6P

 久川家の大黒柱だった父が、事故で視力を無くして、仕事を辞めた。

 母が働きだして、自分が父の傍にいるようになって。

 自分の将来にとてつもない不安が押し寄せた。

 だから死のうと思った。

 何も考えたくなかったから、頭の中をイヤホン越しに聴く音楽で埋めて、死のうとした。


 久川は頭の中で、明確だった自分の『死ぬ理由』を思い出す。

 なのに、何も。

 言葉にできなかった。

 一度は死のうとして、今度は死にかけている人間を前にして。

 しかも、死にそうな彼の語りを聞いた後ではもう。

 返す言葉が何一つなかった。



 藤堂の腕を見ると、鬱血とは明らかに違っていて。

 噛まれた箇所から緑色に変色しはじめていた。


「しっかりしてください……ここで倒れたら、大変ですよ」


 藤堂の左肩を担ぐようにして、久川は歩き出す。

 太陽が駆け足で沈みはじめ。

 空はいつの間にか、深い橙と紫が混合した色を出している。

 風も次第に寒く感じるようになり。

 まるで、世界が二人を冷ややかに眺めているかのようだった。


 そういえば、乾燥している砂漠の夜は、寒いんだっけ。

 そんなことを今更思い出しながら、久川はひたすらに歩き続けた。


「ごめんな……俺、重いだろ」

「そう思うなら、自力で歩いてくださいよ」

「悪い、それは、できないや……」



 最初は饒舌だった藤堂の口数が、時間と共に減っていく。

 次第に消えていく明るかった世界と、藤堂の口数に。

 焦る久川が必死に声をかけ続ける。


 大丈夫ですか、生きていますか。

 ちょっと寒いですけれど、がんばりましょう。

 きっと、どこかに建物があって、誰かが助けてくれますから。

 だから……。



 ふと、空を見上げると。

 まるで風に舞い上がった砂のように細かい星々が、目が眩むくらいに輝いていた。

 月はない。

 この、真っ黒な夜空にきらめく星たちは。

 欠けてしまったことで輝きを持った、大切な何かの破片だったりするのだろうか。

 そんな詩的なことを考えるくらいに、きれいだった。



 久川につられて、夜空を見上げる藤堂。

 すると彼は、久川から離れて数歩、砂上を歩く。


「大切なものは、目に見えないって、言うよな……」


 藤堂が夜空を指さす。


「でも……今なら見える気、しないか?」


 おぼつかない足で、藤堂が振り返った。

 そして仰向けにゆっくりと、砂地に倒れはじめる藤堂の姿。


 まるで、スローモーションになった映像を見ているかのようだった。

 そのくらい世界が、異様に輝いていた。

 駆け寄るために走りだす久川の姿さえも、ゆっくりと動いて。



 藤堂の首元が、鋭く光った。

 夜空に瞬く星のように。

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