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03話.[頑張るしかない]

「稲多、あれを見ろ」

「ん？　おお、鴻巣が珍しく俺ら以外の男子といるな」

　鴻巣に話しかけている男子は運動が得意な運動部の男子二人だ。

　どういう理由でかは分からないが、いつものようににこにことしているからいいことだということは分かる。

「ちゃんと見ておかないと取られるぞ」

「取られるって、鴻巣は俺のじゃないぞ」

「俺みたいになっても知らないからな」

　あ、そういえばあのことを言っていなかったことを思い出した。

　ただ、御崎も振られたことをほいほいと言われたくはないだろうからきっとこのままになると思う。

　許可を得られれば別だが、敢えて言ってもいいか？　なんて聞く人間でもないからそういうことになる。

「というか、それを言ったら御崎も同じだよな」

「いや、あいつの場合は男子といるのがデフォだからな」

「行ってこい」

「嫌だよ、いま行ったら嫌な奴みたいになるじゃねえか」

　邪魔をするようなことをしなかったら嫌な奴認定なんてされないだろ。

　結局は色々と言い訳をして自分を守っているだけなのだ、本当に手に入れたいというか側にいてほしいなら頑張るしかない。

　ちなみに、自分のことではないからこういう風に考えられているだけだった。

「相当気になっているみたいだな」

　それからも休み時間になる度に近づいていたし、昼休みなんかには一緒にご飯を食べようと誘っているぐらいだった――って、声が大きいから聞こえてきただけで気になりすぎているということはないからなと内で言い訳をする。

　だが、あの男子達もなんで敢えて冬のいまから動き出そうとするのだろうか。

　運動部に所属しているような人間なら臆せずにどんどんと行動できるものだろ？　それなのに急すぎて逆に気になってしまうというものだ。

「なにをしているの？」

「あの男子二人が急に近づいた理由を知りたくてさ」

「ああ、単純に鴻巣ちゃんが可愛いからじゃない？」

「それならいいんだけど悪いことをするようなら――」

「じゃあここら辺りでやめておきなよ、いま一番悪いことをしているのは君だよ？」

　そうだな、鴻巣はあれでいて強いから大丈夫か。

「それにあの二人は優しいよ、君と違ってあの二人とよく一緒にいる私が言うんだから大丈夫だよ」

「そうか」

「嘘つきで人を悪者扱いしてしまうのは問題だなあ」

　この目でちゃんと見ないといい奴なのかすら分からない。

　関わっている私云々と彼女は言っていたが、それを参考にしてあいつはいい奴なのだと終わらせることはできない。

　高井だって鴻巣だって、そして彼女に対してだって一緒に過ごすことでなんとかしてきたのだ。

「それに自分にできることならなんでもするとか言っておきながらなんにもしてくれない子達じゃないしね、分かっていないのに勝手に悪く見るのはやめてよ」

「そうだな」

　で、終わらせるわけにはいかない。

「だから頼むわ、それで明日報告だけしてくれ」

「え……？」

「いやほら、気になるものは気になるからさ、御崎だってあの二人が鴻巣に対してどういう話をしているのかとか気になるだろ？」

「む、確かに……」

「だから頼むわ、それじゃあな――ぐぇ！？」

　ひ、引っ張るにしてもこの前の鴻巣みたいに腕にしてもらいたかった。

　歩き始めたときにいきなり制服を引っ張られたらこうなるに決まっている、むかつきすぎて分かってやったのではないかと考えられるぐらいには躊躇がなかった。

「それなら稲多君もいようよっ」

「わ、分かったから離してくれ……」

　はぁ、というかこんなやり取りをしている間に終わらせて鴻巣がこっちに歩いてきてしまった。

　やたらとにこにことしているからいい内容だったのだと分かる、自分のことではないが鴻巣が嬉しそうでよかった。

「こんなところでなにをしているの？」

「い、稲多君が心配性で鴻巣ちゃんの尾行をしていてねっ」

「気づいていたけど、本当にそうだったんだね」

　怖い顔になるかと思えばそうではなく、いまでもにこにことしているだけの鴻巣ではあるが、正直これなら怒ってくれていた方がよかったと言える。

　だが「外にいたら風邪を引いちゃうから帰ろうよ」と言ってきたため、従って帰ることにした。

　ちなみに学校を出てすぐのところで「あ、用事を思い出したから戻るね！」と御崎は逃げた……。

「マネージャーをやってみないかと頼まれただけなんだよ？」

「そうなのか？　俺はてっきり鴻巣のことが好きになったんだと思ったけど」

「なんでそれで稲多君が気にするの？」

「そりゃまあ急すぎたからだよ――あ、分かった分かった、気持ちが悪いことをして悪かったよ、だから怖い顔をするのはやめてくれ」

　どうせすぐに別れる場所がやってくるからそれまでの我慢だ、それで明日からはもっと大人しく過ごせばいい。

　余計なことをしたり言ったりして本当に危うくなっているため、気をつけないといけないことには変わらないからな。

「待ってよ、別に怒っているわけじゃないんだよ？　あ、ちょっと気に入らないことはあるけど」

「だから尾行とかをしたことだろ？」

「ううん、御崎さんと結局仲良く一緒にいたということについてだよ」

「い、いや、仲良くはいないぞ」

　あのまま別れていたらきっと関係は消滅していた。

　聞いていないから彼女がこういう反応になってもなにもおかしなことではないが、本当のところはなにもないのだ。

「かどうかはともかくとして、本当にそこにだけしか不満はないから」

「そうか」

「それじゃあ明日も一緒に過ごそうね」

　って、明日は土曜日だがいいのだろうか。

　でも、走って行ってしまったから直接確認することはもう不可能だったため、諦めて家に向かって歩き出したのだった。

「おはよう」

「言い間違いとかじゃなかったんだな、上がってくれ」

　午前十時に彼女は家にやって来た。

　だが、特にしたいことがあるわけではないということをすぐに知る。

「ごろーん、食べることもいいけどやっぱりここで寝転ぶのも好きなんだぁ」

　と、なんともまあ無防備に寝転がってくれている彼女がいたからだ。

「寝転んだところ悪いが菓子でも買いに行かないか？　鴻巣もその方がいいだろ？」

　最近は失敗をしてばかりだったから異性とふたりきりにはなりたくなかった。

　だからこれは十パーセントぐらいが彼女のためで、残りは全て自分のための発言ということになる。

「む、私はそこまで食いしん坊キャラじゃないよ」

「いや、鴻巣の食べているところを見るのが好きなんだ」

　ほらな、すぐにこうやって失敗をするからなるべく避けたかったのだ。

　なんとかなっているのは鴻巣や御崎が我慢してくれているからで、もっと分かりやすく行動できる存在だったのであれば切られていてもおかしくはない。

「うーん、そう言われても見てもらうようなものじゃないし……」

「じゃあ行ってくるから休んでいてくれ」

　こういうごちゃごちゃした状態をどうにかするなら菓子とかジュースなんかに頼らないと駄目になる。

　別に一人で寂しいとかそういうこともないため、なるべくゆっくりとスーパーまで歩いて複数点買ってきた。

　だが、寝転んでいたことが悪かったのかすぴーすぴーと彼女が寝てしまっていたため、布団を持ってきて掛けて離れた。

「ふぅ、甘い飲み物はやっぱりたまにでいいな」

　苦手とかそういうことはないが積極的に飲みたい物でもない。

　ただ、それなら金も浮くわけだからそう悪いことではないだろう。

「ちょうだい」

「冷蔵庫に鴻巣のもあるから――……もう少し気をつけて行動しろよ」

「ふふ、これ美味しいね」

　まあいいか、後悔することになるのは俺ではなくて彼女だからな。

　もう飲む気もなくなっていたし、飲んでくれるということなら飲み物的にもいいだろうからありがたい。

　寝顔を見るわけにはいかないからと客間にいたのだが、もう無駄だからついでに戻ることにした。

　それにしてもこの前といい、寝るのには抵抗があるのだろうか。

「寝たふりとは意地が悪いな」

「違うよ、稲多君がお布団を掛けてくれたときに起きたの」

「本当かよ……」

　するつもりはなかったがいつもありがとなとか言わなくてよかったと思う。

　もし聞かれていたら絶対に笑われていた、いや、それならまだいいが真顔で「なにを言っているの？」と冷たく反応されていた可能性もあるわけで……。

「嘘をついても仕方がないでしょ？　稲多君みたいにはしないもん」

「御崎の仲間がここにもいたかのか」

　優しい女子も裏ではどうか分からない、不満を一つも抱かない聖人なんていないだろうから酷いことになっているのかもしれない。

　俺に対するそれなら無限に出てきそうだ、仲良くない相手とだって悪口であれば盛り上がれる可能性がある。

「仲間じゃないよ」

「でも、鴻巣に対しては嘘をついたこともないのにその発言だからな」

「やっぱり稲多君は嘘つきだ」

　違うと言う度により酷い結果になっていっている気がした。

　本当でもそうでなくても気に入らないから悪く言われるというところか。

　それならやはりどうしようもないな、でも、何故か二人ともそんな人間のところに来るから不思議だ。

　決して言葉でぼこぼこにできるからというだけではないだろう、となると……。

「でも、なんでかそんな稲多君と一緒にいたいって思うんだよ」

「Ｍなのかもな」

　敢えて面倒くさい人間といようとする人間だって他にもいるだろうからそこまでおかしなこととは言えないが、なんかもったいないという考えが強くなってきた。

　相手が自分となると尚更そうなる、やべえ、俺は存在しているだけで迷惑をかけてきていたということだよな。

　でも、自分にはとにかく甘いから離れた方がいいとかも言えずに時間だけが経過してしまっていた。

「桜（さくら）だから私はＳだよ？」

「いや、名前のことを言っているわけではなくてな？」

「苛められて喜ぶ人間じゃないよ、あ」

　苛めて喜ぶような人間でもあってほしくなかった。

　ちなみに彼女は「お腹空いちゃったよ」といつも通りで安心できたのだった。

「今日もご飯やお菓子が美味しかったっ」

「そ、そうか」

　駄目だ、俺には満足させてやることはできないと分かった。

　食欲が無限という程ではないが、圧倒的に金が足りなさすぎる。

　彼女の彼氏になる人間は大変そうだ、でも、それ以外はいい子だから気にならないのかもしれないが。

「ふぅ、いっぱい食べたら眠たくなってきちゃったよ」

「もう帰った方がいいぞ、鴻巣の両親も心配になるだろうからさ」

「そうだね――あ、じゃあ稲多君におんぶしてほしいな」

「いいぞ、じゃあ行くか」

　んー、あれだけ食べたのに本人は至って軽い、それどころか体重的にはちゃんと食べているのかと不安になってしまうぐらいだ。

　だが、大食い選手並とは言わなくてもそこら辺りの男子よりも食べているわけだから心配は無用ということは分かる。

　でも、その栄養はどこにいっているのだろうか？　腹や胸……にいっていないとなると頭……とかにだろうか。

「こうしてぎゅっと引っ付いていたらずっと一緒にいられるね」

「家族でもずっと引っ付いている人達はいないだろうな」

「家族ならよかったのにって思うときはあるよ」

「どうだろうな、距離が近すぎてもいいことばかりってわけじゃないからな」

　色々なことを知っている分、雑になって口喧嘩なんかも増えるかもしれない。

　俺達がいまこうして一緒にいられているのはそれがないからだ、で、危うい状態だから似たような距離感になると多分駄目になる。

　だから好きになったりしない方がいいのだ、俺が経験者で慣れているのであればありだったのかもしれないがな。

「着いたな、下ろすぞ」

「うん」

　彼女は一つ伸びをしてから「今日もありがとう、楽しかったよ」と言って家の中に消えた。

　もう早めの夜ご飯は食べ終えた後だから少し歩くことにした。

　分かりやすく運動不足だし、たまにはこういうのもいいだろう――となっていたのは最初だけで、すぐに一人の寂しさや寒さなどから自宅に向かうことになった……。

「ん？　こんなところでなにやっているんだ？」

「その、ちょっと聞いてほしいことがあってな」

　家の中でも問題ないみたいだから上がってもらうことに、で、飲み物を渡したら「実はさ」と教えてくれた。

「よかったな」

「よかったのかどうかは分からねえな、萌音、すぐに出て行ってしまったから」

「でも、好きな存在を抱きしめられたんだろ？」

「あ、俺的にはよかったと言えるが……」

　寧ろどうすればそういう雰囲気になるのかと聞きたいところだ。

　今日は絶対にこうする！　と彼は決めて会っていたのだろうか。

　変えたいならそれぐらいの気持ちでいろと、変わることを待っているだけではなにも起こらないぞと言われている気がする。

　って、とにかく俺がする必要はないが、恋をしている人間達は少しだけでも積極的にやってみることが大切そうだった。

「無理やりってわけじゃないんだろ？」

「ああ、情けないが『抱きしめてもいいか？』と聞いてからにしたから」

「初めてならそれぐらいでいいだろ」

「だが、出て行ったからなあ……」

　恥ずかしくなってせめて家の違う場所に逃げた、とかならこうしてここに来てはいなかったのだろうが、多分この感じだと家からも去られてしまっている。

　踏み込んだ瞬間にそうなったら俺だって高井に聞いてもらおうとするだろうな、話さないと不安でどうにかなりそうだった。

「あ、萌音からだ、ちょっと出てくる」

「おーう」

　適当に寝転んで待っている間に冗談でもなんでもなく三十分が経過したときにはそれこそ御崎みたいに帰ったのかと思ったが、一時間になる前に戻ってきてくれたからなんとかなった。

「別に怒っているわけではねえみたいだ、ただ、一つ嫌なことがあったらしい」

「するならいちいち許可を貰ってからするなとか？」

　ではなく、いちいち報告しなくていいぞとか言ったら駄目な場面なのだろうか。

　いやだって友と友のいちゃいちゃ話を聞いたところでどうにもならないだろ？　それに御崎だってこうして俺に情報がいっているとは考えていないだろうから守るためでもある。

　一応御崎にも世話になっているわけだから多少は考えて行動をしてやらなければならないというやつで。

「いや、後ろから抱きしめるのはやめてほしいんだってさ」

「そりゃ高井が悪いな」

　この感じだと許可を貰おうとしただけで直接許可を貰ったわけではなさそうだ。

　嫌だと言ったり、逃げなかったから大丈夫などと考えていそうですらある。

「待て待て、帰ろうとしているところを無理やり抱きしめたとかじゃないからな？　『正面からは恥ずかしい』って言ってきたからそれなら後ろからって実行したんだ」

「そういうことか……」

　それでも初めてなら側面からにしておけばよかったのにとしか言いようがない。

　まあでも？　友が遥か遠い人間というわけではなくてよかった。

　経験値が滅茶苦茶高くて、女子相手にどんどんとそういうことをできるようだったら逆に嫌だと言える。

「あと、呼ばれたから行ってくるわ」

「おーう……」

　自由か、って、自由度で言えば俺の方が上か。

　とにかく出て行ってしまったのと、先程も言ったように食後だということで適当に休むことにした。

　なにか時間をつぶせるような道具は依然としてないから考え事をするか寝るかというところだが、どうするべきか。

　前と違って最近は休日に寝てももったいない感は薄れているものの、少し抵抗があるのは事実だった。

　とはいえ、ごちゃごちゃ沢山考えておくのもあまり現実的ではない。

　うーむ、なにか集中できるような趣味があるような人間だったらよかったのにと最近は特に思ってしまう。

　あとは、明日はまだ日曜だから自由に該当する時間が沢山あることからは目を逸らしたくても逸らせなかった。