3P

 藤堂の出血が止まるまで待つことにした久川は、頭上に浮かぶ白い太陽を見上げる。


 まさか、生き延びることになるとは思わなかった。

 こうして生きていることに対して、喜べばいいのか、恨めばいいのか。

 久川は、どうして自分は死のうと思ったのか。

 その理由を思い出して、複雑な気持ちを抱くのだった。


「久川、砂漠って行ったことある?」


 突然、藤堂がそんなことを尋ねてきた。


「……ないです」

「だよなあ、俺も行ったことない。あ、でも親父が昔、仕事で行ったことあるって言ってたぜ? どこだっけな……シルクロードってところ」

「シルクロード? 中央アジアを横断している、あそこですか?」


 そんなところへ行くなんて、どんな仕事をしているのだろうか。

 久川が首を傾げていると、藤堂が明るい表情で答える。


「そうそう、取材で行ったらしい」



 藤堂が聞いた話によると、藤堂の父はテレビの映像を作る会社に勤めているらしく。

 シルクロードへ取材に行ったのも、番組に流す映像を撮影するためだったそうだ。


「でさ、親父のやつ、シルクロードのど真ん中で車が止まっちゃったんだってさ」


 撮影の途中、スタッフの乗った車が一台、故障して動かなくなった。

 もう一台の車は動いていたため、故障した車を置いて、ひとまず宿へと引き返すことになったのだが。

 動く車に乗れる人は限られており。

 藤堂の父親は渋々、迎えが来るまで故障した車で一人、待機していることになった。

 まだ太陽も昇ったばかりで、撮影日数的にも余裕があり。

 この日の内には自分も宿に帰ることができるとわかっていたから。

 藤堂の父は渋々とはいえ、気長に車内で迎えを待っていた。


「で、ここからが不思議体験なんだけどさ。親父、砂漠の中で一人の少年を見つけたんだってさ」

「不思議体験?」


 訝しげな目で見る久川に、藤堂は「まあ聞けよ」とニヒルな笑みを返す。



 藤堂の父は、車の窓から砂漠の地平線を眺めていた。

 だが、そんな視界の中に一つの、小さな人影が見えた。

 シルクロードという、有名な交易路だ。

 他にも人がいたっておかしくはないのだが。


 その人影は一つだけで、目をこらして見れば、子供だった。

 藤堂の父は驚き、車を飛び出してその人影に駆け寄った。


 人影は、確かに人間の子供、少年だった。

 輝くような金色の髪に、白い素肌、ボロボロな白い衣服。

 この辺りで見かけた住民たちとは、見た目も背格好も違う。

 現地の子供ではないことだけが、よくわかった。


 少年は、藤堂の父に抱き留められる形で倒れた。

 体を揺すり、声をかけても応答がない少年。

 藤堂の父は彼を車内にまで連れて行き。

 大量に乗せていた水筒の水を、口元にゆっくり流し込んだ。


「最初は意識がなかったんだけど、ちゃんと水も飲んでさ。数分後には、起き上がれるくらいには元気になった。で、その子供が開口一番、発した言葉がびっくりなんだよ」


 藤堂は、ここからが本番だとでも言うかのように。

 身振り手振りを交えながら続けた。



 助けられた少年は、日本語で言った。


「助かった、ありがとう」


 藤堂の父は、目を丸くして尋ねた。「きみは、日本人なのかい?」と。

 だが少年は首を振って、答えた。


「ぼく、こことは別の星から来たんだ」

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