや待てよ。望みは薄いが、これならあるいは──)

「おいおい。特技ってのはどうしたよ? もしかして苦し紛れの言い訳──」

「──料理っ!」

 と。

 呆れ顔で文句を言おうとしたファイに、ハイドは突如声を張り上げて、そのまま一気呵成に続けた。

「洗濯! 掃除! 裁縫! 他にも生活スキルならだれにも負けない自信があります!」

 などと、さながら面接を受けている受験者みたいなことを声高に主張するハイドに、ユーリ達は面食らったように呆然と立ちつくした。

 先ほど出た『雑用』というワードをきっかけに思い付いたアピールではあるのだが、せめて生活のサポート役としてならば、使ってもらえるのではないかと考えたのだ。

 言わば、召使いのような立場である。

 誇り高き魔族にして四天王の一人であるハイドが、よりにもよって人間の──それも魔王様に敵対する勇者達の召使い。

(ぬぐあああああああああ! 想像しただけで胃液がこみ上げてくるうううう! 崖があったら今すぐ飛び降りてえええええええっ!)

 いや、もちろん仮にあったとしてもそんなバカ真似はしないが、しかしそれくらい屈辱的であった。

 なんなら頭の中では、岩場で頭をしこたま打ち付けているまである。

 だからと言ってここで頓挫するわけにもいかないし、なによりこれも作戦の内なのだから、今はただひたすら我慢するしかない。ストレスが尋常ではないが。

 さて、そんなこんなで恥辱に耐えながら召使いとして同行してもらえるよう願い出たハイドではあったが、果たして三人の反応はと言うと、未だなにも返答なしだった。

 というか、固まったままだった。

 まるで、時間が止まったかのごとく。

「…………? あの、お三方……?」

 おそるおそる訊ねたハイドに、三人共ハッと我に返ったかのように両目を開いたあと、突然距離を取って円陣を組み始めた。

「ど、どうする? ハイドくん、料理ができるんだって。しかも他にも色々できるみたいだよ。家事限定みたいだけど」

「でもポイント高いよな! 料理ができるって点だけでもかなり!」

「ですが、それだけで同行を許可するというのも……。いえ、わたくし達にしてみれば、とても欲しい人材ではあるのですけれども……」

 ハイドに聞こえないよう配慮してか、なにやら小声で相談を始めたユーリ達。

 まあぶっちゃけ聞こえてしまっているのだが──というか魔族の耳を持ってすれば丸聞こえな状態なのだが、ひとまず会話を聞くに、どうやらハイドを同行させるかどうかで相当揺れているようだ。

 ちょっと料理ができるとか、その程度のことしか言ってないのに。

 どんだけ戦力として期待されてないのだ、自分。

 ま、色々と釈然としないものはあるが、ひとまず結果オーライとしておこうか。料理ができる云々は嘘でもなんでもないし。

 というか趣味でよくやっている方なので、腕に自信があるのは本当である。

 まさかそれがこうした機会で役に立つ日が来ようとは思ってもみなかったが。

「もう連れていってもいいんじゃね? あいつがいれば、もうこれから味気ない保存食に悩む必要もないんだぜ?」

「そうは言いますけれど、この先魔物に出くわした時はどうされるんですの? 魔法が使えるとは言ってもさほど期待できるものでもないみたいですし、いざという時に助けに入れる保証もできませんのよ?」

「アリアちゃんの言うことも一理あるけど、でもこのまま断るには勿体ないのもあるんだよね~。せめてもうひと押しというか、これと言う決め手があればいいんだけれど……」

 そうこうしている間にも、ユーリ達の話は進んでいく。

 進みはすれど、どうやら決定打に欠けているようで、話の終わりはなかなか見えそうになかった。

 だったらその決定打とやらを、ハイドが出すまでだ。

「あのー、ちなみにもう一つ加えさせてもらいますと」

 やいのやいのと、もはや小声で話すのも忘れて騒ぎ立てる三人に、ハイドは不意に挙手して会話に割り込んだ。

「僕、お菓子作りも得意です」

 その瞬間、ユーリ達に稲妻が走った。

 ──かのように見えた。

「今日からよろしくねハイドくん!」

「困ったことがあったらなんでも言ってくれよな!」

「わたくし達でよければ、いつでも相談になりますわ!」

 あれだけ逡巡していたのが嘘のように、ハイドの元へと一斉に駆け寄って笑顔を振り撒くユーリ達。

 女子供がお菓子好きなのは知っていたが、まさかこれほどの効果があろうとは。

 というか。

(たかが菓子程度であっさり陥落するくらいなら、さっさと言えばよかった……)

 どうにか無事にユーリ達の仲間入りができただが、なんとも言えない疲労感に内心げっそりするハイドであった。

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