葉月くんの理性チャレンジ【ハライヤ!】

 前回の続きです。




 俺、葉月風音は祓い屋として迷える霊を成仏させたり、悪い妖怪と戦ったりしている。

 そんな俺だけど、今人生最大のピンチを迎えているんだよね。いや、もしかしたらチャンスなのかもしれないけど。


 いったい何が起きているのかって?

 さあて、どこから説明しようか。


 事の始まりは昨夜。俺は相棒のトモと一緒に、夜な夜な本屋現れて本を食べちゃうヤギの幽霊を祓いに行った。

 除霊そのものは簡単で、ちょっとした深夜の散歩みたいなものだったけど、あんな事になるなんて。

 それが起きたのは、アパートに帰った時。俺とトモは同じアパートの隣に住んでるけど、部屋に入ろうとしてトモが言ったんだ。「鍵がありません」って。


 どうやらトモ、どこかで鍵を落としたらしいんだけど、これは困った。

 もう深夜だから管理人さんや鍵屋を呼ぶわけにはいかない。かといって夜の町でトモを一晩越させるなんて危険すぎる。危険なオオカミに襲われたらどうするんだ!


 だから俺はトモに言ったんだ。うちに泊まらないかって。


 思えば、何でそんなこと言っちゃったかなあ。俺自身が、オオカミにならない保証なんてないのに。


 実際その後、かなりヤバかった。

 俺達の住んでるアパートは、1Kの狭い部屋。

 トモをお風呂に入れたら、中の音がバッチリ聞こえてくるんだもの。

 更に、貸した俺の服を着て、所謂彼シャツ状態で出てきた時は、理性がグラングランに揺れた。


 だけど俺は頑張った。トモを直視せずに、理性をフル稼働させて何とか耐えた。

 そして、もうさっさと寝てしまおうと思ったけど、ここで問題発生。

 布団が一つしかないけど、さてどうする? 悩んだ結果、トモが布団を使って、俺がそのすぐ横で、毛布にくるまって寝ることにした。

 同じ部屋で寝るのかって? 仕方ないだろ。一部屋しかないんだから!


 トモは「葉月くんが布団で寝るべきです」なんて言ってたけど、問題なのはそこじゃないから。一緒の部屋で寝て平気なのかって思ったけど、トモはお子ちゃま。俺が手を出すなんて考えが、そもそも頭に無いらしい。

 こんなほわわ~んとした子を、野宿させなくて本当に良かったよ。


 てなわけで並んで寝ることになったんだけど、すぐ横で可愛い寝息を立てられて、眠れるはずがない。

 結局一睡もできないまま朝になったんだけど、ここで更に事件が発生した。

 なんとトモが、突然俺に抱きついてきたのだ。


「うわっ!? ト、トモ?」

「う~ん、かばやき~」


 驚く俺をよそに、トモはむにゃむにゃと寝ぼけた様子で、謎の言葉を発している。


 かばやきって言うと、あれか? トモが大事にしてる、うなぎのぬいぐるみ。

 本人は隠してるつもりみたいだけど、未だに抱き枕にして一緒に寝ている事を、俺は知ってる。

 まさか、寝ぼけて俺をかばやきと間違えてるんじゃ?


「トモ起きて。俺はかばやきじゃないから!」

「ふふふ~。かばやき大好き~♡」


 ダメだ。幸せそうに寝言を言いながら、更にむぎゅ~って力を入れてくるトモ。

 ギュッと体を抱き締められる。筋肉なんて全然無い、柔らかな女の子の体。

 うわーっ! 何なんだこの状況!


 すると、俺の頭の中で悪魔が囁いてくる。


『このまま抱き締めちまえ。どうせ向こうは寝てるんだ、バレやしないさ』


 待て、何てことを言うんだ。トモは俺を信頼してるから、家にも止まったんだ。それを裏切るわけにはいかない!

 俺の中の天使、コイツを止めてくれ!


『トモの無防備にも困るよね。せっかくだから手を出して、社会勉強させておいた方がいいんじゃないの? その方がきっと、トモのためになるよ』


 天使のバッカ野郎──っ! 何だその独善的すぎるいいわけはーっ!

 ダメだ。どうやら俺の中の天使は、とんでもない堕天使だったらしい。


 ちくしょう。本来好きな女の子に抱きつかるなんて大幸運、ラッキー7のはずなのに。理性と戦わなきゃいけないなんて、これじゃあアンラッキー7だよ。

 いや、7は関係ないか? 頭の中がぐちゃぐちゃで、思考がおかしくなってる。


「かばやき~♡」


 人の気も知らないでぬいぐるみの名を呼ぶトモの寝顔を見ながら、俺はひたすら耐えるしかなかった。


 けど例えこのまま耐えきったとして、トモが起きたらなんて言えばいいんだろう?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る