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「なんか、どこかで聞いたことのありそうな話ですね」

「そう思うか? でもこれ、実話なんだぜ」



 驚いている藤堂の父に少年は礼だと言って、ポケットからネックレスを取り出し、手渡した。

 そのネックレスは黒い麻のようなひもで作られており。

 金色のリングが一つ、通されていた。

 ネックレスを受け取らされた藤堂の父が顔を上げると、そこにはもう誰もいなかったと言う。



「すげえよな、学校の七不思議よりも立派な不思議体験だぜ?」

「作り話じゃないんですか?」


 久川が呆れのため息を吐いて尋ねるが、藤堂は「本当だって!」と言ってから、自らの首元を指さした。


「これがその証拠、親父がくれた」


 藤堂の首元には、金色のリングが一つだけ通された、黒いヒモのネックレス。

 久川は一瞬、目を見開いたが。すぐに疑り深く目を細めて言った。


「話が嘘である可能性は、否定できていませんよね?」

「……まあな!」


 藤堂が豪快に笑ったため、久川はもう一度呆れのため息を吐いた。

 たとえ、その話が本当だったとして。

 だから何だよ、と言いたくなるのだが。

 そこはぐっと堪えて、久川は立ち上がる。


「血、そろそろ止まったんじゃないですか」

「そうだな、ちょっと待ってろー」


 藤堂が腕を締め付けていたシャツの結び目をほどくと、白いシャツについた赤黒っぽい色が久川の目に映る。

 傷のついた箇所は、出血が止まったのだろう。

 牙で空けられた二つの穴がよくわかるものの、出血してはいないようだ。

 代わりに、雑菌が入ったのか。

 鬱血とは少し違う色が皮膚に現れていた。


「うお、変な色だなあ……まいっか」


 血のついたシャツを着直して、藤堂も立ち上がる。

 ずっと座っていたせいか、少しだけふらついたが。

 すぐにしっかりと立ち、無邪気そうな笑みで久川に言った。


「で? どっちに向かって歩きゃあいいんだ」

「……とりあえず、太陽の沈む方向に」


 久川が頭上を見上げる。

 太陽が少しだけ、傾いていた。



 この砂漠地帯は、砂漠のくせにそこまで暑くはなかった。

 冬の時期は、砂漠であっても暑さを感じないものなのだろうか?

 疑問に思いながらも、久川は藤堂と共に歩き続ける。

 視界の先には、一面の砂。

 砂はどこまでも続き。

 地平線の先まで行けたとしても、ここからでは何も無いように見えた。


「俺んちの話なんだけどさ」


 まだ数秒しか経っていない無言時間に耐えかねたのか、唐突に藤堂は話しはじめた。



 藤堂の家は元々四人家族で。

 父と母、それと姉が一人いたと言う。

 父と母の二人は、よく喧嘩もするし、おしどり夫婦というわけではなかったが。

 それでもよく二人でテレビのバラエティ番組を見ては、一緒に笑っているような人たちだった。


 口喧嘩と笑顔を見せることの多かった両親と違い。

 姉の方は物静かでおっとりとした人だった。

 よく服の袖をドアノブに引っかけたり、小石が無い駐車場の白線でなぜかつまずいたり。

 とにかく目が離せない人で。

 食べ物の好き嫌いが多く、猫が大好きだった。

 年の差はそれほどなく。

 藤堂が中学二年生だった時、姉は高校三年生だった。



「姉ちゃんの髪はさ、いつも長かったんだ。前髪も、胸のところまであってさ。普段から邪魔だ邪魔って言ってるくせに、めったに切らないんだ」


 藤堂の視線は、青白く、遠い空に向けられていた。

 藤堂の口ぶりからして、その姉に何かあったのだろう。

 姉のことを語る度に、時折言葉を詰まらせながらも。

 藤堂は話し続けた。


 おっとりとしていた姉は絵が上手く、よく催し物に使われるイラストを描いていた。

 それは学校で配布される冊子の表紙や、近所に配られるチラシのタイトルなどに使われており。

 当時は近所の主婦たちにも褒めちぎられるほどだった。

 絵が上手かった姉の持つ、将来の夢は、イラストレーター。

 高校三年目の夏、藤堂の姉は美術系の大学に通うのだと言って、張り切っていた。

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