雪女と筋肉痛【アオハル・スノーガール】

【アオハル・スノーガール】より。



 週の初めの月曜日。授業が終わって放課後、郷土研の部室では私、綾瀬千冬と部長の白塚宝先輩。それに同級生であり私の彼氏でもある岡留直人くんが集合していた。


 昨日の日曜日、郷土研の活動で近くのお山の上にある神社に行ってきたんだけど、今日やるのはそのまとめ。調べた内容をレポートにするはずだったんだけど、その前にちょっと問題が発生しちゃったの。

 そしてその問題って言うのは……。


「ううっ、ちょっと動いただけでも足が痛いです」

「大丈夫か綾瀬? キツいようなら、今日は帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?」

「まさか筋肉痛とは。ごめん、昨日無理をさせちゃったみたいだね」


 心配そうに私を見る、岡留君と白塚先輩。

 そう、昨日神社に行くために山に登ったせいで、私は見事筋肉痛になってしまっていたの。

 今朝目が覚めて布団から立ち上がった途端、足にじわ~って痛みが広がって、ビックリしたよ。



 普段そんな運動してないって自覚はあったけど、ちょっと山に登ったくらいでこの有り様。

 恥ずかしいからナイショにしておこうって思ってたんだけど、足が痛いせいで歩くのもぎこちなくなっちゃって。岡留君や白塚先輩にすぐにバレちゃったのだ。


「それにしても。こんな時に不謹慎かもしれないけど、雪女でも筋肉痛になるんだな」


 興味深そうに言う岡留君。

 そう。私のお婆ちゃんは雪女で、孫の私は4分の1だけその血を受け継いでいる、人間と雪女のクォーターなの。

 だから普通の人間とは違って体は冷たく、暑い時は溶けちゃいそうになる特殊体質なんだけど、それでも筋肉痛にはなるんだよ。

 妖特有のスーパーパワーで何とかなってくれたらいいけど、総都合よくはできていないのだ。


「雪女と言っても、基本は普通の人間と変わりありませんから。ううん、岡留君や白塚先輩は平気ですから、普通以下かもしれません」

「千冬ちゃん、そう卑下しない。私や直人はほら、山登りとか慣れてるから」

「昔から各地の伝承を調べたり、天狗を探しに山に登ったりするなんて珍しくなかったからな。単に慣れてるだけだよ」


 即座にフォローを入れてくれる二人。

 さすがアウトドアな妖怪マニア。私とは鍛え方が違うみたい。

 そう思ってよく見たら、白塚先輩のスカートから覗く足には無駄なお肉がなくて引き締まっているし、岡留君の腕を見ても立派な腕橈骨筋をしている。

 文化や伝承について調べる郷土研は文化部だけど、体つきは運動部にも負けていないんじゃないかなあ。

 と言うか、二人ともスタイル良すぎて羨ましすぎるよ。一緒にいると、ひょろひょろでちんちくりんな自分の体型が恥ずかしくなってくる。

 私も少しは、体作りしようかなあ。せめて山に登っても筋肉痛にならないくらいにはなりたいよ。

 なんて事を思っていると。


「それにしても、痛みが引かないんじゃ動きにくいだろう。そうだ、私がマッサージしてあげよう。痛むのはここかい?」

「ひゃうっ!?」


 私の返事を待たずに、白塚先輩はスカートから伸びるむき出しの足に触れてきて、思わず変な声が出ちゃった。


 確かに筋肉痛は早く治したいけど、先輩にマッサージされるのは何だか恥ずかしい。

 すると突然、まるで白塚先輩から引き剥がすように、私は岡留君に抱き寄せられた。

 今度は何!?


「宝、変な手つきで綾瀬に触るな」

「失礼な。私はただ、マッサージをしようとしてただけだよ」

「それでも、綾瀬がベタベタ触られるのは嫌だ」


 白塚先輩には渡すまいと言わんばかりに、ギュッと私を抱き締めてくる岡留君。

 キャーッ、何この状況ーっ!? 


 抱き締められて改めて思ったけど、岡留君の腕は細いけど引き締まってて力強く、もがいてもビクともしない。

 お、岡留君って、案外逞しい。何だか変にドキドキしちゃう!


「お、岡留君。私は別に大丈夫だから、その……放して。このままじゃ、溶けちゃいそうな気がする」

「ほらごらん。千冬ちゃんだって私に、マッサージされたくて仕方がないって言ってるよ」

「ふえっ? あ、あの、白塚先輩。そうじゃなくてですね」

「ダメだ。宝に任せるなんて危険すぎる。どうしてもとマッサージが必要って言うなら、俺がやる」

「ふええええっ!?」


 お、岡留君がマッサージ? 

 つまりそれは痛い所をあちこち触れられるっと言うことで……む、無理ー!

 岡留君の事だから変な気はなくて、単に私が白塚先輩触られるのが面白くないって事なんだろうけど、私の方は平常心じゃいられないよ!


 岡留君には悪いけど、やっぱりここは白塚先輩に任せて……いや待って。さっき岡留君、白塚先輩き任せるのは危険すぎるって言ってたけど、それってどう言うこと?

 マッサージが上手くないって意味ならまだいいけど、本当に大丈夫!? 妖艶な笑みを浮かべる白塚先輩を見てると、そこはかとなく危険な香りがするんだけど!


「千冬ちゃんはどう思う? 私に体を委ねたいよね?」

「せ、先輩。その言い方はどうかと思うのですけど」


 からかっているのか本気なのか分からない事を言って、動揺させてくる白塚先輩。更に。


「綾瀬は、俺を選んでくれるよな?」


 岡留君も、引く気はないみたい。

 私を抱き締めながら、祈るような目でじっと見つめてきて。と、とてもじゃないけどダメだなんて言えないよー!

 け、けど岡留君に触られるのはさすがに。そ、そりゃあ付き合ってはいるけど、それでも恥ずかしいもん!


 そうしている間にも二人は、「千冬ちゃん」、「綾瀬」と私をあっちに引っ張ったりこっちに引っ張ったり。

 そのうちだんだんと心臓がバクバクしてきて、頭が爆発しそうになる。


 体中を流れる血が沸騰しそう。も、もうダメ……。


 ──ドロンッ。


「なっ!? 綾瀬が熔けた!?」

「マズイ、ちょっと困らせ過ぎちゃったかも。千冬ちゃん、大丈夫かい!?」


 えーと、と言うわけで岡留君と白塚先輩の板挟みになった私は、頭と体が熱くなりすぎて溶けちゃいました。

 あ、溶けたと言ってもこれくらいなら、冷やせば元に戻るから大丈夫なんだけど。色々と心臓に悪かったよ。


 岡留君と白塚先輩もやりすぎたと思ったのか、私が元に戻った後「ごめんなさい」って謝ってきた。

 けど、勝手に熱くなっちゃった私が悪いんですから、頭上げてください!


 そして、一度溶けて元に戻った事で、意外な発見があったの。


「あれ? 何だか筋肉痛が治ってる!」

「それまたどうして……いや待てよ。筋肉痛って、筋肉の繊維がダメージを負ってズタズタになるせいで起こる痛みだから……」

「一度溶けて再構築されたことで、繊維が修復されたってことか?」


 白塚先輩と岡留君が、考えを披露する。

 確かにそうかも。けど溶けて元に戻る事で筋肉痛が治るなんて、自分でも知らなかった。

 これはすごい発見。他の雪女もこうなのかなあ?


 と言うことはこれからも筋肉痛になった時は、溶けて元に戻れば治るってこと?

 とは言え、溶けちゃうなんてあまりいいものじゃないし。やっぱりこの治し方は、できれば使いたくないよ。


 と言うわけでせっかく見つけた溶かして筋肉痛を治す方法は、早々に封印することになっちゃいました。

 だから岡留君、白塚先輩。私を挟んで争うなんて事は、今後しないでくださいね!




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