第15話
「それでは入場でーす。まずは順番にご注文を伺うので座席でお待ちくださーい」
スタッフさんのアナウンスに促されて俺達は会場に足を踏み入れた。
「おお!」
扉をくぐるとその先は完全にデラレン第一作目で拠点となる宿屋だった。後に隠しダンジョンの入り口となる掛け軸や大きなかまどもしっかりと配置されている。何も知らない人ならよくできたオブジェくらいにしか思わない物も、ファンからすればダンジョンに繋がっているかとも考えてしまう。
「ふふ。想像以上ね。ふふ……ふふ」
「黒星さん?」
「な、何かしら? 決して想像以上のクオリティに興奮しているわけじゃないわ。ふ、ふふふ」
学校で見せるオタク文化に興味ないクールな美人キャラとしてのプライドでもあるのだろうか、ここまで来ても黒星さんは素直じゃない。
「とにかく席に付こうか。白兎さんも言い付けを守ってくれるみたいだし」
「今のところは黒星がおもしろいのでな。非日常のコラボカフェにみんな期待しているんだぞ」
たしかにコラボカフェで舞い上がっている黒星さんは見ていておもしろい。無理してクールぶっているせいでちょっとオタクくさい笑い方になってるところとか。
「ふぅ、階段を登ったから暑いわ」
「そうだね。モンスターと戦って拾ったおにぎりを食べて歩き続けるデラレンのすごさを実感したかも」
黒星さんコートを脱いで足元のかごにしまった。ちなみにこのかごもデラレンに登場するものに似ている。ゲームをプレイしているとアイテム所持数に文句を言いたくなる時があるんだけど、いざ実物のかごを見ると文句を言ってごめんと思う。
「ほれ、良平」
「ん?」
白兎さんにわき腹を突かれる。
「服の感想。まったく、実況がないとやっぱりダメダメだぞ」
「え、あっ!」
コートの下は紫を基調にしたタイトスカートで太もものむっちりさが強調されていた。さらに紫のブラウスは胸元にリボンがあしらわれていて清楚ながらも膨らみがしっかり自己主張していた。
「もしかしてお辰をイメージしてる?」
「デラレンファンならこれくらいわかって当然ね。しかも今日はコラボカフェに来ているのだし。図に乗らないことね」
なぜか怒られてしまったけど黒星さんの口角が上がっていることに気付いた。
「相変わらず素直じゃないのお。照れ隠しでツンツンしてるのがバレバレだぞ」
実況ではなく個人の感想として喋る白兎さん。友達として一緒にコラボカフェに来ているのだから当然会話に入る権利はあるし、彼女の意見には俺も同意する。勇気を出して服のコンセプトを見抜いたんだからもう少し優しい反応をしてほしいものだ。
「ふんっ! むしろコラボカフェに来るのに普通の恰好で来た二人に絶望したわ」
「ご、ごめん。まさか黒星さんがここまで気合を入れると思ってなくて」
「……女子と遊びに行くんだから気合くらい入れなさいよ」
「面目ない……」
例え友達だとしても女子と遊びに行く時は服装に気合を入れないといけないらしい。白兎さんの助言は的を射ていた。
ちらりとその助言をくれた当人の顔を見るとニヤニヤとしたり顔をしていた。
「…………」
「わたしの助言は聞いておいた方が良いということだぞ」
「……はい」
恋愛の神様を名乗るのでアドバイスは全て恋愛成就に関わるものだと考えていたけど、女友達との付き合い方でも参考になる場面があるようだ。くやしいけどこれからは無下にできない。
「それで、お辰をイメージした私に対して何か感想は?」
「うん。とってもエッチだ」
「は?」
「あ! ご、ごめん、つい本音が」
ここ数か月は冬服でわかりにくかった大きな膨らみと制服のスカートでは成しえない肉感的な太もも。そんなのエッチ以外の感想が出てこない。
「ま、まあたしかにお辰はセクシーなくのいちだし、色仕掛けもするし、ある意味ではキャラに近いのかしらね」
「そうそう! そういう意味だよ」
「ほっほっほ。安心するんだぞ。良平は黒星が全裸でも襲ったりしないぞ、なぜならへたれだからだ」
「それもそうね。地頭くんにそんな度胸があるとは思えない」
「急に意気投合するのはやめようか? 二人はバチバチしててなんぼみたいなところはあるよ?」
白兎さんの地頭良平ヘタレ説に対して黒星さんにはいつもの調子で反論してほしかった。もしかして俺がヘタレになればなるほど二人は仲良くなれるの?
「さ、メニューを決めましょうか。できれば別々のものを頼んでシェアしたいのだけど、どうかしら?」
「うん。賛成」
「うむ。わたしもいろいろ食べたいぞ」
メニューは大きく分けてドリンク、メイン料理、デザートの三つのカテゴリに別れていて、それぞれに何種類ものメニューがある。一人が一度の来店で制覇するのはよほどの大食いでなければ難しい。
俺達みたいに複数人で来れば全メニューコンプも夢ではないと思うけど、そうなれば当然お財布が泣きを見ることになる。
「私はマルムを焼き殺してレベルアップしたアークドラゴンを食べたいわ」
「結構がっつり系をいくんだね」
「日頃の恨みを晴らしたいのよ」
「なるほど……」
その目は本気だった。ドラゴンは遠く離れた位置からプレイヤーに対して炎を吐いてくる。ただし、その炎は直線的でプレイヤーに到達するまでにモンスターがいればそいつに当たる。
ドラゴンが出てくる階層に登場するようなモンスターは基本的に体力があるのでそう簡単には倒されないんだけど、なぜかドラゴンのエサになるかのように低階層で出現する雑魚モンスターの代表格であるマルムが配置されている。ドラゴンがレベルアップすると強力なアークドラゴンになるので非常に攻略が難しくなってしまうのだ。
「アークドラゴンは親の仇とも言えるくらい憎いわ。壁をすり抜ける炎って何事⁉」
「相当苦しめられたんだね」
黒星さんは最果て洞窟みたいなクリア後ダンジョンを好むみたいなのでアークドラゴンに苦しめられる機会も多いんだろう。
ストーリーダンジョンを縛りプレイで楽しむタイプの俺とは違う苦しみをデラレンで楽しんでいるようだ。
「地頭くんは? あら、これなんかに似合ってるわよ」
「俺のイメージって一体……」
黒星さんが指差したメニューはお辰の色仕掛けパフェだ。なんでも甘い紫イモのパフェを最後まで食べきると最後の最後に激辛のくのいち爆弾に到達するんだとか。
「絶対この赤いやつだよね? 見えてるなら回避できるんじゃ」
「私が食べさせてあげるって言ったら?」
「へ?」
「お辰をイメージした格好の私がこの激辛くのうち爆弾を食べさせてあげるって言ったら、激辛とわかっていても食べてくれる?」
「そ、それは……」
可愛い女の子にあーんしてもらう。それは男の夢であり、俺みたいな陰キャにとっては幻とも言える体験。激辛と言っても死ぬほどではないだろうし、ちょっと我慢すればコンカフェで追加料金を払ってしてもらうようなサービスを受けられる。
あくまでも黒星さんは友達だけど、こんなチャンスに恵まれるのはもしかして白兎さんの神の力なのか?
視線を白兎さんの方に移すと恋愛の神様は真剣にメニュー選びで悩んでいた。うん。たまたまこういう展開になっただけだ。実況してなきゃ白兎さんも友達の一人。神様らしいところはなんにもない。
「黒星さんがそこまで言うなら……」
「ふふ。地頭くんが悶絶する姿が楽しみだわ。白兎さんは決まった?」
「わたしはこの水路に落ちた剛剣グラタンにするぞ」
「ああ! それも思い出が蘇る」
「うん? 食べたことがあるのか?」
「いや、ゲームの思い出。その剛剣ってめちゃくちゃ珍しい武器でさ、この剣だけパッと見のアイコンで判別できるんだよ」
剣はダンジョンに落ちている段階では全て同じアイコンで表示される。だから拾ってみるまでどんな種類の剣かはわからないのが普通だ。だけど、なぜか剛剣だけは特別で見るからに強そうな外見でダンジョンに落ちていることがある。
「だからこそ悔しいのよね。せっかく落ちているのに簡単に手を出せない水路だと」
黒星さんも俺の話に乗ってきた。おそらく全デラレンファンの共通認識だ。
剛剣が落ちているという強運と、手も足も出せないという不運。モンスターが水を枯渇させるアイテムをドロップしたり、たまたま水路に落ちているアイテムを取れる道具を所持していればどうにかなるけど、そんな偶然はめったに起きない。
きっとこのグラタンはそんな悲しみの涙が最後の味付けになるんだと思う。
「うんうん。白兎さん。ぜひこのグラタンを注文して。そして俺達の無念を晴らそう」
「お、おう。うまいこと注文がバラけてよかったぞ」
いつもマイペースで実況したりワープする白兎さんが若干たじろいでいた。ここはもはや俺達デラレンファンの領域。いくら神様と言えど得意分野でウッキウキのオタクテンションには
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