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 どこまでも砂が広がっていたあの景色が、全て夢だったとは思えない。

 だけれども。

 飛び降りたはずの世界では、こんなにも背が高いフェンスなんてなかった。

 それが異常であることにも気付けなかった。


 二人が見た、同じ夢。

 そんな風に思うことが、何も考えなくて気楽ではある。

 だが久川は、こう考えた。


「僕たちは、違う世界線ってやつに来たんじゃないですか?」

「……どういうことだ?」

「実は、僕たちは元々、こことは違う世界で生きていたのだけれど。飛び降りたことをきっかけに、この世界で生きていた僕たちと入れ替わった……っていうのかな」


 自分で言っておきながら、意味がわからない。

 そう思い久川は再び苦笑するが、それでもなんだか面白かった。


 どうしてこうなったのかわからない。

 けれど、自分は確かに、砂漠の中で藤堂のことを知り。

 藤堂のおかげで、将来を悲観していた考えを改めることができた。

 久川は藤堂に向き直り、一度は言おうとしてやめた言葉を告げる。


「ありがとう。僕を、助けてくれて」

「俺も落ちたけどな」

「そこじゃないよ」

「は? じゃあ、どこだよ」


 疑問符を浮かべる藤堂に、久川は「自分で考えて」と言い、笑った。



「そろそろ、帰りましょうか」


 カバンを背負いなおし、歩き出す久川。

 しかし、藤堂の返事がなかったため、立ち止まって振り返る。


「どうしたんです、帰らないんですか?」

「いや……」


 藤堂の視線は、空に向かっていた。

 久川も空を見る。

 すでにいくつかの星が、淡い光を放っていた。


「空、きれいだなーと思って」

「そうですね」


 藤堂は目を閉じ、深呼吸を一度だけする。

 強い風が吹いて、色違いな二人の髪を逆さに撫で上げた。


「……帰る!」


 藤堂も満足したのか、満面の笑顔を久川に向ける。

 それから二人は、並んで屋上を後にした。

 帰り際、清掃員の人たちに見つかって職員室に連行されたが。

 それもまた、良い思い出になるのだろう。




 教師からの説教で、すっかり暗くなった帰り道を、つい先ほどまで友達ですらなかったはずの二人が肩を並べて歩く。

 炭のように黒い空には、いくつもの星が瞬いていたが。

 あの砂漠で見たような輝きはどこにもない。


「そういえば、ネックレス。どうしたんですか?」


 久川が指摘して、藤堂は気付いたのだろう。

 自分の首元を見てから「あれ?」と首を傾げ。

 胸ポケットからズボンのポケット、カバンの中まで手探りで探ったが。

 リングのついたあのネックレスは見つからなかった。


「おっかしいなあ、マジで無いんだけど……家に帰ったらちゃんと調べるか」


 残念そうにため息を吐く藤堂に、隣を歩く久川が言った。


「あのネックレス、もしかしてお守りだったんじゃないですか? ちゃんと、現実へ帰ってこられるように」

「……お前って発想が柔軟だよな。そんなこと、ちっとも思わなかった」

「そうですか? そうだったらいいなって、思うんですけどね」


 久川は数歩先を歩くと、藤堂に言った。


「じゃ、僕はこっちなんで」

「そっか、じゃあなー」

「うん、また明日」


 久川が笑顔で手を振ると、藤堂も笑顔で返す。


「おう、また明日」

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夜空に瞬く星のように 深海 泳 @Fukami_n

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