07話.[決めているから]

「疲れたぁ」

「お疲れさん」

「お勉強よりもそわそわしすぎて疲れちゃったよ」


 結局、連続で二十三時ぐらいまでやってしまったから俺は疲れたと言うより早く寝たかった。

 多分ではなく絶対と言えてしまうぐらいには今日は早く寝ると思う。


「でも、これで終わったんだよね」

「ああ」

「じゃあ今日はいっぱい稲多君とゆっくりするよ」

「じゃあ帰ろうぜ」


 いつもみたいに寝転ばないようにしなければならない、まさかテストが終わってからも試される時間がやってくるとは……。

 できれば彼女の方から「ちょっと寝てもいい?」などと言ってもらえるとありがたいが、彼女の場合は菓子を食べればすぐに回復しそうだった。

 だってテストで疲れたわけではないみたいだからな。


「ふぅ、なんで稲多君のお家の床ってこんなに最高なんだろう」

「言われているのかどうかは分からないけど、親にちくりと言葉で刺されることがないからじゃないか?」


 よしよし、そのまま寝てしまっていいぞ鴻巣!

 寝るようなら客間の方に移動して休むから心配する必要はない、そもそも寝顔をじっと見るような趣味もない。


「あ、それはあるかも。お母さん、家でのんびりとしていると『遊びに行ってきなさい』って言ってくるから」

「はは、勉強をしろじゃないんだな」

「うん、そうやって聞いてみると『普段から真面目にやっているからそっちについては問題ないじゃない』って言ってくれるの」


 仲良くできているようで結構だ……って、偉そうか。

 このまま話していると眠気がきてくれる可能性が下がるので黙ってみた。

 俺から積極的に話しかけるようなタイプではないため、苦ではないが静かになると不安になるのも確かだった。


「稲多君も横に寝転んで?」

「ああ」


 触れていなくても彼女の熱が伝わってきた。

 まあ、それだけ近くにいるというわけだが、ドキドキとかよりも眠気の方がやってきて必死に戦っていた。

 普段からうるさいわけではないものの、彼女があまり喋らないようにしているのも大きい。


「いい子いい子、寝ても大丈夫だよ? 私は稲多君が起きるまでここにいるからね」

「待て、いまので眠気が飛んだわ、流石にそれは子ども扱いすぎるだろ」


 助かったようなそうではないようなという感じだ。

 ただ、全く男として見られていないということには地味にダメージを受けた。

 いやほら、自分と彼女のために好きにならない方がいいとしても、子ども扱いをされるのは流石に堪える。


「ははは、別に気にしなくていいのに」

「寝たら離れてやるから鴻巣が寝ろよ」

「じゃあ稲多君の腕を抱いて寝るね」


 もう俺が寝ることにならなければそれでよかった。

 見られたくないだろうからと頑張って反対を向く。

 温かいな、当たり前だが生きているということだよな。

 いつか本命が現れたらこういうこともその男子や女子にするということで、そのときのことを考えたら微妙な気分になった。

 俺は気をつけて行動しているのに彼女がからかってきたりするからこんなことを考えるようになるのだ。


「どういうつもりだよ」


 いいか、今日はこのまま母が帰ってくるまでいてもらおう。

 とにかくそういう感じで布団を持ってきてやればよかったなどと後悔しつつも時間経過を待って、母が帰ってきたタイミングで彼女を起こした。


「え、お布団を掛けずに寝ていたの? もう、なんで掛けてあげないの」

「悪い鴻巣」

「大丈夫だよ? 全く問題はないから気にしないでね」


 ……とりあえず母に彼女の相手を任せて部屋に移動する。

 そろそろ送らないといけないから制服から着替えて一階に戻ると、楽しそうに話をしていて水を差すのもどうなのかと悩むことになった。

 でも、遅くまで帰ってこないということが続くと彼女の両親的にはイメージがよくないから三十分が経過したときに言わせてもらった。


「桜ちゃんなら大歓迎だからまた来てね」

「ありがとうございます」


 機会はないが、御崎も彼女みたいにすぐに仲良くなれそうだ。


「次は誕生日だね」

「まさか本当に泊まるつもりなのか?」

「うん」


 他に色々と足されるよりも「うん」という言葉には力があった。

 自分への甘さと彼女の強さに勝てない、もうこうなってしまった時点で終わっているようなものだ。


「……それならちゃんと許可を貰ってくれ、そのうえでならまあ……」

「うん、分かった」


 あとはちゃんと俺だと決めているのなら……というところか。

 他の男子とも仲良くしたいということなら邪魔になるだろうからやめた方がいい。

 ただ、結局家に着くまで、家に着いてからも聞くことはできなかった。




「ご飯、美味しかったよ」

「そうか、ならよかった」


 本当に二十時からになったからもう二十一時だった。

 いつもであれば既に送って一人で過ごしているところだが、今日は泊まることになっているからそれをしなくていい。

 とはいえ、この時間に彼女がこの家にいるという違和感が大きくて少し落ち着かなかったりもするわけだが……。


「美味しいご飯も食べられたから後は稲多君の近くでゆっくりするよ」

「先に風呂に入ってきた方がいいぞ」

「あ、そうだね、じゃあ色々と教えてほしいな」


 特に難しいこともないからタオルを渡し、使っていい物を教えてからリビングに戻ってきた。

 置いておくわけにはいかないから洗い物を済ませる。

 そもそも今回のことは俺のためにしているわけだから任せるわけにはいかなかったというのもあった。


「ただいま」

「あれだ、さっきも言ったけど誕生日おめでとう」

「ふふ、もうこれで三回目だよ? 朝とさっきといま、お母さんやお父さんでも三回は言ったりしないよ」


 そうやって変な空気にならないように変えていって、ささっと布団を敷いて洗面所に逃げたかったのだ。


「布団を敷いてやるよ、そうしたら俺は風呂に入ってくる」

「ちゃんと戻ってきてね」

「え?」

「当たり前だよ、もう寝ちゃったらこうして泊まらせてもらった意味がないもん」

「……とにかく行ってくる」


 どんな当たり前だよと呟いて洗面所でしゃがみこむ。

 はぁ、あまりに時間をかけると余計に酷くなりそうだからささっと入って戻ろう。

 いつもであれば三十分ぐらいは追い焚きをしたりなんかしてつかっているところなのだが、今日は頑張って洗うだけで済ませた。


「おかえり」

「……そんな家族じゃないんだからさ」

「関係ないよ。ほら、湯冷めしたらあれだから稲多君もお布団を掛けて」

「それならもう一組あるから出すわ、俺としても入れた方がいいからな」


 俺がすぐに勘違いをして告白をするような人間ではなかったことを感謝してもらいたいぐらいだった。


「あ、電気はオレンジ色でいい?」

「おう」


 二十二時になったら絶対に戻ろうと決める。

 というか、こんな状態になってしまうと寝てしまわないかと不安になる。

 これならまだ誕生日という特別なパワーを利用して甘々な雰囲気になってくれた方がいい気がした。


「これでもまだ一年間が経過したというわけじゃないんだよね」

「ああ」

「でも、もうそれぐらい一緒にいる感じがするよ」

「俺と鴻巣ってなにか用事でもない限りは一緒にいたからな、七月からは特にさ」


 席が近いということはなかったが、休み時間なんかにも集まってよく話していた。

 放課後に遊びに行く、俺の家で集まるなんてことも普通のことだったし、用事とかがあって無理な日には寂しくなったぐらいだった。

 とにかく他者と比べて影響力というのが違くて、俺も気づけばどんどんと求めるようになってしまっていたということになる。


「助けてもらえたとき、この人といっぱい一緒にいたいとすぐに出てきたんだ」

「それなら不安になるぞ、助けたと言っても腕を掴んで離れただけだしな」

「そもそも四月から一緒にいた稲多君だったからね、助けてもらえたからって誰にでもすぐに惚れたり――気に入ったりはしないよ」


 どうだか、相手がイケメンだったらあっという間に変わっていそうだ。

 でも、そういう存在をずるいとか憎いなどと思うことはなかった。

 努力をしてきているからだろうし、嫉妬的なことをしたところで醜くなるだけでしかないからな。


「それならよかった……って、これはよかったと言えるのか?」

「言えるよぉ、出会ったばかりじゃなくてよかったと思ったもん」


 ……なんか安心できた自分がいて眠たくなってきてしまった。


「眠たいの? それならもう冷えちゃわないようにここで寝たらいいよ」

「ならちょっとだけ……」

「うん、おやすみ」


 テスト勉強をしていたときとは違ってまだ二十三時ではないから一時間だけ寝て戻ろうとしていたのだが、まあ、結果は言うまでもないという感じで……。


「鴻巣起きろ、今日も学校があるぞ」

「んー……」

「起きてくれ、朝ご飯を作るから食べて――」

「食べる――あいったっー!?」


 マジで痛い、ただ、ここで寝てしまった罰だと思って受け入れておけばいい。

 急に冷静になられて距離を置かれても嫌だからさっさと動き始める。

 正直、俺も母作のご飯を食べた後に自作のやつも食べたからいらないぐらいだったが、鴻巣と戦うためにも無理やり入れておく必要があった。


「ふふ、ふふふ」

「どうした?」


 冷静になるどころかにやにやとしていて風邪を引いてしまったのかと一気に意識を持っていかれた。

 本人が目指していてもそうでなくても俺のせいで休むことになったら最悪だ。

 その状態で家に帰すというのもやはり向こうの親的に最悪だろうから詰みとなる。


「作戦が成功して嬉しくなったんだよ。いやぁ、それでも稲多君が一緒に寝てくれるとは思っていなかったけどさぁ」

「……俺の負けだ、だからとりあえずやめてくれ」

「ふふ、じゃあそうしておくよ」


 最近は本気を出してきているのかこんなことの繰り返しで困ってしまう。

 もう全部負けでいいから二人きりのときに攻めモードになるのはやめてもらいたいとしか言えなかった。




「あれ、なあ、もしかして高井や御崎に言っていないのか?」


 放課後になっても「鴻巣ちゃん、お誕生日おめでとう!」などと言う御崎や「誕生日おめでとう」と言う高井を見ることができなかった。

 だから真っ直ぐに聞いてみると「うん、だって聞かれてもいないのに自分から言っちゃったら微妙でしょ?」とあくまで気にした様子もなく返してきたが……。


「言っておけよ、高井や御崎ならいいだろ?」

「これでいいよ、それにお返しをするときに難しくなっちゃうからね」


 そういう先のことは後の自分に任せておけばいいのだ。

 というか、話し始めたばかりのときに御崎が聞き出していなかったことが意外だと言えた。

 実は仲がいいように見えて仲が良くなかったのか? 男子といることの方が多い御崎としては特におかしなことではないのだろうか。


「あ、まだ残っていたのか……」

「半日で終わっているのにどうしてそんなに疲れているんだ?」

「男友達に萌音と付き合っているのかどうかを延々と聞かれてな」

「なんだそんなことか」

「なんだそんなことかって、大変なんだぞ?」


 いや、クリスマスになったら確実に変わるわけだからもう付き合っていると言ってしまってもよかったぐらいだ。

 まだ変わっていないから嘘はつけないということなら、相手みさきに迷惑がかかるからやめてくれと言えばよかった。

 鴻巣みたいに対応することが必要だろう。


「御崎さんはもう帰っちゃったのかな?」

「ああ、今日は珍しく女子の友達と遊ぶみたいだったからな」

「「え」」

「おいおい、確かに萌音は男子といることの方が多いが女子の友達だってちゃんといるぞ」


 そ、そうか、本人がいないとはいえこれは失礼な反応だった。

 相手の優しさによってなんとかなっている俺と違ってそりゃいるか。

 なんなら一ヶ月が経過する度に近くにいる存在が増えていそうだ。


「私、御崎さんが女の子といるところ、直接見たことがほとんどないなぁ」

「俺もだ、関わるとしたら係の仕事とか委員会で用があるときだけだよな」

「はは、萌音にだっているよ」


 まあいいや、高井もいるなら三人で帰ればいい。


「御崎さんって高井君とふたりきりでいるとき、どういう感じなの?」

「普段と変わらない感じだな」


 容易に想像することができた。

 いちゃいちゃを見たくないなどと言って躱そうとしたときもあったが、ふたりの間には逆になにもなさすぎる。

 絶対に大丈夫という考えからきているのだろうか? もう既に両片思い状態ならいつも通りにしているだけでなんとかなってしまうのだろうか。


「積極的にアピールとかしてこないんだ?」

「ああ、そっちはどうなんだ?」

「私は我慢していることなんてできないから積極的にアピール中だよ」


 毎日分かりやすく攻めてくるようなことはなく、ここぞというときに畳み掛けるのが彼女のやり方だった。

 だから言葉の価値なんかが下がらずにピンポイントに俺に突き刺さっていくわけだが、そこまで必死に頑張らなくていいとしか言えない。


「おい稲多、鴻巣にばかり頑張らせないでお前も頑張れよ」

「無茶言うなよ、俺にできるのは一緒に過ごしたり礼をしたりすることだけだぞ」


 もしかしたらこういうところをよく見てもらえた可能性があった。

 俺がどんどんと踏み込める人間だったらこうはなっていなかったかもしれない、いやほら、イケメンがやるならともかく俺がやるとなると話が変わるから可能性はゼロではない。


「情けねえな、俺のことを偉そうに言えねえだろそれじゃ」

「いや言えるぞ、高井は変な遠慮をしていないで御崎にもっと真剣になれ」

「くそ、そうしなきゃいけないのは実際のことなんだよな……」


 ぐっ、やっておいてあれだがすまない。

 だが、聞くだけならともかくとして、鴻巣が余計なことを言うのも悪いのだ。

 そういうのは関係が変わったときに吐けばいい。


「大丈夫だよ高井君、私と違って頑張る必要はないよ」

「いやでも、待っているだけってのも情けねえだろ」


 や、やめろ、言葉の全部が俺に突き刺さるからやめろ。

 なにも俺がいるところでやる必要はないだろう、そういう恋愛話は他のところでやってくれ。


「そうかな? 別に女の子の方から告白をされることになっても恥ずかしいことではないと思うな」

「駄目だ、俺はそれでいいとは思えない」


 これが男の顔というやつだろうか……って、流されるな。

 幸いなのはもう別れる場所がくるということだった。

 今日のこの感じだと高井が来ることはないだろうから自然と話を終わらせて変えることができる。


「ふふ、そうなんだ?」

「そういうつもりはなかっただろうがありがとよ、勇気が出たわ」

「うん、それならお互いに頑張ろうね」


 彼はこちらの肩に手を置いてから「じゃあな」と言って歩いて行った。

 特に話し合うこともなくそのまま歩いていると残念ながら変わらないまま家に着いてしまった形になる。

 もう彼女の頭の中には食べたいというそれと……。


「あっ、当たり前のように稲多君のお家まで来ちゃったよ」

「ならたまたまなんだな」

「最近はほら、連日行き過ぎていたから今日こそは遠慮しようとしていたのにこれで困っちゃうよ」


 一応、それなら帰るかと聞いてみたら不満そうな顔になった。

 そういう考えでいてもここまで来たなら帰るという選択は選べないらしい。

 恋愛話をしてくれなければいてくれても構わないどころかいてほしいため、上がってもらった。


「私、稲多君って決めているから」

「そうか」

「だから二人きりになれたら積極的にアピールするよ」

「あ、飲み物を持ってこないといけないな――冷蔵庫に複数個あるから鴻巣が直接選んでいいぞ」


 動揺したりするから毎回負けることになるのであれば、冷静な人間のふりをしておけばいい。

 寧ろこちらがいい意味で慌てさせるぐらいでなければ長く続く気がしなかった。

 だからそろそろいい加減、頑張る必要があった。

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