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久川家の大黒柱だった父が、事故で視力を無くして、仕事を辞めた。
母が働きだして、自分が父の傍にいるようになって。
自分の将来にとてつもない不安が押し寄せた。
だから死のうと思った。
何も考えたくなかったから、頭の中をイヤホン越しに聴く音楽で埋めて、死のうとした。
久川は頭の中で、明確だった自分の『死ぬ理由』を思い出す。
なのに、何も。
言葉にできなかった。
一度は死のうとして、今度は死にかけている人間を前にして。
しかも、死にそうな彼の語りを聞いた後ではもう。
返す言葉が何一つなかった。
藤堂の腕を見ると、鬱血とは明らかに違っていて。
噛まれた箇所から緑色に変色しはじめていた。
「しっかりしてください……ここで倒れたら、大変ですよ」
藤堂の左肩を担ぐようにして、久川は歩き出す。
太陽が駆け足で沈みはじめ。
空はいつの間にか、深い橙と紫が混合した色を出している。
風も次第に寒く感じるようになり。
まるで、世界が二人を冷ややかに眺めているかのようだった。
そういえば、乾燥している砂漠の夜は、寒いんだっけ。
そんなことを今更思い出しながら、久川はひたすらに歩き続けた。
「ごめんな……俺、重いだろ」
「そう思うなら、自力で歩いてくださいよ」
「悪い、それは、できないや……」
最初は饒舌だった藤堂の口数が、時間と共に減っていく。
次第に消えていく明るかった世界と、藤堂の口数に。
焦る久川が必死に声をかけ続ける。
大丈夫ですか、生きていますか。
ちょっと寒いですけれど、がんばりましょう。
きっと、どこかに建物があって、誰かが助けてくれますから。
だから……。
ふと、空を見上げると。
まるで風に舞い上がった砂のように細かい星々が、目が眩むくらいに輝いていた。
月はない。
この、真っ黒な夜空にきらめく星たちは。
欠けてしまったことで輝きを持った、大切な何かの破片だったりするのだろうか。
そんな詩的なことを考えるくらいに、きれいだった。
久川につられて、夜空を見上げる藤堂。
すると彼は、久川から離れて数歩、砂上を歩く。
「大切なものは、目に見えないって、言うよな……」
藤堂が夜空を指さす。
「でも……今なら見える気、しないか?」
おぼつかない足で、藤堂が振り返った。
そして仰向けにゆっくりと、砂地に倒れはじめる藤堂の姿。
まるで、スローモーションになった映像を見ているかのようだった。
そのくらい世界が、異様に輝いていた。
駆け寄るために走りだす久川の姿さえも、ゆっくりと動いて。
藤堂の首元が、鋭く光った。
夜空に瞬く星のように。
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