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 チャイムの音が、少しだけ懐かしく感じた。


 視界が急に明るくなり。

 かと思えば、いつの間にか久川は教室の自席に座っていた。


「それではホームルームを終了します。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」


 担任の教師がそう言って教室を出て行くと、クラスメイトたちは一斉に立ち上がり。

 各々のグループに群がるようにしながら、教室から少しずつ、いなくなっていく。


 久川は少しの間、呆然と教室内を見回してから、窓の外を見た。


 今は、十一月。

 学校に生えるイチョウの木は黄色く色づき、秋らしい色で校庭を飾っていた。

 久川は、窓に反射して映る自分の顔を見つめてから、呟く。


「……夢?」


 当然だが返事はない。

 教室に残っている生徒は、もうほとんどいなかった。


 小さくあくびを出しながら、学生カバンを背負い、人気の少ない廊下に出る。

 そして家に帰ろうとしたところで、久川は立ち止まった。


 あれは本当に、夢だったのだろうか?

 久川の足が、自然と。

 屋上に続く階段へ向かった。



 屋上の、鉄扉の前まで来て。

 そのドアノブに恐る恐る、手をかける。


 この扉は普段、鍵が閉められているのだが。

 この日は貯水タンクの清掃があり、清掃員には鍵が手渡されていることを久川は事前に知っていた。


 あの時は、清掃員が掃除している隙を狙って忍び込み、いなくなったところを見計らって飛び降りた。

 だから、まだ清掃員が来ていない今、この鉄扉が開くわけがない……。


「……開いた」


 鉄扉は、想像していたよりもずっと軽い手応えで開いた。

 まるで、誰かが久川を招き入れているかのように。

 鉄扉は音を立てながらも、静かに開いていく。


 冷え切った、冬の訪れを感じさせる風が、久川の全身に吹き付けた。

 固いつばを飲み込んで、久川は屋上へと足を踏み入れる。



 この屋上から見る空は、飛び降りようとして見上げたあの時と同じ色をしていた。

 沈みだした太陽は真っ赤に燃えて。

 煙のように伸びる雲は、濃い紫とビビッドなオレンジ色をしていた。

 遠くに見える建物の影は焦げ茶色。

 そんな影で作られた山の谷間からは、電車が通り過ぎていく様子がはっきりと見えた。

 今日はいつもより風が強いのかもしれない。

 雲の流れは速く、久川が瞬きする度、形を変えている。


 そんな、夕暮れ時の空を見つめる久川だったが。

 突如、慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえてきて。

 驚き振り返ると、閉まりかけていた鉄扉が勢いよく開けられた。


「ひ、久川……!」


 肩で息をしながら、久川に駆け寄りその肩を掴んだのは、藤堂だった。


「ぜえ、ぜえっ……なんで! ここにいるんだよ!」

「ご、誤解です! 落ち着いてください」

「これが! どう、落ち着けるんだってんだよ!」

「いいから、息を整えてください……大丈夫ですから」


 久川は藤堂の呼吸が落ち着くまで待つ。

 だが藤堂は、呼吸が整うなり久川に向かって怒鳴った。


「死ぬな! いいから死ぬなあ!! うえ、げほっ!」

「もう死にませんって……つば、飛ばさないでください」

「じゃあなんで! ここにいるんだよ!」


 怒鳴られた久川は、バツが悪そうに視線を逸らしてから、空を見上げる。


「はじめは夢だと思ったんです。あの砂漠も、僕がここから飛び降りたことも……でも」


 久川は視線を藤堂に戻して、苦笑した。


「どうしても、夢だったとは思えなくて。確かめに来たんです」

「……それで? 確かめられたのか?」


 あれは夢だったのか、何なのか。

 その疑問に、久川は数秒ほど考え込んでから。

 自分が飛び降りたはずの場所を見た。


「そもそも、屋上から飛び降りるなんて。ここじゃできないですよね」


 だってここには、転落を防止する、背の高いフェンスがあるのだから。

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