4P
「なんか、どこかで聞いたことのありそうな話ですね」
「そう思うか? でもこれ、実話なんだぜ」
驚いている藤堂の父に少年は礼だと言って、ポケットからネックレスを取り出し、手渡した。
そのネックレスは黒い麻のようなひもで作られており。
金色のリングが一つ、通されていた。
ネックレスを受け取らされた藤堂の父が顔を上げると、そこにはもう誰もいなかったと言う。
「すげえよな、学校の七不思議よりも立派な不思議体験だぜ?」
「作り話じゃないんですか?」
久川が呆れのため息を吐いて尋ねるが、藤堂は「本当だって!」と言ってから、自らの首元を指さした。
「これがその証拠、親父がくれた」
藤堂の首元には、金色のリングが一つだけ通された、黒いヒモのネックレス。
久川は一瞬、目を見開いたが。すぐに疑り深く目を細めて言った。
「話が嘘である可能性は、否定できていませんよね?」
「……まあな!」
藤堂が豪快に笑ったため、久川はもう一度呆れのため息を吐いた。
たとえ、その話が本当だったとして。
だから何だよ、と言いたくなるのだが。
そこはぐっと堪えて、久川は立ち上がる。
「血、そろそろ止まったんじゃないですか」
「そうだな、ちょっと待ってろー」
藤堂が腕を締め付けていたシャツの結び目をほどくと、白いシャツについた赤黒っぽい色が久川の目に映る。
傷のついた箇所は、出血が止まったのだろう。
牙で空けられた二つの穴がよくわかるものの、出血してはいないようだ。
代わりに、雑菌が入ったのか。
鬱血とは少し違う色が皮膚に現れていた。
「うお、変な色だなあ……まいっか」
血のついたシャツを着直して、藤堂も立ち上がる。
ずっと座っていたせいか、少しだけふらついたが。
すぐにしっかりと立ち、無邪気そうな笑みで久川に言った。
「で? どっちに向かって歩きゃあいいんだ」
「……とりあえず、太陽の沈む方向に」
久川が頭上を見上げる。
太陽が少しだけ、傾いていた。
この砂漠地帯は、砂漠のくせにそこまで暑くはなかった。
冬の時期は、砂漠であっても暑さを感じないものなのだろうか?
疑問に思いながらも、久川は藤堂と共に歩き続ける。
視界の先には、一面の砂。
砂はどこまでも続き。
地平線の先まで行けたとしても、ここからでは何も無いように見えた。
「俺んちの話なんだけどさ」
まだ数秒しか経っていない無言時間に耐えかねたのか、唐突に藤堂は話しはじめた。
藤堂の家は元々四人家族で。
父と母、それと姉が一人いたと言う。
父と母の二人は、よく喧嘩もするし、おしどり夫婦というわけではなかったが。
それでもよく二人でテレビのバラエティ番組を見ては、一緒に笑っているような人たちだった。
口喧嘩と笑顔を見せることの多かった両親と違い。
姉の方は物静かでおっとりとした人だった。
よく服の袖をドアノブに引っかけたり、小石が無い駐車場の白線でなぜかつまずいたり。
とにかく目が離せない人で。
食べ物の好き嫌いが多く、猫が大好きだった。
年の差はそれほどなく。
藤堂が中学二年生だった時、姉は高校三年生だった。
「姉ちゃんの髪はさ、いつも長かったんだ。前髪も、胸のところまであってさ。普段から邪魔だ邪魔って言ってるくせに、めったに切らないんだ」
藤堂の視線は、青白く、遠い空に向けられていた。
藤堂の口ぶりからして、その姉に何かあったのだろう。
姉のことを語る度に、時折言葉を詰まらせながらも。
藤堂は話し続けた。
おっとりとしていた姉は絵が上手く、よく催し物に使われるイラストを描いていた。
それは学校で配布される冊子の表紙や、近所に配られるチラシのタイトルなどに使われており。
当時は近所の主婦たちにも褒めちぎられるほどだった。
絵が上手かった姉の持つ、将来の夢は、イラストレーター。
高校三年目の夏、藤堂の姉は美術系の大学に通うのだと言って、張り切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます