第21話
「ほっほっほ。楽しかったぞ。特に問題が全然分からなず涙目になる黒星の姿がな」
「忘れなさい! 机の前でじっくり考えれば簡単なのよ」
「それに比べて良平は見事だったぞ。惜しかったな」
「ははは。白兎さんがセットの様子とか実況してくれたおかげでヒントが見えてからね」
不自然に置かれた壺とか不規則に並べられたおにぎりとか、謎を解く気があるのかないのか白兎さんは実況に終始した。
それが結果的に俺にヒントを与えることになり、数問は問題を解くことができた。
「ふふ。良いコンビじゃない。あなた達付き合ったら?」
「ほっほっほ。そうはいかないぞ。なぜならわたしは」
「あっ! ペットッショップだって。猫がいっぱいだ」
黒星さんの前で恋愛成就の神様とか言い出されても変な空気になってしまう。咄嗟に視界に入ったペットショップに話題をすり替える。
「じっとペットショップの子猫を見つめる黒星。彼女にも動物を愛でる感情があるようだぞ」
「人を冷酷な悪魔みたいに表現しないでほしいわね」
「そこまでは言ってないぞ。女子高生なら猫が好きでも可愛げがあるじゃないか」
「べ、別にいいじゃない。猫可愛いんだから」
透き通るような白い肌が薄ピンクに染まる。学校での姿とのギャップを指摘されて照れ隠しをする黒星さんはここでしから見られない貴重な姿だ。あくまでただの友達だけどちょっと特別な感じはする。
「そんなリアクションをする黒星の方が可愛いぞ。なあ良平?」
「俺に振るなよ!」
「……可愛くなってことかしら?」
「違くて。その、なんていうか。なあ?」
「わたしに振られても困るぞ。意見を求められているのは良平なんだから」
ニヤニヤしながら白兎さんは言った。
「…………か、可愛いっす」
「何を真面目に答えてるのよ。そういうのは軽く流しなさい」
耳まで真っ赤になった黒星さんはぷいっと顔を逸らしてしまった。その様子を白兎さんは嬉しそうに見つめている。
「いやいや、初々しい二人だぞ。見てるこっちが恥ずかしくなる」
「なら見るな!」
「ほっほっほ。その恥ずかしさが見る者の心を動かすんだぞ」
チラっと白兎さんが見せてくれたスマホの画面にはものすごい速さで流れるコメントが映し出されていた。たしかに今の黒星さんは単純に顔が良いだけじゃない可愛さに溢れていて、その可愛さは神にも通じるらしい。黒星さんクラスになると神をも魅力できてしまうのか?
俺達が生まれる前に発売されたデラレンの一作目では神と崇められていた存在が実はラスボスで、その神に近しい存在をデラレンが倒していた。黒星さんはリアルデラレンだ。
「地頭くんは猫とか好きなの?」
「うーん。見てるだけなら好きかな。爪とか出されたらどうしようっていう恐怖もある」
「意外ね。くのいち爆弾を二つも食べるドMだから引っかかれるのもご褒美だと思っていたのだけど」
「食べさせたのは黒星さんだからね?」
「必死に拒否してくれれば諦めたわ。口ではそう言いつつ体は悦んでいたんじゃない?」
「まあ……黒星さんのあーんは嬉しかった」
「さらっとそういうことを言わないでよ」
人のことをドM呼ばわりするわりにいざ反撃されるとめちゃくちゃ弱い。周りの防御壁さえ壊せば本体には簡単にダメージが通るボスみたいに、黒星さんもガチガチに防御を固めて本心を隠しているのかもしれない。
「少しずつキャラがほつれていく黒星。だんだん良平の前で素直な自分をさらけ出しているぞ」
「変な実況はやめなさい!」
「照れるな照れるな。学校では今まで通り。休日は素の自分を良平の前でさらけ出す。そんな生活も悪くないと思うぞ」
「だから素の自分とかそういうんじゃ……」
「っ⁉」
キャーーーーーーーッ!
逃げろっっっ!!!
キキーーーーーーーーーーーーッ!!!!
悲鳴と甲高い音が耳に突き刺さる。
何かマズいことが起きていると直感で悟った。
赤い車が俺達に向かって真っすぐに走ってくる。ブレーキをかけているような音はしているのにスピードが落ちる気配がない。
とにかく、今この瞬間がとてつもない危機であると脳がざわついている。体の自由が利かない。だけど、自分の意志に反して、無意識に動いていた。
ズドーーーーーーーーン!!! ガシャーーーーン!!!!
車はどこかの店にぶつかったらしく壁やガラスが割れたような音が頭の中でガンガン響いた。
土煙が鬱陶しいが、ひとまず今の状況をこの目で確認しなければ不安で仕方がない。ほこりが目に入って痛みを感じつつ少しずつ情報が頭に入ってくる。
俺は白兎さんを押し倒していた。別に襲ったわけじゃない。そのまま突っ立っていたらたぶん車に跳ねられていた。それは俺自身もだけど、自分の身よりもなぜか白兎さんを守ることを優先していた。
そして、そんな白兎さんに巻き込まれる形で黒星さんが下敷きになっていた。俺と白兎さんの体重に押し潰されてしまっている。
白兎さんは黒星さんの豊満な胸に顔を埋めていた。こういう時って俺がその位置にいるものじゃないの? 恋愛成就の神様のくせに俺からラッキースケベのチャンスを奪うなんて酷い神様もいたものだ。
「けほっ! こほ、こほ」
「ご、ごめん。すぐどくから」
一番上に乗っている俺が動かなければ下敷きになっている白兎さんと黒星さんは起き上がることもできない。
「とりあえず息はあるみたいだ」
「ええ。白兎さんも無事みたいよ。私の胸を揉むくらいにはね」
「むっ⁉」
顔を埋めるだけで飽き足らずしっかりとその小さな手で感触を味わっているようだ。ただでさえ大きなおっぱいが子供のような手に包まれることでさらに大きく見える。
「おーい。キミ達。ケガはないか」
救急隊員の方がこちらに駆け寄ってきた。ぶつけたところは痛いけど骨折したり打撲したりはないように思う。
「俺は平気だけど二人は?」
「私は大丈夫。地頭くんのおかげね」
「いや、俺はただ……」
「そうだぞ。良平の咄嗟の判断が黒星を救った。きっと神様も見てるぞ」
「ふふ。そうね。地頭くんにはきっと良いことがあるわ」
「だからそれは……」
黒星さんのことは頭になかった。なんて言える雰囲気ではない。あの瞬間、俺は白兎さんを助けたいと思っていた。もちろん黒星さんも無事で何よりだ。だけど感謝されるようなことではない。少なくとも黒星さんからは。
「一応検査はした方がいい。頭をぶつけると後から来るからね。救急車が来るまでの間に親御さんに連絡できそうならしておくといい。事情を説明する必要があれば自分が対応するから」
救急隊員はテキパキと俺達に声を掛けつつ現場に指示を出した。まるでドラマみたいな光景に現実感が全然湧いてこない。そんな中、真っ先にスマホで連絡を取ったのは白兎さんだった。
「と、いうわけで少し病院に行くぞ。心配しなくても大丈夫。ピンピンしているぞ」
きっと電話をしている演技だと悟った。神様に両親の概念があるかどうかはわからないけど、毎日男の部屋にワープして、神社で暮らすためのお金を実況配信で稼ぐ女の子だ。精密検査で人間じゃないことがバレることの方が心配になるくらいだ。
「ええ、念のための検査よ。心配しなくても大丈夫だから。うん。助けてくれた人がいるの」
そう語る黒星さんの口角は少し上がっていて、事故後の興奮からか頬もほんのりと赤くなっている。
「地頭くんは連絡しなくていいの?」
「ああ、うん。そうだね」
事故に巻き込まれかけて、特にケガはないけど念のため検査することになった。この事実だけを母さんに伝えてパニックにならないだろか。むしろ帰りが少し遅くなるとだけ伝えて、しれっと何事もなかったかのように帰宅したい。
神の力でどうにかならないものかと期待して白兎さんの方をチラリと見ると、俺の意志を瞬時に理解してくれたのか首を横に振った。いや、できんのかい。
長年連れ添った夫婦みたいな意思疎通ができて喜んだのに一気に萎えた……俺、白兎さんとそんな風にできて嬉しかったのか。
「救急車はそれぞれ別の病院に向かうよ。帰りはちゃんと駅までタクシーで送るから心配しないで」
「そう、ですか。地頭くん……彼らとは今日はここでお別れですか?」
「そうなるね。検査で異常なしでも心と体は意外と疲れているものだ。今日は真っすぐ帰宅して休みなさい。いいね?」
「……はい」
黒星さんはどこか寂し気な表情で頷いた。
「では良平。またな」
「おう」
救急隊員はそうは言ったものの、白兎さんは俺のところにワープできる。俺は凡庸な男子高校生だけど白兎さんは恋愛成就の神様だ。事故の影響なんて関係ない。
きっと実況動画を見ている時にワープしてきて次のデートに向けてろくでもないことを考えるに違いない。こんなことがあったからこそ白兎さんみたいな無茶苦茶なやつが側にいると心が休まるというものだ。
「それじゃあ地頭くん。また明日」
「え? うん。また明日」
明日は月曜日で学校がある。席は隣同士だからお互いに異常がなければ顔を合わせることは間違いない。だけど、学校では特に交流しないのが俺達の友情の形だ。黒星さんの言葉に小さな違和感を覚えつつも俺は救急車で病院へと向かった。
咄嗟の無意識の動きが功を奏したのか検査の結果は異常なし。何事もなかったかのように帰宅して、いつも通りに実況配信をパソコンで流す。内容が頭に入ってこないのはたぶん事故のインパクトが大きくて脳がいっぱいいっぱいだからだ。いつまで経っても白兎さんが部屋に現れないからではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。