02話.[来ないだろうよ]

「さ、寒いな……」


 でも、平日なら学校があるわけだから出なければならないわけで、鼻水を垂らしそうになりながらの登校となった。

 少しでも休めるようにと夏よりは登校時間を早めにしている形になるが、それがもろに逆効果になっているということを分かっていながらも変えていなかった。

 それでもやはり俺には授業前に休める時間というやつが必要なのだ、なにかを得るためにはなにかを我慢しなければならないことは決まっていることだから不満を漏らしつつこれを続けていた。


「おーい!」


 授業が終わった後にある掃除なんかも一ヶ月に一回か二回、まとめてやるように変えてほしいところだ。

 夏は毎日やるからせめて冬は最後の授業が終わったらささっと解散にしてほしい。


「せめて振り返ってよ!」

「あ、俺か」


 意識してスルーしていたわけではないが、無視をすることになっていたらしい。

 御崎は「はぁ、義一より心配になる子だよ」と呆れたような顔をしながら重ねてきた。

 そんなことを言われたことよりも俺は高井が心配になるという発言に引っかかってしまう。

 しっかりしているし、一人で結構なんでもできるし、どこがそういうことに該当するのかまるで分からない。


「普通声で分かるよね?」

「まあまあ、今度からは気をつけるから許してくれ」


 誰かといるときはあまり気にならないからやはり御崎でもいいから一緒にいられた方がいいということは分かった。

 とはいえ、一緒にいてくれなんて頼むのは違うから学校までただ相手をしつつ歩いていた。

 学校に着くと御崎はもうほとんどの確率で来なくなるから頼んだところで、というのもあるからだ。


「聞いてよ義一、稲多君が無視をしてきたんだよ」


 高井はいつも俺より早く登校しているから違和感というのはないが、そんな話をしたところで「はあ」と言われてしまうだけだろう。

 別に意識して無視をしていたわけではないのだから今日はたまたま上手くいかなかったということで片付けておけばいいのだ。

 よく過去のことを思い出してあのときああしていればなんて考えることはあるものの、どうやっても変えられないのだから終わらせるしかない。


「無視? お前どうせ遠くから声をかけたとかそういうのだろ」

「そうだけどさ、普通知っている声が聞こえてきたら止まるでしょ?」

「いや、近くから声をかけられない限りは止まらないぞ」


 そうだそうだ、あの場合なら誰だって自分ではないと判断して歩き続けるものだ。

 って、これだと盗み聞きをしているみたいで気持ちが悪いから廊下に出るか。

 はぁ、せっかく早めに登校してきているのに意味がなくなってしまったどころか、こうして一人寒い廊下に出ることになってしまった。

 だが、俺こそどうにもならないことをいつまでも気にして生きてしまっているため、直していかなければならない。


「おはよう」

「おう、って……」


 分かりやすく髪が爆発していた。

 御崎と違って長髪というわけではないから被害は大きくないものの、それでも普通よりはよくない状態だと分かる。

 仕方がない、こういうときは女子を頼るしかないということで、


「御崎、鴻巣の髪を梳いてやってくれ」


 すぐに教室に戻ることになった。

 まあでも、このままにしておくのは違うからこれでいい。


「つーん、無視をするような子の言うことは聞きたくありません」

「頼むよ、今度なにか俺にできることならするから――」

「「じゃあやるよ」」

「待て、御崎はともかくなんでやってもらう側の鴻巣も同じ反応をしたんだ?」

「「いいからいいから、それじゃあ行ってくるね」」


 横にいた高井に聞いてみても「女子ってなにかするからって言うと結構聞いてくれるよな」などと全然違うことを返してきた。

 いいからってなにがいいのか……。


「じゃーん」

「それがいいな」

「ふふふ、なんか気に入ってますなあ」

「評価がよくなることはなくても悪くなることもないからな、ちょっとしたことで下げていたらもったいないからさ」


 単純にこれは鴻巣にこうであってほしいという願望の押し付けみたいなもので、物は言いようだなどとツッコまれてしまいそうなことだった。

 でも、そうやって正直に全てを吐いているわけではないため、特にそのことには引っかからなかったようで鴻巣や高井と話をしているだけだった。

 これでここにいる必要も、廊下に逃げる必要もなくなったために席に戻る。


「ちなみに今日の放課後に付き合ってもらうからね? やっぱりなしとか許さないからね?」

「ああ」

「ならよし! へへ」


 俺が頼みを聞けばいいだけだから遠慮なく高井を連れて行こうと決めた。

 一人ではなるべく相手をしたくはないため、こういう場合でのみ鴻巣に頼るのもありかもしれなかった。




「いえーい!」

「おー」

「にこー」


 ……なんでこんなことをしているのだろうか。

 それでも笑っていないと笑ってなどと言われてしまいそうだったから頑張って合わせていく、ちなみに先程の「おー」は意外とノリがいい高井によるものだが。


「四人で仲良くできているからこうして残したかったんだよ、だからよかった」

「ま、いいんじゃねえの?」


 参加しなくていいのであれば俺も彼と同意見だった。

 こういうのは友達同士だからこそできるものだろうし、なんとなく女子はそういうのが好きそうだという偏見があるからだ。


「あ、いまから順番に二人ずつで撮ろうよ」

「それを聞いた瞬間にテンションが下がったわ……」

「まあまあ、ね?」

「……仕方がねえな」


 うーん、甘い、流石に好きな存在が相手だからってそれはどうなのだろうか。

 したくないことならしたくないと言わなければ駄目だ、だって相手は相手から吐かれた言葉を信じて行動するしかないからそういうことになる。


「あれがやりたい」

「金があるならいいんじゃないか」

「一人だと不安になるから稲多君は近くにいて」

「おう、そもそも離れる必要もないからな」


 一プレイ百円か、金持ちでもなければ気軽に遊べる金額ではないのに全くそんなことはないんだよな。

 寧ろどんどんと投入して、手に入れられたら喜んで、手に入れられなくても満足気な感じを出してくる。

 結局は金をなにに使うのかという違いなだけで――と言うより、特に拘っていないからこそだと思う。

 いまこの瞬間を楽しめればそれでいいのだろう、後のことを考えて行動することはあまりないからそうしたくなる気持ちは俺にも分かる。


「稲多君はさ、えっと……」


 ゲームセンターでも比較的静かな場所だからいちいち耳を近づけなくても十分聞こえていた、が、全てを言い切ってくれなければ結局反応することはできない。


「さっ、次は鴻巣ちゃんだ! ……って、遊んでいるみたいだから稲多君でよろしくお願いします」

「俺とはなしにしないか」


 そんなの残したって向こう的に意味がない、意味があるのだとしても四人で撮ったやつがあるから大丈夫だろう。

 だが、彼女は「え、できることならしてくれるんだよね? だからほら」と言うことを聞いてくれそうになかった。

 

「はぁ、分かった――お、俺の腕を掴んでどうしたんだ?」


 しかもこっちを見ていなかったのにどんな能力だよと言いたくなる。


「いまは私がお願いして近くにいてもらっているから後でもいいかな」

「わ、分かった」


 こんなに低い声も出せるのか、御崎が大人しく諦める時点でいいことではないことが分かる。

 でも、そんなことを言いながらもこっちを向かないで鴻巣は集中してしている――いや、全然上手くできていないなこれ。


「鴻巣、もしかして慣れていないのか?」

「うわーん! 気づいても真っ直ぐに言わないでよぉ!」

「はははっ、鴻巣はいつもそれでいてくれ」


 いつものように会話をしていたら何故かやたらと弱った感じの高井がやって来た。

 鴻巣だけを優先するというのも微妙だからどうしたのかと聞いてみると、筐体内で格闘することになったらしかった。


「……つまんないなあ、そもそも稲多君はなんにも聞いてくれていないじゃん」


 で、高井が疲れる原因になった御崎はこんなことを言っている、と。

 まああれだ、俺はなかったことにして解散までとにかく待機しているなどではないのだから勘違いしないでほしい。

 鴻巣が満足できたら付き合うさ、話しかけてくれて助けられているから御崎にもという考えはあるのだ。


「お金が終わっちゃったよ」

「そんなものだ」

「あ、御崎さんに付き合ってあげてね」

「おう」


 ただ、もうテンションがだだ下がりでその気になれなかったのか御崎の選択により解散の流れになった。

 これだと俺が口先だけの人間みたいになってしまうが、まあ、今回に限って言えば似たようなものだから仕方がないか。

 だから特に謝罪も、今度付き合うからなども言ったりはせずに別れる。


「ありゃ長引くぞ」

「まあでも、そうなったらそうなったで高井としては少し安心できるだろ?」

「ライバルは多いからなあ、大して変わらねえよ」

「そうかな? 御崎さんって高井君のことを特に気に入っている感じがするけど」

「俺ら以外の男子とだっているしな、なんならこの前告白をしてからな」


 告白をしたということは好きになったということだから一人減ったところで、という話か。


「あ、こっちだから」

「「気をつけろよ」」

「うん、ありがとう! ばいばい!」


 なんだかんだ一緒に過ごしてきたが、あんな感じで二人とも消えてしまうなんてこともあるのかもしれない。

 もしそうなったら頼むぞと頼んでみたら「消えないように努力をしろよ」ともっともなことを言われてしまった。

 だが、これも自分が努力をするだけでなんとかなる話ではないからもっともなことではあってもそんなに難しいことを言わないでほしかった。

 そりゃここまできたならせめて高校を卒業するときまでは一緒にいたいというものだが……。


「じゃあな」

「おう、また明日な」


 そこでそのことを考えることはやめてこの後したいことなどに意識を切り替える。

 というか、全て相手次第だと言えるから答えは出ているようなものだったからだ。




 今日は朝から腹の調子がよくなかった。

 それでも授業中に行くようなことはなく、なんとか休み時間に頑張ることで昼休みまでは耐えられた形になる。


「大丈夫か?」

「ああ……」

「汚れてもいいなら寝転んだ方がいいと思うぞ」

「だな、あ、これを食べてくれ」


 昼を抜いたぐらいで弱るような人間ではないし、そもそも無理に入れたところで出してしまいそうだからもったいない。

 調理能力は多分普通ぐらいはあるから味も問題ないだろうし、それなら誰かに食べてもらった方が使われた物としてもいいだろう。


「おいおい、俺じゃなくてもっと適任者がいるだろ」

「今日は友達と食べるみたいだから来ないぞ」

「このことを話せばすぐに食いつくさ、休んで待っていろ」


 確かに食べることの優先度が一番ではあるが、友達だって高めになっているだろうから来ないだろうよ。

 余計なことをしないでほしい、だってこれだと食べ物で釣っているみたいだろ?

 流石に舐められていると感じて高井に付いてくることは、


「これ貰ってもいいの? わーい、いただきますっ」


 ことはないはずだったのが……。


「と、友達はよかったのか?」

「うん、大丈夫だよ」

「それならいいんだが」


 自分の想像通りに動くと考えている方がおかしいということか。

 いまは休もう、細かいことを気にするのはしっかり者だけでいいのだ。

 ここでどれぐらい休めるかによって午後の調子も変わってくるだろうから頑張りたいところだった。


「それより稲多君もちゃんと言ってよ」

「こいつってたまに隠そうとするんだよな」


 他人から教えてもらった大事な情報なら絶対にそうするし、相手にメリットがないことならなるべく吐いたりはしないようにしている。


「喧嘩みたいになっちゃっている御崎さんはともかくとして、私にも言ってくれなかったのは悲しいなあ」

「だって迷惑をかけるだけだからな……」

「でも、こうして頼っちゃったら同じでしょ? だったら早めにした方が稲多君的にもいいと思うけど」


 い、いやいや、相手のことを考えて行動できているわけだから気にするな俺。

 まだ重ねてこようとする彼女には食べる方に集中した方がいいと言っておく。

 みんながみんなそうやってすぐに人を頼れるのであれば問題なんか起こらない。


「もしかして信用してくれていない……とか?」

「そんなわけがないだろ、友達だからこそというか……まあ、そんな感じだよ」

「私の考え方と大きく違うなぁ」


 そんなの当たり前だ、彼女と俺は違うのだから一緒だったら寧ろ怖い。

 ただあれだな、話していると腹の痛さも気にならなくなるみたいだ、授業中はできないから休み時間にこうして話せれば簡単に治る気がする。


「ごちそうさまでした」

「食べてくれてありがとな……って、無視か……」


 容器は音的に奇麗に片付けてくれただろうから構わないと言えば構わないが、御崎と微妙な状態になることよりも気になるのは確かだった。

 もうこうなっていると細かいことは云々と逃避している場合ではなくなる。

 なにが言いたいのかと言うと流石に去られるのだとしてもいまは早すぎだろ、ということだった。


「はは、女子二人とほとんど同時に微妙な状態になるとかもう才能だろ」

「どんどん笑ってくれ、所詮俺なんてこんなものだからな」


 腹痛の方は大丈夫そうだから失っただけではないことをマシだと思っておこう。

 だが、それにしたって難しすぎる、違うことなんて当たり前なのにそこに引っかかったのだとしたらもうどうしようもない。

 ただの人間関係の時点でこうなってしまっているということは恋なんて無理だということだけはよく分かるが。


「あ、俺もそろそろ戻るわ」

「おう、付き合ってくれてありがとうよ」


 ああ、このまま友がいる教室には戻らずにここに寝転んでいたい。

 布団さえ持ってきてしまえば寒さに文句を言いつつ登校をしなくて済むようになるわけで、絶対に無理なことなのに、無意味なことなのに妄想が捗った。

 で、そんな妄想を体感的に五分ぐらい続けたときのこと、足音が聞こえてきて意識を持っていかれる。


「……なんでこんなところに寝転んでいるの、汚れちゃうでしょうが」

「学校でも家にいるときみたいに寝転べたらどうなのかを試していたんだ」


 結果はそう悪くはないというものだった。

 ベッドでも床でもソファでも寝られる人間だからこそなのかもしれないが、奇麗にしてからやる価値はある。

 まあ、学校の床で寝ていたらまず間違いなくやばい奴扱いをされるだろうから女子にはできないだろうが。


「ふーん、お腹が痛いとかそういうことじゃないんだね」

「違うよ、俺はぐうたら人間だから寝転べるところがあればすぐにこうしてしまうんだよ」


 これは微妙な状態の御崎だからではなく、単純ですぐに治ってしまったから恥ずかしくてそういうことにしているだけだ。

 人といることで治るってなんだよ、結局は俺の思い込みだったということなのだろうか。


「ばか」

「ちょ、蹴るな蹴るな」


 蹴られて喜ぶような趣味はないから勘違いしないでほしい。

 元気でいてくれるようにと俺は彼女達に求めているだけ、正直に言うと一緒にいるところで盛り上がってくれていればこちらを放置してくれても構わなかった。


「聞けば鴻巣ちゃんにだって言っていなかったみたいじゃん」

「相手が鴻巣だからとか御崎だからとか関係ないぞ、俺はこれまでそうしてきたというだけだよ」

「はあ~、やっぱり嘘つき君だったってことだよね」


 だから嘘つきとかではなくてなるべく言わないように生きているのだと何度言えば分かるのか――って、口にはしていなかったからもう全てを吐いておくことにした。

 だが、満足してくれるどころか再度「ばか」と残して去った。

 流石にのんびりとしすぎて予鈴の時間が近づいていたため、汚れを叩いて落としてから教室へ向かったのだった。

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