04話.[いいからお願い]
「これ、食べてほしい……」
「嘘だろ?」
「ううん、今日は駄目なの……」
あげようとすることはこれまでもあったが、半分以上あげようとしたことはいままでなかったから驚いた。
許可を貰ってから額に触れると俺的には熱く感じたが「体調が悪いわけじゃないからね」とそれ以外はあくまでいつも通りだった。
となると、
「ダイエットなんかやめておけよ」
これしかない。
多分、男子にはどうでもいいぐらいのことでも女子からしたら大事だろうからできれば言いたくはないのだが、それでも口にしていた。
「そういうのでもないんだよ、最近はちょっと食欲がないんだ」
「それなら余計に駄目だろ、病院に行った方がいいんじゃないか?」
「うーん、病気なのかなぁ」
体調が悪いわけでも、ダイエットをしているわけでもないのに食欲がないなんてそれぐらいしか考えられない。
そのため、元気でいてくれないと困るからとりあえず保健室に行くかと聞いてみたが彼女はゆっくりと首を振るだけだった。
「あ、稲多君が頭を撫でてくれれば食欲が出てくるかも」
「おいおい、俺がべたべた触れているみたいに聞こえるからやめてくれよ」
「いいからはい、ちょっとやってみて」
後から悪く言うような存在でもないからと従って実行してみた。
……こんな感じなのか、で、彼女の特別な存在になった人間は許可も取らずにできるようになるということか。
「無茶をしてくれるなよ、なにかで困っていたらちゃんと言ってくれ」
「稲多君に隠したことって稲多君と違ってほとんどないけどなぁ」
「俺が無理なら違う信用できる人間に言えばいいんだ、元気でいてくれないと困るんだよ」
例えばいまより弱った感じだとしたらどうしようもない自分を直視する羽目になって嫌だからというのもあった。
何度も言っているように自分に甘いからそういうことになる、結局、自分のためにこうであってほしいと押し付けてしまっているだけでしかない。
「それはどうして?」
「どうしてってそりゃ、友達には弱ってほしくないだろ」
「御崎さんじゃないけど」
「なんでここで御崎が出てくるんだよ、あ、まあ、御崎だって含まれているわけだけどさ」
彼女は高井と同じぐらい御崎のことを気にしすぎだ。
そういう意味で好きだということなら応援をするが、先程みたいに「そういうのではないよ」と言われそうだった。
「このままちょっと腕を借りてもいい?」
「ああ、それで元気になるならいいぞ」
クッションみたいな感じに使うのか、少し体勢がきついが直接役に立てるということに意識を向けて逃避しておくことにする。
頼むから早く回復してほしい、ずっとこのままではいてほしくない。
でも、俺にできるのはこうして腕を貸すというだけで、その他の行動でなにかをしてやることができないことに微妙な気分になった。
「あれから一緒にいないけど大丈夫なの?」
「多分な」
「前も言ったけどちゃんと仲直りした方がいいよ」
とはいえ、御崎はもう高井と多分楽しくやっている状態だから必要なのかどうかが分からなくなってくる――ではなく、俺が必要だなんて考え方はできなかった。
ここ数日一回も来ていないということはつまりそういうことなのだ、ならば俺にできるのは邪魔をしないようにすることだけで、仲直りしようとするのは違う。
「あ、もしかして私がいるから大丈夫とか考えているの?」
「そういうのは大きいけど別に縛ろうともしていないぞ、だから鴻巣も自由に行動してくれ」
こうして話しているところを見ると元気そうに見えるのだが、いまだってこちらに渡してきた物を食べようとはしていない。
疑っているとかそういうことではなくすぐに戻ることを期待して手をつけずにいるものの、あまり効果はなさそうだった。
「私が離れたら寂しい?」
「そりゃそうだよ、四月からとはいえ十二月近くまで一緒にいられたんだからさ」
「そっか」
彼女はそれきり黙ってしまったから予鈴が鳴るまでこのままにしておいた。
学校にいるのに遅れたらアホらしいからしっかりチェックをして時間がきたら起こして、片付けてから教室に戻る。
高井と盛り上がっていた? 御崎が彼女に気づいて話しかけていたが、そのときもいつも通りにこにことしていて調子が悪そうな感じは一切伝わってこなかった。
それはいいことだよな、俺の理想通りなわけだからなにも不満はない。
授業中も表面上は全く問題ない……って、やばいからやめよう。
「稲多君さ、ずっと鴻巣ちゃんのことを見ていたでしょ」
俺と同じ列だからおかしくはないが、そう言い切れてしまうのもすごいな。
見ているようで見ていないから、いや、先程の俺は見ていたが他人がどこを見ているのかなんて基本的には分からないというのにこれだ。
イメージが悪くなっているからそういうことにして責めたいのかもしれない、で、俺は実際に短時間でも見ていたわけだから言い訳はできないことになる。
それにしたってやっと近づいてきてぶつけてきたことがこれとはな、実は待っていたのかもしれない。
「食欲が――詳しい話は本人から聞いてくれ」
気づいたときには横にいて、にこにことされていると怖いということを知った。
でも、なにかを言おうものなら言葉で刺されてしまいそうだから本人に云々と口にして黙ったのだった。
「もしかしたら稲多君の存在がストレス、だったりして?」
「それなら離れるよ」
それで鴻巣のためになるならそうするよ。
自分のことばかりを考えて行動する人間でも分かりやすく表に問題が出てき始めるとこういう考え方に変わっていく。
まあ、場合によっては相手のために行動できるということでそう責められるようなことではない気がした。
「嘘だよ嘘。……んー、なんでだろうね」
「寒いのが極端に苦手というわけでもないし、分からないな」
「頭を撫でても効果はなかったみたいだしね」
「案外、高井がなんとかできたりしてな」
変なことをしないでいつも通り高井をやっているだけなら解決する可能性は高かったのだが、彼女的には「義一は駄目だよ、……私のことを抱きしめておきながら他の女の子と仲良くするとかありえないし……」と賛成できないみたいだ。
一瞬、お、いい感じだななどと流されかけたものの、こっちは勝手に上手くやってしまうからすぐに意識を戻す。
「御崎、なんとかしてやれないか? 女子なら分かることも多いだろ?」
「うーん、そうしてあげたいところだけどそもそもさ」
「ん?」
これから意地が悪い言葉を吐こうとしているようにも見えない、それどころか少し悔しそうな顔にすら見えた。
「鴻巣ちゃんはそれを望んでいるのかな?」
「そりゃまあ食べることが好きな鴻巣らしくないわけだし、望んでいるだろ」
というか、あそこまで好きでいなくても食欲が出ないのは気になるだろう。
どうしたって悪い方向に考えてしまう、で、原因が分からないとなれば俺なら不安になることだろうな。
「いやそうじゃなくて、稲多君にどうにかしてほしいんじゃないのって話だよ」
「俺にできることはないと言っても過言じゃないからなあ……」
もし俺がなんとかできる存在なら、鴻巣がそう見ているなら放課後になった瞬間に「今日は大人しくしておくよ」などと口にして帰ったりはしない。
「頼む」
「でもなぁ、稲多君はなにも聞いてくれないしなぁ」
「今回はちゃんと守る、ふたりきりなら問題ないだろ?」
「うーん、それだったら義一もいてほしいな、なんか裏でこそこそしているみたいで自分が嫌なんだよ」
「ああ、今度はちゃんと守るからな」
高井も今日は帰ってしまっているからすぐに行動とはできないため、今日のところは解散することにした。
家に帰ってもやることはないが、学校に残っていたところでやることもないという状態だから仕方がない。
「稲多君」
「なんだ?」
「……色々とごめん」
「はは、別にいいよ」
そのまま走って行ったからこちらは家に向かって歩いて行く。
はぁ、嫌だな、家で一人で過ごさなければならないこの時間が嫌いだ。
人といることが好きすぎる人間性というのも考えものだ、まあ、他の人間なら上手く切り替えてやれてしまうのだろうが。
「もしもし?」
「いまから鴻巣を送るから頼んだぞ」
「え、一緒に過ごしていたのか?」
「いや、本当にたまたまだ、すぐに行くから開けておいてくれ」
玄関に移動して鍵を開けたタイミングでがちゃりと開かれた。
「はい、確かに渡したからな」
「そんな物じゃないんだからさ」
あとなにかトラブルに巻き込まれたのかと思えばそうではなく、むしゃむしゃと菓子を食べているだけの鴻巣、もしかしたらこれは御崎にとっては大変なことになったのかもしれない。
やはり高井の存在が大きかったのだ、で、助けられることになった鴻巣は高井のことを意識して的な感じになる可能性が高い。
「その感じだと食欲が戻ってきたみたいだな」
「むしゃむしゃ」
「高井はすごいな、俺にはできないことをなんてことはないという風にやってしまうんだから」
「むしゃむしゃ」
な、なんだこの時間は、あと、食べるようになったのはいいが食べ過ぎではないだろうか。
俺もそうだが極端だ。
「ん、稲多君」
「どうした?」
ずっとこっちを見ていたからいきなり見られて驚くとかそういうこともない。
ただ、分かりやすく存在している高井との差というやつには引っかかってしまっていた。
「いま稲多君が言っていたように戻ってきたんだよ」
「よかったな、高井に礼を言っておけよ?」
「確かにさっきはお世話になったけどその分は言っておいたからもう必要ないよ」
食べるのをやめたら今度はなにも気にせずに床にごろんと寝転ぶ彼女。
「やっぱり食べている私が一番らしいよね」
「ああ」
「あとはここでゆっくりするのも私らしいよね」
「いいのか?」
「迷惑ならやめるけど、そうじゃないならここが好きだからやらせてよ」
いや、別にいくらでもしてくれればいいが彼女的にはいいのか分からない。
だからそわそわとしてしまっていた。
「私が動く前に解決しちゃったけど、この場合はどうなるの?」
「約束通り俺にできることはするよ」
もっとも、俺にできることなんてほとんどないと言ってもいいが。
自分で言うのもなんだがこれは正直詐欺みたいなもので、また怒られることになりそうだった。
まあでも、前回と違って動いた結果のそれなら自分的にもまだマシかもしれない。
「じゃあダブルデートをしようよ。ふたりきりだとほら、意識しすぎて駄目になっちゃうかもしれないけど、四人だったらいつものように楽しそうだから」
「ダブルデートって、デートなのは御崎と高井だけだろ」
こういうのは相手、鴻巣に迷惑がかかるからやめてほしかった。
ただ出かけるだけでいいということなら受け入れるが、言葉一つで一気に変わってきてしまうのだから気をつけてほしい。
なんて、余計なことを言って似たようなことをしているお前が言うなよとツッコまれてしまいそうなことだった。
「いいからお願いっ、義一が裏でこそこそ鴻巣ちゃんと過ごしていて不安になってきちゃったんだよ」
「出かけるだけならいいぞ」
「よしきたっ、それじゃあ早速義一に――いたんだ」
彼女の後ろに立っていたからこちらからはもちろん見えていた。
これは俺なりに考えたうえでの行動というか、いらないとは分かっていてもついつい余計なことをしたくなってしまうのだ。
「ああ、あ、稲多と話しているところを見て嫉妬したとかじゃないからな?」
「聞いてもいないのにすぐにそうやって言うあたりが怪しいなぁ」
気になる人間は気になるだろう、だからおかしな行動というわけではない。
いちゃいちゃし始めてしまったから席に戻ってゆっくりしておくことにした。
「デートするの?」
「ああ、あの二人がな」
好きな相手がいる教室で堂々とそんなことを言えてしまう時点で俺らの存在が必要ないことだけは分かる。
まあでも、そうやって無駄なこともして生きていくのが人間だと思う、だからそれを否定してしまうとこの先似たようなことになった際に引っかかりかねないから今回はそうなったという風に片付けるしかない。
「でも、それには私達も参加するんだよね?」
「無理なら無理でいいんだぞ? 俺は約束だから付いて行くしかないけど」
当日は二人だけで盛り上がって放置されるだろうが、前にも言ったように盛り上がってくれていればそれでいいから気にならない。
だから俺の願いとしては言い争いをしたりはしないでほしいということだった、あとはいちゃいちゃする頻度は一応考えてほしいというところか。
「稲多君も知っているだろうけど私、休日は暇だから」
「じゃあ参加してくれるのか? それならありがたいな」
他にも味方がいてくれればやりようというのはいくらでもある。
誰かといるのが好きな自分としてはそれでも結局、放置ばかりの時間というのも辛いからな。
「その日はパフェが食べたいな」
「御崎も甘いのが好きだろうから言ってみたらどうだ?」
合わなかったら○○時に集合などと決めて別れてもよかった、自分が行きたい場所というのはないから相手に合わせてやりたい。
参加してくれるという時点で俺のためになっているわけだから、せめて当日は彼女のために動きたいという考えが強くなっていた。
「あとはアイスクリームも食べたい」
「甘い物ばかりだな」
仮にそうなったらなにかしらの物を注文しなければならなくなるわけで、胃がやられてしまいそうだった。
それとお金的にも厳しそうだ、ただ、なるべく空気の読めていないような行動をしたくはないという考えがあって……。
「ご飯は……稲多君が作ってくれた物でいいや」
「出かけるのにそれじゃあつまらないだろ?」
「正直、二人だけでいいよね」
スルー、言いたいことを言えればそれでいいのだろうか。
あと飲食店の料理なんかと比べるととてもとてもという感じなので(食材が悪いわけではなく俺の技術の問題)、なるべくそういうのはやめてほしいところだった。
「だな、あの二人はどうせ上手くやるしなあ」
「はぁ、稲多君らしいけど……」
いや、いまの流れならどう考えてもあの二人のことという風になるだろ。
「二人だけでいいよね」と言われてそのまま受け取る奴は逆にやばいと思う。
俺がそういう人間ではなかったことに感謝してほしいぐらいだ、なんてな。
「いーい? 私と稲多君の二人、だからね?」
「い、いやでも、今回は無理だから……」
やはり高井みたいにやるのは無理だ。
照れさせることもできずにこちらが慌てているところばかりが容易に想像できてしまう――が、大丈夫、俺は簡単に好きになったりはしないからだ!
好きにさえならなければ俺らしく相手をしているだけでいい、多分彼女も特には求めてこないだろうから疲れてしまう、なんてことにはならない。
「そうだね、だからそのお出かけが終わった後にふたりでお出かけしようよ」
「に、肉食系なのか?」
「んー、野菜も好きだけど、お肉も好きだよ?」
「うん、鴻巣はそんな感じだよな」
何度も言っているように彼女がこうだからこそなんとかなっているのもあるのだ。
そのため、そのままでいてほしかった、変に頑張らなくていいから食べたり笑ったりして側で過ごしてほしい。
これはあくまで友達として求めているからセーフだ、もっとも、仮にそういう感情が出てきてもおかしなことではないがな。
迷惑をかけたくないから気にしているだけで俺からしたら魅力的な異性だからそういうことになる。
「え、稲多君にそういう反応をされるのは傷つくなぁ」
「傷ついたのはこっちだけど」
たまにこうしてずばっと言葉で刺してくる存在だから怖くなるときもあった。
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