第22話

「おはよう地頭くん」


「え……お、おはよう」


 検査の結果どこも異常なしだった俺達三人は翌日にはきちんと登校しなければならない。事故のことはニュースになっていたけど、まさか俺達が日曜日に一緒にいて、たまたま事故に巻き込まれかけた何て言えるはずもない。クラスの誰かが話題にしない限りは絶対に自分から口にしないと決めていた。


「昨日はありがとう」


「あ、うん。どうも」


 結果的には黒星さんを助けているのでお礼を言われること自体は別段おかしくはない。ただ、ここは教室だ。俺と黒星さんの間に超えられないカーストの壁が存在する教室。黒星さんが話しかけると命じた教室。その教室で、他のクラスメイトがいる前で黒星さんが俺に話している。


「なになに。昨日何かあったん?」


「ええ、昨日の事故。実はあれに巻き込まれかけたのよ」


「マジ⁉」


「風来のデラレンの脱出ゲームに行った帰りにね」


「デラレン?」


「ゲームよゲーム。私も地頭くんもそのゲームが大好きなの」


「へ~意外。ってか、日曜に二人で脱出ゲームってデートじゃん!」


「二人じゃないわ。白兎さんもよ」


「地頭がまさかの二股……」


 黒星さんの周りにどんどんクラスメイトが集まってくる。結果的に俺も囲まれることになって逃げ場はない。モンスターハウスみたいな状況を生み出したのは誰だ? 黒星さんだ。俺は何もミスってない。黒星さんが俺に課したルールを自ら破り、デラレンファンであることや昨日一緒に居たことを喋ってしまっている。


「黒星さん、デラレンファンってことは秘密にするんじゃ……」


「最初はそのつもりだったわ。でもね、命の恩人と教室で話せないのは寂しいじゃない。完全に吹っ切れたというか、今までのキャラよりも大事なものが見つかった……的な」


「マジマジ? もしかして雅、地頭に恋しちゃった?」


「そそそそそそういうのじゃないわよ。単純に命の恩人に対する態度というものをね」


「くぅ~~~~まさか黒星さんと仲良くなるチャンスがゲームだったとは。昔はめっちゃやってたのに」


「デラレンか~。懐かしいなあ」


 クラスメイト達はすんなりとデラレンを受け入れていた。たぶん俺がデラレン好きで実況配信をよく見てるって言ったらオタクキャラがしっかりと根付いて終わりだろうけどな。


「これからは教室でもデラレンの話ができるわね。それ以外も……」


「はいはーい。みんな朝のホームルームを始めるわよ」


 まだ俺達に聞きたいことがありそうな雰囲気を醸し出しながらクラスメイト達は各々の席へと戻っていく。そのクラスメイトの中に白兎さんの姿はない。窓側前方の、俺の位置からよく見えるその席には誰も座っていない。いくら背が小さいと言ってもさすがに居るか居ないかくらいかはわかる。


 まさかどこか異常が見つかって入院したんじゃ……。神様と言っても体はまるで小学生だ。事故の衝撃が想像以上にダメージになっていたのかもしれない。あの白兎さんがワープしてこなかったんだ。その可能性は十分あり得る。


「えー。突然ですが白兎さんは転校することになりました」


「はあっ⁉」


 突然大声を上げた俺にクラスの注目が集まる。昨日の事故に関わっている俺達に、実は黒星さんはゲーム好き。そこに更に白兎さんの転校に急に大声を出す陰キャ。情報量とはしてはもうお腹いっぱいだろけどそこは我慢してほしい。だって白兎さんの転校は俺にとって一大事なんだから。


「驚く気持ちはよーくわかります。本当に急で、まだ手続きもちゃんと終わってないくらいなんです」


「じゃあ、もし連れ戻せたら転校はなしになりますか?」


「いやあ、それはどうかしら。家庭の事情もあるだろうし」


「探してきます!」


「えっ! ちょっと地頭くん?」


 スマホのロックを解除してライーンを起動する。幸いなことにまだ友達登録は解除されていない。まだ繋がりはある。どうせ未読スルーされるだろうけどわずかな可能性を掴むために一応メッセージを送っておいた。


「なにが恋愛成就の神様だ。白兎さんがいなかったら俺は……」


 小学校から今日に至るまで授業をサボるという経験は初めてだ。あとで先生や親に怒られることよりも、今ここで白兎さんを探さない後悔の方が圧倒的に大きい。


「まずは神社だ」


 まずはと言っても唯一の心当たり。もし神社に居なければ当てもなく街中を探し回るしかない。祈るような気持ちで真っすぐ神社に向かって走る。


「はぁ……はぁ……キツ」


 体育の授業くらいでしか運動をしない陰キャはすぐに息が切れる。だけど止まるわけにはいかない。数分の遅れで白兎さんと入れ違いになったら悔やんでも悔やみきれない。俺は今、わずかな可能性を掴むために走っているんだ。


 古びた鳥居が視界に入る。モテたいと願ったはずなのに、その成果はデラレンファンの女友達が一人できただけ。ハーレムとは程遠い。なんならこの数週間で一番長い時間を過ごしたのは恋愛成就の神様本人だ。


「俺の願いを全然叶えてないんだよ。あの神様は」


 ただでさえここまで走って乳酸が溜まった足に石段は辛い。それも相まって白兎さんへの不満が沸々と湧いてくる。


「逃げるように転校するとか言いやがって。絶対に逃がさないからな」


 一歩一歩神社の本殿へと近付く。なんとなく白兎さんが居るような気がして重くなった足でも不思議と軽やかに動く。


「白兎さーーーん。居るんだろ? 俺はまだ全然モテてないぞ」


 神社で一人モテないと叫ぶ男。いい笑い者じゃないか。配信したら絶対にバズるぞ。ほら白兎さん、生活費のために早く実況するんだ。今日だけは特別にどんな悪口も許してやるからさ。


 人を小バカにしたような笑い声が聞こえてくると信じて俺は待った。絶対にどこかに隠れている。そして、いきなり俺の背後にワープして驚かせるつもりなんだ。

 よくよく考えると転校というのも俺をおびき寄せるための嘘かもしれない。先生まで巻き込むなんてとんでもない神様だ。もしそうなら説教だな。神様に説教をする男、それこそバズるんじゃないか?


 無理矢理にでもポジティブな考えをひねり出す。だけど、それはすぐさま不安に押し潰されていって、また別の良い展開を思い浮かべる。

 だけど事態は一向に変わらない。白兎さんはいつまで経っても俺の前に現れなかった。学校を出る時に送ったライーンも未読のまま。


「そうか。俺が白兎さんを探して街中を駆けまわる姿を配信したいんだな」


 昨日の配信は事故のせいで途中で終わってしまった。だから思っていたより生活費を稼げなかったんだ。それを取り戻すための無茶な計画。自由奔放な白兎さんらしい。


「おっと」


 遠くの方に警察官の姿が見えた。平日の昼間に制服姿で街をウロウロしていたら絶対に声を掛けられてしまう。警察官の目をかいくぐるように路地裏に身を潜めた。


「デラレンもダンジョンの中でこんな気分なのかな」


 こんな時でも頭に浮かぶくらい俺はデラレンが好きなんだと実感した。モンスターにも視界が存在していて、視認されなければこちらに向かってこない。厄介なモンスターを発見したら一度引くのもデラレンでは大切なテクニックの一つだ。


「白兎さんだって見つかったら保護されそうだけどな」


 転校するつもりなら制服は着ていないはずだ。普段は巫女服で過ごしているようなので、そんな姿で街を歩いていたらそれこそ警察官の目に留まる。


「ああっ! くそ。動きにくい」


 普段は存在感が薄くて教室では声を掛けられないのに、ひとたび街に出れば目立つ存在になる自分に腹が立つ。影の薄さが特殊能力ならこんな時でも人目を気にせずに動き回れるのに、俺は神様じゃなくて人間だからそうもいかない。


「そう言えば相手は神様か……」


 鬼ごっこかかくれんぼか、どちらでもいいけど俺が探している相手は神様だ。俺にはできないことを神の力で平然とやってのけてしまう。


 でも、だからどうした! 

 こっちはデラレンで隠れながら目的地に向かうのには慣れてるんだ。壁をすり抜けるパンプキングや理不尽な炎を飛ばすアークドラゴンもいない。こうやって隠れながらコソコソ進む姿だって神様にはウケるんじゃないか?


「白兎さん、実況で盛り上げてくれよ」


 この言葉が届いてくれることを願って、俺は日が暮れるまで白兎さんを探し続けた。

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