第19話

『みなさんこんばんは。今夜は箸より重い物を持ったことがないデラレンの挑戦します』


 画面の右下には陽気なお兄さんの顔が映し出されている。彼の名前は佐藤純二。これが本名なのか定かではないけど、この名前でずっと活動している。

 どう考えてもクリア不可能と思われる縛りプレイに挑戦して数々の奇跡を起こし続けた男。それが佐藤純二という実況者だ。おこう先生も伝説級の強運の持ち主だが先生と違うのは地道なトライ&エラーで低乱数を引き当てるところだ。


 おこう先生が完全に運頼みの偶然なのに対し、佐藤純二は様々な計算をした上でその奇跡が起こるように準備をして最後は運を天に任せる。強運の持ち主であることに変わりはないけど、その運の呼び寄せ方が全然違うんだ。


『箸より重いもの。例えばこんぼう。これはもうダメですね。縦もだいたい箸より重いと思います。なんで無装備で最果て洞窟をクリアできるか検証していきます』


 装備をしていてもアークドラゴンに炎に焼かれ死ぬのに無装備ならそもそもそこまで辿り着くことすらできない。チャット欄は「無謀www」「杖はいいのか」「そんな貧弱なやつがダンジョン潜るな」など様々なコメントが寄せられていた。

 俺だってそんな縛りプレイは絶対にクリアできないと思う。だけど佐藤純二ならやってくれるんじゃないか。そんな期待感を持たせてくれるのがこの男だ。


「おじゃまするぞ」


「ああ、いらっしゃい」


 事前に連絡をくれれば俺だって何度も驚かない。白兎さんの巫女姿もいい加減見慣れてきて部屋にいるのが当然みたいなところすらある。


「今度の日曜日もデートなのに相変わらず準備をせんのか」


「見くびってもらっては困る。脱出ゲームだから動きやすい服をすでに用意してあ

る」


 俺はドヤ顔でストレッチタイプのジーンズとおにぎりが描かれたTシャツを見せつけた。


「……これを来て外に出るのか?」


「何か問題が?」


「部屋着なら良いと思うぞ。そのおにぎりはデラレンのやつなんだろう?」


「その通り。ストラップと同じで一般社会でも使える代物だ」


「それを来て出掛けた経験は?」


「ない。休みの日はだいたい家に居るし」


「良平が一人で恥をかくならわたしも止めないぞ。ただ、わたしと黒星を辱めるのだけは我慢ならん。新品を買えとは言わないからもっと無難な服を選ぶんだぞ。これとか」


 RPGの主人公よろしく白兎さんは勝手にタンスをあさってシャツを取り出した。

 唐草模様に見えなくもないチェックのシャツ。この前の黒星さんのお辰みたいにデラレンをイメージしていると言えばそう見えなくもない。


「まあ、ちょっとデラレンっぽいしこれでも」


「絶対にこっちの方がいいぞ。趣味と恋愛を両立させるのも神の仕事なんだぞ」


「俺と黒星さんは友達だけどな。デラレンファンの友達として話すところは想像できても、恋人として一緒に過ごすところが全然イメージできないんだ」


「むむぅ~。共通の趣味なんて最高のきっかけなんだがな~」


 腕を組んでうんうんと悩む白兎さん。そりゃあ同じ趣味の彼女がいたら最高だけど学校内では相変わらずの塩対応だ。なんなら、まさか日曜日に一緒にコラボカフェに行ったなんて誰も思わないくらいに接点がない。


『うはははは。装備ないとキツいわ。ダメージ量エグいって』


 佐藤純二は最果て洞窟の十階まで進んでいた。運が悪いと装備品が全く落ちていなくて無装備でここまで来ることはたまにある。それでもギリギリどうにか進めるのがこの辺りまでだ。十一階からはモンスターの質がワンランクアップして攻撃が激化する。


 プレイヤー側も装備品の強化や合成をしないと即死亡してしまう。そんな圧倒的に不利な状況でも佐藤純二は笑っている。むしろこの逆境を心の底から楽しんでいるような謎の大物感が多くのファンを惹きつけているように思う。


「この男は何がそんにおかしいんだ? 体力ゲージが真っ赤で今にも死にそうだぞ」


「そういう縛りプレイだからな。武器や盾を装備せずにクリアするっていう。無謀にも程がある挑戦だよ」


「縛りプレイ……ふむふむ」


「白兎さん、よからぬことを閃いてないよね?」


「よからぬことではないぞ。むしろ名案だ。さすがわたしだ」


 さっきまで深刻そうに悩んでいたのが嘘のように晴れやかな表情に変わる。白兎さんの名案は俺にとってのよからぬことである場合が多い。俺達のテンションは常に反比例だ。


「良平。脱出ゲーム以外ではデラレンの話題は禁止だぞ。縛りプレイだ」


「冗談だろ? デラレンの話をしなかったら一分も間が持たない」


「そうでなければ縛りプレイにならないんだぞ。ほれ、良平もこの実況者のように笑って笑って」


「全然笑えねーよ!」


 デラレンで盛り上がっている時は教室で見せる笑顔とも違う、なんていうか素の黒星さんって感じだけど、そうじゃない時は基本的に教室でのツンツン黒星さんだ。デラレンの存在がなければ俺達はまともな会話ができない。


「わたしも実況でサポートするから心配は無用だぞ」


「絶対に黒星さんを怒らせるやつじゃん! 無理無理。デラレンの話題禁止はマジでやめて」


「むむぅ~。仕方ない。では、禁止とまでは言わない。できるだけデラレン以外のことを話す。これでどうだ?」


「……それなら」


「ほっほっほ。最初に無理難題を提案することで譲歩したように見えたな? これも一種のテクニックだぞ」


「んなっ! まさか初めからそのつもりで」


「せっかくの共通の趣味を無下にするのはもったいないんだぞ。だからと言って良平にデラレン以外の話題を振らせるのも難しい」


「俺は白兎さんの手のひらの上で踊らされていたのか……」


「ほっほっほ。これが神と人間の差だぞ」


 外見は小学生のくせに人間の心理を突いた頭脳プレイはまるで江戸川の探偵坊主だ。アニメの中ならカッコいいと思えるけど実際に目の前にそういうのが居るとちょっと腹が立った。

 デラレン以外の話題、一体黒星さんと何を話せばいいんだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る