126作品目

Rinora

01話.[モチベーション]

「おせーよ馬鹿」


 集合時間ぴったりに着いたのに馬鹿扱いをされてしまった。

 それで一気に行く気がなくなって帰ろうとしたのだが、腕を掴まれて帰ることはできなくなった。


「くそ、本当に告白をするつもりみたいだな」

「なあ」

「なんだよ?」

「そんなに嫌なら直接止めてこいよ」


 高井義一ぎいち、彼は滅茶苦茶嫌そうな顔をしつつ「そんなことができるなら苦労してねえんだよアホ」と返してきた。

 だが、これに巻き込まれているこちらとしては勝手にやってくれとしか言いようがないのだ。


「そもそもあの女子は男友達が滅茶苦茶いるからな、そりゃこういうことも起きるだろうよ」

「っても、自分から告白をするのなんて初めてなんだぞ?」

「だからやっと本命が現れたということだろ」


 御崎萌音もねか、一応喋ったことはあるが別に仲がいいというわけではない。

 高井とはそれなりに仲がいいみたいで来たときにたまにという感じだからまあそんなものだろう。

 ちなみに、彼女を見る度に髪が長いなという感想になる。


「あ、知らねえ男だな」

「もう行こうぜ、見たって悔しくなるだけだろ」

「ちっ、行くか」


 それでも大人しく帰ろうとしないのが彼で、途中で見つけた店に寄って行こうなどと言い始めて付いて行くことにした。

 どうせ帰っても家に誰もいないし、時間をつぶせるような道具もないから助かったぐらいだ。


「まああれだな、あいつが頑張って初めて告白をするんだから受け入れてやってほしいわ」

「はは、そこは大人だな」

「振られろなんて考えるわけねえだろ、そこまで屑じゃねえよ」


 彼はグラスの水を飲んでから「それにそんなことを考えるような人間だったらそもそも選ばれねえよ」と。


「これでまた探さないといけなくなったな」

「好きだという気持ちを抱え続けても相手からしたら怖いだけだしな」

「ああ、それに多分あいつならこれからも友達としてはいてくれるだろうからそれで十分だ」


 その割にはつまらなさそうな、納得がいっていないような顔をしているが言わない方がいいのだろう。

 注文を済ませて適当に窓の外を見ていると「おい」と言われて意識を戻す。


「どうした?」


 彼はなにも言わずに指を差す、その方向を見てみると御崎ではない知っている女子が一人でパンケーキを食べていた。


「こんなこともあるんだな、それとも高井が呼んだのか?」

「俺の友達じゃねえだろ、話しかけてこいよ」

「いやでも幸せそうだからいいよ」


 一人で食べているときに笑顔になってしまうぐらいだから邪魔をするべきではないとこういう場合ならみんながそうする。

 ただ、いい食べっぷりで見ていたくなるぐらいの魅力があるのは確かだった。


「あいつ一人で食い過ぎだろ、見ているだけで胃がもたれてくるわ……」

「いつもあんな感じだよ」


 弁当箱だって女子用みたいな小さいやつではなくでかいやつを持ってくるぐらいだし、いま正に食べているのに「お腹が空いちゃったよ」とか言えてしまえる存在だ。

 だからついついなにかをあげたくなる。


「お待たせしました」


 って、俺も注文をしてしまったが別にする必要はなかったと後悔した。

 とはいえ、払うことになるのに食べないというのはもったいないからと食べようとしたときのこと、


「いいなぁ、そっち系も頼んでおけばよかったよ」


 ま、見える範囲にいたから無理ではないものの、感覚的には一瞬で距離を詰められて手を止めることになった。


「食べるか? 半分やるよ」

「え、いいのっ?」

「おう」

「じゃあ定員さんに席を移動できるか聞いてくるっ」


 はは、元気だな、御崎とはまた違った感じの元気さだ。

 なんか視線を感じて意識を正面に戻すと彼がにやにやとしていた。

 なんだよと聞いてみたら「いや、結局一緒にいたいんだな」と答えてくれたが、どう考えても俺から行動をしたわけではないからなにを言っているのかと呆れる。


「大丈夫だった」

「おう、じゃあほら持っていけよ」

「はいあーんは?」

「変なことを言っていないで食べておけ」


 そういうことをする関係では――関係ではないはずなのに何故か一度だけあるんだよなあ……。

 遅れた際にしてくれたら許すと言われてそのまま従った形となる。

 あれだって約束をしていたわけではなかったのだからそのままにしておけばいいのになにをしているのかと今度は自分に呆れた。

 結局、相手が女子だからだよな、分かりやすく相手によって態度を変えてしまっているということなのだ。


「美味しい~」


 まあでも、一人で全部作業的に胃に突っ込むよりいいな、彼女が食べ物に意識を持っていかれる存在でよかった。


「なんか兄妹みたいだな」

「兄妹か」


 ゆるふわに見えてしっかりしているから彼女が姉でも妹でもどちらでも楽しい時間になりそうだった。

 あと、たまに無茶なことを言ってくるから身内だった方が強気に対応することができてよかったかもしれない。


「ん、稲多君がお兄ちゃんだったらもっと楽しかっただろうなぁ」

「じゃあもう稲多の家に住んだらどうだ?」

「でも、ママとパパとも一緒にいたいから難しいかも……」

「ははは、真剣に受け取りすぎだろ、あと高井も変なことを言うなよ」

「どうせその内側ではいてほしいと思っているんだろ」


 実際には家族ではないわけだから学校に行けば会えるぐらいの距離感でいいのだ。

 そもそも高井の場合と違って去年の四月から関わるようになっただけだから仮になにかが起きて変わるとしてもまだまだ先の話だった。




「ちょっとだけでも見られていると思ったら緊張しちゃったよ」

「いや、告白だったんだろ?」


 それなら緊張して当然だろう、寧ろそこで普段と変わらずにできる人間だったらすごいとしか言いようがないが。

 御崎は「それはそうだけど、そのことよりも知っている子に見られている! ということが大きかったんだよ」と全く想像することができない笑みを浮かべながら言ってきた。


「どうせ義一に巻き込まれただけなんだろうけどさ、どうせなら言い終えるところまでいてほしかったよ」

「受け入れられたならいいけど、断られた場合は気まずいだろ」


 こうしてたまにでも会話をする仲ならそういうことになる、向こうがではなく俺がそうだからあの場を離れたかった。

 あとは巻き込まれてこっちも怒られることになったら嫌だというのもある。


「あ、どっちだったと思う?」

「御崎は元気そうだから受け入れられたんだろ?」

「ぶっぶー、残念ながら振られてしまいました!」


 は? それが本当ならなんでここまで普通のことみたいにいられるのか。


「え、マジ?」

「うん、マジ」

「そ、そうか、それは残念だったな」

「うーん、ちょっとはあるかなー」


 ……少しあれだが、これで高井にまた可能性が出てきたということだよな。

 とはいえ、残念ながら今日は突っ伏しまくっているから報告できるのは放課後ということになる。


「それで稲多君はそういうの、ないの?」

「まだないな」


 ぐっ、すぐにそういう話にしてくれるな。

 みんながみんなできるというわけではないのだ、それに一方通行ではなんにも意味がないどころか相手を怖がらせてしまうだけだろう。


「恋はした方がいいよ、分かりやすくにモチベーションになるからね」

「そうか」

「うん!」


 おいおい、そんな可愛らしい笑みを浮かべてくれるなよ。

 やれやれ、もう少しぐらいは気をつけて行動をしてほしいものだ。

 意外とガードが硬い……はずの鴻巣こうのすを見習ってほしい。


「稲多君って御崎さんみたいなタイプが好きなの?」

「ああして明るい方が話しやすくはあるな」

「私は大丈夫?」

「ああ、というか一緒にいる時間は鴻巣の方が長いしな」


 大丈夫ではなかったら去年の四月に出会って終わっているはずだった、だからまあそうなっていない時点で分かってほしい。


「稲多君が女の子を好きになっちゃったら一緒にいられなくなっちゃうから嫌だな」

「多分、俺が異性を好きになるより鴻巣が異性を好きになる方が早いと思うぞ」

「どうだろう、うーん」


 断言しなかったのは俺が結構影響を受けやすい人間だからだった。

 相手がどうこうの前に御崎を、彼女を好きになる可能性はゼロではない。

 別になにかおかしなことではないからいいことだと言えるが、相手と自分のためにもそうならないのが一番だと言える。

 でも、好きになってもらうのを待つというのも現実的ではないというか、いや、待つだけ待っていたら一生を終えてしまうという感じなのだ。


「うーん」

「いやいや、流石に考えすぎだろ」


 想像や妄想は自由でも先のことばかり気にしていても疲れるだけだぞ鴻巣。

 素直すぎるというか純粋すぎるのも問題だな、俺や高井ぐらいの適当さでいた方がいい気がする。


「だって私が男の子を好きになっているところが想像できないから、私と言えば食べているところがすぐに出てくるでしょ?」

「そうだな」

「うわーん、真顔ですぐに認めないでよぉ!」


 えぇ、その通りなのに違うなどと言った方が酷いと思うが。

 ああ、だが彼女的にはそうではなかったのか席に戻ってしまった。

 ちなみに先程も言ったようにこの教室には高井もいるが、こうなるともう席に着いて大人しくしておくしかないということになる。

 人といられている方が安心できるからこういう時間はなるべくない方がいい……のだとしても自分の意思だけでどうこうできることばかりではないから困っているわけで……。


「稲多、今日の放課後はお前の家に行ってもいいか?」

「おうっ」

「おいおい、今日はどうした?」


 だからこうして友が来てくれると同性だろうと嬉しくなってしまう。

 でもまあ、そっちの気があるとかそういうことでもないから気にしないでいいだろといつも片付けていた。




「邪魔するぞ」

「おう」

「お邪魔しまーす」

「お、おう」

「お邪魔します、あ、お皿とかを借りてもいいかな?」


 はぁ、あくまで一人だけのつもりが彼のせいでこんなことになってしまった。

 ただ、御崎を誘ったのは彼ではなく鴻巣だ、だから強気に対応することができなかったということになる。


「何回も来ているからここは落ち着くなぁ」

「寝るなら布団を持ってくるから掛けておいてくれ」


 皿を渡してから隣の客間に移動すると何故か寝転んでいた鴻巣が付いてきてしまった。


「あ、こっちで寝たいのか?」

「ううん、御崎さんと二人きりにしてあげたかったの」

「今日は気にしなくていい」


 それに高井なら自分でやれてしまうだろうから俺達は俺達らしく一緒にいればいい――というか、ああして頼んできたとき以外はそうしておかないと怒るからやめておいた方がいい。

 自分だけで頑張りたいときなんかがあるということなのだろう、俺にもあるから気持ちも分かるような分からないようなという感じだ。

 ……俺の場合はそうやって考えていても結局最終的には頼って生きてきたから彼らとはな……。


「今更だけどどうして今日は稲多君のお家に行きたくなったの?」

「特にないな、俺らはこうして過ごすことが多いからあくまで普通の選択をしたという感じか、なあ?」

「だな、家で集まることなんてなんにも珍しいことじゃないしな」


 適当にだらだらと過ごして一時間ぐらいで解散なんてときもあるし、ご飯を食べさせてから解散なんてこともある。

 どう過ごすのかはその日の俺ら次第だ。


「逆になんでお前らは付いてきたんだ? こう言ってはなんだが、稲多の家には時間をつぶせる物とかなにもないぞ」

「私は今日、稲多君とは話せたけど義一とは話せていなかったからだよ」


 御崎はみんなと仲良くというタイプだが、たまにこうして思わせぶりなことを言うことがある。

 いやまあ、単純に俺が影響を受けやすいタイプでこういうことを言われたら的なものがかなり反映されているものの、好きな相手からこういうことを言われてなんにも感じない高井ではないだろう。


「私はさっきも言ったようにここが落ち着くからかな」

「ふーん」


 その点、鴻巣はただ単純にこの場所を気に入っているだけだから安心できる。


「わっ、大きなお腹の音だね」

「……お菓子を見ていたらお腹が減ってきちゃって」

「あ、どんどん食べていいからね? 余らせると稲多君に迷惑をかけちゃうから全部食べる勢いで食べてほしいかな」

「いただきますっ」


 それにいつだって一番は美味しい食べ物を食べることだから尚更そういうことになるのだ。

 あのときも言ったように見ていたくなるような魅力があるが、じっと見ていたらやばい奴だから椅子に座って適当なところを見ておくことにした。


「いい食べっぷりだね」

「だが、鴻巣は食べ過ぎだ」


 彼はいつもそれを気にしている、でも、聞こえているはずの鴻巣はむしゃむしゃと食べているだけで手を止める感じはない。

 俺らからしたら沢山食べているようでも本人からすればもっと食べておかないとがりがりになってしまうということをこの前教えてもらった。

 ただ、一応他と比べたら食べすぎているという自覚があるのか、今日みたいな反応をみせることもあるということになる。


「いいじゃん、こんなに細いんだから大丈夫だよ」

「あのな、そうやって自分を甘やかしておくと酷い目に遭うんだぞ?」

「お、男の子のくせに女の子より気にしているんだね」


 本当だよ、結構筋肉質のくせに――筋肉質だからこそ気にするのだろうか。


「男だって気をつけておかないとぶくぶく太るからな、そうでなくても運動をすることも少なくなっているから――」

「やめてっ、なんか不安になってくるからやめてっ」


 御崎はリビングから出て行ってしまった。

 ちらりと彼を確認してみると何故か満足気な顔をしていて呆れる。

 好きな存在を不安にさせてそんな顔をしているとかどうかしているぞ。


「ねえねえ」

「足りないならまだあるぞ?」


 彼女のために買っていたわけではないが、今回も自分一人で全部食べるよりもいいだろうからと口にしていた。


「稲多君って喋っていないとつまらなさそうな顔に見えるの」

「つまらないとかそういうことはないぞ」

「それならいいけど、一緒にいるときにそういう顔をされているのは嫌だな」


 標準でそういう顔に見えるということなら難しいな、意識して頑張ろうとすると百面相になってしまいそうだ。

 だが、友達以外の人間からそういう風に判断をされても構わないが、友達からもそういう判断をされると困る。


「無茶言うなよ、それにこいつは付き合いがいいから問題ないだろ」

「それはそうだけど」

「あとな、こいつは少なくとも一緒にいるときはつまらないとか言ったり思ったりすることはないぞ」


 相手に対してはないものの、していることに対して冷静になってしまうことは普通にあった、だから彼が言ってくれていることはほぼ間違っていることになる。

 そこまでできた人間ではない、とはいえ、なるべく表には出さないようにしていてそこを評価してくれているということなら感謝しかない。


「ちょっと萌音を探してくる」

「おう」


 ふたりきりになったからってなにかが変わるわけではない。

 ちらりと見てみると既に菓子を食べ終えてぼへーとしていた。

 話しかけるのも違うから移動して壁に背を預けて座る、ついでに足を伸ばすとかなり楽になった。


「一階にはいなかったから二階に行っていいか?」

「好きに移動しろよ」


 海賊というわけでもないから別になにも不安とかはない、が、どうして二階なんかに御崎が行ったのかという話だよな。

 俺や両親の部屋しかないし、俺の部屋になにかいい物があるというわけではないから意味がない。


「おはよーございます」

「あれ、御崎だけか?」

「うん、義一に見つからないようにお風呂場に隠れていたんだ」

「人の家でかくれんぼをするなよ……」

「はははっ、絶対に探しにくるって分かっていたからさ」


 で、まんまとその通りに行動してしまった彼はまだ戻ってこないことになる。

 まあいいか、こちらになにかがあるわけではないから気にしないでおくことにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る