06話.[頑張らないとね]
「昨日、いちゃいちゃしていましたね」
「鴻巣がからかってきて困ったぞ」
廊下でやっていたからこうなってもなんらおかしな話ではない。
ちなみにあの話は保留みたいになっているが、結局、遅い時間に出てもらいたくはないから俺がなくすと思う。
誕生日当日に祝えないのは残念としか言いようがないものの、昼とか放課後とかでいいだろう。
「結構大胆な発言をしているのに行動はしていないからさ、鴻巣ちゃんってよく分からないよね」
「よく分からないというか、気をつけてもらいたいところだ」
「はは、勘違いしてしまうから?」
「御崎だって高井から同じようにされたら似たような反応になると思うぞ」
「うーん、それこそ抱きしめられても普通に一緒にいられているわけだからね」
ぐっ、余計なことを言わずに認めておけということか。
いつもこんな結果になっている気がする……ではなく、基本的に勝てないようになっているのだ。
特に相手が異性なら尚更のこと、勝てる日は延々にこないかもしれない。
ただ、勝てていたらそれはそれでやらかしていそうだったからこれでいいのかもしれなかった。
「私はクリスマスを使って関係をはっきりさせるんだ」
「おお、告白するということか? 待つタイプじゃないんだな」
「待っていたら高校生活が終わっちゃうからね」
俺より男らしい、高井よりも強いかもしれない。
「義一ってほら、色々と考えすぎて行動できないときがあるからさ」
「あー」
なにか行事などがある際に弱音みたいなものを吐くことがある、で、高井には悪いが俺はそれで安心するのだ。
だって他はしっかりしているのに自分だけがそんなことを繰り返していたら嫌だからな、最低と言われてもこればかりはどうしようもないのだ。
そうやってなんらかのことで大丈夫だと言い聞かせておかないと潰れてしまうかもしれないから、口にしているわけではないのだから許してもらいたかった。
「稲多君だって前から義一といるならそういうところ、分かるでしょ?」
「意外とネガティブ思考をするときがあるよな」
「そうそう。だから、ね? 私が動くことできっかけを作ってあげた――ぶぇ」
両頬を手で掴まれて変な顔になってしまっている。
「余計なことを言ってくれるなよ、萌音も稲多も」
「は、はにゃして」
「分かったから暴れるな」
い、いや、やっぱり高井は近い存在ではないか、許可も貰わずに異性に触れられるとかやばすぎる。
しかも落ち着いた後は自然と頭に手を置いたりしてしまっているし、それどころか遥か遠い存在だと見てもおかしくはない。
結局、こういうことも繰り返して生きている。
「稲多、やっぱりクリスマス、一緒に過ごそうぜ」
「ち、ちなみになんでだ?」
鴻巣が説得するように頼んだとも考えられないので、これはあくまで高井の意思で口にしているということは分かった。
だが、疲れたくないからと変なものを優先して参加しないことを選んだくせに変えるのはやっぱりな、思い出したときに滅茶苦茶恥ずかしくなりそうだから避けたいところだ。
「鴻巣が求めているからだ、それにもしかしたら二人だけで盛り上がってしまうなんてこともあるかもしれねえからよ」
「そこはなんとか上手くやってやってくれよ、あと、鴻巣が求めていないなら余計なあれだろ」
「鴻巣なら後ろにいるから聞けばいいだろ」
学校だからむしゃむしゃなにかを食べているわけではないものの、参加もせずににこにこと笑みを浮かべて待っていたとしたら怖い。
「稲多君はどうしたい?」
「……最初にも言ったように俺は――」
「よしっ、この四人で集まろう!」
今回ばかりは感謝するしかなかった。
鴻巣的にもよかったのか「うん、四人で集まりたいな」と言っているし、なんとかここで正直なところを吐かされるようなことは避けられた。
もうこうなったら当日の俺や彼女達に任せようと思う。
「だけどいま稲多君は断ろうとしていたような……」
「違うぞ、なにか特別なことをしてこなかったから盛り上がり方が分からないというだけだ。空気が読めなくて悪い雰囲気にしてしまうかもしれないぞ」
「そんなの大丈夫、稲多君と過ごして雰囲気が悪くなったのなんてこの前が初めてなんだから」
「ま、中心である御崎が言うならそうなるよう信じておくわ」
約束を守れなかったあの日も、あの後の鴻巣を追っていた日も微妙になったがいちいち言ったりはしない。
敢えて自分から悪くするなんてアホのすることだ、上手く合わせておけば多分なにも問題なく終わるだろうからそうすればいい。
「だが、その前にテストを乗り越えないとな」
「そうだったっ、テストって嫌だなぁ」
「ちゃんと勉強をしておけば大丈夫だろ、一緒に頑張ろうぜ」
「そうだね、頑張る」
俺も気持ち良く冬休みに入れるように頑張らなければならない。
ただ、一緒にやれてもそうでなくてもそこだけは別にどちらでも構わなかった。
「んー」
「分からないところがあるのか?」
一応真面目にやっているから教えることは可能なはずだった。
正直、声に出されると気になって集中できなくなってしまうからもしそうなら教えることでなんとかしたい。
「ううん、もうすぐ自分の誕生日だって思うと集中できなくて」
「なんでそれで集中できないんだ?」
あ、誕生日プレゼントを貰えたり、普段より豪華な料理が並んだりするからか。
馬鹿な質問だったな、俺の家にはないが確かにそれなら楽しみになって勉強に集中できなくなってしまってもなんらおかしくはない気がする。
「もう、そんなの稲田君が嬉しいことを言ってくれたからでしょ」
「え、だけどあれは……」
「二十時からなら大丈夫だって言ったでしょ」
「いや、危ないだろ」
しかも夜の方が寒いからそういう点でも付き合ってもらうわけにはいかなかった。
まだ一年とはいえ、ここまで皆勤できているのにそんな変なことに付き合ってもらった結果、風邪を引きました翌日登校できませんでしたなんてことになったら自分を許せなくなるから駄目だ。
「そんなことより稲多君と過ごしたいな」
「その次の日に付き合ってくれ」
「うーん」
学校があるがテストが終わった後だから半日で終わるというのも大きい。
昼に遊びに行く分には大丈夫だろう、それで彼女が気になった料理が食べられる店に行けばいい。
「お泊まり」
「まあ待て、まだ少し先の話だからテスト勉強をしよう」
彼女だって気持ち良く当日を迎えられた方がいいからいまは我慢だ。
なにもかもを得ようとすると大体駄目になる、他者ではなく後の自分のためなのだから頑張れるはずだった。
なにかご褒美的な物がないと頑張れないということなら終わった後に毎日安い菓子でも買って食べればいい。
それがモチベーションになるならいいことだと言える、食べることが全てではないから色々探してみるのも悪くはないな。
「十五日から稲多君のお家に泊まらせてもらう、それでご飯を作ってほしい」
「ま、待て、それなら十六日に奢るから許してくれ」
何度も言っているように誕生日とかそういう日に作って出すようなレベルではないのだ。
外で食べることが全てというわけでもないものの、どうせなら、誕生日ぐらいはという考えを受け止めてほしかった。
「ううん、稲多君が作ってくれたご飯がいいの」
「とりあえず勉強をしよう」
「うん、頑張らないとね」
まさか男に絡まれていたところを助けたのが影響しているのだろうか。
でも、それぐらいで好きになっていたら人生で何度も他者を好きになることになるし、なにか違うところからきているのかもしれない。
とはいえ、四月に出会ったというのもあってそれぐらいしか分かりやすく行動できたことがないため、やはり七月からの変わりようは……。
「駄目だ、そわそわしちゃう」
「そういえば飴があるんだ、やるよ」
「ありがとう、あむ――あ、優しい味だね」
「ハッカとかは苦手だし、かといって甘すぎるのも得意じゃないからたまにこういうのを買うんだ」
複数個入っているから大抵は一個から二個ぐらいで満足して両親にあげる連続だ。
だからこうして食べてくれる存在がいてくれるというのは大きい、無理やり食べさせているわけではないから引っかかることもない。
「ぷっ、はははっ、大きい音だな」
「駄目だ、今日はもう無理だよ」
「それなら帰るか、途中でおでんでも買ったらどうだ?」
「いいねっ、それなら早く行こうっ」
高井や御崎を頼らなくても食べ物を話をしておけばこうしてなんとかできるならこれからは……いや、やめておこう。
調子に乗ると間違いなくまた追い詰められるから避けるべきだ。
正直、怖い顔をしているよりもにこにことしながらからかってくる方が困るから学んで動くべきだった。
「ありがとうございました」
うんまあ、ご飯前なのにいいのかなんて今更言う必要はないよな。
「あーむ! ほっ、あ、熱いけど美味しいっ」
「よかったな」
ぐっ、少しだけならいいのではないかと内にいる悪い俺が囁いてくる。
お金は一応なにかがあったときように持ってきているが、彼女の誕生日が話に出ているようにもうくるから残しておきたい。
あと数百円足りなくて諦めてもらうことになったなんて展開にはしたくないから頑張るんだ。
「あ、はいあーん」
「食べ終えたら送る」
「そうやって躱そうとするって分かっていたから無ダメージ!」
分かっているのに敢えてするなんてどういうつもりなのか。
もし俺がここで乗っかって食べたりなんかしたらどうなっていたのだろうか。
「えぇ」とそのときだけ引かれるならいいが、それきり近づいて来なくなったなんて可能性も結構高い。
……そのときのことを考えたら寒さ以外のことが理由で体が震えたのだった。
「よし、もうこれぐらいやればいいだろ」
時計を見たらもう二十三時でいつもなら寝ている時間だがなと内で呟く。
ま、俺にしては頑張った方だ、これで赤点は絶対に回避できる……いや絶対なんてことはないが回避できる……はずだ。
終わったら、終わったら……また暇な時間がやってくるな。
「え、なんでいるんだ?」
飲み物を飲んで歯を磨いてから寝ようと一階に移動したらソファに高井が座っていたという……。
これは俺が無視をしたとかそういうことではなく、変な遠慮をしたのだということはすぐに分かった。
「実は二十一時ぐらいからここにいたんだ、でも、集中しているみたいだから終わるまで待っていたらこんな時間になったな」
「いや、普通に来いよ」
「まあ、いいだろ、たまには稲多とだって話さないと駄目だからな」
いや、だからこそ普通に来いよ、という話なのだが。
だっていまからとなると明日テスト本番なのに夜更かしをすることになってしまうから微妙だ。
それこそ来たときにちゃんと声をかけてくれればもう帰った方がいいとか言わなくて済んだというのになにをしているのか。
「なあ、あの告白って嘘だったのか?」
「え、高井に構ってもらうためにわざとしたって言いたいのか?」
「でもよ、普通は振られたらすぐに次にとは動けねえだろ?」
「いや、御崎のことなら高井の方が知っているだろ」
「こういうことに関しては初めてだから分からねえ、ただ、普通は……って考えがあってな」
俺もそうやって考えるときがあるから別になにかおかしなこととは言えないが、これはあくまで俺にとっての普通だから御崎にとってはどうかなんて分からないということになる。
だから俺らがいくらこうして話し合ってもこれだという答えは延々に出ないことになるわけだ。
でも、こういうのをいくらでも続けられるのがやはり人間で。
「細かいことはいいだろ、大事なのは御崎が意識してくれているかどうかだろ? それで御崎は間違いなく高井のことを意識して行動しているだろ」
「それについては不満なんかない、だが、こうも急に変われるものなのかと……」
「はは、御崎の言っていた通りだな」
知っていたがこうもその通りになると笑ってしまう。
なんでこうも余裕がなくなってしまうのだろうか、だって俺ではないし、御崎があの感じなのだから堂々と存在していればいいのにだぞ?
「お、お前はどうなんだよ?」
「あ、その時点で高井の負けだぞ」
「う、うるせぇっ、もう寝るっ」
「布団を敷くよ」
客間があるからそこで一人で寝てもらうことにした。
いやほら、昔ならともかくいま野郎が同じ部屋で寝るのはちょっとな。
関係ない、気にしすぎだと言われる可能性はあるものの、そんなことになったら徹夜になりそうだからささっと敷いて歯を磨いてから部屋に戻った。
「朝か……」
うんまあ、こうして起きてから分かったことはあまり関係なかったということだ。
ソファでも床でもベッドでも寝られる人間がその程度のことで寝られなくなるわけがないか。
「高井、朝だぞ」
「……いつも二十二時には寝るから今日は短い感じがするわ」
「俺もそうだよ、朝ご飯を作るから食べていってくれ」
これから大量に色々ななにかを消費するからしっかり食べておくことが大切だ。
彼は普段食べるタイプではないものの、こうして泊まったからには兄面的なものをして絶対に食べさせる。
そういうのが嫌なら夜にいきなり現れるなんてことはやめた方がいい。
「あ、荷物とか家だからもう帰るわ」
「そうか、じゃあまた学校でな」
……絶対に食べさせるとか考えていた俺はどこにいった、はぁ、彼にぐらいはもう少し強気に対応してもいいと思うのだが……。
「おはよう、もう行くのか?」
「ああ」
「気をつけろよ」
「お前もな、行ってきます」
父から色々と引き継いでいるはずなのにこれは不味い。
そりゃなんでも相手に合わせていれば大事になる可能性は低いが、心の底から楽しめるようなことはない気がする。
あの静かな感じがいいよな、それでいてちゃんと付き合ってくれるから相手としても悪くはないはずだ。
とはいえ、いますぐに真似できるかという話になるとこればかりは答えが分かりきってしまっているというか……。
「あれ、高井君は帰っちゃったの?」
「ああ、さっきな」
「そっか、まだ色々と話したかったけど仕方がないね」
「いまからご飯を作るよ」
「私がやるから大丈夫だよ、
……じゃあ頼むか、それこそ母が作ってくれたご飯を食べるのは一週間ぶりだから悪くない。
「ところで、最近桜ちゃんとはどうなの?」
「前と変わらないよ」
何回も家に来ていて、結構遅くまでいる存在だから鴻巣がいるときに母が帰ってきてしまったことがあった。
もちろん俺は慌てたものの、コミュ強二人はすぐに盛り上がって仲良くなってしまって、こうして二ヶ月に一回は「どうなの?」と聞かれるようになってしまった形になる。
「そっか、じゃあ仲良くできているということだよね」
「多分な」
毎回こうして答えるのにも疲れた、でも、母が楽しそうだからこれまた強気に対応することができずに時間だけが経過してしまっている状態で。
「ふぅ」
「うん?」
「あ、数日頑張れば冬休みだからさ」
できることと言えばこうして違うことを言うだけだ。
はぁ、本当にこの母と父から生まれてきたのにどうしてこうなってしまったのか。
小さい頃はもっと上手くできていた気がするのに最近は全部こうで呆れてしまう。
自分が自分をやっている限り変わるわけがないなどと言い訳をして過ごしてきたものの、こういう自分を直視するのはきついから本当にそろそろ変えたかった。
「そうだね、冬休みは桜ちゃんを連れてきてね」
なんて、最強の母相手に上手く対応できると考える方がおかしいのかもしれない。
母にも勝てないのに友達に上手くできるわけがない。
というか、もう異性=勝てない存在と片付けてしまってもいいぐらいだった。
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