第17話

「おやおや~。良平の様子が変わったで~。覚悟が決まったんかなあ?」


「そうなの? なら早くしましょう。店内の撮影もしたいのよ」


 撮影をしたいのは俺も同感だ。想像以上に作り込まれた店内はデラレンの世界そのもの。しかも黒星さんはお辰をイメージした服装だ。絶対に素敵な写真が撮れる。


「その前に一ついいかな」


「なにかしら?」


「黒星さんが必死にくのいち爆弾を食べさせようとするのってさ、俺にあーんしたいから?」


 時には冷徹なイメージを与える黒星さんの真っ白い肌がほんのりと桜色に染まる。俺の予想通り効果は抜群だったようだ。


「そんなわけないでしょう。私はただせっかくのくのいち爆弾がもったいないから」


「ふふふ~。早口で言い訳するのが怪しいな~」


「白兎さんは黙ってて!」


「実況は気にせんといてな~。ほら、良平も腹をくくったみたいやで~」


「くっ!」


 目にうっすらと涙を浮かべた黒星さんが俺の口にくのいち爆弾を突っ込んだ。辛さで破壊された舌に追い打ちをかけるような激痛が走る。


「んがぐぐ!」


「相変わらずええリアクションしますな~。悶絶するふりをして黒星のおっぱいでも触ったらええのに」


「ぶふぉっ!」


 白兎さんのとんでも発言にくのいち爆弾が気管の変な所に入ってしまった。

 肺が熱い。もはや炎を吐けそうなレベルだ。俺はくのいち爆弾を食べたことでアークドラゴンになったのかもしれない。


 アークドラゴンなら黒星さんにも勝てるだろか。バタバタと暴れてうっかり、事故的に黒星さんのおっぱいや太ももに触れてしまうのは仕方がないことだと思う。

 二個目のくのいち爆弾は一個目よりも刺激が強かったと言えば納得してくれるのではないだろうか。白兎さんが実況で教えてくれた人生最大のチャンスを掴むか逃すか、辛さで悶絶しながら究極の二択に頭を悩ませる。


「地頭くん、もし白兎さんの言うことを実行したら目潰しするから。お辰の得意技よ」


「ふぁ、ふぁい」


 ちょうどこれからオーバーリアクションをしてやろうと思った矢先に黒星さんから釘を刺されてしまった。さすがに目はマズい。ゲームで遊べないし、実況者のプレイも見れなくなってしまう。さすが黒星さん、俺の弱点をよくわかってらっしゃる。


「はぁ~。せっかくのチャンスを逃すなんて良平はヘタレやな~。初めは嫌がっても徐々に快感になる可能性に賭ければええのに」


「なるわけないでしょ! バカなの⁉」


「何事も経験せんとわからんで~」


「なら、白兎さんが触らせてあげればいいじゃない」


「いやいや、わたしはただの実況やで~」


 黒星さんの挑発をさらりとかわす白兎さん。子供っぽい外見とは反対にこの辺の駆け引きは黒星さんよりも上手だ。さすがは神様と言ったところか。


「地頭くんもいつまで悶絶してるの。実はそんなに辛くないんでしょう?」


「ひゃ、ひゃらいって」


「良平はアイスを求めとるで~。はよせんと黒星のせいで死んでまうかもな~」


「し、死ぬなんて大袈裟よ。そんな危険なものを提供してるお店側に責任があるわ」


「言い訳は署で聞くで~。今は良平を助けてやってな~」


「わかったわよ……あれ」


「ふへ?」


 今はとにかく一刻も早くアイスを口に入れたかった。この際、あーんじゃなくてもいい。アイスで中和できない辛さなのは体験済みだけど、甘さと冷たさを同時に摂取できるのは大変ありがたかった。


「私、スプーンここに置いたわよね?」


 ひぃひぃ息をしながら俺は首を傾げた。黒星さんがどこにスプーンを置いたかなんて全然見ていない。別にあのスプーンじゃなくても食器ならいくらでも……そこでようやく異変に気が付いた。テーブルの上からスプーンやフォークだけがきれいになくなっていた。


「困ったなあ。スプーンもフォークも全然あらへん。これはもう口移しせえへんと約束を守れんで~」


「な、なにをバカなことを!」


 目をくわっと見開いて必死に抗議する黒星さん。


「それなら地頭くんが自分で直接食べればいいじゃない。ほら、アイスは溶けかかってるから飲めるわ」


「え~~~。それではつまらんぞ。黒星がアイスを食べさせるから良平は頑張ってくのいち爆弾とやらを食べたのに」


 白兎さんは素の喋り方に戻って反論した。この口ぶりからしてやっぱり犯人は白兎さんだ。俺が辛さで苦しんでいる間に食器をどこかに隠したらしい。そこまでして視聴者数を増やしたいのか!


「埋め合わせはするから。ほら、地頭くん」


 溶けたアイスが入ったグラスを俺に差し出すと、黒星さんは顔をそむけてしまった。

 なんだか俺のせいで機嫌を損ねてしまったみたいになってるのは勘弁してほしい。むしろ命がけで黒星さんのお願いを聞いたんだぜ。


「あああああまだ辛い。息をすると体が熱くなる」


「アイスを口移ししたら辛さで悶絶する黒星も見られたのに残念やわ~」


「あなた、それが目的だったのね」


「ふふふ~。どうやろな~」


 白兎さんのことだからそれも目的の一つに入っていると思う。だけど本質は口移し、つまりキスをさせて強引にカップルにすることだ。もし黒星さんが俺の苦しむ姿を見て罪悪感を覚えた結果、アイスを口移しさせたらどうするつもりだったんだ。


 俺と黒星さん、そして白兎さんはあくまで友達としてここに来ている。こうしてちゃんと話すのは初めてなのにいきなりキスしてカップルなんて展開が早すぎる。


「地頭くんはまだ辛さが収まらないみたいね。先に写真を撮ってきてもいいかしら?」


「うん。もちろん」


「地頭くんはローアングルで撮影しそうだから待っててもらえるのは助かるわ」


「しないよ!」


 俺に対してどんなイメージを抱いているんだ。たしかにローアングルで撮りたくなるような恰好をしてるけどさ。それにお辰は見下ろす構図が多い、むしろローアングルこそが正義なんじゃないだろうか。


「お辰はローアングルが正解とか考えないでしょうね?」


「いやだあ。まさかそんな。ははは」


「でも、せっかくだし……」


「え?」


「な、なんでもないわ。埋め合わせの件についても考えておいてちょうだい」


 長い髪をなびかせてスタスタと撮影ポイントへと向かっていく黒星さん。実況的にはここで追いかけた方が盛り上がるんだろうけど、さすがに口の中がボロボロになりすぎて白兎さんの生活のためにそこまで体を張れなかった。


「ほっほっほ。惜しかったぞ。ファーストキス目前だったな」


「なにがファーストキスだ。人工呼吸じゃあるまいし」


「おかげでだいぶ盛り上がっているぞ。ツンツンな黒星がデレたり照れる姿はやはりハズる」


「だからって食器を隠すのは反則だろ」


「ほっほっほ。演出だぞ。え・ん・しゅ・つ」


 外見が子供っぽいせいで本気で怒る気になれない。もし神の力で見た目を幼くしているのだとしたらかなりの策士だ。


「ところで良平。埋め合わせ件だがな」


「なんで白兎さんがそれに絡んでくるんだよ」


「わたしが食器を隠したおかげで発生したイベントなんだぞ」


「……一理あるな」


 もし素直にスプーンでアイスを食べさせてもらっていたら黒星さんが埋め合わせをするようなことはなにもない。あのトラブルがあったからこそ、俺は黒星さんに一つお願いをできる状況になった。


「ヘタレの良平のことだからホテルに連れ込んだりはできないだろう? だからデー

トに誘うんだぞ」


「ホ、ホテルってそんなお願いするやついないだろ」


「ほっほっほ。高校生ではホテルに入れないか。なんなら神社の敷地を」


「そういう問題じゃないって!」


 友達とホテルに行って一体ナニをするっていうんだ。


「さすがに営みを配信するわけにはいかないんだぞ。場所を借りたい時は一言声を掛けてほしいぞ」


「借りないからな! そもそも俺と黒星さんは友達だ」


「友達から恋人へ発展させるのがわたしの役目であることを忘れてもらっては困るぞ」


「なら、もう少し段階を踏んでくれ」


 初めて遊びに行った日にキスを通り越してエッチはさすがにチャラすぎるし、いくら埋め合わせと言っても黒星さんが拒絶すると思う。もしこんな話がクラスで広まったらいよいよ居場所がなくってしまうじゃないか。


「うむ。そこで次こそはちゃんとしたデートというわけだぞ」


「デートって言われてもなあ」


 これまで恋愛経験のないモテない男がデートに誘うってめちゃくちゃハードルが高い。しかも相手はカースト上位の黒星さんだ。オシャレば場所だって俺よりも知っているだろうから楽しんでもらえる自信がない。


「さっき入口でデラレンの脱出ゲームのポスターを見たぞ。三人一組らしいからわたしが付いていっても違和感はない」


「白兎さんが脱出ゲームをしたいってわけじゃないんだよね?」


「ほっほっほ。それは二割くらいだぞ。あくまでも良平の恋愛成就のために休日返上で」


「デラレンの脱出ゲーム、たしかにおもしろそうだ」


「うむうむ。では黒星が戻ってきたら埋め合わせとして誘うといいぞ」


 腕を組んで頷く姿はどこか貫禄がある。もしここまでの展開を読んで食器を隠したのだしたら相当に頭が良いし、恋愛を成就させるという点ではきちんと段階を踏んでいるように思える。


 それでもどこか行き当たりばったりに感じるのは、もしかして白兎さんが用意してくれたイベントを俺がうまく消化できないからなのか?


「良平、一度わたしで練習するんだぞ。何事も練習は大切だ」


「練習って……埋め合わせで誘うんだから黒星さんは絶対OKしてくれるでしょ」


「甘い! さっきのパフェよりも甘いぞ!」


 背後にドーンッという効果音が見えそうな勢いで白兎さんは胸を張って断言した。


「デラレンは経験を積んだプレイヤーのレベルが上がるんだろう? それなら良平のレベルはいくだ?」


「……いち、かな」


「そう。無経験の良平が黒星に対して勝てる確率は無に等しい。埋め合わせという最強アイテムがあってもレベル一では話にならないんだぞ」


「うっ……」


「そ・こ・で。わたしが練習台になってやるぞ。ほれ、わたしを脱出ゲームに誘ってくれ」


 正面に座る白兎さんの目が期待でキラキラと輝いている。この模様もたぶん神界で配信されていて、俺がどんな風に誘うかでチャット欄は盛り上がっているに違いない。残念ながら俺は神様の期待に応えるような洒落た誘い方はできないし、だからと言ってとんでもない失敗をするつもりもない。


 相手は白兎さんだ。可愛らしいとは思うけど子供相手みたいなもの。勝手に部屋にワープしたり、実況したり、よくよく考えなくても結構無礼な神様だ。しかも白兎さん自身が練習相手と明言しているのだからこれはあくまでも練習。さらっと終わらせて逆の意味で期待を裏切ってやる。


「白兎さん、今度一緒にデラレンの脱出ゲームに行こうよ」


「う、うむ。案外普通だったぞ」


「ふっ。白兎さん程度なら緊張しないさ」


「むむぅ~。まあ問題は黒星だぞ、そうやって慢心してられるのも今のうちだぞ」


「そうなんだよなあ……」


 三人一組の脱出ゲームに白兎さんと二人で行くと見知らぬソロ参加者と組まされる可能性がある。鈴原を誘ってもいいけど、そうすると俺と白兎さんの関係についていろいろ詮索されそうだ。

 俺の狭い交友関係の中で意外と無難なのが黒星さんというのは不思議なものである。


「地頭くん、すごいわよ! 掛け軸裏にダンジョンの入り口があるの」


 一通り撮影を終えて興奮気味の黒星さんが戻ってきた。


「マジ? すごい再現度だね」


「ええ、いつまでもくのいち爆弾に悶絶してる場合じゃないわ。デラレンファンとしてちゃんと見ないと一生後悔する」


「それはぜひ見ないと。白兎さんも、ほら」


「うむ。だがその前に」


 そう言うと白兎さんは目を瞑り、俺が黒星さんを脱出ゲームに誘うまでここから動かないという姿勢を見せる。


 埋め合わせの件もあるし、友達として黒星さんを誘うだけ。しかも白兎さんで一回練習している。白兎さんなんてデラレンで言ったらマルムくらいの経験値にしかならないけど、それでも一くらいはレベルアップしてるはずだ。

 唾を飲みこむとまだ熱い。だけど、その熱さが俺の背中を押してくれた。


「黒星ひゃん」


「ひゃん?」


「え、あ、えと。あんまり気にしないで。さっきの埋め合わせのことなんだけどさ」


「もう決まったの? 突風で飛ばされるくらい待たされると思っていたわ」


 デラレンでは一つの階層にとどまりすぎると突風で強制的にダンジョンから追い出される仕様がある。地道に一回でレベルを限界まで上げるのを防止するのと、手詰まりになってもターンを進めれば一応帰還できる救済処置の意味合いもある。


「それで、その……」


 恋愛対象として誘うのではく、友達として誘うだけ。言うなれば鈴原を遊びに誘うのと変わらない。そのはずなのに『脱出ゲームに行こう』の一言がなかなか出てこない。

 こんな時こそ白兎さんが実況でもして空気を変えてくれればいいのに、俺との約束を守っているのか無様な姿がウケると考えているのか静観している。


「デラレンの脱出ゲームにいきょう!」


「ええ。いいわよ。たしか三人一組よね。白兎さんもかしら?」


「うん。そうだけど」


「ふふ。楽しみだわ。コラボカフェだけじゃなくて脱出ゲームにも行けるなんて」


「えっと、本当にいいの?」


「いいと言ったはずよ。埋め合わせの件もあるし、それがなくてもデラレンファンの友達に誘われたら断る理由がないわ」


「そ、そっか。うん。よかった」


「さ、早く撮影しないと時間が来てしまうわ。デラレンと同じでターン数には厳しいはずよ」


「ははは。そうだね」


 意外とすんなり了解を得られた安堵感でクオリティの高い小道具の情報が頭に入ってこない。なんだかふわふわした気分で、ハイテンションの黒星さんに振り回されている感じがした。

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