隣の席の不思木さん

 



 県立黒前高校くろさきこうこう

 県内第3位の人口を誇る黒前市にある高校。そして、俺が4月から通っている高校でもある。


 残念ながら、地元の地区には小・中学校はあっても、流石に高校がない。つまり必然的に市の中心部や、違う場所にある高校へ通う事になる。


 そんなタイミングで俺が選んだのがここ黒前高校だ。

 まぁ、今まで全員が全員、見知った仲で男女問わず仲が良い。イジメのイの字も出てこない。小・中学時代が過ごしやすい環境だったのは間違いなかった。


 ただ、それと同時に一種の倦怠感の様なモノも感じる訳で……だって、学校行っても全員知ってる顔。それも10年近く変わらないメンツ。楽なのは楽だけど、変化も欲しい。

 そんな願いが叶う場所が、高校ここなんだ。


 数多くの中学校から入学した生徒。その数は中学校の10倍以上。

 その広い校舎。その大きさは中学校の5倍程。


 新たな交友関係に様々な学校行事。最初はウキウキしたもんだ。

 けど、徐々に感じる様になった不安。


 そりゃ、周りはほとんど初めまして状態。

 そんな場所に足を踏み入れるのは、初対面から親しくなるまでの工程を忘れ去った田舎者。


 近くの石白高校せきしろこうこうに行った方が良かったんじゃないか。

 将来を見越してなんて格好付けて、進学率の高い黒前高校にしない方が良かったんじゃないか。

 入学式の前日は緊張感でヤバかったよ。


 ただ、どうやら俺のクラスはコミュ力の高い人達が集まったようだ。

 最初のホームルームで、初の自己紹介なるモノを終えた瞬間……あれよあれよと始まった挨拶合戦。

 そりゃテレビなんかで見る社交パーティーを模したような光景は圧巻だったよ。なんとか流れに見事乗る事が出来て……何人かとは仲良くなれたけどさ。


 こうして、沸々と感じていた不安からも解放され、現在俺は求めていただろう高校生活を送っている。

 そしてあっと言う間に暦は5月。


 高校生活初のゴールデンウィークを終え、5月病の症状もなく……無事に登校する事が出来ている。

 教室後方、窓際から2番目の席から眺める外の光景は、それはそれは晴れやかなものだ。ましてや、今の俺の心境を反映しているかのような……そんな穏やかで和やかで平和だと思っていた。


「ねぇねぇ、よっしー?」

「なっ、なんだよ不思木さん……」


 順調に見えた高校生活における、唯一の不安点。その渦中の人物の姿が、目の前に現れるまでは。


「にっししぃ」


 でっ、出たよ……その何か企んでいるようなにんまり笑顔っ!


 隣の席から、俺を見てほくそ笑んでいるのは不思木さん。

 入学式の時から、隣の席という事もあって……何かと話しかけてくる女の子。


 別にそれだったら問題はない。むしろ殆どが初めまして状態の高校生活としては、最高のスタートではないか? 

 普通はそうだと思う。ただ、俺にとっては……彼女の存在は普通ではない。


 そうだ、彼女は俗に言う……ギャルなのだからっ!


 金髪。

 小麦色の肌。

 ピアス等は流石にないものの、ところどころに散りばめられたギャル語。

 その上明るい性格で、まだ1月しか経っていないのにも関わらず、クラスでも一際目立っている。

 まさにドラマや漫画等々で出てくる、カースト最上位ギャル像そのもの。


 いくら栄えている黒前市。

 人口も多く、色々な人がいるとは思っていた黒前市。


 けど、まさか入学式早々モノホンだと思わざるを得ない人物を、目にする事になるとは思いもしなかった。


 ……こうしてみると、マジで画面越しに見てきたギャルそのものだよな。


「ほらっ、ほらっ」

「はい?」


 とはいえ、いつも通りに絡んできたよ。朝一は必ずこれだよ。ほらって……イスに座って顔を右左? なんだ?


「ほらっ、ほらっ。察しろってのぉ」


 いやいや、そんな事言いながら膨れ面になられても……察しろ? もしかして連休中前となんかが変わったのか? となれば化粧? 特段前と変わらないよな? となれば……もしかして?


「えー、あー。もしかして髪切った?」

「えっ!? 嘘? マジ? 気付いた!?」


 ……ホッ。正解か。

 いや、正直良くは分からないけど……なんかの雑誌で見た記事が役に立ったな。女性がショックを受けた事10選、髪を切ったことに気が付かない彼氏。


「まぁね。良いと思う」


 俺は、ギャルが苦手だ。

 例によって、隣の席の不思木さんも苦手だ。それも超苦手だ。


 俺のイメージ通りのギャルをしてくれていれば苦手なだけで済む。


 けど、不思木さんは……


「やっ、やっぱり?」


 はっ!! ぐふっ!


 とんでもなく、顔が可愛い。

 そして時折、勘違いしてしまいそうな程のとんでもなく可愛い笑顔を……見せつける。


 くっそ。くっそ。俺をからかっている。俺を嵌めようとしている。からかう為の笑顔だって、行動だって知っているのに……こんなの……反則じゃない!?


「流石よっしー。分かってるぅ」











 ――――――――――――

 となる授業の合間




「――――――あっ、ねぇ? よっしーがね? 髪切ったこと気付いたんだよ?」


 ……ん? 廊下の方から、不思木さんの声が聞こえる。っと、周りに居るのは不思木さんとよく一緒に居るギャル達だな。ギャル4人衆と言えば大体の人が分かるだろう。


「えっ? まじまじ?」

「よっしーって、算用子さんようしの事でしょ?」


 その瞬間、ギャル4人衆が一斉に俺の方へ視線を向ける。

 ゲッ! 見てたことがバレたら、集中砲火でヤラれる! 餌食になるっ! そっ、外だ外を向けっ!


「算用子って……あの普通の男でしょー?」

「でもぉ、数センチ単位で髪切ったの分かるってぇ、結構すごくなぁい?」

「だよねだよね?」


 ……いや、ただの勘だ。


「でもふっしー? もしかしてぇ、隣だからって隅から隅までふっしーの事観察してたんじゃないぃ?」

「えぇ? キモくなぁい?」

「けどありえそー」


 ……おい、キモいはないだろ。


「まぁ、でも気付いてくれてのは素直に嬉しいかな。けど……言われてみると結構目とか合ったりするんだよねぇ」

「なにそれー」

「チョーウケるんですけど?」

「マジー? キャハ」


 ………………はぁ。


 やっぱり俺、ギャルは苦手だ。



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