第16話
スタッフさんに注文を伝えると俺と黒星さんはデラレンの話題で盛り上がった。
「地頭くんがデラレンにハマったきっかけは何かしら?」
「そうだなあ。元からいろんなゲームをやってたんだけど、プレイヤーのレベルが上がるっていうキャッチコピーが気に入ったんだ。と言っても、実況者さんみたいなレベルには到達してないんだけどね」
「地頭くんって向上心はありそうだものね。成績だっていつも上位だし」
「それを言ったら黒星さんだって。黒星さんこそデラレンにハマったきっかけは何なの?」
「兄の影響ね。かなり年が離れていてもうアラサーなのだけど、当時兄が遊んでいたゲーム画面を見ていた私も興味を持ったの。ただ、クラスの誰にもハマっていることを言えなかったわ」
「たしかに黒星さんとゲームってあんまり結びつかないよ」
「演じている……わけではないけど、クラスでのポジションがもう固まってしまったし、居心地もいいからそれはキープしたい。だから地頭くん、教室では絶対にデラレンの話題は禁止。いいわね?」
「は、はい」
良い雰囲気で会話が弾んでいたのに冷徹な目ですごまれてしまえば陰キャの俺は従うしかない。デラレンの話題の時は友達って感じがするのに、そこからちょっとでもズレれるとカーストの上位と下位の関係に戻ってしまうのが少し寂しい。
「お待たせしましたマルムを焼き殺してレベルアップしたアークドラゴンです」
店員さんが持ってきたのはドラゴンに見立てた大きなフライドチキンだった。トッピングされたハーブが鱗を表現していてなかなかごつい。
「実物は大きいわね。さあ地頭くん、日頃の恨みを私達の胃袋で晴らすわよ」
「均等に三等分は難しそう。じゃんけんでもする?」
「白兎さんはどう? 結構がっつりいくタイプかしら」
「ほっほっほ。わたしのことはあまり気にしなくていいぞ。今日の主役は良平と黒星だからな」
「主役って。白兎さんも一緒に遊びにきた友達じゃないかイテッ!」
何も間違ったことは言っていないはずなのになぜか白兎さんは俺の脇腹をつねった。
「わたしはデラレンを全く知らないからな。今は食事ができればなんでも良いぞ。そのアークドラゴンとやらも好きな部位を食べて恨みでもなんでも晴らすといい」
あくまでも白兎さんは俺と黒星さんのデートにしたいらしく、実況をしないなら空気のような存在になるつもりみたいだ。
「私は頭からかぶりつきたのだけどいいかしら?」
「もちろん。じゃあ俺は羽をもごうかな。水路を無視して一直線に飛んでこられると恐いから」
「地頭くんだってアークドラゴンに苦しめられてるじゃない」
「アークドラゴンに泣かされてないデラレンプレイヤーはきっといないよ。順調に装備を揃えても湧き方によってはゲームオーバーにされる恐ろしいモンスターだ」
「だからこそ乗り越え時の快感は大きいのだけどね」
「うんうん。黒星さんは実況配信は見たりするの?」
「たまにね。地頭くんみたいに学校で見たりはしないけど」
黒星さんはくすりと笑った。やっぱり昼休みにぼっちで動画を見る人間を下に見ているのだろうか。
「正直ちょっと羨ましかったわ。周りの目を気にせずに好きなものに没頭できる地頭くんが」
「あれはたまたまだよ。いや、一学期の頃はあそこに逃げる日もあったけど……ほら、白兎さんがいきなり俺を呼び捨てにしたり、黒星さんが隣の席になったりしていたたまれなくてさ」
「私が隣の席なのは不満かしら?」
「違くて! 黒星さん人気者な上にあそこって隅の席でしょ? 隣接する席が三つしかなくてそのうちの一つを俺みたいのが奪っちゃってるから」
「デラレンなら妖刀で同時に攻撃できるじゃない。いいポジションだわ」
「ははは。黒星さんなら妖刀くらい持ってそう」
「それはどういう意味かしら?」
談笑していたはずなのに一気に周りの空気が冷たくなった。そういうところだよ黒星さん。
「お待たせしました。水路に落ちた剛剣グラタンでございます」
「あ、それはこっちの席に」
若干置いてけぼり状態の白兎さんの席に配膳してもらうように促した。一見すると普通のグラタンだけど中には剛剣に見立てた何かが入っているに違いない。
デラレンのことを何も知らない白兎さんだけど少しでいいから興味を持ってくれたら嬉しい。俺としてはできれば剛剣を白兎さんに発掘してもらいたかった。
「アークドラゴンが手強いからさ、白兎さん剛剣を探してみれば? きっとデラレンを知らなくてもわかるくらい豪華な何かが入ってると思う」
「いいのか? 剛剣とやらには思い出があるんじゃないのか?」
「どちらかと言えば苦い思い出ね。目の前に剛剣があるのに諦めて次の階に行かないといけないシチュエーションは何度経験しても辛いわ」
「そうそう。それに万が一このグラタンも剛剣が手に入らない仕様だったら精神的にくるものがある。何も知らない白兎さんが一番おいしく食べられる気がするんだ」
「そ、そうか。ならお言葉に甘えて。適当に端の方を小皿に分けておくぞ」
「うん。ありがと」
白兎さんは特に何か仕掛ける様子もなくグラタンをシェアしてくれた。とりあえず小分けした部分に剛剣らしく物は見当たらない。あるとすれば中央部分か、あるいはゲームの辛い体験を再現するために入っていないか。どちらにせよ、白兎さんが宝探し気分を味わってくれるのなら嬉しい。
「お待たせしました。お辰の色仕掛けパフェでございます」
「うわっ! すご!」
メニュー写真で見るよりも遥かに大きい盛りに盛られたパフェはシンプルに映える。特に山のように盛られた紫イモのアイスはおそらくお辰のおっぱいを表現している。男だけで来てるならおっぱいおっぱいと騒ぐところだけど、さすがに黒星さんの前では自重した。
「想像より大きいわね……」
「まあ三人でシェアするから大丈夫でしょ。黒星さん甘いの苦手?」
「いいえ。普段は制限しているけれど今日くらいは、ね。くのいち爆弾は地頭くんにあげるから。ちゃんと約束は守るわよ?」
「う、うん」
激辛のくのいち爆弾を食べる条件として黒星さんがあーんしてくれる。クラスの男子に知られたら炎上しかねない案件だ。
チラリと白兎さんの方を見るとシェアしたパフェを黙々と食べていた。こういう時にこそ実況で茶々を入れて空気を変えてほしい。それこそ黒星さんを煽ってくれれば彼女がくのいち爆弾を口にしてくれるかもしれないのに、律儀に俺との約束を守っている。
「さすがに最後の一口をくのいち爆弾にしろとは言わないわ。ちゃんと甘いパフェを取っておいてあげるから。はい、口を開いて」
「せっかくだから黒星さんが食べてみない? 良い思い出になるよ」
「だからこそ私は地頭くんに譲るわ。デラレン友達がいなければここに来ることもなかったし」
「なんか良いことを言ってる風だけど完全に押し付けてるよね?」
「食べさせてあげたら挑戦すると言ったのは地頭くんの方なのに」
「それは、まあ……そうだね」
黒星さんにあーんしてもらえる自分を想像したら体が勝手に了承していた。だけど、くのいち爆弾が思っていたよりも大きくて禍々しい。
たしかにこれならモンスターにダメージを与えつつ状態異常も付与しそうだ。
「せめての情けでサービスはしてあげる。こういう風にすればお辰に見えるかしら」
黒星さんは自分の胸を両腕で挟んでより大きさを強調させる。目の前でそんなことをされたら意識は完全におっぱいに向いてしまう。
「本当に男子ってバカよね。こんな肉の塊をジロジロ見て」
「ごごごごごめん」
「お辰がくのいち爆弾を持ち歩いてる理由がわかった気がするわ。その点だけは感謝してあげる」
「感謝ついでに残りのくのいち爆弾は黒星さんが食べるのはどうかな? 自分が使う武器の威力を知るのも大切だと思うんだ」
「それはご心配なく。地頭くんのリアクションでだいたいの威力はわかるから。はい、あーん」
言われるがまま俺は口を開いた。二つ入っているくのいち爆弾のうち、少なくとも一個は俺が食べると決定している。だから俺にできるのはただ一つ。
「んぐっ!」
黒星さんが俺の口の中にくのいち爆弾を放り込むと、舌に触れた瞬間に口全体に刺激が広がる。辛いを通り越して痛い。外見だけで味はそこまで辛くないパターンを期待したけど完全に期待外れだ。人間が口にしていいレベルの辛さではない。
「ぐっ……けほ」
「だ、大丈夫?」
目から自然と涙が溢れて汗も止まらない。パフェで中和できるかも怪しいレベルの辛さに体が悲鳴を上げている。だけどここで負けるわけにはいかない。そんなに辛くないと言い張って黒星さんに残りの一個を食べさせるんだから。
「ひぇ……ひぇいひらよ」
「明らかに辛そうなのだけど……ほら、特別にパフェも食べさせてあげるから口を開けて」
「い、いらはい。ほんなにはらふないから」
「……そう言って私にも食べさせるつもりね。だけど地頭くん、無理があるわ」
「ふほーっ!」
唇がくっつく度に辛さと刺激がやってくるのでろくに話すこともできない。それでもこの悔しい気持ちを声として発散しなければ気がすまなかった。
「ほら、パフェを食べて。あーん」
「んぐ」
黒星さんが差し出したスプーンを遠慮なくくわえると口の中にイモの甘さが優しく広がっ……ていったのは一瞬で、まだまだ辛さが優勢だ。
相当甘い紫イモのアイスと生クリームのはずなのにくのいち爆弾を全く中和できていない。
「はひー! はひー!」
「くのいち爆弾、本当にすごい威力なのね」
黒星さんは悶絶する俺を哀れみの目で見る。さすがにここまでくるとネタにして笑えないらしい。普段はツンツン対応だけどその奥にはちゃんと人の心があると実感できた。
そしてもう一人の同行者である白兎さんはと言えば、辛さに苦しみつつも女の子にあーんしてもらった天国と地獄の狭間にいるような俺を実況したくて仕方のない様子だ。黙々とパフェを食べつつも味に集中できない感じが伝わってくる。
「残りの一つはどうしようかしら。私、本当に辛いのはダメなのよ。白兎さんは?」
「ん? ここはやっぱり良平でいいと思うぞ。どのみち口の中が辛いんだから変わらないって」
「……それもそうね」
「ひほいっ!」
「ほら、いったん甘くなるとまた辛くなるわ。あーんして。あーん」
普段はなかなか俺に見せてくれない満面の笑みで口を開けるように促す。人の心があると感じたのは錯覚だった。やっぱり黒星さんは俺に対して厳しい。
口を閉じていても唾液が溢れて、それがまた口中を暴れまわる。本当は思いきり口を開けて換気的なことをしたいのにそれすらも叶わない。
必死に首を横に振ってもスプーンに乗せられたくのいち爆弾が着実に迫ってきた。
「抵抗しても無駄よ。あとで大変な思いをするのは地頭くんなんだから。白兎さん、席を代えてもらえる?」
「む? 構わないぞ」
正面に座っていた黒星さんが横の席へとやってきて、代わりに白兎さんが目の前に来る。
「この無様な地頭くんの様子を実況してもらっていいかしら? 外堀が埋まれば絶対にくのいち爆弾に食い付くはずよ」
「むぅ……」
黒星さんの提案に対して白兎さんは口をつぐんだ。俺との約束に相反しているからだろう。実況をするなとお願いした俺と、実況してほしいと頼む黒星さん。同時に叶えることはできない二つの選択はまるでデラレンだ。デラレンにもこういう局面はよく出てくる。手持ちのアイテムのままで進むか、一つ捨てて新しいアイテムを拾うか。どちらが活きるかは先に進むまでわからない。デラレンが人生のようなゲームと呼ばれる所以だ。
「……せっかくのあーんなのにもったいないな~。わたしならこのチャンスを逃さんよ~」
はんなりとした喋り方で実況を始める白兎さん。どうやら撮れ高を選んだらしい。だって美少女とカフェに来てる冴えない男が悶絶してるんだもん。そりゃおもしろい映像が神界では流れてるだろうよ。それに実況を鬱陶しく感じていた黒星さんからのお墨付きを得たんだ。生活も掛かっているとなれば実況しちゃうよね。うん。白兎さんはそういう人、いや神様だ。
「あらあら、良平の顔は真っ赤やね~。辛いのを言い訳に照れ隠しかなあ?」
俺はぶんぶんと首を横に振った。照れ臭いのは事実だけど辛いのも本当だ。もう一個追加でくのいち爆弾を食べたら辛さで死ぬかもしれない。それくらいの危険を感じている。
「わ、私だって恥ずかしいんだから早く食べてよ。パフェもちゃんと食べさせてあげるから」
「おお~。黒星も積極的やね~。ツンツンしてる女の子がするあーんはポイント高いで~」
「なんのポイントよ!」
「ほっほっほ。実況のことは気にせんといて~」
「そうは言われても……」
はっきりと当時者に聞こえる実況を気にしないでくれと言われても困る。だけど黒星さんは自分が実況されるのと天秤に掛けて俺にくのいち爆弾を食べさせようとしている。
その時、俺はふと閃いてしまった。くのいち爆弾を口にすることになっても黒星さんに一矢報いる一言を。でも、怒られないか心配だ。最悪、強引にくのいち爆弾を口に詰められて帰ってしまうかもしれない。
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